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鈴木一族の陰謀  作者: 仲山凜太郎
7/13

【7・鈴木の空気】

 壇上から見回した鈴木喬太は感嘆の息をついた。

「すごいな。向こうの壁がかすんで見える」

「大げさね。ま、高等部の全生徒を収容できる場所はここしかないからね」

 御代氏学園第二体育館。東京ドームの三倍の大きさを誇る高等部最大の体育館である。

 生徒会選挙の山場である各候補者による公開討論会が明後日、ここで行われる。授業もあり、とても一日の放課後では準備しきれないため、二日かけての作業になる。佐藤花崗は、その準備作業の責任者だ。

「これから作業の説明を始めるから、全員ボードの前に集まって」

 集まった委員達の前で、彼女が今日の作業手順を説明する。

「おい、喬太」

 説明を聞いている彼に、委員の一人がそっと声をかけた。喬太自身、名前で呼ばれるのにすっかり慣れた。

「何ですか?」

「おまえ、鈴木一族の紅葉候補と仲が良いんだろう。彼女の動き、何か情報ないか?」

 またかとうんざりする。ここ数日、喬太の下に鈴木一族、特に紅葉の情報を訪ねてくる人が多くなった。新聞部などが記事にするため情報を集めているのかと思いきや、露骨に鈴木一族のご機嫌取りのためという人も多い。

「知りませんよ。知っていても、候補者についてどうこう言うのは立場上できません」

「立場じゃなくて、一人の男としてだ。ああ、彼女になら改造されてもいい!」

 理系顔と鼻眼鏡のせいか、彼女を誤解している人がいる。この男もその一人のようだ。

「彼女はマッドサイエンティストじゃない」

「そうか、この前、何か変な機械をいじっているのを見たけど。別の奴は何かでっかいソロバンの設計図を描いているのを見たっていうし」

「考えすぎです」

「そこ、おしゃべり中止!」

 花崗にしかられ、慌てて姿勢を正す。

 説明が終わり、作業のために皆が自分の持ち場に移動を始めると

「ちょっとトイレに行ってきます」

 と喬太は一人離れてホールを出る。トイレは出入り口のすぐそばにあるが、彼はそのままトイレの前を通り過ぎた。

 式典実行委員会の腕章を外して体育館を出ると、そのまま手近な校舎に駆け込んだ。人影がないのを確認して全速力で駆け出す。心の中で花崗達委員に詫びながら。

 廊下に貼ってある選挙用ポスターを見て舌打ちする。鈴木一族以外の候補者のポスターが全てスプレーで塗りつぶされている。

 何だか気分が悪くなってくる。最近の鈴木一族以外の候補に対する仕打ちは、単なる嫌いだから、気に入らないからと言う枠を超えている。何というか、病的なまでの使命感を感じさせるのだ。

 喬太は校舎を駆け抜け、体育館から死角になるよう道を選んで進み、第二体育館から一キロほど離れた中央校舎に入っていった。

 呼吸を整えながら階段を下りる。降りてすぐのところに視聴覚室がある。喬太はポケットから紅葉の手紙を出すと、改めて中を見た。


《明日の夕方五時、中央校舎の地下視聴覚室に一人で来てください。乱闘事件の原因についてお話があります。鈴木紅葉》


 これを読んだ喬太がまず思ったのは、罠ではないかということだった。視聴覚室は音が漏れないように完全防音、中で何をしても音は外に漏れない。

「一人で来たね」

 背後の声に驚いて振り返ると、鈴木真が立っていた。面と向かうのは初めてだったが、仕事の資料を通じて喬太は彼のことを知っていた。

「早く中へ。紅葉が待っている。それと」

 真は悔しそうで真剣な目で

「紅葉は真剣なんだ。君も、真剣に考えた上で答えを出してくれ」

 それだけ言うと階段の陰に隠れた。

「……言われなくったって、俺も真剣だ」

 覚悟を決めて視聴覚室の扉を開ける。

(まさか、下着姿で待っているなんてことはないよな)

