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鈴木一族の陰謀  作者: 仲山凜太郎
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【2・御代氏学園(みょうじがくえん)へようこそ!】

「鈴木喬太君。我が御代氏学園は、君を第二級特待生として歓迎するよ」

 彼に電話をかけてきたあの声の主、鈴木大洋理事は、大げさなまでに手を広げて近づくと喬太の手を取り力強く握った。

「ありがとうございます。特待生として恥ずかしくないよう頑張ります」

 おろしたてでまだ体に馴染んでいない制服姿で手を握り返す喬太だが、どうも実感がわかない。一応、平均以上の成績を取っているものの、特筆するほど優れた成績を収めているわけでもない自分が、特待生になって良いのだろうかと。

「息子をよろしくお願いします」

 隣で喬太の母親である陽子が何度も鈴木理事に頭を下げる。彼女も喬太同様、未だに息子が特待生になることが実感できないのだ。みっともない格好は出来ないと懸命にお洒落をしているが、喬太の家の経済状態ではたかが知れている。服もクリーニングして汚れだけは落としているのが、五年前の流行なだけにどうしても古さを感じさせる。

 もっとも、鈴木理事は気にしていないらしく

「いえいえ、こちらこそいきなりの申し出を受けて戴き、ありがとうございます。息子さんのような優秀な人材は、一日でも早くこちらに迎え入れたかったので、無茶を言わせて戴きました」

 確かに無茶だった。喬太を特待生として迎え入れたいという申し出があったのは一週間前だ。

「あなたはただ『はい』と言ってくれれば良いのです。手続きやらなにやら、全ては私どもで引き受けます」

 その言葉通り、この一週間で彼らは転校の手続きから必要なものの調達まで全て済ませてしまった。それだけではない。

「突然のことに大変困惑のことでしょう。ご迷惑料としてお受け取りください」

 どうやって調べたのか、喬太の家の借金を全額、代わりに返済してしまった。さすがに気味が悪くなったが、

(こうなったら、もうどうにでもなれ!)

 とばかりに、申し出を全て受け入れたのである。

 もちろん、喬太達も黙って言うがままにされたわけではない。ちゃんと事情は聞いている。


 パチパチパッパチ、パチパチパッパチ♪


 扉の向こうから、微かに聞き覚えのあるソロバンの音が近づいてきた。それは扉の前で止まると、ベートーベンの運命を思わせるノックへと変わる。

「入りたまえ」

 鈴木理事の声と同時に扉が開き、制服姿の紅葉が飛び込んできた。

「喬太さん!」

 そのまま彼に抱きついてくる。その柔らかな感触が彼の体を包み、甘い匂いが鼻をくすぐる。思わず抱きしめたくなったのを堪えて、彼は真っ赤になりつつ彼女をはがした。

「元気で何より」

 微笑む彼女の顔はすっかり血の気を取り戻し、あの時の怪我がすっかり癒えているのが分かる。さすがに髪は短いままだが、軽いくせっ毛を生かしたスポーティな感じに変わっている。こうしてみると、病院にいた時よりも元気っぽさが五割増しになっている。

 御代氏学園の制服は男女ともにブレザータイプ。紺のネクタイに斜めに入ったラインの色で学年を分けている。喬太と紅葉は一年で白のラインが入っている。ちなみに二年は青で三年は赤である。

「来たばかりでしょう。明日から授業に入るんだし、今日のうちに学園内を案内します」

 鈴木理事は軽く咳払いし、二人の注意を自分に向けさせた。

「紅葉、校内では態度に気をつけろ。選挙で不利になるぞ」

「あたしはお兄様の指示で立候補しただけで、別に落ちてもかまいません」

「弦間のことも考えろ。それに、事情はどうあれ立候補した以上、ベストを尽くすべきだ」

 強い口調で言われ、紅葉もまずいと思ったのだろう。

「はい、お父様。気をつけます」

 ぺこりと頭を下げる。

「校内では鈴木理事と呼びなさい」

 そう。紅葉はこの御代氏学園の理事の一人・大洋の娘だった。今回、喬太が特待生として迎えられたのも実は彼女のごり押しによるものだ。それを初めて知ったとき、喬太は特待生を断ろうかと思った。こんな個人の感情で特待生になるなど、他の真面目な学生に対して失礼だから。

