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鈴木一族の陰謀  作者: 仲山凜太郎
11/13

【11・激突! 生徒会選挙会長候補者討論会】

「高校時代の一年は、社会に出てからの人生十年に匹敵する、正に人生最高の輝きを持つときだ。しかし、ダイヤも原石の時はタダの石とさして変わらない。磨き上げる人材と、輝きを放つ舞台が必要だ。磨き上げる人材は友であり、恋人だ。そして、輝きを見せる舞台が体育祭や文化祭などの各種イベントであり、それを用意するのが生徒会なのだ」

 御代氏学園第二体育館。生徒会選挙討論感を前に、生徒会長立候補者たちが演説を振るっている。今、壇上で高橋一佐が数百人の生徒を前に熱弁を振るっている。だが、生徒たちのノリは今ひとつである。演説を聴かずに携帯プレーヤーで音楽を聴いたり、ゲームをしたり、メールを打つものも多い。

「投票用紙に誰の名前を書くか。この学園生活がどうなるかはそれで決まる。白紙投票に、学園を動かす力はない」

(高橋一族め、焦っているな)

 一佐の背中を見ながら、鈴木弦間がほくそ笑む。

(一般生徒どもに学園を動かす気迫はない。所詮は他人事。他人事だと思うからこそ、選挙の重要性を訴えても、望まぬ責任を押しつけられるようで不快にしかならぬ。こいつらが求めるものは、強い生徒会ではない。見ていて面白おかしい芸人生徒会なのだ。だからこそ、場の空気が絶大な力を持つ)

 演説が終わり、席に戻る一佐に向けられる視線は乾いていた。たかが生徒会選挙に、そんなに本気になるなよとでも言いたげだ。

(どうしたんだ。選挙の初め頃はもっと熱気があったはずだ。これが場の空気の力か)

 戸惑いを隠せない一佐。選挙開始直後とは明らかに空気が違う。まるで別の学校のようだ。

(このまま惨敗するぐらいなら、鈴木一族と連立を組んで)

 ちらりと弦間を見て浮かんだ思いを慌てて否定する。

(駄目だ、私が弱気になってどうする。トップの弱気は敗北への道だ。それに、高橋一族と山田一族の票をまとめればかなりの数になる。投票日までに場の空気を何とか出来れば……)

 戸惑いの中、一佐が腰を下ろす。続いて渡辺舞華が壇上に向かう。

 舞華の言葉を聞きながら、弦間は他の候補者の様子を見た。場の空気発生マシンの影響は彼らにも及んでいるはず。勝ち目のない戦いを続けることは苦痛のはずだ。場の空気発生マシンのことが他の一族にばれたかもしれないと考えたときは焦ったが、杞憂に終わりそうだ。原因がわかっても、対処法がなければ意味がない。

 山田一族に至っては、代表の軍平が欠席というお粗末さだ。ただ、軍平が捕らえている花崗の元彼であることが微かに不安を感じさせたが、会場の圧倒的な雰囲気がそれを打ち消した。

(己の無力さに苦しめ。そして頭を下げて我々に連立の申し出をするのだ。連立は受け入れてやる。鈴木一族の手足として生きるがいい)

 連立を言い出さないにしても、正面切って戦う力はないはずだ。最後まで屈しないとしたら田中一族だろう。だが、それは場の空気を読めないだけ。殴り合いならともかく、選挙においては田中一族など敵には入らない。

 舞華の演説が終わった。その顔は、一佐以上に失意の色が強い。

「続いては、生徒会長候補・鈴木弦間氏です」

 とどめを刺してやるとばかりに弦間が立ち上がると、歓声が上がった。彼をたたえる力強い声、甲高い女生徒たちの声援、それらはすべて弦間コールとなって会場にあふれかえる。その声は体育館の外、三キロ先まで聞こえたという。

 それを合図に、会場隅で立ち見していた真がリモコンで場の空気発生マシンの出力を最大にする。この会場には、五十を超える場の空気発生マシンが仕込まれている。

「どういうことなんだ?」

 一佐は呆然として観客席を見た。討論会のはずなのに、誰も弦間の演説を聴くとか、候補者たちの討論を聞こうという態度を見せない。ただ、弦間の姿を見ただけですべてが満足しているようだ。まるで会場にいる生徒の大半が弦間のファンクラブ会員のように。

 にんまりとした弦間がそっと腕時計に仕込んだ場の空気測量系を見る。場の空気濃度九十%。逆らう奴は空気を読めない奴と馬鹿にされる濃度だ。

 観客席の中、戸惑う高橋一族たちの姿が見える。周囲の空気に押されて居心地が悪そうだ。たまらないのか、ついに一人が席を立った。それをきっかけに、次々と席を立ち、会場から逃げるように出て行く人たちが続出した。

「そんな……待て」

 一佐がつぶやいた。知っている顔が次々と会場から逃げていく。隣では舞華が真っ青になっている。一佐同様、自分の支持者たちがこそこそ逃げていく姿を目の当たりにしているのだ。見回すと、洋行も自分たちほどではないが青い顔をして唇をかんでいる。平気でいるのは田中直線ぐらいだ。ただ、彼の場合事態を理解していないだけだろう。

「待って、行かないで!」

 隅の席に腰を下ろしていた渡辺真名が立ち上がり叫んだ。

 いけないと一佐が思ったときは遅かった。彼女がしていることは、弦間の演説を邪魔する行為と捉えかねられない。

「邪魔するな!」

 生徒の一人が脱いだ靴を真名に投げつけた。呆然としている彼女はそれを避けることも出来ず、まともに顔面に受ける。

「選挙妨害だ!」

「渡辺一族の候補が邪魔をした!」

「退場させろ!」

 弦間コールが一斉に渡辺一族への罵倒に変わり、みんな手にしたものを真名に投げ始めた。

 驚いて舞華が真名に駆け寄り、彼女を抱きしめるようにして飛んでくるものから守る。一佐も駆け出し、

「みんな落ち着け、やめるんだ」

 二人を守るよう自分を壁にする。

「妨害者を守ってる。こいつら、みんなグルだ!」

「出て行け!」

 飛んでくるものが一気に増えた。

 高橋十兵衛と渡辺推香留が飛び出し、木刀とサーベルで飛んでくるものをたたき落とす。

「何をしている。舞華様を守れ」

 推香留の言葉に、今まで動けなかった渡辺一族の護衛達が動き出す。少し遅れて高橋一族の護衛達も続く。しかし、学園屈指の剣士である十兵衛や推香留をもってしても、四方八方から飛んでくるものを防ぎきれない。