 後ろ手に扉を閉めた途端、制服姿の紅葉が抱きついてきた。彼のぬくもりを堪能するように固く抱きしめ、頬を、体をこすりつけてくる。

「お、おい」

 止めろと言おうとするが、体に密着する彼女の柔らかな旨の感触が、ふんわりと鼻をくすぐる彼女の匂いがそれを押しとどめる。

「迷惑かもしれないけど、もう少しだけ……」

 ぎゅっとしてくるぬくもりを押しのけることは喬太にはできなかった。今の紅葉からは、演説会で何百人を前に堂々と意見を言うときの勇ましさも心強さもない。好きな男の感触に浸るただのかわいい女の子だった。

「……ありがとう」

 紅葉が笑顔で離れたとき、喬太は

(……もうちょい)

 と思った。

 しかし、紅葉はすでにかわいい少女の顔から、生徒会会計候補の顔になっていた。

「あたしも兄様達のところへ戻らなければならないから手短に話します。この前の兄様と田中一族の乱闘事件、あの時、その場にいたほとんどの人が鈴木一族の味方になったのは」

「やっぱり、何か仕掛けがあったんだな」

 紅葉がこっくり頷く。

「そうでなければ、田中一族の主力をああも簡単に倒せません。素手の乱闘だったら田中一族は最強ですから。それだけじゃないわ。あれから少しずつその仕掛けを使い続けている。その結果が今の異常とも言える鈴木一族の高い支持率」

 鞄からむき出しの漫画週刊誌ぐらいの金属製の箱を取り出す。

 箱を開けると、喬太には理解不能の機械がつまっている。

「これが鈴木一族の選挙用秘密兵器か」

「そうです」

 彼女の大まじめな表情と裏腹に、喬太はいまひとつ入り込めなかった。目の前の機械がいかにも怪しげというのもあったが、こんな小さな機械が現象を作り出しているということに現実感がなかったからだ。

「これ、何なんだ?」

「選挙対策人民気分誘導装置。名付けて『場の空気発生マシン』」

 ガーン! 喬太のショックを表す効果音ではない。思わず彼が机に頭をぶつけた音だ。

「な、なんだそりゃ!?」

 ぶつけた場所を押さえながら喬太が頭を上げた。

「文字通り、場の空気を人工的に作り出す装置。場の空気については知ってますよね」

「具体的に言えってなったら困るけど、なんとなく」

「そのなんとなくを人工的に作り出す装置です。よくわからないけど、何となく鈴木一族が良さそうだ。鈴木一族以外は何かむかつく。選挙において、これがどれだけ恐ろしい装置なのかわかります? よく選挙で風が吹くとかいいますけど、これはその風を人工的に作り出すんです」

「今の学園の雰囲気はみんなこの装置のせいだって言うのか」

 黙って紅葉は頷いた。スマートフォンほどの大きさの端末を取り出し

「現在の学園を覆う鈴木一族の場の空気濃度は四十八%。帰宅生徒が多い時間なので抑え気味にしています。鈴木一族以外を悪く言っても気にならず、むしろ何かのゲームの一環であるかのように感じられる程度。それを指摘されたり、注意されたりすると却ってその人達の方がうさんくさく感じられるレベル。でも、投票日前日から当日は七十~八十%、可能ならば九十%まで上げる予定になっています。

 強い場の空気は、そこにいる人たちから判断力を奪います。場の空気それ自体が大義名分になるんです。そう考え、行動するのは自分たちだけではないという安心感。みんながしているから自分もしたという責任回避。自分でものを考えることの放棄。

 もちろん、すべてにおいて強い考えを持っている人はそんなにいません。ですからある程度はそれも仕方のないこと。でも……」

 紅葉は自分の頬を叩く。震盪する空気をたたき出すかのように。そして鞄から何枚ものディスクを取り出した。

「これは場の空気発生プログラムとマシンの設計図。これを委員会と各一族の代表に渡してください。私も場の空気を中和するプログラムを作っていますけど、どの程度できるか自信がありません。

