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鈴木一族の陰謀  作者: 仲山凜太郎
3/13

【3・一族ぞくぞく】

 鈴木喬太の微かな期待もむなしく、どこにもカメラを構えた撮影スタッフの姿は見えなかった。

 佐藤花崗と名乗る女生徒は喬太達を振り返り、「大丈夫?」と声をかける。体育系の雰囲気を背負い、荒々しさよりも健康的な感じの笑顔。ネクタイのラインが青なので二年生だ。

 そんな彼女の健全な表情が、鈴木紅葉の顔を見た途端、怪訝へと変わる。

「紅葉? なんであなたが弦間に狙われているの?」

「話せばややこしくなるんですけど……喬太さん、今の内に逃げましょう」

 彼女は起き上がると、喬太の手を取り走り出そうとする。

「ちょっと待って。とにかく事情を聞かないと」

 花崗が紅葉を止めようとしている間に、鈴木弦間が屋上から駆け下りてきた。花崗同様、青のラインの入ったネクタイをしている。

 弦間は高校生にしては老け顔で、二十才以上に見えた。厳つい顔で、テレビで見る図太い政治家を思わせる。格闘技をしているのか、広い肩幅、制服越しでもわかるがっしりとした体格は、二メートル近い身長も手伝って、やたら威圧的に見える。

「佐藤一族は黙っていろ。これは鈴木一族の問題だ」

「校内でのトラブルを黙って見過ごすことは、佐藤一族の正義が見過ごせないわ」

「相変わらずの正義の味方気取りか。そんなに正義が好きなら、日曜の朝に行け」

「佐藤一族の正義は、年中無休の二十四時間活動よ!」

「ブラック企業の正義の味方め!」

 グラウンド中央で睨み合う弦間と花崗。帰宅途中の生徒達も、何事かと集まってきた。

 両者とも身構えてはいるが、特に自分から仕掛けようという気配はない。それに花崗は安心したのか、

「とにかく、何が原因だったの?」

 構えを解いて喬太達に聞いてきた。面倒くさいと思いつつも、喬太は簡単に事情を説明した。自分が転校生であること、紅葉の案内で校舎を回っていたら、いきなり弦間から攻撃されたことなど。

「都合の悪いことを隠すな。貴様、紅葉にいかがわしいことをしようとしたな」

「兄様が邪魔しなければ……」

 紅葉のつぶやきを弦間は聞き逃さなかった。

「き~さ~ま~。どこまで妹を傷物にすれば気が済むのだ」

 にじり寄る弦間に押されるように喬太は後ずさる。

「人聞きの悪いことを言うな」

「そうです!」

 紅葉が喬太をかばうように立ち、

「あたしは傷物なんかじゃありません。好きな男の人と一つになることのどこが傷なんですか! あれは忘れられない夏の日の思い出です」

 叫んだ途端、紅葉が真っ赤になって「どうしよう」と恥ずかしがる。彼女が真っ赤になるほど、喬太の顔が青ざめていく。

「ちょっと待て。その言い方は誤解を招くぞ」

 冷や汗を掻きながら周囲を見ると、こちらの様子をうかがっていた周囲の生徒達が、いやらしそうな笑いを浮かべて小声で何か話している。

(やっぱり、誤解されてるーっ)

 一番誤解したのは弦間だった。

「妹を傷物にしたあげく、たらしこんで特待生に収まるなど」

「落ち着け、落ち着いて話を聞け、な、兄さん」

「に、兄さんだと」

 弦間の顔が引きつり、喬太は自分が失言したことに気がついた。

「わかったぞ!」

 弦間は喬太を睨みつけ、

「お前、紅葉をたらし込んで鈴木一族を乗っ取る気だな。事故も輸血も、全てお前が仕組んだことだ」

「どう考えたらそんな結論になるんだ?」

「君、相手にするだけ無駄だよ」

 突然、脇から別の声がした。見ると、すらりとした目つきの鋭い、眼鏡の男子が立っていた。理系男子モデルとしてファッション誌にでも出ていそうな男だ。体は細いが、やせているというより、無駄な肉をかなり絞ったという感じだ。着やせするタイプなのだろう。ネクタイを見ると二年である。

