【12・決戦! 六大一族!!】
第二体育館前の広場。木君と鈴娘の残骸を前に集結した一同を突風が襲った。
飛ばされまいと踏ん張る一同を影が覆う。
「な、何だあれは?!」
見上げると、そこにはスーパー鈴木ロボ。おそらく体育館から出ようとしたとき、すでに呼び出しをかけておいたに違いない。でなければ、こんなタイミングよく現れるはずがない。
スーパー鈴木ロボの着地の衝撃が校庭を揺るがし、窓ガラスが一斉に割れる。
「どうだ、これがスーパー鈴木ロボの力だ」
勝利の高笑いをする鈴木弦間。が、それが拍子抜けするように小さくなる。
周囲の者達が、驚いているというように呆れているのだ。
「なんだその顔は?!」
馬鹿にするのも馬鹿らしいと言いたげに鈴木喬太がスーパー鈴木ロボを指さし
「スーパー鈴本ロボになっているぞ」
「え?」
振り返った弦間があんぐりと口を開けた。スーパー鈴木ロボの胸に書かれた「鈴木」の文字。その「木」のところに横一線の傷がついて「鈴本」になっているのだ。
「なぜだぁっっっっ!」
喬太と佐藤花崗がそろって山田軍平を見た。そう、彼らが鈴木家脱出の際、鈴木聖人のプロトタイプ鈴木ロボを軍平のヤマダカリバーが両断した。その時、後ろにあったスーパー鈴木ロボの胸部にも傷をつけたのだ。ちょうど「鈴木」を「鈴本」にする形に。
「あああ、なんと……なんということを……」
弦間がたまらず膝をついた。喬太が見た、今までで一番悲痛な弦間の姿だった。
「……やっぱり、謝った方が良いかな」
ばつが悪そうに軍平は弦間に向かって
「ごめん」
と頭を下げた。しかし、そんなことで弦間の怒りは収まらない。
「お前ら、絶対に許さん!」
差し出されたスーパー鈴木ロボの腕に載ると、そのまま胸部のコックピットに乗りこんだ。
重厚な動力音と共にスーパー鈴木ロボの目が光る。
「なんか、やばいぞ」
後ずさる喬太がはたとひらめいた。
「ジャスティス先輩、佐藤一族に正義の巨大ロボはないんですか?」
「ない!」
胸を張ってジャスティス佐藤が答えた。
「だったら、正義の戦闘機とか、正義の重戦車とか、正義のメカアニマルとか、正義の巨大働く車とか」
「ない!」
「正義のミサイルとか、正義のビーム砲とか、正義の守護星マシンとか。正義の巨大怪獣でも正義の萌え女子型ロボでも良いです」
「ない!」
「今どきの正義の味方なら、巨大ロボの一体や二体あるだろう」
「学園の正義を守るのに、そんなものは不要だ!」
あまりの正論に喬太は肩を落とす。彼の言う通り、巨大戦闘メカやミサイルが必要という時点で、学園云々の枠を超えている。
《何をごちゃごちゃ言ってる! 鈴木剣!》
スーパー鈴木ロボが腰の大剣を引き抜き、喬太とジャスティスめがけて振り下ろす。激突する一瞬前、二人はそれを左右に跳んでかわした。
大剣を構え直そうとするスーパー鈴木ロボ。その際に刀身が体育館の屋根に触れた。屋根が壊れて破片が周囲に降り注ぐ。体育館の中から生徒たちの悲鳴が聞こえた。
「やばい!」
ここで戦ってはよけいな被害が出る。
「この辺に広くて人のいない場所は……」
喬太は必死で式典実行委員会の活動予定表を思い出す。この時間、誰も使っていなくて近くに校舎やクラブ会館などの建物がなく、スーパー鈴木ロボと戦うだけの広さがある場所。
「第五グラウンドなら、今はどこも使っていないわ!」
佐藤花崗が叫ぶ。第五グラウンドは学園敷地の北東部にあり、球技大会などでよく使われる。校舎から離れた場所にあり、回りの被害を考慮しないで戦うには絶好の場所だ。
「わかりました!」
喬太はスーパー鈴木ロボの顔面までジャンプすると、鎖鞭を叩きつける。もちろんこの程度の攻撃ではスーパー鈴木ロボにはろくにダメージを与えられない。けれど喬太の目的は破壊ではなく挑発だ。
《貴様っ!》
弦間の激怒の声が轟き、スーパー鈴木ロボが大剣を喬太に向かって振り下ろす。
「自転車形態!」
間一髪、戦闘電動自転車を変形させてそれをかわした喬太は、そのまま第五グラウンドに向かって走り出す。鈴木一族の非常識技術による電動アシストのおかげで、通常の自転車ではありえないスピードが出る。
《逃がすかぁ!》
その後をスーパー鈴木ロボが追いかける。
「我々も行くぞ!」
佐藤一族と山田忍者隊、田中一族が一斉に走り出した。
「なんてことなの。こんな大事な時に渡辺一族が誇る超万能戦艦・渡辺号が使えないなんて」
渡辺舞華が歯ぎしりする。本編に登場しないメカの説明をありがとう。
「何もしないよりマシです。推香留、腕に自信のある者をつれて行きなさい。距離をおいての援護が良いでしょう。真名、持ってきた傘を全部集めて」
「はい」
先ほどの失態を取り戻そうと渡辺真名達が走る。
先を越されたかと言うように頭をかいた高橋一佐が
「十兵衛、与一、武道の心のある者をつれて彼を援護にいけ。人選は任せる。幸助はここに残って怪我人の救助をしろ」
見回せば、先ほどまでの戦いのとばっちりで怪我をした生徒が倒れ、唸っている。
「よっしゃ、十兵衛、しっかり頼むわ。高橋一族の汚名返上のチャンスじゃ」
「人を傷つけ合う姿をチャンスなどと呼ぶな!」
一佐に睨まれた高橋幸助は、唖然とする。が、すぐに自分の頬を叩き、
「わっかりました。こうなったら気持ちの切り替えや。高橋一族集合! 手のあいとるお人は怪我人を保健室に運べ。近くの校舎じゃベッドが足りない? 台車でもリヤカーでもかき集めてベッドの開いてる校舎まで運べ! なければおぶって運べ!」
怒鳴りつけながらも、自分も目の前の怪我人を助け起こす幸助。
「翔子は情報を集めるんだ。情報を制する者が全てを制するのだ」
「了解しました!」
張り切って高橋翔子が敬礼する。
「一佐先輩。私も情報が欲しい。力を貸してください」
鈴木紅葉が高機動自走式算盤機に乗り、天を指さす。
「わかった。逐一情報を送る」
「ありがとう」
一礼すると、高機動自走式算盤機のエンジンをかけて喬太を追っていく。
「高橋一族の情報力の出番だな」
天を仰ぐ一佐。空には雲が広がっている。その遙か向こう、衛星軌道上には高橋一族が誇る衛星「高橋三号」がある。地上の情報をミリ単位で収集できる優れものだ。