「こらこら、暴力は良くない」

 田中直線の号令の下、田中一族が真名たちを守るようにずらりと並んだ。さわやかな笑顔を見せながら飛んでくるものをたたき落とし、その屈強な肉体で跳ね返す。この時ばかりは、一佐たちは彼らの存在に感謝した。

 笑う田中直線の顔面にトマトが炸裂した。いつしか、投げられるものが靴などから、卵かトマトなどに変わっている。

 顔を真っ赤なトマトで染めた一佐と舞華が壇上の弦間を睨み付けた。

 二人の表情見た弦間は

(やはり、こいつら場の空気発生マシンの情報を得ていたか)

 だが、知っているだけで対策が立てられない。その結果がこの姿だった。

「無様すぎる」

 弦間は勝利を確信した。

 騒ぎの中、軍平の代わりに出席した山田洋行はそっと舞台袖に消えた。待機している山田の一人に

「若頭や修司たちはまだか」

「まだ何の連絡もありません。どうします。今後のことを考えると弦間についた方が」

 言いかけて慌てて口を押さえた。忍者修行により精神を鍛えた彼らでさえ、場の空気の影響を完全に排除できなかった。

 洋行は会場から聞こえる怒声を耳にしながら、どう動くべきか決断できなかった。


 鈴木家地下格納庫。その非常階段を喬太たちは駆け上がる。佐藤花崗と山田軍平が先頭に立ち、立ちふさがる警備隊を排除し、しんがりをつとめる山田修司が追いかけてくる警備隊を受け持つ。

「急げ、もう討論会は始まっている!」

 花崗の横をすり抜けてきた木君を、喬太が修司から借りた忍者刀で斬りつける。右腕を切り落とされ、バランスを崩した木君は階段の手すりを超えて落ちていく。素材は知らないが驚くほどの切れ味だ。

「紅葉さん、暗証番号を!」

 一番上にたどり着いた花崗が、扉の鍵を指さす。カードスロットとボタンが並ぶ暗証番号形式だ。

 紅葉が自分のカードを使い、暗証番号を打ち込む。

 扉を開けた途端、通路で待ち構えていた数体の鈴娘たちが襲いかかってくる。

「閉めろ!」

 修司が叫ぶと同時に、数本の棒手裏剣を投げる。狙い違わず、それは今入ってこようとした鈴娘の眉間に突き刺さる。

 紅葉たちが扉を閉めると同時に、向こう側から爆発音と衝撃が伝わってきた。

 数秒後、息をついて扉を開けると、扉の向こうの通路は黒こげで、鈴娘だったと思われる無数の残骸が散らばっていた。

「ここから別れましょう」

 紅葉が言った。

「あたしと喬太さんは駐輪場に向かいます。先輩たちは先に学園へ行ってマシンを止めてください。さっきのディスクが使えれば良いですけど、駄目ならばマシンを破壊してください。そうすれば場の空気を維持する力は消えます。兄様は場の空気を良いことに調子に乗って失言するかもしれません。生徒達の目を覚まさせるきっかけになります。短期間で作られた場の空気は花崗先輩に施した鈴木万歳と同じです。強いショックを与えれば消えるのも早い」

「わかったわ。気をつけて」

 右手を差し出す花崗。それを喬太ががっちりつかむ。

「先輩たちも気をつけて。必ず後から行きます」

 それだけ言うと、喬太は返事を聞かずに紅葉と一緒に走っていく。その後ろ姿を見ながら、

「頼もしい顔しちゃって」

「式典実行委員会と鈴木一族は、良い人材を得ましたね」

 花崗の後ろで修司が言った。

「もしかしたら、これからの鈴木一族は今以上に大きな敵になるかもしれません」

「いいじゃない。ライバルは手強いほどいいわ」

 ウインクすると、花崗は軍平達を促して駆けだした。


 階段を上がり、通路を喬太と紅葉が走る。目指すは地下駐輪場。

 二人の前に妨害はなかった。警報も鳴らない。

「変。鈴娘と木君が出てこない」

 確かに変だった。花崗達と別れた今、二人を捕まえる絶好のチャンスなのに。

「さっきいっぱい出てきたぞ」

「それを差し引いても、もっといるはず」

 邪魔の入らないまま、二人は地下駐輪場に出る。自転車の数に比べるとかなり広い。

 紅葉が壁に隠されたカバーを開け、中のパネルを操作すると、壁の一角が静かに開き始めた。まだ開ききらないうちに二人が入り込む。

 中には戦闘電動自転車が並んでいる。数が少ないのは、弦間たちが待ちだしているのだろう。

「なるほど。こいつを使おうって言うのか。学園に着いたら、また一戦ありそうだからな」

「これじゃありません」

 紅葉は並ぶ戦闘電動自転車には目もくれず、隅にある制御板を操作する。

 すると、床が開いて一台の戦闘電動自転車がせり上がってきた。白と赤のツートンカラーのフルカウルタイプ。車輪部分や後部の荷台にも装甲が付けられ、タイヤも太いため、自転車と言うよりオートバイに見える。