 しかし、特待生となれば様々な特権がある。この御代氏学園には特級、一級、二級と三段階の特待生制度がある、

 喬太は第二級特待生。一番下だが、それでも授業料免除の他、教科書、制服など、学生の必需品とされるものは全て支給され、学生寮にも無料で入れる。寮に入らない場合は家と学園を結ぶ交通の定期券が支給される。さらに学園敷地内での買い物は、特待生カードの提示によってすべて10%引きとなる。

 父が死んでから、ずっと母が一人で仕事に頑張っている姿を見続けていた喬太にとって、母の負担を大幅に減らせるこの特権は大きな魅力だった。しかも御代氏学園は幼稚園から大学まで一貫している。申し出を受ければ、大学卒業までこの特権が続くのだ。


 私立御代氏学園。関東北部に位置する盆地を丸ごと敷地とする、敷地面積だけなら日本最大の教育施設である。生徒数は約三千人。大人数ではあるが、規模の割りには少ない。これは入学審査が厳しいためと言われている。敷地の特徴としては、とにかく木が多い。敷地内に森があると言うより、森の一部を整地して校舎を建てた感じだ。それらを結ぶ道も、運搬用の大通りをのぞけばどれも森の小道と呼びたくなるものばかりだ。

 数ある大通りの一本を喬太と紅葉は歩いている。彼女の申し出に引っ張られる形で、手続きその他を全て母に任せ、学園を案内してもらっているのだ。


 今日は二学期初日、始業式だけで終了のために学生の多くはすでに帰宅していた。それでも体育系を中心にさっそく活動を始めたクラブも多く、あちらこちらで彼らの姿を見る。

「喬太さんは何かクラブに入るんですか?」

 ジャージ姿でランニングしている集団を目で追う彼を見て、紅葉が聞いた。

「どうすっかな。今までバイトばかりでクラブ活動なんかしなかったからな」

 こちらが近道だと、紅葉に引かれて小道に入る。足下がアスファルトから土に変わり、鳥たちが跳ねるように離れていく。夏の残りの暑さが嘘のように引いていった。

「気持ちいいな」

木々を抜けてきた風を受けて喬太がつぶやく。立ち止まり、そのまま風を受けては恍惚とした息をつく。風に含まれた木の香りが心地よい。

「何だか年寄り臭いです」

「いいんだよ。六十年もすればみんなジジババになるんだから。年齢を先取っているんだ」

「嫌でもジジババになるなら、先取りする必要ないです。若返りが出来ない以上、今の若さは今の内に楽しまないと損。時は金なり、若さは金なりです」

 腰の後ろに差し込んでいたソロバンを取り出すと、パチパチ弾き始める。

「鈴木さんだって、波に揺られるのが好きなくせに」

 途端、紅葉はソロバンを弾くのを止め、喬太を睨みつけた。

「いじわる」

 紅葉が肩を怒らせ、唇をとがらせる。

「そんなに怒るほどのことかよ。ちょっとした突っ込みだろう」

 正直、喬太は戸惑っていた。どちらかというと質素なお嬢様のようなイメージを持っていた紅葉が、どうも違う顔ばかり見せてくるからだ。

「そうじゃなくて」

 紅葉は手近な木にもたれて、

「やっと再会できたのに、喬太さん、あたしのことより学園のことばかり」

「そりゃまあ、今日からここの生徒なんだし」

「名前だって……紅葉って呼んでくれないし」

「理事の娘を馴れ馴れしく呼び捨てにしたら、周囲の目が怖い」

「あたしは、喬太さんに呼び捨てにしてもらいたいんです」

 頬を膨らませて、喬太の顔を見上げる。

(なんか、この雰囲気は……)

「それに、学園内では名前で呼ばないとややこしいんですよ」

「へ?」

 小道を抜けると東校舎の脇に出た。

「ここに出るのか。でも、あの道を通ると遠回りにならないか」

 紅葉は黙って先を歩いている。

「でも、ああいう小道は好きだな。時間に余裕があるときはあそこを通るか」

 いきなり紅葉が振り向き、喬太は驚いた。彼女が振り向いたからではなく、怒ったように喬太を睨みつけているからだ。それも、さきほどよりもずっと強烈に。

「な、何だ。俺、何かしたか?」

「何もしないからです」

「へ?」

「せっかく人通りのない道を選んだのに」

 紅葉はそっと喬太に身を寄せた。

(まずい!)