それは雲をもものともせず、地上のデータを集めては分析しはじめた。
スーパー鈴木ロボから逃げるように走る喬太。第五グラウンドまでの道がやけに長く感じる。
「式典実行委員会です。危険なので一般生徒はできるだけ離れてください!」
生徒たちが驚いて道を空けていく。が、中には面白がって追いかけてくる生徒もいる。
「離れろって言ってんだろうがぁ! そこ、撮影するな! ネットにアップするな、恥ずかしいだろう!」
つい声を荒らげるが、野次馬を追い払う力はない。
スーパー鈴木ロボ額の機銃が火を噴いた。
銃弾が道路をえぐる。それを見て野次馬たちがやっと離れていく。
《鈴木喬太。お前だ、お前が紅葉の前に現れてから全てがおかしくなった。みんなお前のせいだ。この計画が失敗したのも、紅葉が私の言うことを聞かなくなったのも、拉致問題が解決しないのも、北方領土が返還されないのも、地球温暖化も、年金問題も、郵便ポストが赤いのも、地球に平和が来ないのも、みんなお前が悪いのだーっ》
「人のせいにするなーっ」
第五グラウンドが見えた。勝手に誰かが使っているかもと心配していた喬太だったが、幸いにも誰もいない。
《鈴木ビーム!》
胸の鈴木の文字が光り、ビームが発射、爆発が喬太を戦闘電動自転車ごと吹き飛ばした。
爆風の中、喬太は戦闘電動自転車を装甲形態に変えると、グラウンドに着地する。
《他の奴らは逃がしても、貴様だけは逃がさん》
グラウンドの中央で、スーパー鈴木ロボと戦闘電動自転車の装甲を纏った喬太が対峙する。
「……少しハンデが欲しいな……」
《そんなものはやらん!》
叩きつけてくる鈴木剣を避けて喬太は、スーパー鈴木ロボにとりつく。
足台装甲で相手の足を何度も殴りつける。が、傷一つつかない。
《そんなものが通じるか。スーパー鈴木ロボはスズキニウム合金で出来ているのだ》
「また勝手な金属作りやがって」
しかし装甲が頑丈なのは事実だ。ヤマダカリバー並の攻撃でなければ傷つけるのは難しい。
喬太はひたすら動き回る。捕まったら終わりだ。
(確か、こういう時アニメではカメラを壊して相手の視界を奪うんだよな)
頭部を見上げる。
「お約束では目がカメラだ」
振り下ろされたスーパー鈴木ロボの腕を途中の踏み台にして、一気に頭と同じ高さまでジャンプする。
「車軸針!」
戦闘電動自転車の車輪のスポークが針のように発射!
スーパー鈴木ロボの目に当たるが、乾いた音と共にはじき返された。
《馬鹿め、弱点のカバーは基本だ!》
空中の喬太めがけて、スーパー鈴木ロボの拳が襲いかかる。
瞬間的な衝撃に喬太の意識が一瞬消え、激しい痛みと共に蘇る。
殴り飛ばされた喬太の体はグラウンドに半分めり込んでいた。戦闘電動自転車を身につけてなければ、間違いなく死んでいた。
「こんにゃろ、本気で俺を殺す気か」
《当然、私は生き死にに関わる冗談は嫌いだ!》
「冗談にしてくれ。頼むから!」
《お前の頼みなど、聞いてやらん!》
スーパー鈴木ロボの胸の鈴木の文字が輝き、鈴木ビームが発射!
喬太の顔が青ざめた。避けられないと思った瞬間、何かが走ってきて彼の体を抱え上げた。
背後の爆発を感じながら顔を上げると山田軍平の顔。
「花崗先輩の方が良かった」
「それだけの元気があれば大丈夫だな」
軍平だけではない。佐藤花崗とジャスティス佐藤、山田修司たち山田忍者隊もやってきた。
《佐藤一族に山田一族か。みんなまとめて!》
そこへ、後ろから碇のついた鎖が何本も飛んできて、スーパー鈴木ロボの首や手足に絡まった。
「何だ?!」
「みんな、田中一族のパワーを見せてやれ!」
田中直線の叫びに、鎖を持った田中一族たちが雄叫びを上げる。いつの間にか追いかけてきた彼らが、スーパー鈴木ロボの動きを止めるために巨大鎖を何本も投げつけたのだ。
先頭で直線が音頭をとり、男子達が引っ張る。
田中セレナーデを中心とした女子達がビキニのチアガールとなって「ガンバレーッ」と応援する。その度女子達の胸が縦に揺れてウェーブを作る。
「いくぞぉ、たなーかーのーためーなーら」
『えーんやこーら!』
鎖を持った百人近い田中一族が一斉に引っ張った。
それに対しスーパー鈴木ロボが引っ張り返す。力比べだ。
「たなーかーはつよーいぞ」
『えーんやこーら!』
見ていて馬鹿らしくなるこの戦い、競り勝ったのは田中一族だった。スーパー鈴木ロボがバランスを崩し、引っ張り倒される形で転倒する。
「やったぞ。田中一族の勝利だ!」
『ばんざーい、ばんざーい、ばんざーい!』
《ふざけるな。この筋肉一族が!》
土煙の中、スーパー鈴木ロボが立ち上がると、全身の装甲が開く。中から現れたのはミサイルの山。それが一斉に発射される。
「逃げろ!」
喬太が叫んだがもう遅い。田中一族たちの中にミサイルが着弾、田中一族達を巨大な爆発が襲い、炎と爆煙が当たりを覆う。
爆煙が晴れた後の悲惨な状況を思い浮かべて、喬太がたまらず目をつぶる。が、
「飛び道具できたか」
直線は真っ黒になりつつも元気で笑っていた。他のメンバーも似たようなもので、せいぜい服や髪がこげている程度。ミサイルなんてへっちゃらな、とことん頑丈な一族である。
「飛び道具なら我々も持っているぞ。秀和!」
呼ばれて、ボサボサ頭に瓶底眼鏡、白衣姿という他とはちょっと血色の変わった小男がちょこまか走ってくる。田中一族の書記候補にして、一族きっての頭脳派・田中秀和だ。高校生活三十年、ただいま四十六才の現役高校生である。
「ひゃはひゃはひゃは、何じゃ族長」
「お前の作ったあれを出すぞ」
「まかせておけぃ。高校生を三十年しているわしの頭脳が生み出した傑作。必殺田中大砲、出ませぃ!」
数人に引っ張って現れたのは、どう見てもただの古くさい大砲である。
田中一族の一人が砲身に飛び込み、
「発射ーっ!」
直線が大砲の紐を引っ張ると、轟音と共に先ほどの田中一族が砲身から飛び出す。サーカスで見られる人間大砲だ。
撃たれた男は真っ直ぐスーパー鈴木ロボに飛んでいき、
ひょい。とよけられた。
「こらーっ、避けるなぁ!」
《避けて悪いか!》
「次行け!」
次々と田中一族が大砲の砲身に入っては発射されていく。
それをひょい、ひょい、ひょいとかわしていくスーパー鈴木ロボ。