 そして車体には「鈴木喬太」の文字。

「これは?」

「鈴木喬太専用戦闘電動自転車(バトル・バイシクルキョウタカスタム)です」

 紅葉が彼のために作らせていたという自転車。それがこれである。今回の騒ぎでなかなか渡せずにいたものだ。

「喬太さんの体型、動きの癖、バイオリズムにあわせて作ってあります。カラーリングや細部のデザインが違うけど、兄様のものと同等の性能をもっています。身体能力強化機能もありますから、これを使えばそこにある量産タイプなんか雑魚同然です」

「でも、これは変形したりいろいろ機能がついているんだろう。俺、使い方を知らないぞ」

 紅葉がサドルにおいてあるバイザーを渡した。喬太がそれをかぶると、ちょうど目の部分にあたる薄い半透明のディスプレイに様々な車体情報が表示されはじめた。戦闘の名がついているとおり、様々な兵器も内蔵されている。

「基本音声入力方式だから。装備の名前を叫べば自動的に作動します」

「え?」

 喬太の顔が強張った。

「音声入力って、あれか? 武器や技の名前を叫ぶとそれが自動的に作動するってやつ」

「そう、昔のロボットアニメやヒーローでよくあるあれです」

「やだよ、恥ずかしい」

 露骨に嫌な顔をする喬太に、紅葉は頬をふくらませる。

「これが一番初心者に使いやすいんです。簡単だし、手動よりずっと早いし」

「そりゃ、そうかもしれないけど……ただ名前を言うだけで作動するのか?」

「名前を言う度にいちいち作動していたら大変ですから、気合い認証システムも併用してます。実際に使うときは、気合いを入れて叫んでください」

「ますますやだなぁ」

 しかし、学園で起こるだろう事態を考えると、これなしで行くのには抵抗がある。

 なるべく騒ぎになっていないことを祈りながら、喬太は戦闘電動自転車のハンドルを握る。手にぴったりとくるハンドルだった。サドルに跨ると、ハンドルやペダルの位置がちょうど良い。喬太のために作られたというのは本当らしい。

 複雑な気持ちでいると、隣の床が開き、一枚の板のようなものが出てきた。大きさはだいたい二×一メートル。ぱっと見ただけでは特注のキックボードに見える。

「なんだこれ?」」

「これがあたしの愛機です。高機動自走式算盤機(ジェット・ソロバンボード)

 板の端を踏んで持ち上げ、裏を見せる。名前の通り、下は巨大なソロバンになっていた。

「戦闘電動自転車じゃないのか?」

「実践は苦手ですから、喬太さんのサポートに徹します。これはそれ用に作ったんです」

 高機動自走式算盤機の手すりを伸ばし、ソロコンを接続する。どうやらソロコンがそのままコントロールパネルになるらしい。

 床がせり上がり、天井が開いて二人を上へと運んでいく。

「おい、どこへ行くんだ?」

「上のカタパルト。学園まで一気に飛んでいきます」

「これ、飛べるのか?」

 叫んだ途端、バイザーにデータが表示される。喬太の戦闘電動自転車は、滑空形態(グライダー・モード)に変形できるのだ。

「バランスなどは全自動だから大丈夫です。ペダルでスピード調整、ハンドルで左右の方向転換、グリップを引くように回せば上昇、押すように回せば下降」

「言うだけなら簡単だよ」

 頭上の扉が開き、カタパルトの発射台付近に上がって止まる。強い風が二人の髪を舞い上げた。正面を見ると、住宅街の向こうに御代氏学園の校舎が見えた。

 紅葉が高機動自走式算盤機をカタパルトにセットする。

「喬太さんも」

「あ、ああ」

 もう一本のカタパルトに戦闘電動自転車を乗せる。

「それで滑空形態に変形させて。でないと墜落します」

 真顔で言われると、喬太も拒否しづらい。

「……滑空形態……」

「気合いを入れて言わないと反応しません」

 一つ深呼吸すると、喬太も覚悟を決めた。

「チェンジ! 滑空形態!!」

 バイザーに認証を示す表示が映ると同時に、戦闘電動自転車が変形を始めた。全体が緩く後ろに傾斜し、リカンベントのようになる。カウルが展開、左右に翼を広げる。

 変形が完了したとき、戦闘電動自転車はデルタ翼の飛行機になっていた。

「そうそう、そんな感じです」

 紅葉が手を叩いて初変形を祝福する。

「学校に向かって打ち出しますから、うまく風に乗ってください。あたしが先に行きます。ご破算で願いましては!」

 ソロコンの珠を揃えると、高機動自走式算盤機の左右からジェットエンジンが出てきた。

「高機動自走式算盤機、発進!」

 エンジン噴射、紅葉を乗せて高機動自走式算盤機が大空に向かって飛び出した!

 曇り空の中、高機動自走式算盤機の左右から翼が伸びた。たちまち機体が安定し、風に乗る。かなりの風圧を受けているはずだが、紅葉の姿勢は安定しているし服や髪もそれほどはためいていない。どうやら特別なフィールドが張られて彼女を守っているらしい。見るだけなら実に簡単そうだ。

「思っているほど難しくなさそ」

 言葉が言い終わる前にカタパルトが作動。喬太ごと戦闘電動自転車を大空に撃ち出す。風は感じるがそれほどでもない。やはり搭乗者を守るフィールドか何かがあるのだろう。

 慌てて喬太がペダルを踏み、ハンドルを操作する。滑空特有の浮遊感に慣れていないのでうまくいかない。

《無理に動かさないで、じっとしていれば自動制御で安定します》

 耳元で紅葉の声が聞こえた。バイザーには通信機も内蔵されている。

「そんなこと言ったって」

 悪戦苦闘しながら飛ぶ喬太の周囲を、紅葉の高機動自走式算盤機が見守るように飛び回る。

 おっかなびっくりしながら、喬太達は学園に向かって飛んでいく。


 討論会会場では、他の候補者たちが生徒たちから罵倒を受けたり、物をぶつけられる様子を弦間がほくそ笑んで見ていた。十兵衛や推香留の動きも悪い。彼らもまた場の空気の影響を受け、いつもの動きができなくなっていた。