 喬太の本能が危険を知らせ、慌てて紅葉から離れる。

 その態度に彼女は悲しげな目を向けて、

「喬太さんは、あたしが嫌いですか?」

「好きも嫌いも、俺たちって夏休みのあの輸血の夜と、今日、二回会っただけだろう」

「会った回数なんて関係ありません。それに、あたしはずっと喬太さんのことを見てました。家族構成から学校の成績、どんな人でどんな友達がいて。特待生としてお父様達を説得するため、色々調べてもらって……」

 ストーカー。そんな言葉が喬太の頭に浮かんだ。

 歩み寄る紅葉から喬太は逃げるように後ずさる。ハッキリ言って、喬太は女の子に言い寄られたことなんかない。年齢=彼女いない歴の健全男子だ。

(不健全な男子になりたいとは思っていたけど!)

 今、喬太は大事なのは目標よりも、それに至る過程だと痛感していた。

「遠回しにあたしのことも伝えてもらって。直接会うのは怖かったから。喬太さんって、そういう事は嫌いみたいだから」

 校舎の壁まで追い詰められても、紅葉の前進は止まらない。下がれない彼は冷や汗を流しながら、彼女が寄ってくるのを制する。

「そりゃ、確かにそういう権力者のごり押しみたいのは嫌いだけど……」

 困りながらの返事。しかし、紅葉は最後の「けど」を好意的に受け止めたらしい。

「よかった」

 と、目を閉じて半開きの唇を喬太に差し出した。

 途端、喬太の心拍数が上がった。恋愛には疎い彼でも、この姿勢の意味ぐらいは分かる。

 これに応えるべきか、制するべきか。

 改めて紅葉を見る。良いとこのお嬢様に相応しいバランスの取れた顔立ち。鼻眼鏡の存在が、彼女をちょっと科学者っぽいイメージにしている。ちょっと視線を下にずらすと、服の胸元から女性の証でもある膨らみの谷間がちらりと見えた。栄養が良いのかやや大きめだ。

 変なところはあるが、間違いなく美人の部類に入る女の子。しかも金持ち。胸でかい。昔の人も据え膳喰わぬは何とやらと言っている。

 自然と喬太の視線は彼女の唇に向けられる。銀の鼻眼鏡の下に広がる魅惑の空間。

 喬太にキスの経験はない。が、「すっげえ気持ちいい」だろうと推測はしている。

 しかし、もしここでキスしたら、それこそ紅葉は喬太の気持ちなど無視してべったりしてくるのは明らかだ。へたなストーカーよりずっと怖い存在になりそうだ。

 紅葉がさらに唇を前に出す。タイムリミットは迫っている。

 喬太の全身から汗が噴き出すのは、夏の名残の暑さのせいではない。

(誰でもいい。助けてくれ!)

 見上げた途端、屋上の手すりから身を乗り出して二人を見下ろす男と目があった。

(しめた!)