 兄様達は明後日の討論会で、このマシンを最大パワーにして使うつもりです。そうなったら、何が起こるか考えたくもない」

 マシンとプログラムディスクを手にする喬太の表情は暗い。

 場の空気発生マシンなんて馬鹿馬鹿しすぎてなかなか受け入れることができない。しかし、これが事実だとすれば今の学園の雰囲気を説明できる。けれども、だとしたら

「いいのか? これを渡すってことは」

 言いかけた喬太の唇を、紅葉は微笑みながら指で押さえ、

「兄様達を裏切ることはしても、喬太さんを裏切ることはしたくない」

 言われた途端、喬太はこれ以上何か言うのをやめた。何というか、心地よい敗北感みたいなものが沸いてくる。

「すごいな、紅葉は。俺よりずっとすごい」

「やっと呼んでくれた」

「え?」

「私のこと、紅葉って」

 はにかんだ笑顔が喬太にとどめを刺した。

「とにかく、すぐにディスクを各一族代表に渡して。彼らもすぐには信用しないはず。ある程度プログラムを解析する時間が必要です。討論会には間に合わなくても、投票日までには」

「わかった。でも……」

「でも?」

「ディスクを渡すだけなら、手紙と一緒に俺の部屋に置いてくれればよかったんじゃ。でなければ俺のパソコン宛に送るとか」

 紅葉が方をむっと膨らませ

「それじゃ、二人っきりで喬太さんに会えない」

 こんなことを言われたらもうしようがない。喬太は文句を言うこともできず、ディスクをポケットに入れた。こうなっては時間は無駄にできない。

 一礼すると、喬太は視聴覚室を飛び出……そうとして振り返った。

「紅葉、頼みがある」

「え?」

「選挙が終わったら、時間を作ってくれ」

 その言葉の意味をどうとったのか、紅葉は真っ赤になって

「はい!」

 気をつけして返事した。

 今度こそ本当に視聴覚室から飛び出し、出口に向かって走る喬太の後ろ姿を見て真は

「僕はすっかり蚊帳の外か」

 と息をついた。

 彼とは反対にすっかり上機嫌の紅葉は

「早く戻りましょう、兄様を待たせすぎる」

 足早に廊下を歩き出した二人の前に弦間が立っていた。

「待ちくたびれたからこちらから来た」

 その顔は怒りにゆがみ、堅く握った腕は小刻みに震えている。

「紅葉、おまえは何をしたのかわかっているのか」

「正しいことです」

 ぐいと前に出る紅葉をかばうように真が壁になる。

 弦間の後ろから、紅葉たちの後ろから鈴木一族たちが姿を現した。みな屈強な肉体を持つ、鈴木一族の戦闘部隊だ。

 そのうちの一人が紅葉につかみかかった。しかし、その腕が彼女に触れるより先に、真がその手首をつかんでねじり上げた。がら空きになった脇腹を真の肘が打つ。

 苦悶の嗚咽とともにその一人が廊下に転がる。

「真、おまえも裏切るか」

「裏切ってなんかいない。僕は元々紅葉の味方だ」

「紅葉はおまえではなく、別の男を選んだんだぞ」

「だからどうした!」

「とことんお人好しだな。だが、それがお前の良いところだ」

 弦間に突進する真の背中に、

「だめ!」

 紅葉の声がした。


 男の腕をかわした喬太は手近な教室に飛び込むと、そこを突っ切って窓から地下駐車場に飛び出した。

「逃がすな。ディスクだけでも取り戻せ!」

 背後の声に、喬太は必死で足を速める。相手の人数はそれほどでもないのが救いだった。

「本気だなこりゃ」

 地下から外に出ようとした彼は、いきなり数人の男達に襲われたのだ。その目的が紅葉から受け取ったディスクにあるのは明らかだった。彼らはみんな武道の有段者であり、防御専門の喬太でもその連続攻撃をかわすのは一苦労だ。