「弦間様、いい加減に止めないと。暴力を放置したと言われます」

 真が厳しい顔でやってきては弦間に耳打ちする。

 一つ頷くと、弦間はマイクを取り、

「みんな止めるんだ。彼らにどんな罪があるというのだ」

 今まで物を投げつけていた生徒たちの動きがぴたりと止まる。

「この集いは討論会だ。互いに議論する場であり、物をぶつけ、傷つけ合う場じゃない」

 会場に拍手がわき起こる。

(我々を支持する空気が出来た以上、余計なことはしないに限る)

 弦間は腕時計を指さし、

「おかげで、私の発言時間がなくなってしまった。まぁ、我々の主張は既に交付したマニフェストに全て記してあるから別に困らないが」

 とさっさと引っ込もうとした。これに慌てたのが一佐だ。弦間を討論で弦間を打ち負かしての逆転を狙っていたのが、全て無駄になる。この騒ぎは、彼に討論から逃げる絶好の理由を与えてしまった。

「族長はん……」

「一佐、あたし悔しいよぉ」

 無念そうな幸助と翔子の顔。翔子の髪にはぶつけられた玉子の黄身がべったりついている。二人とも一発逆転のチャンスが、こんな形で失われるのが彼にも耐えられないのだろう。

 それは渡辺一族も同じだ。真名は飛んできた何かで切ったらしく、額から血を流していた。

「幸助、怪我人を舞台から下げて保健室に連れて行け。直線、田中一族の力を借りたい。怪我人を連れて行くのを手伝ってくれないか」

 見た限り、一番ダメージを受けていないのは田中一族だった。

「言われなくてもそのつもりだ」

 次に観客たちに事態を説明しようとすると、

「みんな、討論会は中止だ。怪我人に手当をしなければならん」

 マイクを持った弦間が叫んでいた。とことん美味しいところを持っていく気らしい。観客たちが、彼に惜しみない拍手を送った。

 無念でいっぱいの一佐だが、怪我人を優先するだけの理性は残っている。

「まだだ……投票日までまだ時間はある」

「そうです。諦めるのは投票後でも出来ます」

 一佐の言葉に、舞華も同意する。二人の族長にはまだ戦う意思が残っていた。

「あれなに……?」

 呆然とする高橋翔子が体育館後ろ、二階部分の窓を見た。

 つられて一佐たちもそちらを見た。観客の何人かも後ろを見た。

 ガラスの向こう側に広がる森。その向こうから、二つの点が近づいてきた。それは点から影へ。そして形へと変わっていく。三角形のグライダーのようなもの。翼を生やした板の上には、女生徒が乗っている。

 それが誰なのか、真にはすぐにわかった。

 弦間を押しのけ、壇上に立って叫ぶ。

「みんな伏せろーっ!」

 叫び終えると同時に、その二つは二階の窓に激突した!

 窓を粉砕して飛び込んできたのは、喬太の乗った戦闘電動自転車滑空形態(バトルバイシクル・グライダーモード)

「鈴木喬太!?」

 一瞬遅れて、高機動自走式算盤機に乗った紅葉が続く。

 何だと見上げる生徒達の中、喬太と紅葉は体育館の中を旋回して飛び回る。二人の姿に真の表情が明るくなった。

 今、体育館内全ての生徒が二人を見ていた。

「場の空気浄化プログラム・発動!」

 紅葉の言葉とともにソロコンが動き出す。体育館内を飛び回るに従い、ディスプレイに表示された「場の空気濃度」が九十二%から八十九%に、さらに下がっていく。

「弦間ーっ!」

 喬太は観客の上を飛び越すと

装甲形態(プロテクト・モード)!」

 叫びと共に、戦闘電動自転車が変形する。フレームが折れ、カウルが分割されて彼の体を包む装甲となる。

 弦間の目の前に、戦闘電動自転車をまとった喬太が着地する。白と赤の装甲を纏った彼は騎士のようだった。

 紅葉が高機動自走式算盤機を翼を畳んで観客席脇の通路に着陸させる。

「弦間……決着つけようぜ」

 真っ直ぐ向けられた喬太の目を、弦間は不敵な笑みで返した。


 生徒たちは戸惑っていた。生徒会選挙の討論会。鈴木弦間の演説中に妨害行為をした他の候補者を排除したと思ったら、今度は別の二人が乱入してきた。

 本来ならこの二人も追い払うべきだ。頭はそう思っていても、感情がそれをさせなかった。なぜなら乱入した二人は鈴木なのだ。それも一人は候補者だ。鈴木と鈴木が敵対し始めたとき、どちらの味方をすればいいのか? 皮肉なことに、弦間たちが作り出した場の空気が、喬太と紅葉に味方した。

「悪いな弦間、お前を守る場の空気は間もなく消える」

「場の空気?」

 周囲の候補者たちが怪訝な顔をする。

「そうだ。『何となく鈴木が良い』『他の候補は信用できない。どうせ口だけだ』そういった雰囲気を充満させ、特に、ここに入れたいという強い意思の無い生徒たちを全て味方にするフィールドを、こいつらは作り出すことに成功したんだ」

 途端、弦間は笑い出した。

「そこまでお前は生徒たちを馬鹿にするのか」

 弦間は観客席の生徒たちに向き直り、

「みんなに聞こう。君たちが投票を決めるのは、回りがああだこうだと言っているからか。違うだろう、みんな、自分の意思で投票先を決めているのだ。それとも、この男の言うとおり、自分の意思などない。周囲に流されて適当に投票先を決めていたというのか?」

 生徒たちは、こぞって首を横に振る。それを見て、喬太は自分のミスに気がついた。場の空気に流されている人間は、自分がそうだという自覚がない。自分はそんないい加減な人間ではないと思い込んでいる。