「貴様、部外者は黙っていろ」

「高橋一佐。選挙で戦う相手なんだから、名前ぐらい覚えておきたまえ。それとも、『貴様』を格上の相手に対して用いる昔の使い方に従っているのかな」

「そんなわけない。高橋一族は黙っていろ」

「ちょっと、それが一佐様に対する口の利き方!」

 一佐の後ろから一人の女生徒が現れた。今まで気がつかなかったのも無理がない。

「何だ、どうして小学生がここにいる?」

 そう言われるのも無理がないぐらい小さい。制服こそ着ているが、どう見ても小学生、それも低学年である。

「彼女はこれでも十七才。高校二年生であり、今回の選挙で書記に立候補している高橋翔子だ。会長候補すら覚えていないのだから、書記候補を覚えていないのも無理はないがね」

 喬太は軽い頭痛を覚えた。さっきから何度か出てくる単語。鈴木一族、佐藤一族、高橋一族……頭の中でまさかという思いと、そんな馬鹿げたことがあるかという常識が激突している。

「違うな。生徒会長に当選すれば、僕は高橋一族のみならず、高等部生徒全員を守り、導く義務が生じる。つまり」

 一佐は喬太と紅葉を見て

「そこの二人も僕は守る義務がある」

「さすが一佐様。心がバスケットコート並に広いです」

「翔子、そういう微妙なたとえはやめてくれ」

 一佐が眉間に皺を寄せた。そこへ、

「随分と勝手なことを言いますわね」

 割り込んできた女性を見て、喬太はまた驚いた。生徒らしいが、着ているのは制服ではない。和服だった。長い黒髪、漆黒の瞳、色白の肌。そして手には真っ赤な蛇の目傘。まさに画に描いたような和風美人そのものだ。後ろには同じように着物姿の男女を数人引き連れている。

「もう選挙に勝ったような気になってますね一佐さん。そのような傲慢な言い回しは美しくありませんよ」

「美は認めるけれど、美しさは全てに優先されるとも思っていないよ」

「美を愛でる心のない人に、人の上に立つ資格はありません。美しさは人の心を魅了するもの。そして私たちは美しい。美を纏い、美と共に生きる。この度の選挙で勝利するのはこの私、渡辺一族を率いる渡辺舞華ですわ」

 眩暈がして、喬太は危うく倒れるところだった。ふらつく彼の体を紅葉が支える。

「こら、くっつくな!」

 弦間の怒声が喬太たちに向けられる。

 途端、筋肉質な笑い声が周囲に響き渡る。

 今までにらみ合っていた各一族の代表者たちが、一斉に顔をしかめた。

「むぅ、このプロテイン臭漂う笑い声は」

「何だか知らんがその騒ぎ、この田中一族代表で次期生徒会長候補・田中直線が預かった!」

 理性が見るなと叫んだが、怖いもの見たさに喬太が声の方に顔を向ける。

 ランニングシャツに短パンという筋肉隆々の男たちが、巨大な人間ピラミッドを造り、その頂上では一人の男がばかでかい旗を手に立っていた。旗には赤字に金の文字で大きく「田中」と刺繍されている。ランニングシャツの上にきちんと締めたネクタイが余計馬鹿っぽい。

 顔を引きつらせる各一族代表を見下ろした直線は高笑いし、

「どうだ、我々の神々しい姿に恐れ入ったか」

 その言葉に一佐は眼鏡のズレを直し、

「神々しいかはともかく、確かにある意味で恐れ入ります。まったく、あなた方はDNAも筋肉で出来ているという噂は本当のようですね」

「そんなにほめるな。照れるぞ」

「ほめてません。あなた方は栄養を少し筋肉以外に回すべきです」

 一族代表が言い争う中、紅葉に引かれて喬太はその場をそっと離れていく。免疫ができていない状態でこれ以上ここにいたら、頭がおかしくなりそうだった。幸いなことに、弦間も他の連中に気が向いている。校舎の陰までたどり着くと、後は一気に走り出す。

