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鈴木一族の陰謀  作者: 仲山凜太郎
5/13

【5・鈴木対高橋対田中対山田対渡辺(五十音順) 御代氏学園大選挙】

 放課後の第二グラウンド。通りに通じる出入り口の前で、上半身裸の生徒たちが、全敷地に届けとばかりに声を張り上げる。

『田中一族、生徒会選挙にかける五つの誓いーっ!』

 道行く生徒たちが何事かと彼らの方を見る。たすきを掛けた候補者三人を正面にした直立不動の生徒たちは、田中の旗を掲げ、上半身裸で鍛え上げた肉体をさらしている。もっとも、さすがに女生徒はタンクトップをつけている。

『ひとつ! 挨拶はいつも元気な声で!!』

『ひとつ! 天気の良い日は布団を干そう!!』

『ひとつ! 朝御飯は決して抜かない!!』

『ひとつ! 宿題を忘れても、トレーニングは忘れない!!』

『ひとつ! いつもニコニコ現金払い!!』

『おまけ! 人前でオナラをしたら正直に告白する!!』

 叫んでいる方は大まじめなのだろうが、通行する生徒たちはみんなくすくす笑い、中にはわざわざ彼らを避けて遠回りする人もいる。

 ついに生徒会選挙が始まった。

 学園のあちこちで各立候補者たちによる街頭演説が響き、校内は生徒会選挙一色になった。


【生徒会選挙立候補者リスト(五十音順)】

●会長・副会長立候補者(投票数一位が会長、二位が副会長)

「鈴木弦間(鈴木一族高等部代表)」「高橋一佐(高橋一族未成年リーダー)」「田中直線(田中一族学園部長)」「山田軍平(山田一族若頭)」「渡辺舞華(渡辺一族姫君)」

●会計立候補者

「鈴木紅葉」「高橋秀和」「田中セレナーデ」「山田洋行」「渡辺真名」

●書記立候補者

「鈴木聖人」「高橋翔子」「田中幸助」「山田修司」「渡辺大紀」


 以上が立候補者である。計ったかのように佐藤一族をのぞく各一族から一名ずつ。一族以外の立候補者はいなかった。会長候補に二人以上出さなかったのは、票が割れての共倒れを防ぐためと言われている。

 一応、二位が副会長になるので、役員全てを特定の一族が独占することはない。しかし、四つの役職のうち生徒会長ともう一つの役職が同じ一族のものになれば、事実上、これから一年、学園生徒会はその一族に支配されると言っても過言ではない。大事なことは生徒会役員による投票で決められるが、生徒会長は一人で二票分に数えられるからだ。

 やはり生徒たちの注目は生徒会長候補五人に集まった。


「今までの御代氏学園はあまりにもまとまりがなさ過ぎた! これだけの規模と人材に恵まれながら、あらゆる方面で十分な結果を出せずにいた。それは明確な目標を持たず、一日一日をただ過ごすだけの学園生活に皆が慣れきってしまっていたからだ。勘違いしてはいけない。分かったような顔をして、口を動かすだけの奴より、不器用でお馬鹿でも何かに全力で打ち込む人の方が素晴らしいのだ!

 御代氏学園をより魅力的に、誇りある学園にするためにも、みんなの力が必要なんだ。

 生徒会選挙では、力を込めて『高橋一佐』と書き記すことを期待する」

 高等部第一中央校舎。正面玄関脇で高橋一佐が力説し、周囲では支持生徒たちが生徒達に頭を下げてはマニフェストを配っている。社会でも、選挙になると駅前でよく見る光景だ。それを遠巻きにして、喬太を含む式典実行委員会が不正がないかどうか見張っている。

 高橋一佐。生徒会長候補の本命だ。少し肩に力が入りすぎているようにも見えるが、今のところそれがプラスに働いている。前年度に副会長を務めたこともあり、校内支持率調査でも現時点のトップだ。

