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聞いたことのない単語に首をかしげつつ、「ありがとう」と改まってお礼を言った。
「別に苦手とかじゃないんだけど、さすがに十日間ひとりは退屈だと思ってたんだ」
AIだろうと話し相手がいるのといないのとではだいぶちがう。すると、AIは、
〈ボスはそういうところをもっと出していくといいかもしれませんね〉
と言った。
「そういうところ?」
〈はい。恐らく、今夜配信の番組でさきほどのプレイヤー、パンピーさんとのやり取りが流れれば、『う~ん』の上昇は一旦落ち着くことと思います。お見かけしたところ、ボスは運動神経にも非常に恵まれていますし、わたくしのお知恵を貸さずとも自力でキングを見つけ出せる頭脳や場馴れした落ち着きもお持ちです。もちろんそれらは素晴らしいことなのですが、公式プロフィールが白紙なことも手伝って、視聴者が少々、親近感や共感を持ちづらくなっているように思われます〉
「愛想もないしな」
すると、〈そんなことないと思いますよ〉とAIは反論した。
〈さきほどわたしにお礼を言ってくださったように、ボスの温かい面を徐々に見せていけばいいのです。普通の人が自分以外のキャラクターになりきろうと努力したところで、意外と画面の向こうの視聴者には筒抜けだったりしますから。あまり頭で考えず、感じた通り動くのが正解かと〉
「ドントスィンク、フィール、ブルース・リーか」
そうつぶやくと、
〈それは一体なんですか? 初期プログラムにはない単語です。ブルー・スリーで検索します〉
「ちがうちがう、ブルース・リー。格闘系アクション映画の基礎を作った香港の大スターだよ」
〈俳優でしたか。ボスは映画がお好きなんですか?〉
「好きっていうか……まあ、家だとタダでたくさん見られるしね」
〈映画館にでも住んでらっしゃるんですか?〉
AIの無邪気な質問になんと答えようか考えこんでいると、プロフィールページにぶっちぎりで「う~ん」の数が多い人物を見つけた。高屋聡だ。
〈彼は恐らく、ボスとはちがい、意図的にオペレーターの意見を無視しているのでしょう。そうでなければここまで「う~ん」の数が多くなる前に、オペレーターが何か手を打っているはずですから〉
「配信者って、あれだろう? ゲームをプレイする様子を実況したり、大量の駄菓子を買ってみたり、コーラにメントスを入れてみたりする動画の広告収入で利益を得る……」
〈高屋さんは国内でもトップファイブに入るチャンネル登録者数を誇る、人気配信者のようですね〉
そんな人気者がなぜ圧倒的な不人気となっているのか。
プロフィール欄に貼ってあったリンクをタップすると、「たかぽんチャンネル」と書かれた大型動画投稿サイトのページに飛ばされた。
『こん! にち! たかぽーん! どうも、配信者のたかぽんです』
軽快なBGMと異様にテンションの声がテント中に響き渡り、密島はあわてて音量を下げた。
高屋のチャンネルには「スポンサーズ!」に関する動画がすでに十本近くアップされていた。「【ヤバすぎる】森の中で迷子になった」、「【セレブ】動画用の機材とシェルターを買った」「【リアルマインクラフト】食料調達をしてきた!」など、フィールドに来てから作られたらしい動画もいくつかある。
どうやら高屋は、ゲームには一切参加せず、自分ひとりでサバイバル生活をし、その様子を動画に撮って投稿しているようだった。と言っても、必要なものはすべて所持金の五千万から購入しているので、サバイバル生活と言えるかはわからないが。
「まあ、プレイヤーが必ずゲームに参加しなければならないというルールはないからな」
だが、視聴者の反感は買っているのだろう。それがあの圧倒的な「う~ん」の数だ。
「とりあえず、こいつは後回しだ。たぶんキングは持ってない」
〈わたしもボスの意見に賛成です。昨日の番組内容と履歴から類推し、ターゲットになりそうなプレイヤーをピックアップしてみましたので、ご覧ください〉
端末に送られてきたメッセージをチェックしながら、「あのさ」と密島はAIを呼んだ。
〈なんでしょうか、ボス〉
「そのボスって言うの、やめない?」
〈では、なんとお呼びしたらよろしいでしょうか〉
「みっちゃん」
一瞬間が開き、密島は聞こえていなかったのだろうかと首をかしげた。
「みっちゃんって呼んで。その方が呼ばれ慣れてるから」
〈承知しました〉
密島は満足げにほほ笑むと、ふたたびメッセージに目を通した。