 最初は半信半疑だった紅葉の話が、今は彼の中で確定事項になっていた。そうでなければこんな追っ手をよこすはずがない。

 駐車場入り口のバーをくぐり外に出る。太陽が沈みかけ、街灯が点き始めていた。選挙期間中のため、部活動は原則四時までとなっており、既に周囲に人影はない。

 それを良いことに、戦闘部隊は容赦なく喬太を追いかける。

「やばい」

 囲まれた。ざっと見ただけでも七人の男が喬太を取り囲んでいる。

「ディスクさえ渡せば殺しはしない。片腕片足ぐらいは折らせてもらうがな」

 部隊のリーダー格らしい男がディスクを渡せと手を出した。

「やだな。俺、痛いの嫌いなんだ」

「安心しろ、お前だけじゃない」

 男達が輪を狭める。そこへ

「こんなところでサボってる!」

 自転車に乗った花崗が突っ込んできた。

 そのまま彼女はサドルの上に立つとブレーキをかけずに輪に突っ込んだ。

 自転車を避けようと慌てて飛び退く男達。その隙を彼女は見逃さなかった。

 リーダー格めがけて花崗が飛びかかると思いきや、別の男に蹴りを入れる。そのまま立て続けに男達に鉄拳を見舞っては打ち据えていく。

「佐藤一族か」

 男達が反撃するが、花崗の決して止まることのない動きを男達は捕らえることが出来ない。

 彼らの拳や蹴りかいくぐり、一気に間を詰めては一撃で相手を撃ち倒していく。

「すげぇ……」

 喬太は唖然とした。改めて本気の花崗の強さを実感した。

「引け!」

 たまらず男達は退散した。

「先輩、助かりました」

「そうね。じゃあ、お礼に答えてくれるかな」

 にっこり笑った花崗が両の手で喬太の頭をわしづかみにする。

「仕事をさぼって何をしていたのかなぁ~」

 笑いながら彼の頭を握りつぶさんばかりに両手に力を入れる。

 たまらず喬太が悲鳴を上げた。

「よぅし、教室に戻りながら説明タイム」

「は、はい」

 解放されて一息入れた喬太だが

「しまったぁーっ!」

 叫んで校舎に駆け戻った。自分が襲われた意味を思い出したのだ。

「紅葉!」

 地下視聴覚室に飛び込むが、そこには誰もいなかった。

「何があったの?」

 廊下で花崗は跪いては床の赤い液体を指でなぞっていた。

「……血だわ」

 彼女が指先についた血を見せると、喬太はその場にへたり込んだ。


 月は雲に隠れていた。左右の街灯に照らされた道を、喬太は自転車を押す花崗と共に歩いている。

「場の空気発生マシン。ね」

 花崗の言葉も半信半疑だった。

「馬鹿げているとは思いますけど、紅葉がいい加減なことを言うとは思えない」

「同感ね。鈴木真も、鈴木一族上層部にしては珍しい実直な人って聞いているし。

 ……明日には最新の校内支持率調査の結果が出るけど、鈴木一族がトップになるのは間違いないわ。でも、問題は支持する理由。知っている?」

「何人かに聞いてみたことはあります。でも、みんな明確な答えが返ってきませんでした。何とか具体的に答えてくれるよう促すと、別にいいだろうとか。じゃあ、鈴木よりもいいやつがいるのかよとか。まるで聞くのが悪いことみたいに睨まれて」

「正に場の空気ね。『なんとなく』ほど否定しにくい支持理由はないわ。相手の感情の否定になるから。馬鹿らしい出来事ってのは馬鹿に出来ないわよ」

 花崗の言葉に、喬太が黙る。

「……紅葉は大丈夫でしょうか?」

「大丈夫よ。でも軟禁状態にはされるかも知れない。とにかく、この機械は調べてみないと。他の一族にも伝えないといけないし」

「大丈夫ですか? 一応、鈴木一族の技術の結晶らしいですけど」

 喬太のイメージでは、佐藤一族はどちらかという田中一族と同じ体育会系だ。

「こらこら、佐藤一族の技術力だって馬鹿にしたもんじゃないわよ。それに……」

 黙り込んだ花崗が、顔をそのままに視線を周囲に回して

「やば……話している場合じゃなかったわね」

 その言葉の意味に喬太も気がついた。弦間の手の者が、あのまま撤退するはずがなかったのだ。

「先輩、乗って!」

 花崗を後ろに乗せると、喬太はペダルを踏む足に力を入れた。

 目指すは式典実行委員会本部だ。

 夜の学校内を喬太の自転車が走る。うす暗い街灯の中、自転車のライトの明かりが走る。

 その数が増えた。喬太達の後ろに、同じような自転車のライトが現れる。一台、二台、三台……まるで二人を追いかけるように。いや、事実二人を狙っているのだろう。

 さらに、木々を挟んだ向こう側の道路を、同じように自転車が走る。どれも同じ型の電動自転車だ。市販されているのよりもフレームがごつく、無骨な装飾が施されている。鈴木一族のオリジナルと思われた。