 まだ喬太は校内に不案内なので、行き先は紅葉に任せる。

 途中、ジャージ姿の集団とすれ違う。

「急げ、もめているときこそ、僕たち山田一族を売り込むチャンスなんだ」

「若頭、もう終わっているんじゃないんですか」

 喬太は走りながら耳をふさいだ。


 第四食堂の一角で、喬太は自動販売機の前にへたり込んでいた。

「りんごジュースでいいですか?」

 喬太が良いというのを聞いて紅葉は販売機にカードを差し込む。特級特待生が持つことのできるカードで、学食の自動販売機では全てタダで買えるのだ。

 二人は紙コップを手に手近に席に陣取った。学食はガラガラで、二人の他には数人の生徒が簡単な食事をとっているだけだ。

「驚きました?」

「あれで驚かない方がおかしいだろ」

 喬太は紅葉に向かって身を乗り出し

「あの連中、本気か?」

「本気です。超本気」

「そういえば、最初の電話で言われたよ。鈴木一族へようこそって」

 頭を抱える喬太に、紅葉が真顔で答える。

「いわばこの学園の派閥みたいなものです。佐藤一族、高橋一族、渡辺一族、田中一族、山田一族、そしてあたしたち鈴木一族。これが御代氏学園の六大一族です。少人数の一族も数えるならもっとあるでしょうけど、学園でそこそこ力を持つに至ったのはこの六つ」

「みんな生徒会選挙がどうとか言っていたけど」

「二週間後に生徒会長選挙があるんです。正式発表は三日後ですけど。今回は各一族の代表が出馬しているおかげで、学園創立以来の盛り上がりですよ」

「普通、生徒会選挙って体育祭とか文化祭が終わってからじゃないのか」

「ここでは二学期が始まってすぐ選挙があるんです。他では、文化祭とかは生徒会最後の仕事みたいだけど、ここでは生徒会最初の仕事。だからマニフェストとかも、体育祭や文化祭をどうするかってのが必ず入ってます。あたしも最近まで鈴木一族のマニフェスト会議に参加していました」

 聞きながら喬太は理事室での言葉を思い出した。

「そういえば、鈴木さんも立候補しているとか言ってたな」

「はい。会計に立候補する予定です。それと、あたしのことは紅葉って呼んでください」

 紅葉は疲れたようにソロバンを取り出した。パチパチ珠をはじきながら、

「お金の計算は好きだから会計職に就くのに抵抗はないですけど、どうも気乗りしません」

「だったら辞退すればいいじゃないか。理事長も言ってたけど、やる気のない候補者がいたら真剣に仕事をしようって候補者に迷惑だ」

「そう簡単にはいかないんです」

 寂しげに息をつく彼女の姿に、喬太はこれ以上突っ込むのは止めた。どうもいろいろと事情があるらしい。

「それで、今言った六つの一族が立候補者をたてて争っているってわけか」

「佐藤一族は立候補しません。完全中立を信条にしている正義の味方ですから」

「正義の味方ね」

 喬太はふと気がついた。

「もしかして、俺も鈴木一族に数えられているのか?」

 不安げに自分を指さすと、

「私もそこのところが聞きたいわね」

 声をかけてきたのは、先ほど二人を守ってくれた見覚えのある制服姿の女生徒・佐藤花崗だ。ただし、今はあのプロテクターらしきものは身につけておらず、普通の制服姿だ。

「やっと見つけたわ」

 紅葉の隣に座る。こうして並ぶと、二人は本当に対照的だった。文系と科学者タイプが融和した紅葉と体育系の花崗。肌の色も、紅葉がむきたてのゆで卵のように真っ白なのに対し、花崗は焼きたてのトーストにバターを塗った狐色だ。柔らかな印象の紅葉に引き締まった雰囲気の花崗。髪の長さも、ストレートでショートの花崗に対し、紅葉の髪はちょっと癖っ毛で……怪我をする前はロングだった。今はソバージュにしている。

