【4・喬太くん焦る】
そして翌日。
「鈴木喬太です。よろしくお願いします」
おきまりの台詞を言って頭を下げる。転校初日の挨拶としては、可もなく不可もなく。
だが、喬太は自分が鈴木と名乗った瞬間、クラスから緊張感が流れるのを感じ取った。
(やっぱり、俺も鈴木一族に見られているんだろうな)
生徒達が順番に立ち上がっては簡単に自己紹介していく。自己紹介と言っても、自分の名前を言うだけの簡単なものだ。
「渡辺曾太郎です」
「渡辺美和子です。お手柔らかに」
「……むにゃむにゃ……渡辺瑠璃です」
「渡辺勇作である!」
「……え、なに、今いいところだから……自己紹介……あ、すみません。渡辺陽子です」
渡辺さんが五人続いて、喬太の脳裏に危険信号が灯った。渡辺一族という単語が嫌でも思い浮かぶ。
「高橋悟」
「高橋時雨です。お見知りおきを」
「んぐ! 水……んぐんぐ……はぁ、助かった。あ、高橋誠二です」
「高橋拓也。仲良くやろう」
「あの……高橋……美奈……です」
「佐藤一郎でございます。いつもより大声で名乗っております」
「佐藤江名子と申します」
「佐藤太助だ。転校生だからって遠慮はいらねえ。何だかんだ言ってくるやつがいれば俺に教えろ。佐藤一族の正義の拳が……いてっ」
「太助は黙ってなさい。佐藤典枝です。困ったときは典枝におまかせ!」
「佐藤陽太……用がなければ呼ぶな」
さらに田中と山田が続く。
やっぱりと喬太は思った。昨日聞いた六大一族。その名字の生徒がかなり多い。もちろん他の名字の人もいるのだが、それはほんの僅かだ。少なすぎて記憶から飛んでしまう。
「鈴木篤史いいます。よろしゅう頼みま」
「鈴木絵里子です。あの……あたし、あまり騒ぐのは苦手なのでお力にはなれないかも……」
「鈴木きなこです。甘いのは好き?」
「鈴木健太郎だ。鈴木が増えるのはいいなぁ。心強い」
「鈴木時雨。同名が高橋にもいるので、しーくんと呼んでくれ」
「鈴木竜年だ」
「鈴木秀幸です。喬太君は巨乳と貧乳、どちらが……ぐえっ!」
「鈴木紅葉です。よろしく、喬太さん」
秀幸が鈴木達にタコ殴りにされるのを背後に微笑む紅葉に対し、喬太の顔は引きつっていた。
「ここでは、生徒同士は名前で呼び合うのが普通だ。馴れ馴れしく感じるかも知れないが、でないとややこしくなる」
担任に耳打ちされ、昨日、紅葉も似たようなことを言っていたのを喬太は思い出した。確かに、これだけ同じ名字だと仕方がない。
教壇の横に立ったまま、喬太は教室内を見回す。真ん中の少し後ろ、窓際に座った紅葉が小さく手を振った。何も知らずに見ればかわいい女の子に見えるだけに却って恐ろしく感じる。だが、それ以上に恐ろしいのは彼女の隣の席が空いていることだ。
(ただ、休んでいるだけだよな)
喬太の微かな期待は「それでは、紅葉さんの隣の席に」という先生の声で砕け散った。
紅葉の隣に座る彼は真っ青だった。
「どうしたの。昨日、あまり眠れなかったの?」
心配そうな紅葉に「何でもない」と答え、喬太は頭を抱えた。
このままではまずい。喬太は必死に頭を回転させた。どこがどうまずいのかわからないが、このまま流れに身を任せていたら、最悪の事態になるという予感が頭から離れない。
(こっちから動かないと……どうすればいい。どうすれば……)
授業中はそればっかりを考えていた。
放課後。
報告書のサインを確かめると、花崗が大きく頷いた。
「はい、結構です」
頷き、自分の署名を加える。ここは式典実行委員会事務所である。昨日の騒動の一件で喬太と紅葉は彼女からの事情聴取を受けていた。
いよいよ選挙が始まるというので、事務所はかなり混雑している。これから投票までメチャクチャ忙しい日が続くのだ。
「花崗さん、三|Kの委員が来てない。呼び出してくれ」
「また。不満はあっても選ばれたからは、仕事はきちんとしてくれなきゃ」
携帯電話を取りだし来て、いないという委員にかける。式典実行委員に配給されている専用電話だ。
「サボりですか?」
「結構多いのよ。各クラス二名ずつ出ることになっているけど、自分が望んでなったもんじゃないから幽霊委員が多くて、いつも人手不足……あんにゃろめ、電源切ってる」
頬をふくらませて携帯電話を折りたたむ。
「式典実行委員会って、生徒会選挙も仕切っているんですか?」
喬太の質問は花崗に向けられたものだが、答えたのは紅葉だった。
「式典実行委員会はいわば何でも屋。選挙だけでなく、文化祭、体育祭、修学旅行、学校行事のほとんどの裏方を務めます」
「佐藤一族が仕切っているとか?」
それを聞いた花崗が、参ったように頭を掻いた。
「勘違いしないで欲しいんだけど。確かに式典実行委員会や風紀委員会に佐藤一族は多い。でも、佐藤一族はけっして権力を持たない。委員会やクラブに属することはあっても、決して委員長や部長、幹部クラスにはならない…………権力と正義が一緒になると、すぐに暴走するから」
最後の言葉は、かすれて良く聞き取れなかった。
「正義を守るのも楽じゃないか。大変だろうけど、俺、そういうのは結構好きですよ」