 乗っている生徒たちの何人かの顔に、喬太の花崗も見覚えがあった。

「鈴木一族です」

「下りるわ。あたしが囮になるから」

 花崗が飛び下りようとするのを喬太が止める。

「無駄みたいですよ。前からも来ました!」

 前方から数台の電動自転車乗りがやってくる。

 突破しようと喬太がスピードを上げると、前方の自転車乗りたちは車体を横にして横に並んで止めた。自転車で完全に道路を塞いだ形だ。

 横の森に飛び込もうとするが遅かった。森から自転車部隊が飛び出し、そのまま喬太の左右に壁を作る。後ろにも、自転車部隊が逃げ道を塞ぐように横に並んで追尾する。

「突っ込んで!」

 花崗の指示にペダルをこぐ足を強める喬太。彼もそのつもりだった。

 前方に立ちはだかる自転車の壁の隙間を狙って突進する。

 向こうも突っ込んでくるとは思わなかったのだろう。慌てて避けようとするが遅かった。喬太の自転車が激突、勢いで自転車の合間を突破する。

 慌てて追いかけようとする鈴木一族たちだが、壁を作っていた自転車が絡み合いうまく引き剥がせない。

 今のうちにと、喬太は自転車のスピードを上げる。鈴木一族達はあっという間に見えなくなった。

「ざまーみろ!」

「そうかな」

 横の森から電動自転車が飛び出した。今までのとは違うフルカウルタイプで、一見オートバイにも見える。喬太と並んで走るそれに跨っているのは、

「弦間!」

「装置と資料を帰してもらおう」

「やっぱり本物かよ」

「鈴木一族の作るものはみんな本物だ。返せ!」

「嫌だと言ったら」

「こうだ!」

 弦間の自転車のカウルの一部が開き、そこから小型のロケット砲が発射された。それは狙い違わず喬太の自転車の前輪に命中する。

 悲鳴を上げる暇もない。喬太と花崗はバラバラになる自転車から放り出され、道路に転がった。二人とも反射的に受け身を取っていたおかげでそれほどダメージは受けていない。

「この野郎、死んだらどうする!?」

「手間が省ける」

 あっさり返事をする弦間は二人の目の前に自転車を止める。

(しめた)

 喬太は、隙を見て弦間の自転車を奪うつもりだった。だが、

装甲形態(プロテクト・モード)!」

 弦間の叫びと同時に自転車が勝手に起き上がった。それだけではない。フレームが中央から二つに折れ曲がり、弦間の体に装着される。タイヤは両肩の後ろに後光のように備えられ、ハンドルがカウルごと胸当てになり、サドルが股間をカバーする。バッテリーが腰の後ろに回り、残ったカウルが手足に装甲のように装備される。

 弦間の自転車は、彼の体を包む装甲となった。

「どうだ、これが鈴木一族が開発した戦闘電動自転車(バトル・バイシクル)だ!」

「東映かマーベルにでも売り込むつもりか」

 喬太たちの表情から余裕が消え、身構えた。端から見ると馬鹿げているが、直接相手をするとなると侮れそうにない。

 後ろから先ほどの自転車部隊が走ってきた。彼らの電動自転車も弦間同様に変形、搭乗者の戦闘装甲に変形する。弦間はともかく、その他の戦闘電動自転車はフルカウルではないので装甲服と呼ぶには隙間が多い。だが、何やらすごそうな雰囲気だけは感じ取れる。

「逃げても無駄だぞ。足台手甲(ペダルナツクル)

 ペダル部分を拳に装着、殴りかかってくる。

(早い!)

 この前のように喬太はそれを受け流そうとするが流しきれない。戦闘電動自転車は装甲としてではなく、装着者の身体能力強化機能も備わっているらしい。

 数発攻撃を受け流すだけで手がしびれてくる。

 花崗が弦間の背後に回り、蹴りを入れるが、重い音がするだけで彼は全く意に介さない。

「今、何かしたか?」

 鼻で笑う弦間に、喬太と花崗に焦りの表情が浮かぶ。

 周囲の鈴木一族たちが一斉に襲いかかってきた。

 喬太も花崗もかなり頑張った。しかし、二人の拳も蹴りも相手の体を覆うフレームに阻まれ通じない。花崗がフレームの隙間を狙った攻撃で数人倒したがそれが限界だった。

 肩で息をする二人を、弦間達鈴木一族が完全に取り囲んだ。

「抵抗が無駄と言うことがわかっただろう。おとなしくディスクを渡せ」

「仕方ない」

 喬太と花崗が頷きあってディスクを取り出す。

「渡す気になったか」

 返事がわりに二人はディスクを別の方向に円盤のように放り投げた。力いっぱい。

「こいつら!」

 弦間達の注意がディスクに移った瞬間、花崗が喬太の体を踏み台に跳んだ。そのまま渾身の大回転踵落としを弦間にくらわせる! 田中直線を倒したときと違い、佐藤装甲は着ていないものの、その威力はかなりのはずだった。