あまりにも馬鹿馬鹿しい戦いに、喬太たちは援護も忘れ、呆然とそれを見ていた。
低い駆動音と共に、紅葉が高機動自走式算盤機で走ってくる。
「ちょうどよかった。紅葉、やつの弱点はどこだ?」
ソロコンのディスプレイに、スーパー鈴木ロボが映し出される。先を争うように喬太たちがそれをのぞき込んだ。
スーパー鈴木ロボの背中、人間で言えば頸椎の下あたりが赤く光る。
「ここにエネルギーの制御装置があります。ここを壊せばエネルギーの配分がうまくいかず、暴走、爆発します。そこまで行かなくても、機能停止に近い状態になります」
「けど、そんな弱点だったら頑丈に守られているだろう」
「もちろん。整備用のハッチは特別製で、しかも二重になっています。そして何より」
紅葉はスーパー鈴木ロボの背中を指さす。
「この部分を覆って守っているマントはスーパー鈴木ロボの盾です。耐熱耐寒耐衝撃耐各種光線耐非常識に優れた特別製」
突っ込みたいところが多々あるが、あえて喬太はそれらを飲み込んだ。
「ここを壊すには、まずあのマントを引っぺがす必要あるわけか」
ジャスティスの言葉に、軍平が顔を上げ、
「マントの排除は山田忍者隊が引き受ける。みんなはその後の基盤破壊を」
「わかった。花崗は喬太君と共に基盤の破壊をしろ、我々が援護する」
自分を指名されて驚く花崗にジャスティスは、
「奴には借りがあるんだろう。利子を付けて返してこい」
「はい!」
力強くうなずいた花崗が喬太と拳を合わせる。
紅葉がソロコンから一佐と舞華に連絡、援護を依頼した。
その間も田中一族の人間大砲攻撃は続く。が、ことごとくかわされ、一人も当たらない。
「見事な動きだ鈴木弦間。いよいよ俺の出番だ!」
田中直線が自ら大砲に入る。
「発射ーっ!」
《やかましーい!》
飛んできた直線をスーパー鈴木ロボのアッパーカットが炸裂。直線の体は真っ直ぐ上空に飛んでいき、星になった。
《全く、余計な手間を取らせやがって》
途端、鈍い音と共にスーパー鈴木ロボがよろめいた。
《な、何だ?!》
さらにスーパー鈴木ロボが二度、三度とよろめく。まるで見えない力をぶつけられたようによろめき続ける。
《まさか?!》
そのまさかだった。グラウンドに面した通りで、渡辺推香留の指揮の下、二十人近い渡辺一族が、あの蛇の目傘(衝撃波放出機能付き携帯障壁発生装置)を構えて並んでいるのだ。
「撃て!」
傘から発せられた無数の衝撃波がスーパー鈴木ロボを襲う。互いに衝撃波を共鳴させることにより、その衝撃波は一層強力になってスーパー鈴木ロボに襲いかかる。
「生意気な、吹き飛べ!」
弦間が吼えると同時に、鈴木ビームが渡辺一族に向かって発射される。
「障壁共鳴!」
空気を振るわせ、蛇の目傘の周囲に障壁が生まれる。それが互いに共鳴し合い、より巨大な障壁となった。ビームはそれにぶつかり、拡散、消滅する。
《何?!》
そこへ別方向から無数の矢が飛んできた。ただの矢ではない。先端に爆薬を仕掛けたミサイル矢だ。直撃を受け、爆発とともによろけるスーパー鈴木ロボ。
「第二波用意!」
高橋十兵衛の叫びに応えて、弓を構えた高橋一族たちがミサイル矢をつがえる。その中心にいるのは高橋一族一の弓の使い手、高橋与一だ。
「撃て!」
十数本の矢が一斉に放たれた。スーパー鈴木ロボがとっさに自分の機体をマントでくるむ。
全矢直撃! だが、爆煙が晴れるとそこには無傷のスーパー鈴木ロボ。
《無駄だ、そんな出来の悪い武器で私を倒せるものか》
弦間の高笑いが響く中、ミサイル矢と衝撃波が休むことなくスーパー鈴木ロボを直撃する。轟音と爆炎の中、衝撃波が空気を振るわせる。だがその中心に立つスーパー鈴木ロボはびくともしない。
(妙だな)
スーパー鈴木ロボのコックピットで弦間は微かな不安を覚えた。なぜこうも彼らは効かない攻撃を続けるのか。
(こいつらも馬鹿ではない。もしや)
カメラを切り替えると、攻撃に紛れて接近する喬太達が写った。
「攻撃は囮か!?」
気がついたときには、すでに喬太達はスーパー鈴木ロボの足下まで来ていた。
高橋、渡辺一族の攻撃がピタリと止まった。
「修司!」
軍平の合図で、修司達山田忍者隊が跳び上がる。
「山田忍法・最大風速!」
山田忍者達がスクラムを組み、高速回転を始める。それは猛烈な風を生み、上空の雲を吹き飛ばした。青空が広がり、スーパー鈴木ロボを太陽が照らす。
「お天気を良くしたところで私は倒せん!」
「欲しかったのは影だ」
軍平が足下にくっきりとできたスーパー鈴木ロボの影に両手をつき
「山田忍法・傀儡シャドー!」
叫びにあわせて、地面に浮かんだスーパー鈴木ロボの影がむっくと立ち上がった。
逃がすまいと、影はスーパー鈴木ロボ本体をがっしと捕まえる。
傀儡シャドーは、他者の影を実体化して自由に操る山田忍法である。くっきりとした影がなければできず、内蔵兵器の類いも使えない。多大な忍力を消耗し、操っている間、術者はそれに専念して他の行動がとれないなど多くの欠点があるが、操る影の身体能力は本体と全く同じで、本体の目の前で実体化するため即座に肉弾戦に持ち込めるという利点がある。
殴りかかるスーパー鈴木ロボの腕を影が受け止めた。軍平の操る影は下手な格闘家よりも良く動く。
「こいつめ!」
スーパー鈴木ロボの機銃が影に銃弾を撃ち込んでいく。が、影にはたいした効果はない。
「術者か! 攻撃するなら奴だ」
だが、弦間がそれに気がついても、軍平はそれをさせない。
影がつかんだ腕をねじり上げつつ背後に回る。人間なら痛みに悲鳴を上げるところだが、スーパー鈴木ロボはかまわず影に後ろ蹴りを放つ。
それが決まった時、影はしっかりとスーパー鈴木ロボのマントをつかんでいた。それを決して放さないまま影が倒れる。留め具部分がちぎれ飛び、マントは本体からはぎ取られた。
しまったと叫ぶ弦間の目の前にあるモニターいっぱいに、ジャスティスの勇姿が映る。
「佐藤二段蹴り!!」
渾身の蹴りがスーパー鈴木ロボの左目に命中、彼の蹴りは車軸針すら傷つけられなかったカバーを粉砕、その奥にあるカメラを破壊した。
さらに反動でより高くジャンプすると、二発目の蹴りを右目にぶちかました!