 少し支持率がさがって渡辺舞華、もうちょい下がって山田軍平。ぐっとさがって鈴木弦間。地べたに這いずるような支持率で最下位独走が田中直線である。

 もっとも、投票まであと二週間、投票先を決めていないいわゆる無族票も多く、これからどうなるのか予断は許されない。

 一佐の演説は、マニフェストの中身の説明に移っていた。

 どの候補も力を入れているのが選挙が終わってすぐに動き出す体育祭と文化祭だ。体育祭なら新競技やグループ分けの手段、採点方法が中心。変わったところでは、渡辺舞華のように「地元テレビで放送する」なんてのもある。文化祭ならテーマを何にするかなど。来春の修学旅行も、ヨーロッパ旅行や無人島一週間生活などが公約としてあがっている。

 初めはお祭りを餌にするようなこの日程とマニフェストを疑問に思っていた喬太だが、

「自分たちが参加するお祭りの中身だからな。どうしてもみんな中身を見るし、……案外良いかも」

 と今では考えを改めている。

 喬太が式典実行委員会に入って一週間。先輩の指示に従い、かけずり回るばかりの毎日だったが、もともと紅葉対策として委員に入ったのでその辺は気にならなかった。それよりも、仕事に伴い入ってくる情報の方が彼にはありがたかった。選挙の公約がらみで学園の各種利点や問題点がよく聞こえてくる。学園内の力関係も少しずつ分かってきた。

(式典実行委員会に入ったのは正解だな)

 一佐の演説を聴きながら時計を見た喬太は、短い赤旗を出して軽く振った。許可された時間が残り一分を切った合図だ。それを見た一佐が話をまとめに入る。

「今日は問題なく終わりそうだな」

 今回の選挙は各一族が参戦しているせいで、自然と一族の面子をかけたものになった。各一族も力を入れ、それに伴いトラブルも増えている。

 結果、それに備えてどの一族も何人か武闘派生徒を配置するようになった。高橋一族でいえば、候補者たちからちょっと下がったところで木刀を抱きかかえるようにして座っている男、髪はぼさぼさで制服の着こなしもだらしないが、ちょっとした仕草にも隙を見せない。高橋十兵衛。柳生ならぬ野牛流の使い手である高橋一族最強剣士だ。その横で弓を手にしているのは学園きっての弓の使い手、高橋与一である。

 一佐の演説が終わり、拍手が起こる。強く拍手している生徒の一/三はどこの演説現場でもいるサクラであり、喬太も何人かは顔を覚えてしまった。

 降りる高橋と入れ替わりに、渡辺舞華が壇上に立つ。今の彼女は和服姿ではなく制服姿だ。だが、良家のお嬢様のような雰囲気は少しも損なわれていない。むしろ制服が親しみを増している。渡辺一族以外にも、個人的に彼女のファンだという生徒が多いのもうなずける。


 一佐達が校舎に入るのを見送ったとき、喬太のポケットの携帯電話が振動した。紅葉からもらった私物ではなく、式典実行委員会から配布されたものだ。

 電話に出ると、事務所の連絡係の声が慌てて飛び込んでくる。

《すぐに中央第三校舎の正面口に向かってくれ》

「どうしたんですか?」

 喬太の顔色が変わった。そこは花崗が担当している。

《鈴木弦間候補と田中直線候補が言い争いをしている。すぐに行ってくれ》

「わかりました」

 同行していた他の委員に後を任せると、喬太は校舎横に止めてある委員会の自転車に跨り、ペダルをこぎ始める。転校直後はピンと来なかったが、今はここでは自転車が必要という紅葉の言葉を実感している。何しろ校舎同士が二、三百メートル離れているのは当たり前、中には四キロ近く離れている校舎もある。授業は同じ校舎で済むよう配慮されているものの、通学やクラブ活動はそうはいかない。喬太のように寮住まいの者が外に買い物に行くにも自転車は必要だ。