「騒ぎの当事者が勝手に逃げ出したら困るのよね」

「当事者だから逃げ出したんです。報告書の作成なら、明日、式典実行委員会に出頭しますから今日は勘弁して欲しいんですけど」

「それはそれでいいわ。それよりも、確認しておきたいのよ」

 花崗は喬太をちらと見て、

「各一族が生徒会選挙に立候補しようって時に、鈴木一族が鈴木の名字を持つ人を異例の特待生扱いで転校させてきた。その裏に何か不正はないか?」

「喬太さんは今回の選挙とは関係ありません」

 ムキになってつめよる紅葉を花崗は軽く押し戻し

「そうは思わない人もいるわ。もしかして、喬太君は鈴木一族の秘密兵器じゃないかって怪しむ人もいる。時期が時期なだけにみんな敏感なの」

「大げさな」

 自分に秘密兵器扱いされるような力なんてないことは、喬太自身よく知っている。

「もしかして……さっき一族代表が次々出てきたのは」

「みんな君に注目しているのよ」

「ずっと監視されていたんですか? 一族全部から」

「ここに来てからずっとね。かくいう私もお二人をつけてたの」

 たまらず喬太はテーブルに突っ伏した。

「どうりでみんなタイミング良く出てきたわけだ」

「そう嘆かないの。姿を現したってことは、君に対する容疑が薄らいだってことだから。ちょっと失礼」

 花崗は喬太の後ろに回り、衿から何かつまみ上げた。

「どこの一族か知らないけど、盗聴器。君たちの会話は全部聞かれていたみたい」

 テーブルの上に置かれた盗聴器は、小指の爪より更に小さく、ゴミにしか見えない。つまんでみると服にくっつきやすいように少し粘り気がある。これなら手慣れた者ならすれ違いにでも喬太にしかけることは可能だろう。

 途端、紅葉が真っ赤になった。彼に迫った言葉の数々がみんな聞かれていたのだ。録音もされていたかも知れない。

「みんなそれは考えすぎだっての。俺は夏休みにたまたま鈴木さんを助けて」

 喬太と紅葉は、夏休みの二人の出会いを説明した。出会いはあくまでも偶然であり、そこに何の作為もないことを特に強調して。

 話を聞き終えた花崗は、まだ判断しかねないようだった。

「あたしたちが嘘をついていると思います?」

 ソロバンを清算して紅葉が聞いた。

「それは何とも、でも意外。紅葉さんって、そんなことをする人に見えなかったから」

「そんなことって?」

「男の人にそばにいて欲しいからって、親にごり押しするってこと」

 花崗が笑った。正義の味方としてではなく、かわいい妹を応援する姉のように見えた。そのまま真っ赤になった紅葉の頭を軽くなでる。

「よし、その反応なら信じていいわね。式典実行委員会としては注意しますけど、女性としては無罪放免。なんか安心したわ。紅葉さんも女の子だ」

 馬鹿にされたとでも思ったのか、紅葉が彼女の手を払い、むくれた顔を向けた。

「そんなに怒らないの」

 そのまま花崗は盗聴器に口を寄せ。

「どこの一族かは知らないけど、聞いたわね。私情で特待生にしたってことで紅葉さんのスキャンダルにはなるでしょうけど、喬太君はとりあえず無罪。盗聴器は式典実行委員会として没収、風紀委員会に提出します。何かの証拠になるかも知れませんからね」

 ポケットからケースを出すと、その中に盗聴器を入れる。蓋のラベルに今日の日付と時間、花崗の名前などを書いた。

「これで大丈夫だと思うわ。向こうも一般生徒に勝手に盗聴器を仕掛けて盗み聞きしていましたなんてイメージダウンは避けたいでしょうから。それじゃあ明日の放課後、二人とも委員会に出頭してね」