コックピットの外部モニターが一斉にブラックアウト。外部が全く見えなくなった弦間が初めて恐怖を感じた。
すぐに他のカメラに切り替えるが、その隙を高橋一族と渡辺一族は見逃さない。両者の同時攻撃に、視界が利かず、マントも無いためうまく防御できない。ミサイル矢と衝撃波は容赦なくスーパー鈴木ロボを翻弄する。
スーパー鈴木ロボが足のロケット噴射で飛ぼうとする。影が飛びつきその両足をつかむと、噴射口にパンチを叩き込んだ。影にはロケットの炎など関係ない。噴射口がひしゃげ、噴射が止んだ。
地面に引きずり下ろされたスーパー鈴木ロボを影が力任せに押さえ込んだ。
「くっ」
軍平が顔をしかめて片膝をつく。彼の忍力は残り少ない。
「行くわよ、喬太君」
「はい、先輩」
喬太と花崗が駆け出した。
弦間は一瞬の恐怖から立ち直っていた。若干十七歳にして学園の鈴木一族をまとめ上げる精神力はやはり並ではない。
突然、攻撃が止んだ。
(なぜだ?)
影に押さえ込まれている今、自分を攻めるチャンスだ。にもかかわらず攻撃しないのは……。
(これから攻撃する奴を巻き込まないためだ)
攻撃する側には紅葉がいる。だとしたら攻撃の目標はスーパー鈴木ロボの弱点だ。
モニターの一つを背後のカメラに切り替える。
駆けてくる喬太と花崗が映った。
影が押さえ込んだスーパー鈴木ロボの体を駆け上がり、喬太と花崗が跳ぶ。
花崗がより一層高く跳ぶと、体を丸めて回転、いつも以上の回転力でスーパー鈴木ロボに突っ込んでいく。狙いは先ほど紅葉が示した制御基盤のあるハッチ。
「スーパー大回転・踵落とし!」
花崗の踵がハッチを直撃する。基盤自身までは届かないものの、もろくなったハッチは粉みじんに粉砕される。ただしこの技、威力はでかいが、技を放った後のことは考えていない。
バランスを崩して落下する花崗を、影のコントロールに専念している軍平の代わりにジャスティスが受け止めた。
喬太が戦闘電動自転車の充電池に手を伸ばすと、
「充電剣!」
引き抜いた充電器は剣の形をしていた。戦闘電動自転車最大の武器であるが、自身の電源を武器にするため、抜いてすぐ目標を破壊しないとあっという間にバッテリー切れになるという弱点がある。
激しくもがこうとするスーパー鈴木ロボを影がより強く押さえ込む。
雄叫びと共に、喬太が充電剣を制御基板に突き立てる!
基盤から火花が散り、煙を上げて破裂する。
「やったか!?」
途端、スーパー鈴木ロボが最後の力を振り絞るかのように激しくもがき、影を振りほどいた。倒れた影がそのまま地面に沈み、ただの影に戻る。
たまらず喬太もバランスを崩し、スーパー鈴木ロボの背中を滑るように転がり落ちる。
「喬太さん!」
高機動自走式算盤機で紅葉が飛んでくる。機体のマニピュレーターが彼をしっかと受け止めた。
《くそおぉぉぉっ!》
弦間の叫びと共にスーパー鈴木ロボが激しく悶えあがく。動きの制御が出来ないため、止まったりいきなり急速に動いたり、一部だけ動いたり動かなかったり、その姿は奇怪な踊りにも見えた。
「お兄様、勝負は付きました。スーパー鈴木ロボを停止させて、投降してください」
《そんなことが出来るか。私は、私は日本全ての鈴木の頂点に立つ男だぞ!》
「頂点に立ったら、後は落ちるだけです!」
グラウンドに奇妙な機械音が響き、大きくなっていく。
「何だこの音?」
音はスーパー鈴木ロボから聞こえてくる。機械には詳しくない喬太にも、異常が起きていることがわかる。
「お兄様!」
紅葉は真っ青だった。
高機動自走式算盤機の通信機から高橋翔子の声が聞こえてきた。
《スーパー鈴木ロボのエネルギー異常増幅を確認。逃げて! 爆発するわ》
「軍平先輩、ジャスティス先輩!」
喬太が走った。スーパー鈴木ロボのコックピット目指して。
山田軍平もジャスティス・佐藤もその意図を知って彼に続く。喬太は爆発前に弦間を助けだそうというのだ。少し遅れて花崗と紅葉も続こうとするが
「花崗先輩、紅葉を頼みます!」
頷いた花崗が紅葉を押さえ、彼女を抱えてスーパー鈴木ロボから離れていく。紅葉は「放して、あたしも行きます」と抗議するが花崗は無視して走り続ける。
「軍平先輩、コックピットのハッチ、切り飛ばせますか?」
「やってみる」
軍平が走りながら右手を構える。
「ヤマダカリバー!」
彼の右手が忍力に輝く。が、その光はこれまで喬太が見たものよりも弱い。彼の忍力は残り少ない。
スーパー鈴木ロボが立ったまま痙攣する。その各部が爆発を起こし、黒煙を噴き出す。
ヤマダカリバーをかざした軍平を先頭に、ジャスティスと喬太が胸のコックピット目指して突撃する。
そして今、正にコックピットのハッチをヤマダカリバーがぶち破ろうとしたその時、
スーパー鈴木ロボの全身が高熱と共に発光した。
(爆発する?!)