 紅葉の選挙ポスターが視界に入り、喬太の表情が曇る。

 喬太が委員会に入ってから、紅葉の攻勢は嘘のように止んだ。日常生活に関わろうとしなくなっただけではなく、授業中でも彼をできるだけ見ないようになった。

 最初はほっとした喬太だったが、彼女の態度が何だか痛々しく感じてだんだん自分が悪いことをしているように思えてきた。そして、それを忘れるように彼は式典実行委員会の仕事に没頭し、その態度が彼の信頼を大きくしていった。当初は彼を鈴木一族のスパイではと疑っていた人たちも、今はもうそれを否定……とはいかないが、表だって口にする人はいない。

「どうしようかな……」

 自然と喬太の顔が曇る。選挙の後、紅葉とどう接するべきか? まだ彼は決めかねていた。

「選挙が終わってから考えよう、今は仕事仕事」

 ペダルをこぐ足に力を込める。

「やべ、もう始まっている!」

 第三校舎で生徒達の争う姿を見て、喬太はペダルを踏む足に力を込めた。

 今の直線はランニングシャツにネクタイという初めて会ったときの服に加え、あちこちほつれた学ラン姿。足は鉄下駄という昭和の番長スタイルだ。手に巨大な田中旗を握りしめ、生徒達に檄を飛ばしている。「見ているだけなら面白いが、自分に命令できる立場にはしたくない」というタイプで、支持率が最低なのも大半の人が頷いてしまう。

 それに対峙する弦間もあまり人のことは言えない。老け顔なのは大人びていると言えなくもないが、全身からにじみ出る「鈴木以外はみんな馬鹿」オーラは隠しようがない。

「健全な精神は田中の名字に宿る! 健全な肉体も、田中の名字に宿るのだ」

「肉体でしか人間を計れないとは。貴様が学園を支配しようなどとは、売れないギャグマンガでもそこまではしない。鈴木でもないくせに生意気な奴!」

 弦間と直線が罵り合う中、二十人近い生徒達が激突している。式典実行委員会が止めようとしているが、未だ成果は見えない。逆に戦いに巻き込まれて倒される委員もいる。

 乱闘の中、喬太は紅葉の姿が見えないのでほっとした。

「二人とも、止めるよう指示しなさい!」

 花崗が弦間と直線に警告するが、二人とも一向に聞く気配はない。

 直線が振るう田中旗に張り飛ばされ、鈴木一族が数人宙に舞う。それを見た弦間の額に汗がにじむ。やはり肉弾戦となると田中一族が優勢だ。

「聖人、あれを使うぞ」

 その言葉に、今までひたすら弦間の背後に隠れていた細目の男がうれしそうに校舎に駆け込んでいく。全身から卑屈さを感じさせるこの男が書記候補の鈴木聖人である。

 自転車を降りた喬太が、争いを避けながら花崗に駆け寄る。

「先輩、大丈夫ですか?」

「私はね。でも、すぐに止めないと。これ以上怪我人が増える前に」

「実力で止めますか」

 花崗は僅かに躊躇したが、周囲の乱闘騒ぎを見て、

「仕方ないわね。佐藤一族!」

 花崗の良く通る声が、グラウンドを駆け巡る。

「佐藤花崗が許可します。佐藤装甲使用、暴れる人たちを取り押さえなさい」

 委員たち数名が頷き、校舎に走る。校舎の壁がどんでん返しのように回転、簡単な格闘用の装甲セットが幾つも現れた。佐藤一族が独自に開発した一種の戦闘服だ。どういう仕組みなのか、佐藤一族でなければ使用できないようになっている。