笑顔を向けられ、花崗は照れくさそうに頬を掻いた。それを見た紅葉の表情が険しくなる。
「言いますね」
花崗の言葉に紅葉が異議を唱える。
「佐藤一族をのぞく五大一族で式典実行委員会に入ろうとした人は、ことごとく拒絶されたって聞きます。鈴木一族でも、委員会に入ろうとして拒絶された人が五人います。
格好良いことを言うけれど、佐藤一族は合法的に学園を支配しようとしているんじゃないんですか。式典実行委員会と風紀委員会に影響力を持つことは、学園生活すべてに影響を持つことを意味します」
その厳しい言葉遣いに、花崗は意外そうに困ったように紅葉を見返した。
「あのね、選挙においてはこっちも気を使うの。立場上、選挙期間は立候補者と距離を置かなきゃ行けないし。立候補者との癒着を疑われたら大変でしょ。それに、鈴木の名字を持つ生徒でも、特に一族との繋がりが確認されていない生徒は委員会に受け入れているわ。
それと、式典実行委員会に行事に対する決定権はないわ。生徒会と学園側が決めた行事を平穏に終えるよう努力するだけ」
「表向きはね。それに、花崗先輩は格好良いこと言いましたけど、花崗先輩の考え=佐藤一族の考えではありません」
二人の間の空気がなにやらギスギスし始めたことを感じた喬太は、
「それじゃ、俺たちはこの辺で。鈴木さんも、ほら、兄さんと街頭演説の打ち合わせがあるって言ってなかったか」
紅葉を立たせて、そのまま事務所を出て行く。二人の姿が消えると、花崗は悔しそうに携帯電話を握りしめた。
肩を怒らせて廊下を歩く紅葉の気配に、数人の生徒が慌てて道を開けた。
「あのなぁ、俺たちは佐藤一族に喧嘩を売りに来たんじゃないぞ。何を怒っているんだよ」
「怒っていません!」
さらに肩を怒らせて、彼にかまわずずんずん先を歩いて行く。ソロバンを弾くことすら忘れているようだ。
グラウンドに出た喬太は、一人花壇の縁に腰を下ろした。
(……来なきゃ良かった。こんな学校)
しかし、今更、転入を取りやめることなど出来ない。
「とすると、今は少しでもマシな学園生活を送るよう軌道修正しないとな」
立ち上がって軽く体操する。田中一族ほど極端ではないが悩む時間があったら体を動かす。これが喬太の考えだった。じっとして不安でいると、どんどん深みにはまっていきそうだから。
「何かやることないかな。何かやること」
このまま何もしないでいると、鈴木一族の選挙運動に巻き込まれる気がした。紅葉たちに恩はあるが、今は彼女たちのすることに黙ってついていくのは不安だ。
ふと、校舎入り口脇の掲示板に一枚のポスターが貼られているのが目に止まった。
『式典実行委員募集。生徒会選挙期間中、式典実行委員会の仕事を手伝ってくれる生徒を募集しています。採用された生徒は、準委員扱いになります。報酬は学食二百円割引券十枚』
先ほど花崗がいつも人手不足だと言っていたのを思い出す。選挙期間中はかなり忙しくなるとも、委員は選挙期間中は立候補者と距離を置かなければならないとも。
「これだ!」
喬太は頷くと、式典実行委員会の事務所に逆戻りしていった。
「おはようございます。喬太さん」
翌朝、寮を出た喬太に紅葉が笑顔で駆け寄ってきた。今日も一日彼と一緒に過ごせる時間が始まるのだ。しかし、
「ごめん、投票日が過ぎるまで別行動」
駆け寄る紅葉を制すると、どうだとばかりに左の二の腕部分をつきだした。そこには式典実行委員会のロゴが入った腕章があった。ただし、正式な委員の赤い腕章ではなく、準委員を示す青い腕章だ。
「とにかく何かやってみたくてさ。ちょうど選挙期間だから、一番手頃な式典実行委員会になったんだ。そしたら、委員は不正対策のために、選挙期間中は立候補者との個人的な接触は禁止だっていうんだ」
我ながら白々しいと思いながら喬太は言葉を続ける。これが最初からの目的なのだ。
「今更やめるわけにもいかないし、悪いけど選挙が終わるまでは……」
続きは言えなかった。紅葉の瞳に口が止まってしまった。怒っているような泣いているような。絶望の中、必死に一筋の希望にしがみついている。そんな瞳。
紅葉はわかっているのだ。喬太が式典実行委員会に入った本当の理由を。
【次回更新予告】
鈴木弦間「鈴木一族、鈴木弦間である! 喬太とやらもついに本性を現したな。これで紅葉も目が覚めるだろう。次回からはついに選挙本番だ。これを読む鈴木の者達よ。胸を張れ、鈴木は日本で一番素晴らしい人種なのだ! 鈴木以外の者達よ。お前たちはクズだ、死ね」
鈴木喬太「クズはお前だ。人間の良さってのは、名前とか性別とか国籍とか、本人の努力ではどうにもならないことで決まるもんじゃない」
鈴木弦間「真実を語る者にためらいはない。鈴木は言った、『神あれ』そして神が生まれた。鈴木は神より上なのだ」
鈴木喬太「んなわけあるかーいっ!」
鈴木弦間「次回更新分で、読者達は鈴木の名字を持つことの偉大さ、鈴木以外の名字は全てカスであることを知るだろう。次回更新『鈴木対高橋対田中対山田対渡辺(五十音順) 御代氏学園大選挙』、刮目せよ! 鈴木ファースト!」
鈴木喬太「全国の鈴木さんに謝れ!」