熱と光に襲われる寸前、喬太は自分の前に両手を広げたジャスティスの背中を見た。
空気が振るえ、大地が揺れ、御代氏学園全体を揺さぶった。
スーパー鈴木ロボは巨大な爆炎と化し、空気を、大地を揺らしながら軍平、ジャスティス、喬太を飲み込み広がっていく。周囲の渡辺一族や高橋一族、田中一族も巻き込んで。
遠く離れた第二体育館。
「みんなとの連絡は?」
「通じないわ……」
悔しそうな翔子の返事に、一佐と舞華は二人は唇をかみしめた。
彼らの視線の先、第五グラウンドの方向には、爆発による巨大なキノコ雲が「鈴木」の文字を形作っていた。
…………
喬太が目を開けると、軽く目を閉じた紅葉が唇を突き出すようにしてアップで迫ってきた。
「たんま!」
慌てて紅葉の顔を押し戻す。
「目を覚ますの五秒早い」
「五秒遅かった」
起き上がろうとするが体がやけに重い。メーターを見るとバッテリーが切れている。こうなると戦闘電動自転車も、動きにくい鎧でしかない。
「もう少し待ってください。充電しますから」
高機動自走式算盤機と喬太の戦闘電動自転車をつないで充電を始める。
体を無理に起こした喬太は差し出された差し出された水を飲み、周囲を見た。
第五グラウンドは巨大なクレーターと化していた。あちこちにスーパー鈴木ロボの残骸と思われる金属の塊が転がり、人々がうめき声を上げて倒れている。
スーパー鈴木ロボの爆発はすさまじく、戦っていた者を一人残らず飲み込んだ。距離をおいていた高橋一族や渡辺一族でさえ大半が重傷を負い、動けずに救助を待つしかなかった。山田一族の忍者装束も、佐藤装甲も見るも無惨に砕け、本人達もボロボロになってぐったりしていた。
特にダメージが大きかったのは軍平とジャスティスだった。至近距離での爆発は、頑強な二人ですら戦闘不能のダメージを避けられず、そのまま医務室に直行となった。
「ジャスティス先輩……」
爆発寸前に喬太が見た彼の背中。瞬時に爆発を察知した彼は、とっさに自分を盾にして喬太を守ったのだ。おかげで彼のダメージはさほどではない。
「花崗先輩は?」
「軍平先輩とジャスティス先輩の介護に行ったわ」
第二体育館前に野戦病院が作られ、怪我人はみんなそこに運ばれているらしい。今も怪我人がどんどん運ばれており、残っているのは戦った時の半分もいない。
こういうときに役に立つのはやはり田中一族である。男子はみんな田中大砲で飛んでいったままなので、秀和を除いて女子ばかりだが、みんな並の男達よりも力が強い。
「動けないのはもちろん、動くのがきつい奴も声を上げるなり手を上げるなりしろ、無理はいかんぞ。ふひゃひゃひゃひゃ」
こげた白衣姿の田中秀和が元気すぎる田中一族の指揮を取って怪我人を運んでいく。
田中セレナーデをはじめとする女性陣に運ばれる怪我人の男子が、彼女たちの胸に顔を半分埋めて苦しいような嬉しいような複雑な顔をしている。
田中直線は星になったまま、落ちてこない。もしかして、衛星となって地球を回っているのかも知れない。
喬太が無事なのは、ジャスティスが盾になったのと、戦闘電動自転車の防御力のおかげだろう。紅葉は花崗に森に連れ込まれたおかげであまりダメージはない。生い茂る木々が爆風と降り注ぐ破片を防いでくれたのだ。
喬太は大きく息をつき、やっと安心した。
充電を終えて喬太は立ち上がる。いくらかフレームが歪んでいるのだろう、動きにくそうな彼に紅葉が手を貸した。
二人はクレーターの中心に行く。スーパー鈴木ロボの最期を確かめるように。
「スーパー鈴木ロボに脱出装置はなかったのか?」
「あります。けれど脱出は確認できませんでした。わざとしなかったのかも知れません」
「わざと?」
「爆発のデータを分析したんです。エネルギーの暴走が、途中から意図的になされたように思えました。きっと、お兄様は負けるよりも周りの人達を巻き込んでの自爆を選んだのかも」
「自爆……だって?」
紅葉から説明を聞いて、喬太は愕然とした。
「嘘だろ……。自爆なんてあいつらしくねえ」
「あたしもそう思いますけれど」
喬太が弦間と面と向かったのはほんのわずかな時間だったが、それでも弦間の印象は強く残っている。弦間は闘争心の塊のような男だ。どんなときでも勝利を諦めない。負けるときでも次の勝利につながる負け方をしようとする。事実、生徒会選挙の戦いは、場の空気発生マシンが暴かれた時点で弦間の負けは確定したも同然だった。それでもスーパー鈴木ロボで戦い続けたのは、自分の力を見せつけ、学園において自分は強いという印象を全生徒に与えるためだ。勝つには勝ったが弦間は強い。できることなら二度と戦いたくないと全生徒に思わせるためだ。
自分を一番よく知るものは敵である。そんな言葉がある。敵は勝つために自分を研究する。どんな力を持ち、どんな考えで動くのか。全力で探り、本気で考える。だからこそ、敵は自分の最高の理解者となる。その上で否定するのが敵なのだ。
無意識のうちに喬太は弦間を敵と認識し、わずかに接触して得たことから弦間という男を分析し、知ろうとした。そして喬太なりに理解した弦間という男は
「自爆なんて、自分の負けが最初にある戦い方なんてあいつは絶対にしねえ!」
《その通りだ》
足下から声がした。
地面から腕が飛び出し、喬太の足を捕まえる。そのまま土砂をはねのけ現れたのは
「弦間!」
鈴木弦間だった。あの爆発の中心にいたはずなのに怪我一つない。それだけではない、彼は装甲形態の戦闘電動自転車をまとっていた。喬太同様、専用に作られたものだ。