「佐藤の名字は正義の証! 二十四時間戦えます!」

 装甲セットを手に取り、それを胸に、足に、両手に装着していく。見覚えがあるそれは、喬太が初めて花崗と出会ったとき、彼女が装着していたプロテクターだ。

 仲間から装甲を受け取り、瞬く間に装着した花崗は、

「佐藤一族、ファイトーッ!!」

 どこかの栄養ドリンクみたいな叫びで気合いを入れて弦間と直線の間に割ってはいる。さすがに二対一はまずいと、喬太も花崗に並んで構える。

「女といえども、邪魔するならば容赦はせんぞ!」

 直線が旗を横殴りにして花崗を攻撃する。

 花崗が気合いと共に、手甲で覆われた腕で旗の柄を受けた。だが旗の勢いは止まらない。旗を受けた姿勢のまま、花崗の体が旗に押されるように地面を滑る。

 旗の柄をつかんだ花崗が、その上に飛び乗った。彼女の体重がかかった柄に一瞬戸惑った直線だが

「ぬおおおーっ」

 気合いと共に旗ごと彼女の体を持ち上げる。それを待っていたかのように花崗がジャンプした。足の装甲に何か仕掛けがあるらしく、彼女の体は五階付近まで舞い上がる。

 そのまま彼女は体を前回転させて直線に突っ込んでいく。そして激突するまで一回転と言うときに、彼女の足が伸びた。

「大・回・転・踵落とし!」

 装甲と遠心力によって絶大な破壊力を宿した彼女の踵が、直線の脳天に激突する!

 衝撃波が周囲に波打ち広がっていく。

 直線が轟音と共に地面に倒れた。白目をむき、ぴくりとも動かない。

「え?」

 勝ったはずの花崗が戸惑った。

「……まさか……田中直線が一発で……」

 一方、喬太は拳を鳴らしながら弦間と距離を置いては身構える。

「ぶちのめす前に聞いておく」

 弦間がシャツの一番上のボタンを外す。

「なぜ、紅葉を泣かせた」

 意味がわからず、喬太は目をぱちくりさせる。

「貴様が式典実行委員会に入ってから、紅葉の落ち込みぶりは見るに耐えん。毎日家に帰ってから貴様の写真を前にすすり泣いている」

 その言葉に喬太の顔がひきつった。

「言っておくが、私は赤子の頃からあらゆる武術を学んだ。学びすぎてどれがどの技かもわからんほどにな。今なら逃げても笑うだけで済ませてやる。貴様の惨めな姿を見れば、紅葉も少しは目が覚めるだろう」

 言い終わると同時に、弦間の視線が屋上に移った。喬太がそれを追うと、屋上に立って自分たちを見下ろしている紅葉の姿が見えた。

 花崗が喬太の背中越しに「代わろうか?」と声をかけてくる。

「いえ、結構です。でも、ちょっと活を入れてください」

 微笑む花崗が、平手を喬太の背中に思いっきり叩きつけた。

「行ってきなさい!」

 乾いた音とともに、喬太の全身にしびれが走った。それが彼の心に「俺は式典実行委員だ」という自覚を呼び起こす。動機は何であれ、自分から委員になることを望んだ以上、私情で委員の仕事をおろそかにするわけにはいかない。