 手を振りながら笑顔で返す。それを見た途端、喬太の心臓が激しく痙攣した。

「あ、ああ……」

 自分も何か言わなければと思うが、真っ赤な頬が引きつって、うまく言葉にならない。その様子を花崗は何か勘違いしたらしい。

「喬太君、しっかり彼女を守らないとだめよ。彼女、会計の本命だから」

 そう言うと、花崗は「佐藤の名字は正義の証♪」と鼻歌を歌いながら去って行った。

 殺到としたその姿に思わず喬太は見とれた。

「……いいなぁ」

 自然と出た彼の言葉に、紅葉は顔を引きつらせて思いっきり足を蹴りつけてきた。


 御代氏学園敷地内東側に十二階建ての建物がある。学園内のどの校舎よりも大きいこれが学園男子寮である。収容可能生徒数六百人。生徒に割り当てる部屋はすべて個室。食事は基本バイキング、三カ所の大浴場、五基のエレベーター。七十基のコインランドリー。通路には自走式の小型お掃除ロボットが動き回っている。もちろん、インターネットや衛星放送の設備も充実しており、地下には巨大駐輪場と駐車場。一階にはコンビニとレンタルビデオ店があり、下手なビジネスホテルが裸足で逃げ出す充実ぶりである。

「鈴木喬太さんですね。荷物が届いていますよ。学園からの教科書類一式も一緒に部屋に置いてありますから」

 受付でカードキーを受取り、十一階にある自分の部屋に向かう。学食で紅葉に蹴られた足がまだ少し痛んだ。

(あれって、やっぱりヤキモチ……かな)

 喬太は自分でも鋭い方だとは思っていない。紅葉がどうやら自分に好意を持っているらしいぐらいのことは分かる。

「参ったなぁ……」

 あれで彼女が自分の好みとはほど遠いのなら迷いはない。キッパリと断るだけだ。だが、満更でもないから困る。かわいい女の子に好かれて嫌な男はいない。だが、好かれるにも限度というものがある。それに、

(花崗先輩かぁ)

 食堂での彼女とのやりとりを思い出す。健康的で気さくで物わかりが良さそうで。正に喬太のタイプそのものだった。転校初日に彼女と会えたのも何だか運命っぽい。

 だが、彼の頭の中で花崗を押しのけて怒った顔の紅葉が割り込んできた。彼女は理事の娘であり、自分を特待生に推薦してくれた。そんな彼女を足蹴にするのも後ろめたさがある。

「とにかく、飯を食ってから荷物を整理しよう。明日から授業もあるし」

 腕時計を見ると午後六時を回っていた。食堂ではもう夕食のバイキングが始まっているはずだ。

 喬太の部屋はパンフレットによれば特待生用の個室で、十六畳と八畳の二間。彼が今まで住んでいたアパートよりも広い。食堂と大浴場がある関係で、キッチンは小さなコンロが二つ、小型冷蔵庫があるだけ。風呂はなく小さなシャワー室がある。

「贅沢癖がついたら困るな」

 パンフレットで部屋の写真を見た喬太が思わずそう口にしたぐらいだ。

 入り口に自分の名前があるのを確認してカードキーを差し込み、予め登録しておいたパスワードを押す。短い電子音と共にロックが解除され、中に入る。これから大学部卒業まで、彼はこの部屋で暮らすのだ。

 明かりを付けた途端、喬太は口をあんぐりと開けて固まった。

 隅に彼の着替えなどが詰まったプラスチックボックスとボストンバッグ。これは彼が自宅から送ったものだ。その横には学園から配布された教科書類や各種特典カード類。これもいい。

 壁のハンガーには制服が夏用冬用それぞれ三着ずつかけられている。これもOK。

 だが、部屋を飾り立てているものは見覚えがなかった。

 五十インチはある薄型テレビにHDD&BDレコーダー。キッチンには小型とは言えない冷蔵庫とレンジが置かれている。高そうな応接セットのテーブルの上には「welcome鈴木喬太」と書かれたカードが置かれたノートパソコンと携帯電話。備え付けの机には、デジタルフォトグラフが、紅葉の写真を次々と写しだしていく。まるで恋人の写真を飾っているかのように。