力一杯喬太を地面に叩きつける。喬太の装甲がいくつか吹き飛んだ。
周囲がざわめいた。弦間が生きている! そんな叫びがあちこちから聞こえ、一斉に逃げ出した。
「少しお前を見直したぞ」
立ち上がろうとする喬太だが、フレームが歪んでうまく起き上がれない。
「脱出カプセルが変な形で地面にめり込んでな。おかげで出てくるのに手間取ったが」
その場にいる面々を見回して
「その代わり、お前を叩きのめすのに邪魔な奴もいなくなってくれた」
喬太と紅葉に向かって一歩出る。紅葉が真っ青になって後ずさった。
「紅葉、私はお前に甘すぎた。最後はわかってくれると思ってな。それが最大の敗因だ。私はもう、お前を妹などとは思わん! 喬太をぶちのめしたら、お前のお仕置きだ。好きにしろと聖人に渡してやる!」
「止めろ」
何とか立ち上がる喬太を、弦間が足台装甲で殴打する。ろくに動けない喬太は一方的に殴られるだけだ。フレームが折れ装甲が砕け散る。
弦間が蹴り飛ばす。宙を舞い、喬太はクレーターの端まで吹っ飛んだ。
「大丈夫か」
負傷し教護を待っていた高橋十兵衛と渡辺推香留が互いを支えるようにやってくる。この場に残っている数少ない戦闘要員だが、二人とも爆発のダメージで傷だらけだ。十兵衛は右腕がだらんと垂れたまま動かないし、推香留は左足を引きずっている。二人とも動けはしても戦える状態ではない。
喬太に続いて紅葉に手を伸ばす弦間に、戦意のある生徒達が挑んでいく。中には佐藤一族も山田忍者もいる。だが彼らも程度の差はあれ爆発のダメージ受け、武器のほとんどを失っている。対する弦間はほぼ無傷の上、専用の戦闘電動自転車を身につけている。
足台装甲で山田忍者を殴り飛ばし、鎖鞭で佐藤一族をなぎ倒す。
山田忍者の手裏剣が飛ぶが、カウルに弾かれ弦間の体には届かない。
「ひるむな。相手は一人だ!」
「無数の雑魚は一人の王者に勝てん!」
その言葉通り、弦間が拳を振るう度に生徒達が倒れていく。まるで無双系のゲーム画面のようだ。
「喬太さん、早く逃げましょう」
紅葉が高機動自走式算盤機にひっぱっていこうとするのを彼は振り払う。
「みんなが戦っているのに逃げられるか。それに、弦間の目当ては俺だ」
「だから逃げるんです。この場にいる人たちでは兄様に勝てない」
「それでもだ」
十兵衛と推香留に
「こいつを切れないか。動きづらくてしょうがない」
そのまっすぐな目を見た十兵衛と推香留は互いに目を合わせ
「動くな」
と腰を落とし、二人揃って刀に手をかけた。静かに息を吸い込むと
「!」
聞こえぬ叫びとともに十兵衛の刀がと推香留のサーベルが煌めいた。
乾いた音ともに、喬太を覆っていた戦闘電動自転車のフレームや装甲がばらばらになって落ちる。
「さすが」
手足を動かし、自由を堪能する。
「鈴木喬太、これを持って行け」
十兵衛が自分の刀を差しだした。
「高橋一族の職人が鍛えた業物だ。切れ味は今見せた通り、きっと役に立つ」
「けれど」
「武器なしで挑むつもりか。私はこちらを使う」
腰に差したもう一本の彼方を抜いた。予備らしくこちらは少し短い。
「これも使え」
推香留が仲間から受け取った傘を広げた。渡辺一族特製の蛇の目傘だ。紅白のボタンの付いた柄を取り外し、むき出しになったコードを喬太の左腕に巻き付ける。ちょうど傘を盾にした感じだ。柄を左手に握らせ、
「柄の赤いボタンで障壁が発生し、その状態で白いボタンを押せばそれが衝撃波となって発射される。エネルギーはあまり残っていないが、それでも四、五回は使えるはずだ」
「ありがとうございます。高橋一族と渡辺一族の技術がサポートしてくれるなんて、こんな心強いことはありませんよ」
「世辞は良い。私たちも助けるが、この体だ。あまり当てにはするな」
喬太がうなずき、弦間に向かって走っていく。十兵衛と推香留がぎこちない動きでその後に続く。
喬太の後ろ姿を見守る紅葉は、顔を引き締まらせてソロコンの珠を弾き出す。
「一佐さん、翔子さん。紅葉です。緊急事態です。兄様は無傷です。現在、ここにいる人達と交戦中」
高橋一族と連絡する。向こうが息を飲むのが通信越しでもわかった。
「至急欲しい情報があります」
紅葉は初めて神に祈った。彼女が確認しようとしていること。それが彼女の望む内容である可能性は限りなく低い。
翔子から情報が送られてきた。それを見た紅葉が笑顔になる。神はたまにだが、自分を信じないものに微笑むことがあるのだ。
万全でない体調のすべてを弦間にぶつけ、砕けていく生徒達。だが、ただ砕かれているだけではない。突撃してくる生徒を一人倒すごとに、弦間の体力はわずかだが確実に減っていく。
「弦間ーっ!」
そこへ喬太が加わった。
「やっと現れたか。よその一族の力を借りるとは、鈴木としての誇りはかけらすら無いのか」
「言うだけ言え。現実は俺が有利だ」
弦間は鼻で笑って
「負けて当然だから恥にはならないか」
「お前は一人だ。だが、俺には一緒にお前と戦う仲間が腐るほどいる。だから俺が有利だ」
「役に立たない腐った仲間など数に入らん!」
「それは、お前の仲間を見る目が腐っているんだ」
返事代わりに弦間が襲う。繰り出した拳の足台装甲を、喬太の刀が両断した。
「さすが業物」
弦間が大きく間合いを外しながら車軸針を撃つ。
それを喬太は蛇の目傘の障壁で弾くと、そのまま障壁を衝撃波として弦間にぶつけた。
「ぐっ」
衝撃波に弾き飛ばされるも、体勢を崩すことなく持ちこたえる。動く弦間の表情が微かに歪む。戦闘電動自転車のフレームが歪んだのか、動きに今までなかった抵抗を感じた。
