18:親切な忠告
眠りから覚めると、全身にびっしょりと汗をかいていた。
幕のすき間から朝日がさしこんでいた。朝日を浴びようと幕に手を伸ばすと、小鳥の陰がちょうど飛び立っていくところだった。
密島が夜を過ごしたのは、森のいたるところにポツンと設置されたテントだった。ティピーテントと呼ばれるテントで、もともとはアメリカ大陸の平原に住んでいたネイティブアメリカンたちの住居を模した三角錐の形状が特徴だ。大人一人が寝返りをうてる程度の小ぶりなサイズで、中は蒸し暑かったが、寝心地はまあまあだった。少なくとも木の上よりはずっとマシだ。
池で顔を洗い、トイレを済ませると、密島は端末を操作した。
〈一日目の夜、キングは誰も殺しませんでした〉
真っ先に出てきた表示にほっと胸をなでおろす。続いて、ほかのプレイヤーの履歴をチェックしていると、目を引く履歴があった。
(初日だけで三人も交換してる……)
比留間隆成の履歴だ。それもすべて比留間の勝ちだ。ほかのプレイヤーと比べてもその動きは群を抜いている。運動神経がいいのか、いい作戦でも思いついたのか。
履歴の中には上島陽一のものもあった。密島に負けたあとは御堂光に勝利している。密島が奪った一千万はすでに回収したというわけだ。
続いて商品の購入履歴を見た密島は、そこで「ん?」と首をかしげた。
多くのプレイヤーが購入しているものはだいたい似通っている。水と食料、それから帽子やタオルのような日用品だ。時間もほかのプレイヤーに自分の居場所を悟られないよう、終了間際の夕暮れの時間が多く、みんな考えていることはだいたい同じというわけだ。だが、いくつか異彩を放つ履歴があった。注文者は配信者たかぽんこと高屋聡だ。
(災害用シェルターにLEDつきの室内用野菜栽培メーカー……?)
高額で妙なものばかり買っている。合計金額は一日目にして軽く一千万を超えている。しかも日中でもお構いなしに注文していた。
「なんだこれ?」
「あのー」
そのとき、テントの幕の向こうから声がした。反射的に体をかがめ、恐る恐る顔を出す。そこにいたのは赤いフレームの眼鏡をかけた、若い女性プレイヤーだった。
「絶対に撃たないんで、ちょっと顔出してほしいっす!」
膝をつき、内緒話をするような声でそのプレイヤーは言った。
「自分と密島パイセンが撃ち合いをしたところで、自分にも、そして密島パイセンにも利はないっす。これの意味、わかりますっすか?」
現在、密島より下のカードを持っているのは履歴によれば御堂ただ一人だ。つまり、御堂以外のどのプレイヤーと交換しても、密島は相手の一千万を受け取ることができる。だが、このプレイヤーは密島にも自分にも利がないと言った。これは、どういう意味か。
「……わたしじゃ、あんたに勝てないってことか」
「さすが密島パイセン! そんな賢いパイセンにアドバイスをしに来たっす」
えっへん、とプレイヤーは偉そうに咳払いをした。
「たぶんなんすけど、イヤホンのスイッチが片方しか入ってないんじゃないっすか? あと、夜はちゃんと番組をチェックした方がいいっすよ! じゃないと、このままだと『う~ん』が多すぎて、ゲームオーバーになっちゃうかも」
イヤホン? 番組?
意味がわからず、困惑するも、言われた通りイヤホンを見ると、たしかに左側のイヤホンだけライトが点灯していなかった。ボタンを押してふたたび耳に装着すると、その声は密島の耳の中に響いた。
〈このまま出番がもらえないまま退場させられるのかと、ヒヤヒヤしていたところでした〉
抑揚の少ない、駅の改札機のような機械的な音声だった。声の高さはソプラノだ。
「それ、密島パイセンのDTっす」
「DT? ドナルド・トランプ?」
「ちがうっす」
「田園都市線」
「止まると大変」
すると、またもやイヤホンから声が聞こえた。
〈こんにちは、はじめまして。わたしは、密島ユウキさんの専属オペレーターAIシステム、DT8000です。DTは、ドメスティック・ティーチャーの略称です。ドメスティックとティーチャーの日本語の意味を、検索しますか?〉
「いや、いい。それくらいわかる」
密島がイヤホンに言い返すと、「それじゃ」とプレイヤーは立ち上がった。
「あとのことはDTちゃんに聞いてくださいっす!」
「あっ……、ありがとう」
幕の間から叫ぶと、プレイヤーは一瞬ふりかえり、目を三日月のように細めて、にっこりとほほ笑んだ。
「気にしないでください。全部自分のためっすから」