「喬太、生徒たちはそんな愚か者ではない。場の空気が生まれたというならば、それは私の陰謀ではなく、我々鈴木一族に投票したいという生徒たちの意思が作り出したものだ」

 勝利宣言とも取れる弦間の言葉に、大きな拍手が送られる。

「そうかしら」

 それに異議を唱えたのは、紅葉だった。彼女は、観客席の最前列で一際大きな拍手をしている生徒を指さし、

「君も兄様に一票入れる気ですか?」

「まぁ」

 返事は曖昧だが、ハッキリと頷く。

「だったら、どうして兄様に一票を投じるか決めた理由は?」

 聞かれて生徒は戸惑った。先ほど弦間があんな啖呵を切った以上「なんとなく」とは言いづらい。

「……他の候補より良さそうだから」

「どこが? 兄様達はまだ何の実績も無い。実績なら、昨年、副会長を勤めた高橋一佐さんの方がある」

「あいつらは信用できない」

「信用は簡単にするものじゃありません。特に権力がらみでは」

 紅葉はボロボロになった候補者達を指さし

「その信用の果てがあれです。信用できないというのは、相手をどんな目にあわせても、どんなことを言っても良いという許可証ではありません! 彼らをあんな目にあわせて、信用されない彼らの自業自得と言い逃れるつもりですか!」

 他の候補なら鼻で笑われただろう。しかしこれを言っているのは鈴木の候補。それも一番人気の紅葉なのだ。自分が指示している人が自分を責めている。

 生徒を見つめる紅葉の目に喬太は焦った。あれは本気で怒っている目だ。怒りで加減がわからなくなっている。

「そこまでだ」

 慌てて彼女の肩に手をかける。

「落ち着け、それ以上するとただの弱いものいじめだ」

「あ……」

 喬太にささやかれ、勢いが削がれた紅葉もようやくやり過ぎに気がついたらしい。

 紅葉の勢いが途切れた隙を突いたつもりで、弦間が割って入る。

「お前は何を迷っている。ただ『自分は弦間候補を信頼している』そう言うだけだ。全てを任せろ。悪いようにはしない」

 生徒は弦間を見上げた。先ほどまで、強いリーダー、頼もしい会長候補として映った彼が、今は何やら得体の知れない存在に見える。全てを任せて良いのか? この男を最高権力者として良いのか? 生徒会には学園の規則を作る権限がある。自分たちが学園生活忘る上で守らなければならないルールを自由に作る権限をこの男に与えて良いのか?

 弦間は生徒の態度に戸惑った。彼だけではない、観客たちの態度の変化に戸惑った。今まで自分を見ていた裏付けのない信頼が消えかかっている。場の空気濃度を確かめると、四十%まで落ちていた。影響はあるが、強い反対を押しのけるだけの力はない。

 しかも濃度は更に落ちていく。三十%を切った。それでも下がるのは止まらない。今や「流行っているけど、それに乗ろうとは思わない」レベルにまで低下している。

「場の空気に犯されて決めた場合、自分の意思ではないからうまく説明できないの。せいぜい、『じゃああいつらでいいのかよ』と他の候補者の悪口を言う程度」

 紅葉は申し訳なさそうに彼の手を取り

「ごめんなさい。あなたたちの頭をかき回すことをして。それだけじゃない。他の一族に対する不信感を持たせてしまった。彼らは何も悪くないのに」

 傷ついた一佐や舞華達を見る。

「いや、そんな。俺だって……」

 申し訳なさそうに頭を下げる生徒の態度に弦間は戸惑った。観客席の鈴木一族も何やら雲行きが怪しいと感じたのだろう、一人、二人と席を立って出口に向かう。

 喬太の心に勝利の予感が生まれた。

 そこへ喬太の携帯電話が鳴った。花崗からだ。

「花崗先輩、どうです?」

 彼はこれが場の空気発生マシン破壊を知らせるものだと信じて疑わなかった。しかし、

《喬太君、見つからない。どこにも場の空気発生マシンなんてない》

「見つからない?」

 思わず喬太は声を上げていた。それを聞いた弦間に笑みが復活する。

「どうした。何が見つからないのだ。我々が不正をした証拠か? そんなもの見つかるはずがない。不正などしていないのだからな」

 場の空気がまた揺らいだ。弦間への信用低下にストップがかかる。

 証拠がないのに弦間を悪者にして良いのか?

 場の空気濃度の急激な変化に伴う精神の揺らぎが、生徒達を慎重にさせた。

「先輩、本当に見つからないんですか? 確かにマシンはそんなに大きな物じゃないけど、かなりの数のはずです。しかも、目的からいって必ず人の集まる場所に仕掛けてある。全部は無理でもいくつかは」

《わかってるわよ。でも見つからないの》

 その声からは焦りが感じられる。もう一押しなのだ。マシンという物的証拠があれば弦間にとどめが刺せる。だが、見つからなければ。

 喬太は手近な式典実行委員を捕まえ

「弦間はマシンをここにも仕掛けたはずだ。設置中にそれらしいものを見なかったか。これぐらいの大きさなんだ」

 手で大きさを示すが、委員は首を横に振る。傍目からは喬太が委員を脅しているようにも見えた。

「喬太、私がお前と紅葉の中を認めていないからといって、二人がかりで私を悪者にするのはやめろ。委員が怯えているぞ。お前たちが愛し合っているのは私も認めよう。しかし、そのために私を悪者にするのはやめろ。ましてや選挙をめちゃくちゃにするな。これは学園の将来を決める大事な選挙なのだ」

 形勢逆転。今度は喬太と紅葉が悪者になりつつあった。二人が自分たちの中を邪魔する弦間を、罠にかけて陥れようとしている。そんな図ができあがりつつある。

 喬太は必死で体育館を見回す。

(ここにマシンがセットされているのは間違いない。どこにあるんだ?)