「面白い。そう来なくては」
乱戦が始まった。
弦間は何とか喬太と一対一の戦いをしようとするが、周囲がそれをさせない。誰もが喬太と一緒に、喬太とは関係なく自分に挑んでくる。特に十兵衛と推香留はあまり動けないものの、うっかり二人の間合いに入ったら油断ならない打ち込みが来る。現にそれで弦間の腕のカウルが半分近く切り落とされてしまった。
「邪魔だ、喬太とタイマン勝負をさせろ!」
「そいつは無理だな」
喬太は刀を青眼に構え
「これは俺とお前の戦いじゃない、選挙を絡めた以上、お前と学園生徒の戦いなんだ。俺が独り占めしたら恨まれる」
周囲を見回す弦間は、自分を取り囲む無数の戦意を知った。
「ならばかまわん。全員まとめて相手になってやる。遠慮なくかかってこい! 生徒全員が敵なら、全員の相手をするのが生徒会長候補のつとめだ!」
「そういう姿勢だけは評価するよ」
喬太をはじめとする生徒達が一斉に弦間に挑みかかる。
「セレナ、お前さんが行っても役に立てん。顔に怪我でもしたらどうする」
「ただ見ているなんて、田中一族の名折れデス」
グラウンドの外れで、田中セレナーデ達田中一族女子と田中秀和が押し問答していた。弦間との戦いに田中一族だけは参加していない。
「女だって戦います。渡辺一族に負けてられません!」
「そうは言っても。古いかもしれんが、やはり女は殴り合いをせんで欲しいんじゃ」
「賛成します」
横から声を出したのは
「鈴木一族!」
量産型戦闘電動自転車を装着した鈴木真だった。
「勘違いをしないでください。僕は弦間と戦いに来たんです。あれは使えますか?」
指さしたのは、転がっている田中大砲である。
「使えるが、弾がない。まさか女子を撃つわけにも行かんし」
「弾ならここにあります」
と真は自分を指さした。
鈴木紅葉は、弦間たちの戦いに注意しながら高機動自走式算盤機で走り、渡辺一族の蛇の目傘を拾い揚げた。傘は壊れているがかまわない。ソロコンのディスプレイで確認した位置に移動すると、傘をそこに突き立てる。
乱戦中の喬太を見た。汗だくで肩で息をする彼は限界に近いのが一目で分かる。
「喬太さん、聞こえますか?」
通信を試みる。
《聞こえているが、後にしてくれ。話している余裕がない》
「要点だけ言います。あたしのいる場所がわかりますか?」
《ああ》
紅葉は先ほど地面に刺した傘を指さし。
「今から120秒後きっかりに、この場所に兄様を移動させて。それでたぶん勝てます」
他の連中を打ち倒した弦間が向かってきた。傘のある方向に向かって喬太は逃げる。
紅葉が高機動自走式算盤機で突撃、弦間の周囲を走り回って攪乱する。高機動自走式算盤機でに武器をつけなかったのを紅葉は悔やんだ。
「邪魔だ!」
弦間の鎖鞭が紅葉の足に絡みつき、高機動自走式算盤機から引きずり下ろす。
「お仕置きだ!」
弦間が転倒防止棒を抜く。逃げようとする紅葉だが、足に絡まった鎖鞭がほどけない。
二人の間に飛び込んだ喬太が、傘の障壁で転倒防止棒を受け、刀で紅葉の足に絡まった鎖鞭を切断した。
そのまま衝撃波で弦間を吹っ飛ばす。
「紅葉のお仕置きは俺を倒した後だろう」
「そうだったな!」
身構える弦間。衝撃波のダメージはほとんど無い。
突っ込んでくる弦間に喬太は衝撃波を放とうとするが、蛇の目傘の障壁はもう生まれなかった。
「エネルギー切れ?!」
喬太は逃げるように大きく間合いを外した。
「これまでだな!」
弦間が容赦なく攻撃をかける。障壁を生まない傘はそれに耐えられず、攻撃を受ける度にボロボロになっていく。
「援護しろ!」
高橋十兵衛が叫ぶが、この場で戦える者はほとんど残っていなかった。十兵衛と推香留が動くが、二人とも弦間達の動きを追うだけで精一杯だ。
戦いながら、喬太は少しずつ後退していく。その先には紅葉が指示した傘がある。
(こいつ、私をどこかに誘う気か?)
喬太の意図を弦間は見破った。だが、さすがにどこへ誘導しようとしているか、そこに何があるかまではわからない。
黙って誘われるつもりはない。弦間が車軸針を放つ。
さすがに疲れてきた喬太はよけきれない。一本が腕をかすめた。血が噴き出し、激痛に思わず刀を落とす。
「とどめだ」
大きく転倒防止棒を構える弦間。
その背後から紅葉が高機動自走式算盤機を最大出力にして突っ込んでくる。
「ロックオン!」
照準を弦間に固定して紅葉が飛び降りる。
ジェットで飛ぶ無人の高機動自走式算盤機が弦間に激突、そのまま彼を押し出すように喬太の横を通り抜け、傘の立っている方向に運んでいく。
「こ、こんなもの!}
吼える弦間が高機動自走式算盤機をむんずとつかみ、そのまま頭上に持ち上げ、自分の膝に叩きつけ真っ二つにする。高機動自走式算盤機が爆発し、バラバラになったソロバンの珠が散らばった。
爆煙の中、弦間が歩いて出てきた。さすがに彼が纏うカウルにも無数の傷や焼け焦げの跡が見られる。
紅葉は弦間を睨み付けたまま後ずさる。武道の心得もなく、高機動自走式算盤機を失った今、彼女に出来るのは眼力と共に意思をぶつけるだけだ。
「紅葉ぃ!」
弦間が吠えたその時だ。
「撃てーっ!」
田中秀和の声とすさまじい轟音、林の中から田中大砲の砲弾と化した鈴木真が発射される。
弦間にとってこれは想定外だった。直撃を食らった彼は真と共に戦闘電動自転車のパーツをばらまきながら宙を飛び、地面に叩きつけられた。
「うおおおおおっっっ!」
覚悟をしていた分、立ち直りは真の方が早かった。技もへったくれもない。弦間に突進、体当たり!