 頭部を守っていたカウルが踵の一撃に真っ二つに割れる。が、それだけだった。弦間本人までダメージは通らない。彼の大きく払った腕がラリアットとなって花崗を張り倒した。

「先輩!」

 動きの止まった喬太を一人が羽交い締めにする。そこへ他の男達が一斉に殴りかかった。

「喬太君!」

 花崗が立ち上がり、激しく咳き込む。

「そこまでだな正義の味方」

 男達に捕らえられ、喬太と花崗が弦間の前に連れてこられた。

「女を殴ったな!」

「こいつを手強い敵と認めたからだ。女と侮り、手痛い敗北を喫した奴はいくらでもいる」

 仲間の何人かを先ほど喬太達が投げたディスクの回収に向かわせると、

「やっと終わりましたか」

 うれしそうに揉み手しながら、戦闘電動自転車装着の聖人が入り違いに森から出てきた。

「聖人、今までどこにいた?」

「隠れてました。暴力は嫌いなんで」

 のほほんとしながら、捕まった花崗をなめ回すように見る。その視線が実にねっとりとしており、たまらず彼女は身震いした。

「いいなぁ、女戦士の捕まっている姿。後で荒縄で縛ってあげるからねぇ。僕、いろいろな縛り方を知っているんだ。快楽とプライドの対決だよぉ」

 言いながら、花崗の胸のふくらみを指でつんつんする。

「止めろ、この変態候補」

 怒鳴る喬太に聖人は頬をふくらませて。

「変態じゃないよ。女の子にエッチなことをしたいのは、男なら当然のことじゃないかぁ。それとも、自分ができないのが悔しいのかなぁ」

「エッチはしたいけど、その前にちゃんとした過程を踏みたいだけだ。まぁ、相手を拘束しないとエッチが出来ないお前には縁の無いことだがな」

 途端、聖人は細い目をさらに細めて花崗の前にしゃがみ込む。

「そんなことを言って。僕に謝れ。謝らないと」

 いきなり花崗のスカートをめくりあげた。あらわになった花崗の淡いブルーのスパッツを指さし

「謝らないとこの女のパンツを脱がすぞ。だから謝るな!」

 喬太の口が怒りに開くより早く、弦間の鉄拳が聖人の顔面にめり込んだ。文字通り空を飛んで、聖人の体が木に激突する。

「下品な脅迫は嫌いだ!」

 弦間は頭上に天使を跳び舞わせながら伸びている聖人に蔑みの一瞥をくれると

「すまなかったな。食事は良いのを用意させる」

 謝罪しながら、花崗の両手を後ろに組ませて手錠をかける。

「捕虜は大切にってわけね」

「そうだ。だが、泥棒は別だ」

 弦間は花崗以上に念入りに拘束された喬太に歩み寄ると、いきなり蹴り倒した。

「おまえはとんでもないものを盗んでいった。紅葉の心だ!」

 倒れた喬太を何度も何度も踏みつける。

「こそ泥め。相応の罰を受けてもらうぞ」

 手を上げると、それを合図に二台のリムジンがやってくる。後部座席がちょっとした応接セットが入るぐらいの大きさだ。だが、これらの車の一番の特徴は大きさではない。全体が金ピカの所に黒く「鈴木」という文字が染め抜かれているという外見だ。