 おろおろする喬太を笑う弦間の顔が凍り付いた。

 舞台袖から疲れた顔の真が飛び出したのだ。紅葉が解放された以上、彼を縛り付けるものはない。

「喬太君、鈴娘と木君を探せ!」

「黙れぃ!」

 弦間は真に飛びかかると思いっきり殴りつけた。先日、弦間にやられたダメージの残っている真は、その一撃で床にたたきつけられ、そのまま動かなくなる。

「鈴娘と木君?」

 改めて観客席を見回した喬太は、生徒の中に学園の制服を着た鈴娘と木君の姿を見つけた。慌てて彼らが逃げ出した。

 鈴木家の執事ロボとメイドロボがどうして生徒のふりをして紛れ込んでいるのか。

 答えは一つだ。

 喬太は彼らに向かってジャンプする。戦闘電動自転車によって強化された跳躍力は、軽く二体を追い抜き、出口を塞ぐように着地する。

「足台装甲!」

 音声入力に従い、ペダル部分が喬太の両拳に装着される。

 問答無用とばかりに、喬太は拳を木君の顔面に叩き込んだ。火花が散り、首が胴体からもげて吹っ飛ぶ。もげた首は生徒たちの頭上を跳び越え、弦間と紅葉の間に落ちた。もげた部分から見えるコード類、飛び散る火花。周囲の生徒たちが悲鳴を上げた。

「木君と鈴娘を制服に着せて、一般生徒の中に潜り込ませたんだ」

 首のない木君の腹部に拳を思いっきりぶち込む喬太。鉄より強い鈴木プラスチックの体も、足台装甲で強化した彼の拳を止めることは出来ない。

 装甲をぶち破った喬太の拳は、目当てのものをつかんで引き抜いた。木君がその場に倒れ、機能停止する。

「あったぜ弦間」

 高々と掲げた手がつかんでいるものは、紛れもない場の空気発生マシン。

「鈴木一族が開発したメイドロボ鈴娘と執事ロボ木君。その腹部に場の空気発生マシンを組み込み、一般生徒に紛れ込ませる。自由に移動できるし、格闘機能を持った機体はそれ自体がマシンのガード役になる。良い案だったが、顔を変えておくべきだったな。もっとも、そんな時間は無かっただろうがな」

 この場にいる生徒たちにわかりやすいように、わざと解説めいた口調で説明する。

「紅葉、花崗先輩と山田忍者隊に連絡してくれ。一般生徒に紛れて制服姿の鈴娘と木君がいるはずだから、そいつをぶち壊せってな」

「了解です」

 紅葉が携帯を操作しようとしたとき、

「止めさせろ!」

 弦間が叫び、観客の中の鈴木一族たちが一斉に行動を起こした。中には、数体の鈴娘や木君もいる。

 数人の鈴木一族が紅葉の携帯を奪おうと襲いかかる。が、それは突然横から突進してきた巨体に跳ねとばされた。

 高笑いと共に紅葉の前に守護者のごとく立っているのは

「田中一族?」

「よく分からんが、お前たちが大切な何かを守ろうとしているのは分かるぞ。田中一族、味方をしよう」

 田中直線の高笑いと共に、次々と田中一族が生徒達の中から飛び出してくる。

「よく分からないんじゃないの?」

「よく分からなくても分かるのだ」

 高笑いと共に胸を張る田中一族たち。DNAまで筋肉で出来ていると言われているのは伊達ではない。

 次々と紅葉を止めようとする鈴木一族の生徒たちだが、田中一族の頑強な壁を突破することは出来ず、逆に彼らの力にはじき飛ばされていく。こういうときの田中一族は頼もしい。その間に、紅葉は花崗たちに連絡を入れる。

 高橋一族や渡辺一族たちが戦う意思の無い生徒たちを体育館の外に誘導する。

「逃がすな。外に出すな!」

 弦間の命令で鈴娘や木君たちが出入り口に立ちはだかった。

 それを排除すべく、武道の心得のある人が挑む。が、ちょっと心得がある程度では木君にも鈴娘にもかなわない。

 生徒達に殴りかかる木君。その眉間に十字手裏剣が突き刺さり、爆発した。

 手裏剣と忍者刀を構えた山田洋行達、山田一族が走ってくる。

「洋行、目立つことしたら若頭や修司に怒られるぞ」

「ここで何もしなければもっと怒られる」

「そうだな。俺、一度、山田忍法を人前で使ってみたかったんだ」

 薄笑いを浮かべ、鈴木一族達に挑みかかる山田一族。

 木君が殴りかかってくると

「山田忍法・鋼肉!」

 にやりと笑う洋行の顔面にたたき込まれた木君の拳が逆に木っ端微塵になった。山田忍法によって文字通り鋼の肉体となった体には、木君のパンチも受け付けない。

「十兵衛、与一。山田一族を手伝え。その他のものは生徒達を脱出させるんだ」

「推香留も行きなさい。私は大丈夫!」

 二人の言葉に従い、高橋一族と渡辺一族の戦闘部隊が木君鈴娘達に挑む。

 高橋十兵衛が手にした刀の鯉口を切る。

 木君の一体が十兵衛に挑むが、瞬きする間にその体は両断されていた。恐るべき居合い切りである。

 横から飛びかかろうとする木君の喉を一本の矢が貫いた。高橋一族一の射手、高橋与一の腕前だ。

 高橋一族に遅れは取らぬと渡辺推香留が愛用のサーベルを抜いた。それを振るう度に鈴娘の体がスパスパと切られていく。彼女の腕もすごいが、サーベルの切れ味もすごいものがある。

「やるな」

「貴殿も」

 十兵衛と推香留が軽く目を合わせ、得物を手に鈴木一族達に挑んでいく。二人とも学園屈指の剣士である。相手が機械とわかれば容赦は無い。二人が刀を振るう度、鈴娘や木君の体が真っ二つになっていく。