もつれ合って瓦礫を転がる二人。
「この裏切り者がぁぁぁっ!」
弦間が力任せに真を持ち上げ、地面に叩きつけた。
「どいつもこいつも、邪魔ばかり……」
改めて喬太を睨み付けると、ぎこちなく歩き始める。その体を覆う戦闘電動自転車のパーツは大半を失い、彼自身のダメージも相当なのがわかる。だが、その分憎悪と気迫は増幅しているように見えた。
「しぶとさだけは間違いなく学園一だな」
言葉は飄々としているが、喬太のその口調は明らかにビビっている。それを弦間は見据え、にたりと笑うと
「お前は逃がさん」
突進してきた。たまらず喬太は逃げ出した。あの傘の場所へ。
傘を引き抜き構える喬太。だが、傘はあっさり追いついた弦間に払い飛ばされた。
半狂乱の弦間が、喬太に馬乗りになってひたすら殴りつける。足台装甲を失っていたのが不幸中の幸いだったが、たいした慰めにならない。
鈍い音がする度、喬太の顔が、体が腫れ、鼻血が彼の顔を赤く染める。口を切ったのか血を吐いた。
紅葉が悲鳴を上げた。
二人のいるところこそ目的の場所だが、このままでは時間が来る前に喬太が殺される。
殴られ続ける喬太は、弦間の背後、大空にそれを見つけた。紅葉がここに弦間を誘い込めという意味も知った。
今やるべきことはただ一つ、弦間をこの場に釘付けにしておくことだ。
しかしどうすれば? 殴られ続けたら死んでしまう。反撃すれば弦間は場所を移す。それ以前に反撃する体力がもう残っていない。
とっさに喬太は指を広げた手を弦間に突き出した。一か八かの賭けだった。
「五秒前!」
喬太の叫びに弦間の動きが止まった。
「四! 三!」
それに合わせて喬太は突き出した手の指を一本ずつ折っていく。
何かある。弦間は思ったが、動けなかった。目の前でカウントダウンをされると、何だかゼロになるまで動いてはいけないような気がした。
「二! 一!」
空気が震えた。それは空から落ちてくる。
田中直線。
「ゼロ!」
瞬間、弦間の脳天に田中直線の石頭が激突した。弦間のバイザーが砕け散る。
そう、先ほどスーパー鈴木ロボのアッパーカットで天高く殴り飛ばされた彼が落ちてきたのだ。この場所に。
誰もが声を失った。ただ、喬太の上で頭と頭をぶつけたまま固まっている弦間と直線を見た。脳天を激突した状態で動かない二人は、まるでセンスの悪い銅像のようだった。
二人の頭の間から巨大なたんこぶが膨れあがり、そのまま二人は地面に倒れた。二人とも白目をむいて動かない。
喬太がよろよろと立ち上がり、倒れた二人を見るとその場にへたり込んだ。
十兵衛と推香留がふらつきながら歩いてくると、弦間と直線を刀の鞘でつついた。
もう心配は無用とばかりに二人は肩をすくめて見せた。
それを見て、喬太は今度こそ本当に安堵の息をついた。
「終わった……」
もう立ち上がる気力も残っていなかった。
「喬太さん!」
紅葉が駆け寄ってしがみついてきた。
ボロボロの体を引きずるように真が歩いてきた。心身ともに疲れ切った姿で。
「ありがとう。ありがとう、真」
喬太にしがみついたままの紅葉に言われて、真はうれしいような寂しいような笑顔を返した。
もう、紅葉か自分の下へは戻ってこない。わかってはいたが、目の前でそれをまざまざと見せつけられると満足感よりも喪失感の方が大きかった。
「どうした。どうしてマコトしょげている?」
言われて真が振り返ると、田中秀和とセレナーデを前にした田中一族達が立っていた。彼女たちが抱える田中大砲の砲身は黒焦げで避けていた。どうやら真を発射すると同時に破裂したらしい。みんな黒焦げでボロボロ、セレナーデなど焦げた服からおっぱいが半分こぼれてしまっているが、気にせず笑顔を見せている。
「勝者はもっと景気のいい顔をするもんじゃ。ひゃはひゃは」
それでも真の顔はどこか浮かない。セレナーデはそんな彼と、その視線の先にある紅葉と喬太の姿を見て、全てを理解したように微かな寂しさを見せた。が、それも一瞬のことで、すぐにこれでもかとばかりの笑顔を見せると
「撃てと大砲に入るときのマコトはカッコ良かったぞ」
真の手を取り、ぎゅっと胸の前で握りしめた。まるで自分の元気を注ぎ込もうとするように目を輝かせて。
「そのカッコ良さ、セレナは知っているぞ!」
その真っ直ぐな目に、真は照れくさそうにガッツポーズをした。
その様子と倒れている直線の姿を喬太は見比べて
「今回の殊勲者は田中一族だな……」
とつぶやいた。
途端、弦間の両目が開いてむっくりと起き上がった。これには誰もが驚いた。情けない悲鳴を上げて、逃げるように後ずさる。
十兵衛と推香留が慌てて刀を構えた。
まだ戦いは続くのかと恐れる一同だが、弦間は目をぱちくりさせると、突然笑い出した。
「戦いは終わったのか。我ら田中一族の勝利だ!」
一同の目が点になった。
「あの……田中一族って……」
「決まっている。この俺、田中直線率いる田中一族だ」
胸を張る弦間。すると今度は直線がうめき声と共に起き上がった。
「くそぅ、頭が痛い。あの石頭め。ん?」
目の前の弦間に気がつき
「ん、何だ、何で私がそこにいる?!」
「これは……俺そっくりだ。そうか、世の中に約三人いるという他人のそら似だな。お前も田中一族か」
「ふざけるな、この鈴木弦間様に向かって!」
と叫ぶのは直線。
二人をのぞく一同そろって、直線と名乗る弦間と、弦間と名乗る直線を唖然として見比べた。
「これって、もしかして頭をぶつけたショックで精神が入れ替わるって、あれ?」
「みたい」
「やめてくれ~っ! もう終わりにしてくれ。頼むから」
喬太が頭を抱えてうずくまる。そんな彼にはかまわず
「私と同じ顔をしているとは、お前はきっと素晴らしい田中になるぞ」
「貴様こそ、私と同じ顔で田中一族みたいな馬鹿をやるな!」
直線の体の弦間と弦間の体の直線は、お互いにかみ合わない言葉をぶつけ合っていた。
ああ、ややこしい。
【次回更新予告】
鈴木喬太「何ですっきり終わらせてくれないんだ……」
田中秀和「世の中は思い通りに行かないから面白いのじゃ。ひゃははははは」
高橋一佐「さぁ、これで後は選挙結果を待つばかり」
渡辺舞香「勝利は常に美しいものが手にするのです」
佐藤花崗「ところで、弦間と直線ってこのままなの?」
ジャスティス佐藤「人間は外見ではなく中身で決まるものだ」
田中セレナーデ「そうだ。マコトはカッコいいぞ」
山田軍平「そういうことじゃないと思うけど」
鈴木紅葉「ねぇ、あたしと喬太さんは?」
佐藤花崗「何はともかく、次回更新『素晴らしき学園生活』」
みんなそろって「これでおしまい!」