「行ってきます」

 返事をすると、喬太は弦間に不敵に笑いかけ、

「あいにくだが、俺は『相手が強いから逃げた』と日記に書きたくないんでね」

「日記を読むのは自分だ。好きなように書けばいい」

「日記に嘘を書くのは自分を騙すようで嫌だ」

 弦間の足が動いた。喬太が反射的に動き、紙一重で避ける。

「ほお」

 感心したように弦間が声を漏らすと、一気に攻め込んでくる。手足がリズムを持って踊るように喬太に襲いかかる。

 洗練された動きなら喬太も負けてなかった。ただ、弦間と違って防御専門だ。

 弦間が蹴る。喬太が受ける。

 弦間が突く。喬太が払う。

 弦間の拳を喬太が流す。

 二人の動きはダンスのようにリズムに溢れている。常に弦間が攻め、喬太が受け、避ける。

 両者が同時に下がり距離を置く。

「受けてばかりいないで、貴様も攻めたらどうだ」

 かかってこいとばかりに指をちょいちょいと曲げ挑発する弦間に対し、喬太は、

「悪いな。俺、『身をまもる』と『かわす』のコマンドしかないんだ」

「何だと?」

「近所に道場があったんだけど授業料が払えなくてね。雑用を全部やるって条件で、身の守り方だけ教えてもらった」

「ふざけるな!」

 弦間が一気に攻め込んだ。今までは様子見だったのかと思うほどの猛攻だが、喬太はそれをことごとく裁いていく。しかし、戦いが長引くほどに体力の差が出てきた、喬太の守りにキレがなくなり、ついに脇腹に一発、蹴りを受けた。

 地面に転がりながらも喬太は立ち上がる。だが、その足は明らかに今までより力が無い。

「守りしか知らない奴が、私に勝てるか!」

「だから俺が有利だ」

「?」

「俺は負けても恥にはならない上、勝てば大金星。お前は勝っても自慢にならない上、負けたら大恥」

 喬太は立ち上がると、自信満々に自分を指さす。

「状況は俺の方がずっと有利だ」

「訳の分からんことを!」

 さらに激しく攻める弦間だが、技自体は次第に大振りになっていく。そのため、かえって喬太が凌ぎやすくなっている。

(なんだか、弦間の方が気の毒ね。喬太君も、もう二、三発食らってもいいのに)

 ふとそう思った花崗は、慌てて首を振った。

「あたし、今、なんて考えた?」

 愕然とする彼女に、佐藤一族の委員が一人にじり寄る。

「花崗さん、もう良いんじゃないですか。これ以上は」

 言われて見回した花崗は驚いた。先ほどまで優勢に進んでいた戦いが、鈴木一族優勢に変わっている。佐藤一族は防戦一方だ。みんなが喬太のように守りに専念している。

 戸惑う花崗に、自分たちの様子を見ている生徒たちが見えた。巻き添えを恐れて離れているのはわかる。だが、彼女を戸惑わせたのは彼らの目だった。

 ――やりすぎじゃねえの――

 ――これだから自称・正義の味方はよ――

 ――鈴木一族はみんな頑張っているのに――

 ――佐藤一族って、わざと鈴木一族狙ってね――

 風に乗って生徒たちのささやきが花崗の耳に届く。一人の生徒が自分たちを軽蔑する目で見ながら、鼻で笑っていた。

「そんな」

 改めて周囲を見た。生徒たちは、みんな自分たちに敵意を向けている。嫌悪感を向けている。それとは逆に鈴木一族には応援のまなざしを送っている。

 信じられない雰囲気だった。みんな声には出さないが、鈴木一族を応援している。彼らを攻撃する花崗たちを汚いもののように見ている。

 これ以上戦い続けたら、自分たちは完全に悪者になる。

 花崗は戸惑った。どうして自分たちがこんな目で見られなければいけないのか。自分たちはこんな視線を向けられるほど悪いことをしているのか? 

 以前、暴力を嫌う生徒に自分たちのやり方を批判されたことはあったが、今、自分たちに向けられているのは明らかに批判の目ではない。嫌悪の目だ。

 そこへ鈴木一族の一人が体当たりする。たまらず地面に転がる花崗。

 迷っている場合ではないと体を起こした彼女は、屋上で乱闘の様子を見ている紅葉を見つけた。花崗の位置からではよく見えないが、どうやらノートパソコンに何か記録しているらしい。その隣では護衛でもある鈴木真が大柄な体にカメラを構え、乱闘の様子を撮影している。

 屋上を見上げたままの花崗に先ほど体当たりしてきた生徒が再び襲いかかってくる。しかし、今度は花崗も素早く対応した。彼の伸ばした右手を素早くつかむと、そのまま一本背負い。地面に叩きつける。途端、今まで感じなかったものが彼女の胸を打つ。自分が悪いことをしているような気がしてならない。