「悪趣味だなおい! こんな車で国道を走ったら、全国の鈴木さんから苦情が来るぞ」

「いいから乗れ。乗り心地は保証する」

「人気のないところで口封じか?」

「命を取る気はない。お前たちは生徒会選挙が終わるまで我が家で過ごしてもらう」

 喬太と花崗を別々の車に連れて行く。

 後部ドアが自動で開くと、弦間が喬太を中に突き飛ばす。

 転がるように入った喬太が先客にぶつかった。

「喬太さん」

「紅葉?!」

 手足を縛られた紅葉が横座りしていた。頬が青く腫れ、湿布薬が貼られていた。

「ごめんなさい。兄様にばれてました」

 戦闘電動自転車の装甲を解除した弦間が続いて入ってくる。

「てめえ、紅葉を殴ったのか!?」

「好きで殴ったわけではない!」

 喬太の叫びを一括して遮ると

「女を殴る男は最低だ。だが、最低になっても殴らねばならぬ時がある」

 二人の前に弦間が腰を下ろす。後部座席は一面絨毯が敷き詰められ、壁側にはソファ、隅には冷蔵庫などが設置されており、まさに走るリビングだ。

「今の私は、全国の鈴木の未来を背負っているのだ!」

 弦間の震える拳に、思わず喬太が気圧された。しかしすぐに弦間を睨み付ける。

(何かっこつけてんだ。要するにこいつは鈴木以外はどうでもいいってやつだ)

 あらん限りの目力を集めて弦間にぶつける。紅葉を守るように体をずらしながら。

 今度は弦間がたじろいだ。

(こやつ……)

 こんなのは初めてだった。自分の地位と武術、そして気迫の前には鈴木の誰もがひざまずいた。だからこそ、弦間は自分こそ鈴木一族の長になるべき男だと信じていた。しかし、目の前にいる喬太は痛めつけられ、拘束されながらも自分にその意思をぶつけ返してくる。

(これが紅葉の選んだ男か……)

 その紅葉も自分を睨み付けている。その目は喬太とそっくりだった。弦間は紅葉が彼の血を受けて死の淵からよみがえったことを思い出した。

 弦間の腹から笑いがこみ上げた。たまらず大声で笑い出す。

 今度は喬太の方が唖然とした。

 笑いながら弦間は喬太と紅葉の顔を見比べた。

「おい、いつまで探している。さっさと撤退するぞ」

 ひとしきり笑った後、外に向かって叫ぶ。

「申し訳ありません弦間様。ディスクが一枚見つからなくて」

「思いっきり投げたからなぁ」

 喬太がざまあみろとでも言いたげに笑った。

「いつまでもいるわけにはいかん」

 聖人にディスク探索を続けるよう命じる。露骨にいやな顔をする聖人と数名を残して、弦間は車を発進させた。

「ちくしょおぉぉぉ、なんで僕ばっかり。せめて女の子がいれば」

 弦間が今回の襲撃に選んだのはみんな男子だった。夜に男だけの集団で地べたを見て回るなど、聖人にとって拷問でしかない。

「聖人様」

「なんだ?」

 振り返るといつの間にか残ったものがみんな女装して体をくねらせ

『これならどうでしょう』

 夜の校内に響く聖人の悲鳴を木の上で聞いていた奴がいた。

 漆黒の装束に漆黒のプロテクター。フルフェイスの黒いヘルメット。先日、喬太が目撃した忍者もどきだ。

 その手には、聖人達が探そうとしている場の空気発生マシンのプログラムディスクがあった。

 忍者もどきはそれを懐に入れると、木の枝を揺らすことなく木から木へと飛び移り、やがて夜の闇に姿を消した。


【次回更新予告】

鈴木聖人「お待たせしました。次回更新から本作は十八禁になります。僕に捕らわれ、様々な責めを受ける花崗ちゃん。最初は嫌がっていてもその体は次第に」

鈴木弦間「下品な展開は許さーん! 次回は我ら鈴木一族がいかに高貴な存在であるかを語るのだ」

鈴木聖人「えーっ。読者だって弦間さんの顔よりも花崗ちゃんや紅葉のあられもない姿でいやんばかんダメダメ、あーっな方が良いに決まってますよ」

鈴木喬太「先輩や紅葉に変なことをするなーっ!」

 ドカバキベキ!

鈴木聖人「ぐえええっっ」

鈴木弦間「不本意だが、この点では私とお前の意見は一致しているようだな」

鈴木喬太「本当に不本意だけどな」

鈴木弦間「次回更新、『大公開! これが鈴木一族だ』 全国の鈴木よ。己の名字が鈴木であることを誇るが良い」

鈴木喬太「大後悔にならなきゃいいけどな」


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