 他の生徒たちも、数人で一体を相手にすることで戦いを有利に進め、一般生徒を外に誘導する。すでに鈴木一族有利の場の空気はない。

 劣勢に見えた弦間たちに鈴木一族の戦闘部隊が援軍がきた。木君や鈴娘ではない。生身の鈴木一族達だが、全員が量産型戦闘電動自転車を装備している。決して侮れない。しかし、

「田中一族は負けなーい!」

 武装した戦闘部隊を生身の田中一族達が受けて立ち、押し返す。彼らに負けじと他の一族も勢いで鈴木一族を押し始めた。

「おのれ、鈴木でないのに生意気な奴らめ」

「だからそういう言い方はやめろ。全国の鈴木が迷惑だ」

 弦間の前に喬太と紅葉が立ちはだかる。

「兄様、皆を下げて戦いをやめさせて。そして立候補を辞退してください」

「断る。誇りある鈴木一族が他の一族に頭を下げられるか」

「まだ抵抗するつもりか。これ以上の抵抗は見苦しいだけだぞ」

 喬太の忠告にも、弦間はひるむ様子はない。

「そうかな。まだ逆転のチャンスはある」

「そんなものはない」

「強者として退場すればどうかな。人間は自分の方が強いと、戦えば自分たちが勝つと思うからこそ強気に出られる。ここでボロボロにされ、戦いになったら鈴木一族にはかなわないということをわからせた上で私が退場したらどうなる」

 弦間の周りに武装した鈴木一族が集まり始める。

「今後も我々を正面から責め立てられるものがどれだけいるかな。このまま我々に逆らって痛い目に遭うより、一年間、学校にいる間だけおとなしくしていることを選ぶさ。できることと言ったら、せいぜいネットに悪口を書き込むぐらいだ」

「それはどうかな」

 肩で息をしながら、戦いの中から出てきた一佐が弦間を睨み付けた。制服は汚れ、右腕部分は袖から引きちぎれ顔には痣が出来ている。

「高校の三年間は青春のほとんどと言っていい。それを黙って引き渡す生徒などいない! 戦って負けることはあっても、戦わずして負け犬となる道を選ぶ生徒など、この学園には一人もいない!

 生徒たちを力を見せつければすぐにおとなしくなるような腰抜けとしか見ないお前が生徒会長だと。笑わせるな。そんなことは高橋一族のリーダーとして、いや、御代氏学園の生徒の一人として認めない。認めてなんぞやるものか!」

「それについては私も同意見ですわ」

 乱れた髪をかき上げ、渡辺舞華が一佐に並ぶ。その手には、いつもの蛇の目傘が握られていた。

「右に同じです。若頭もきっと同じでしょう」

 山田洋行が鈴木一族の生徒を打ち伏せながら叫んだ。

「以下同文だーっ!」

 田中直線が鈴木一族をつかんでは投げつかんでは投げしながら笑う。

「ぼろぼろになった後でも、同じことが言えるかな」

 弦間が右手を挙げると、それを合図に左右の鈴木一族がジャンプして一佐に襲いかかる。量産型と言っても戦闘電動自転車を装備したその力は、常人の数倍に当たる。二人のキックが一佐に向けられたとき、彼をかばうように舞華が立った。

 舞華が微笑み、蛇の目傘をかざす。傘が開き、蛇の目のような文様がいっぱいに広がった。

「そんなぼろ傘で俺たちの蹴りが防げるか」

 小馬鹿にした表情を浮かべて蹴りを放つ二人の鈴木一族。だが、その蹴りが傘に当たろうかというとき、蛇の目傘から青白い半透明の波動が発せられ、二人の体を空中に止めた。

 馬鹿な。そう思った瞬間、二人の体は反対側に吹き飛び、壁に叩きつけられていた。

「舞!」

 舞華の叫びとともに、開いた傘から衝撃波が放出、それを受けて戦闘電動自転車のフレームはひしゃげ、二人が床に落ちる。フレーム越しに見える二人は白目をむいて気絶していた。

 さすがの弦間も顔色を変える。

「鈴木弦間。超科学技術が鈴木一族の専売特許とでも思っていたのですか」

 舞華が、こんな表情もするのかという不敵な笑顔を見せた。

「傘型の衝撃波放出機能付き携帯障壁発生装置か」

「今朝完成したばかりの新型ですわ。あなた方のその醜く、無骨な戦闘スーツと一緒にしないでくださらない」

 舞華が蛇の目傘を向け、「舞!」と衝撃波を放つ。

 弦間の隣にいた鈴木一族が吹っ飛んだ。その衝撃波は戦闘電動自転車でも防ぎきれない。

 護衛を失った弦間は、手近な仲間を呼ぼうと周囲を見て愕然とした。

 鈴木一族は完全に押されていた。確かに、戦闘電動自転車を装備していれば一般生徒を十人以上相手に戦える。だが、今の相手はただの一般生徒ではない。高橋、渡辺、田中、山田一族の中でも武術に炊けた猛者ばかりだ。しかも、武術に心得のない者は一般生徒の脱出の誘導、怪我人の運搬に徹しており、今や心置きなく戦えるだけの空間が出来ていた。

 喬太も圧倒していた。武術においては防御専門であり、攻撃は不得手な彼だが、身につけている戦闘電動自転車は周囲の連中が身につけている量産型とは違う。紅葉が彼のために精魂込めて設計、製作した品だ。基本性能も装備された武器もレベルが違う。

 二人の鈴木一族が左右から放つ蹴りを、喬太は腕に装着されたカウルで受け止める。鋼を砕く蹴りを受けてもびくともしない。完璧な防御力だ。彼の戦闘電動自転車がフルカウルなのは、装甲形態になったときに彼の全身をくまなく覆うためだった。