 奥の部屋を見る。備え付けのシングルベッドがダブルベッドになっていた。

 冷蔵庫を開けると様々なペットボトルが入っており、冷凍室には冷凍食品が入っている。小腹が減ったときのためだろう。焼きおにぎりやたこやき、ホットケーキなどレンジで温めるだけの軽食ばかりだ。

 タンスの引き出しを開けると、シャツやズボンが十着以上収まっている。まさかと思って、下の引き出しを開けると、靴下や下着類が入っていた。

 愕然とする中、テーブルの上の携帯電話が鳴った。

「うわっ!」

 たまらず逃げるように壁に背中を付けた。携帯電話は鳴り続けている。

 出なければと思い、恐る恐る近づく。携帯電話を手に取り画面を見ると「鈴木紅葉」と表示されていた。もちろん待ち受け画像は彼女の写真だ。

 何度も深呼吸すると、電話に出る。

《喬太さん、驚きました? 部屋にあるのはあたしからの転入祝いです》

 紅葉の声が耳に届く。

「部屋の中のもの、みんなお前の仕業か!」

《怒ってます? あたしからの贈り物は迷惑ですか?》

 電話を通して聞こえるつらそうな声が、喬太の怒りに急ブレーキをかけた。

「いや、そういうわけじゃ……うれしいけど」

 途端、紅葉の声が明るくなった。

《よかった。もしかして、あたしの善意の押しつけじゃないかって心配だったんです。喜んでくれてよかった。それと今、喬太さん専用の自転車を鈴木一族の技術者に作らせてますから、完成したら届けます。学園では自転車がないと何かと不便ですから。あ、喬太さんの各種肉体データは既に収集してありますからご心配なく》

 浮かれた口調が流れてくる。一気に喬太の全身から力が抜けた。

「でも、タダでさえいろいろ便宜を図ってくれたのに、ここまでされたら心苦しいよ」

 これが彼にとって、精一杯の反撃だった。だが、こんなことで彼女がひるむはずもない。

《そんなに気にしないで。そこにあるのはみんな中古品ですから》

「中古品?」

《夏休みにうちで家具の買い換えをした時、まだまだ使えそうな古いものを選びました。これなら良いでしょう。服もクリーニングはしてありますけど、みんな古着です。さすがに下着は新しいものを用意しましたけど、それぐらいは許してください》

「……まあ、それぐらいなら……中古品か」

 よく見ると、確かに家具には小さな傷がある。

《パソコンの中に、一学期の授業内容をまとめたデータを入れておきました。前の学校と進行が違って戸惑ったときに参考にしてください》

「それはまた、気の利いたことで……」

《まだ足りないものがあったら言ってくださいね。おやすみなさい》

 そして、チュッという音と共に通話が切れた。

 喬太の全身を悪寒が走り抜けた。

「冗談じゃない……このままじゃ……」

 ぐるりと家具を見回す。

「まさか盗聴器とか、隠しカメラとか仕掛けてないよな」

 また携帯が鳴った。紅葉からだ。

《盗聴器とか、隠しカメラなんて仕掛けてませんから安心してください》

 自分は今、とんでもない状況にある。それを改めて実感した喬太だった。


【次回更新予告】

鈴木喬太「鈴木喬太です。主人公、本気で降りたくなってきたな」

佐藤花崗「本当、だったら私に譲って。主人公って憧れるのよ」

鈴木弦間「黙れ、主人公とは選ばれし者。ならばこの鈴木弦間こそ主人公に相応しい」

渡辺舞華「醜いものは下がりなさい。私たち美しき渡辺一族こそ主人公に相応しいわ『渡辺』この文字の美しさはどう」

高橋一佐「主人公は、物語における多くを背負う者。その重圧に耐えてなおも進む力あるものこそが主人公に相応しい。つまりこの」

田中直線「私のことだな!」

田中以外全員『違う!』

喬太「……次回更新『喬太くん焦る』……こんな連中相手に主役を張るのか……何とかしないと」

紅葉「大丈夫。喬太さんにはあたしが憑いて……ついています」

喬太「今、なんか言い直したな!」


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