 喬太の悲鳴がした。

 慌てて見ると、彼は頭を押さえて顔をしかめていた。押さえた手の間から血が流れ出る。

 何事かと思うまもなく、喬太を傷つけたものが彼女にも飛んできた。石だ。

 周囲で様子を見ていた生徒たちが、手近な石を拾っては佐藤一族たちに投げ始めたのだ。無数の石つぶてが花崗たち佐藤一族に、そして喬太に襲いかかる。

「花崗さん、何が起こっているんですか」

 顔面に石つぶてを受けた佐藤一族の一人が、泣きそうな顔で聞いてきた。

「あたしの方が聞きたいわよ」

 それでも佐藤一族は装甲をつけているだけマシだ。喬太は丸腰なのだ。それだけではない、戦っている相手が弦間のせいだろうか、鈴木一族を支援する石つぶては喬太に集中している。しかも、投げている生徒の中には式典実行委員会の委員も含まれているのだ。

 自分でも訳がわからないないまま、一般生徒たちから石を投げられる。喬太にとっては悪夢そのものだった。どう対処すればいいかもわからないまま石をよける。が、これだけの石つぶてをよけきれるものではない。手に受け、足に受け、腹に、背中に受けた。

 その様子を弦間は勝ち誇ったようににやにやしながら見ている。

 花崗は紅葉を見上げた。彼女は真に何か必死に訴えているが、その内容は聞こえない。真は無言で首を横に振っている。

 喬太の眉間に拳ほどの石が当たった。声もあげずに彼は白目をむいて地面に倒れる。

 花崗が石つぶてをかいくぐり喬太を拾い上げる。

 そのまま弦間をにらみ付けた。彼は相手にするのも馬鹿らしいとばかりに鼻で笑う。

 佐藤一族たちの悲鳴が聞こえる。

 頬をふるわせて花崗が叫ぶ。

「全員撤収!」

 喬太を背負ったまま、弦間に背を向けて逃げ出した。ほっとしたように他の佐藤一族も後に続く。逃げる彼女にたちの背中に、石つぶてと罵声が浴びせられる。

「止めたまえ」

 弦間の言葉に、それらがぴたりとやんだ。

「負け犬にかまっている時間はない。生徒諸君、君たちのおかげで正義を振りかざす馬鹿者どもを追い払えた。それに肉体馬鹿どももな」

 地面を見回すと、そこにはぼこぼこにされて目を回している田中一族の面々。

「しかし勝利とはいえない。勝利とは生徒会選挙における議席獲得だ。学園の未来のためにも、我々鈴木一族の完全勝利に協力して欲しい」

 拍手と歓声が上がった。歓声はやがて鈴木コールへと変わっていく。

「ス・ズ・キ!」

「ス・ズ・キ!」

「ス・ズ・キ!」

 コールに右手を挙げて応える弦間。

 屋上で、紅葉はコールに背を向けてしゃがみ込んでいた。両足を抱え、顔を埋めて。

 鼻をすする音。うつむく彼女の鼻眼鏡の裏側に涙がたまり、あふれていた。

 そんな彼女の姿を、真は唇をかみしめて見下ろしていた。


 ベッドの上で喬太はうっすらと目を開けた。真っ白い天井が見える。

 まだぼんやりとした頭で視線を周囲に向けると、そこは保健室だった。自分の他にも、佐藤一族や式典実行委員たちが手当を受けている。それで、ようやく彼は状況を飲み込めた。

 体を起こそうとすると、体のあちこちが痛む。

「まだ寝ていろ。君が一番ひどいんだ」

 ベッドの脇に座り込んでいる佐藤一族の一人が言った。

「花崗……先輩は?」

 男がつらそうに保健室の一角を見る。その視線の先に花崗はいた。壁際の椅子に座り、真っ青になって懸命に涙をこらえていた。

 こんな弱々しい花崗の姿を見るのは初めてだった。彼の知る花崗は、雑用でも何でも喜んでこなす仕事大好き人間だった。体を動かすのが、働けるのがうれしくてたまらないという女性だった。彼が式典実行委員会に入ってよかったと思う理由の一つが、彼女の笑顔だった。