鎖鞭(チェーン・ビユート)!」

 叫びに応えるように喬太の手首から自転車のチェーンが鞭のように伸びて、相手をフレームごと叩き落とす。

転倒防止棒(ストッパー・スティック)!」

 自転車の時は、止めるときに転倒を防止するために後部についている棒は、装甲形態の時は携帯用の武器になる。喬太が転倒防止棒を伸ばして叩きつける度に、相手のフレームがひしゃげていく。

車輪猛風(タイヤストーム)!」

 両輪が回転して発生した突風が、敵を片っ端から吹き飛ばしていく。

 慣れとは恐ろしいもので、もう音声入力による武器使用に京太はすっかり慣れてしまった。

 どんどん味方が倒れていく様子に、弦間の体が細かく震えだした。

「うぬ!」

 いきなり弦間が走り出した。戦う仲間の間を縫って出口に向かって走る。

「逃げるな!」

 喬太が追った。


「何じゃこりゃぁぁぁ!」

 外に飛びだした弦間の目に映ったのは、グラウンドに山と積まれた木君と鈴娘の残骸、粉々に砕かれた場の空気発生マシンだった。かわいいメイドと凜々しい執事を想定して作られたアンドロイドも、今やただの資源ゴミ。

「これは……」

 愕然とする彼の周囲で、笑い声がした。彼の前で、右で、左で、後ろで。

「こんな悪趣味な真似をするのは……出てこい!」

 弦間の叫びに応えるように、

「さ、とうぅ!」

 かけ声と共に天高くジャンプし、残骸の上に降り立つ一人の男。黒い佐藤装甲を身につけ、フルフェイスのヘルメットで顔を隠している。その額には「佐藤」の文字。

「この世の悪に泣くものあれば、正義の心が我を呼ぶ。佐藤一族学園部隊長、ジャスティス佐藤!」

 名乗ると同時にポーズをとる。背後で爆発、主題歌がBGMとして流れないのが不思議なぐらい決まっていた。

「生徒会選挙という、学園世界の核を支配すべく、誰に投票すべきかと迷う生徒の心を利用し、弄び、あまつさえそれに気がついた花崗や喬太君、果ては妹にさえ手を挙げた鈴木一族高等部族長・鈴木弦間。許さん!」

 そのまま弦間の目の前にジャンプ、身構える。だが、弦間は動揺することなく、

「正義の味方の癖に、顔を隠すとは。よほど後ろめたいと見える」

 鼻で笑う。その言葉にジャスティスは大きく頷いた。

「その通りだ。我々は戦いによって正義を守る。だが、それは自分と敵対するものを暴力と破壊によって排除するというやり方。いかなる理由があろうと醜いものだ。

 私はそんな方法でしか正義を守れぬ自分が恥ずかしく、情けなく思う。だから、こうして顔を隠している。そして、そんな自分を恥じながら、私は正義を守るために今日も戦いという手段を選ぶ! 私を支える仲間とともに」

『佐藤の!』残骸の上に佐藤装甲を身につけた花崗達が現れる。

『名字は!』校舎の屋上に佐藤装甲を付けた無数の女生徒たちが立ち上がる。

『正義の証!』窓が開き、佐藤一族の男子生徒が顔を出す。

『正義の味方・佐藤一族!!』

 続いて体育館の屋上に黒ずくめの集団が一斉に現れる。

『山田一族・山田忍者隊、見参!』

 総数百人を超える佐藤一族と山田忍者隊が弦間を一斉に見下ろした。

 さしもの弦間もぎりりと歯をきしませる。

「もう終わりよ、鈴木弦間」

 残骸の頂上に立つのは佐藤花崗。いつの間にか山田軍平と並んでそこにいた。

「すぐに仲間に抵抗をやめるように命じなさい。そして、式典実行委員会で選挙違反疑惑に対する調査を受けなさい。これは式典実行委員会としての勧告です」

 残骸の陰から、式典実行委員が二人弦間の手を捕まえようとするが、彼は二人の手を逆につかむと同時に地面にたたきつけた。

「これが答えだ!」

 叫び、倒した委員を踏みつける。

 佐藤一族と山田忍者隊が一斉に戦闘態勢を取った。

「弦間……自分のしたことがわかっているのか」

 体育館の前に立つ喬太が拳を固め

「どんなに汚い手を使っても、お前は生徒会長選挙の立候補者だった。だが、たった今、お前は立候補者をやめてただの悪党に成り下がったんだ!」

 もはや手加減する理由はない。喬太の後ろに、体育館から飛び出してきた高橋十兵衛と与一、渡辺推香留も獲物を構えた。

 誰が見ても弦間は終わりだった。彼がどれほどの武術の達人であっても、これだけの手練れを相手にはできないはず。

 だが、弦間は観念するどころか、自信満々で笑い始めた。

「笑って誤魔化しても無駄だ」

「誰か誤魔化すか。お前ら、この私が逃げるために外に出たとでも思っているのか?」

「何?!」

「私の切り札を使うのに、体育館では狭くてな。それで外に出たのだ」

 切り札。その言葉に喬太の顔が青ざめた。

「我が下に来たれ、スーパー鈴木ロボ!」

 拳を高々と上げ叫んだ瞬間、周囲を突風が襲い、一同を巨大な影が覆う。

 見上げた喬太の目に、弦間をモデルとした顔を持つ巨大ロボの姿が映った。


【次回更新予告】

鈴木弦間「見よ、我らの力を。見よ、威厳溢れる姿を。スーパー鈴木ロボ、発進の時!」

鈴木喬太「この戦いだけはしたくなかった……」

高橋一佐「みんな、今こそ一族の壁を越えて共通の敵に挑む時だ」

渡辺舞華「あんな醜い機械に私たちが負けるはずがありません」

田中直線「田中一族ーっ、ファイトーっ!」

山田軍平「山田忍者隊、陰から陽に。光の中で戦え!」

ジャスティス佐藤「次回更新『決戦! 六大一族!!』」

鈴木喬太「巨大ロボ……まさか、正義の巨大ロボも……」

佐藤花崗「乞う、ご期待!」


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