 この状況を打開する理由が見つかったことに安堵する。だが、

「何をしている、紅葉から離れろ!」

 男が何やら大きな筒を取り出し、二人に向けた。喬太より先に紅葉が反応した。

「喬太さん、逃げて!」

 紅葉が彼の手をとって走り出す。訳がわからないまま、引っ張られるように走り出した直後、男の構えた筒から轟音と共に何かが発射された。

 それは二人の目の前に着弾、七色の光と共に爆発する。無数の火の粉が二人に降り注ぐ。

「花火?!?」

「いいから早く逃げて!」

 今度は喬太も異論はなかった。紅葉と並んで走り出す。

「そこを動くなーっ」

 叫きながら、男が続けざまに筒から花火を発射する。それは逃げ惑う二人のそばに着弾しては様々な色の火花を散らす。

「花火は空に向けて撃つもんだろう!」

「紅葉、その男から離れろ。兄の言うことが聞けないのか!」

 その言葉に、喬太の声が裏返る。

「あに?」

「早く逃げて、兄様は本気です!」

「冗談だろう」

「兄様は冗談と書いて『ほんき』って読むんです」

 花火を避けるようにジグザグに走りながら二人はグラウンドを逃げ回る。校舎に逃げ込みたかったのだが、花火攻撃が激しくてなかなか隙をうかがえない。

「止まれ紅葉、お前は自分の立場を分かっているのか。お前はいわば鈴木一族の姫なのだぞ」

「鈴木一族?」

 喬太の思考を中断させるように、一発がすぐそばに着弾する。

 とっさに紅葉をかばう喬太だが、至近距離からの爆風と七色の火花にたまらず吹き飛ばされた。運の悪いことに、吹き飛ばされた彼は、ちょうど紅葉を押し倒す形で転倒した。

「喬太さん、守ってくれたんですね。うれしい」

 頬を染める紅葉に突っ込む余裕も無く喬太は起き上がった。

 顔をあげた彼の目に、屋上で紅葉の兄が花火の筒をこちらに向けているのが写る。周りの学生たちが彼を止めようとしているようだが、全く聞こうとしないようだ。

 反射的に立ち上がった喬太は、紅葉を護るように手足を広げて壁となる。

「鈴木さん、逃げろ。何か知らないが、君の兄貴の狙いは俺みたいだ」

 その態度が兄の神経をさらに逆撫でした。怒りの形相で花火の筒を向ける。

 やばいと思った喬太だが、後ろに紅葉がいる以上、逃げるわけにも行かない。

(こんなので死ぬのは嫌だけど……女の子を守って死ぬなら悪くない)

 覚悟を決めたその時、喬太の前に別の背中が現れた。樹林学園高等部・女子の制服。ただし、肩や関節部などにプロテクターのようなものが装着され、スカートはキュロットスカートだ。そして背中には大きく「佐藤一族」の文字。

 紅葉の兄が花火を撃つ! それは狙い違わず喬太に向かってくる。それはすなわち、彼の目の前にいる女生徒に命中すると言うこと。

 だが、次の瞬間、女生徒は気合いと共に飛んできた花火に右フックをぶちかます!

 花火は真っ二つに割れ、中の火薬玉をまき散らしながら校庭の隅まで飛んでいって爆発した。

「痛ぁ~っ。さすがに今のは痛かった」

 目の前の女生徒が手甲をつけた右手をぷらぷらさせながら涙目でつぶやいた。

「痛いだけですむのかよ……」

 呆然とする喬太の視線に気がつかず、女生徒は屋上にいる紅葉の兄を指さし、

「生徒会長立候補者・鈴木弦間! 花火の許可は演説前に三発だけです。しかも、人に向けて撃つのは厳禁! これ以上の違反行為を繰り返すなら、式典実行委員会にあなたの立候補の剥奪を提訴します!」

「何だと。貴様、名を名乗れ!」

 屋上からわめく弦間に、女性とは軽く短い髪をかき上げ。

「式典実行委員所属……そして!」

 拳を固めた両手で円を描くようにしてポーズを取る。

「佐藤の名字は正義の証! 正義を信じて進む者の味方・佐藤一族がひとり、佐藤花崗(みかげ)!」

 思わず喬太は周囲を見回した。どこかで特撮研究会あたりがカメラを回しているのでは思ったのだ。


【次回更新予告】

佐藤花崗「愛と希望を拒む者、佐藤一族が相手になるわ!」

鈴木弦間「出たな正義かぶれのおめでたどもめ。邪魔をするな、世界の支配者は鈴木を名乗る者達だ!」

???「やれやれ、自己主張は大事だが、それしかしない者はただ見苦しいだけだ」

???「本当ですわ。世の先頭に立つ者は、まず美しくなければ。我が一族のように」

???「行動力に勝るものはない! 口よりも手足を動かせ」

???「見苦しい、DNAまで筋肉で出来ているようなあなたたちと一緒にしないで欲しいわ」

鈴木喬太「……あの……主人公の主張は」

鈴木紅葉「負けないで喬太さん。勝利をつかんで、私の愛を手に入れて。次回更新『一族ぞくぞく』新キャラいっぱい出ます」

鈴木喬太「……主人公、降りて良いかな……」

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