 その彼女が、全ての精気を抜かれたように真っ青になって死人のような顔をしている。

「……花崗先輩の責任じゃないだろう」

 喬太はそう言うのがやっとだった。

「俺もそう思う。しかし、あの場を取り仕切る責任者である以上はな」

 もう一度保険室内を見回す。五十はあるベッドの大半をあの現場にいた佐藤一族や委員たちが埋めている。苦痛や敗北の嗚咽。保健室というより、敗残兵を集めた病院のようだ。

「何であんなことに?」

「わからん。石を投げつけてきたやつの中には式典実行委員もいた。そいつから事情聴取をすれば何かわかるかもしれない」

 保健室の扉が開く。みんなが一斉に目を向けた中、顔を引きつらせて入ってきたのは、先ほどみんなと一緒に石を投げつけてきた委員の一人だった。

 彼が一番悲痛な表情をしていた。


「わからない、僕にもわからないんです」

 保健室の中央。みんなの視線を全身に受けて、委員は頭を抱えた。

「僕は喧嘩は苦手なんで。乱闘が始まったら、離れて他の生徒たちが巻き添えにならないよう近づかないようにしていたんです。

 佐藤一族が乱闘に加わり初めて少し経った頃でした。なんだか、急に腹が立ってきたんです。なんで、みんな鈴木一族の邪魔をするんだって」

 周囲の人たちが眉をひそめるのを感じ取り、委員が肩をすくめた。

「説明できないんですけど。鈴木一族と敵対している人たちがみんなむかつく存在になってきて、おまえら黙っていろよって、そんな感じになってきたんです。

 それでも、自分は式典実行委員だ。候補者はみんな平等に扱い、鈴木一族だけを特別扱いすることはできない。そう思っていたんです。でも、だんだん我慢できなくなってきて、そこへ誰かが石を投げて、みんなもそれを真似し始めて。だったら、僕だってやっていいじゃないかって。たまらず僕も投げ始めたら、止まらなくなって……ごめんなさい!」

 叫ぶと同時に、委員は床に座って土下座した。何度も何度も、床に頭をこすりつけて。

「花崗さん」

 腕に湿布を貼り付けた佐藤一族が手を挙げた。

「俺も、彼と似たような気分になりました。自分たちのしていることが悪いことのような気がして。俺は佐藤一族だって言い聞かせて何とか耐えましたけど」

「あたしもそんな気分になったわ」

 花崗の答えに一同が驚きの声を上げた。それは、彼女がそんな気持ちを抱いたことへの驚きではない。このような思いにとらわれたのが自分だけではない、いや、程度の差こそあれ、全員がそんな感じに囚われたことに対する驚きだった。


【次回更新予告】

高橋一佐「高橋一族リーダー、高橋一佐です。何か不穏な空気を感じますね。こういうときこそ、冷静に状況を見る目と思考が必要なのですよ。ふふふ、高橋一族の情報収集能力を見せてくれましょう」

鈴木弦間「ふははははは。愚か者よ、知っているだけでは何の役にも立たんぞ。行動を伴わない思考など、馬鹿の考えと同じだ」

高橋一佐「君と同じ考えになるとは不愉快だが、まぁよかろう。高橋一族の戦略を見せないでくれよう!」

鈴木弦間「愚か者め、見せてくれようの間違いだ」

高橋一佐「いや、これで正しい。勝敗の鍵を握る動きは、いつでも見えないところで起きているのだ。敵に手の内を見せる気などない。次回更新『暗躍・思惑・裏事情』勝利はワインと同じ、仕込みを終えても、すぐに味わうことは出来ない」

鈴木弦間「未成年が酒を例えに出すな!」


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