表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鈴木一族の陰謀  作者: 仲山凜太郎
1/13

【1・鈴木一族へようこそ!】

 雨が止み、雲が幕のように開いて星が姿を現した。月と星の光が窓を照らし、その明るさに鈴木喬太は夜が明けたのかと思った。

 ベッドから起き上がり窓を開けると、微かに流れる風が潮の香りを運んでくる。波の音もした。

「星ってこんなにあったんだな」

 先ほどまで荒れ狂っていた嘘のような夜空。文字通り満天の星が空を覆い、これが彼の家がある東京と同じ空とは到底思えない。だが、これもせいぜい三十分から一時間。すぐにまた嵐へと変わる。

「……と……」

 喬太はふらついた体を直す。左腕を見ると、くっきりと残る注射の跡が月明かりに照らされていた。こんなにハッキリした跡を見るのは、初めて献血をしたとき以来だ。

 視線を外に戻すと、眼下に小さな町が見える。まるで自分の今いるここが天上であり、下界を見下ろしているかのようだ。

 港の近くに半日前まで自分のいた建物、漁業組合の事務所と倉庫がぽつんと見える。小さな明かりがえらくみすぼらしく思えた。

「ん……」

 背後の声で、喬太は振り返った。

 彼の隣のベッドに少女が点滴を打ちながら眠っている。首や腕には包帯が巻かれ、時折、苦痛を訴えるように小さく声を出す。

 喬太はじっと少女の顔をのぞき込む。ほんのり赤みが差した顔。

「お嬢様ってのは、怪我人になっても綺麗なんだな」

 彼の言葉が聞こえたわけではないだろうが、少女の表情から苦痛が薄らいだように見えた。髪は治療のため短く不揃いに切られてしまったが、それが彼女を活発な少女っぽく見せている。

 もっとも、普段は眼鏡を愛用しているらしいので、本人は文学少女なのかもしれないと喬太は思った。少女の眼鏡は、今はベッドの横のテーブルに置かれている。日本では珍しい鼻眼鏡だ。鼻眼鏡は鼻が高くないと使いづらいと彼は聞いたことがあるが、見た限り彼女の鼻は平均的日本人程度だ。きっと落ちにくいよう眼鏡に何か処理がしてあるのだろう。

 少女の名前は鈴木紅葉。喬太と同じ16才、高校一年。

 ただし、彼とは違ってかなり大金持ちの娘だ。この島に来たのも、彼のように住み込みのアルバイトではない。別荘に遊びに来たのだ。

「……ん……」

 紅葉が軽く身もだえると、うっすらと目を開けた。

「気がついた」

 警戒しないよう、喬太は彼女に笑顔を向ける。

 紅葉が顔を喬太に向けた。途端、表情がこわばり、逃げるように体を起こそうとするが、思うように動けずただ体をよじるだけだ。

「静かに、点滴が抜ける」

 慌てて喬太があやすように声をかける。それで、紅葉も少しは安心したらしい。

「……水……欲しい……」

「ごめん、点滴中は水を飲んじゃだめだって医者が言ってた。唇をしめらす程度なら」

 それを聞いた紅葉は、残念そうに自分で自分の唇をなめた。それが終わると、顔をゆっくり動かして、部屋の中を見回す。

「ここは?」

「島の病院。本当は本土に運びたかったらしいけど、ちょうど台風でさ」

 窓の外を指さす。だが外は穏やかなせいか、紅葉は怪訝な顔を喬太に向ける。

「今は目に入っている。そのうちまた荒れるさ。でも大丈夫。怪我自体はたいしたことないって先生が言っていた」

 それでようやく紅葉は事情を理解したらしい。

「そうか……あたし、海で泳いでいていきなり波が」

「台風が目の前だっていうのに、無茶なことをするよ。どうして海に入ったんだ?」

「好きなの」

「え?」

「浮き輪に捕まって、ただ波に揺られて上下に動くっていうのが」

「ああ、あのゆらーってくるの、俺も好きだな。ジェットコースターとは違った感じで」

 喬太が体を上下に動かし、その時の様子を体現してみせると、紅葉が嬉しそうに微笑んだ。

「でも、それだって限度があるぞ。ましてや」

「綺麗……」

 つぶやいた彼女の視線の先には、窓越しの星空。

 もっとよく見ようと紅葉が体を起こそうとしたので、喬太が慌ててそれを止める。

「無理するな。怪我は大したこと無かったけど、出血がかなりひどかったんだから。ここの保管分じゃ足りなかったぐらいだ」

「出血?」

「波にのまれたとき、底に転がっていたガラスで切ったらしい。ま、不足分は俺がたっぷり輸血したから大丈夫だ」

 輸血と聞いて、紅葉が息をのんだ。

「あ、大丈夫。俺、変な病気にはかかってないから」

「名前は!?」

「え?」

「あなたの名前!?」

 あまりに真剣な表情に、喬太の方がたじろいだ。

「鈴木喬太だけど。あ、君の名前は聞いている。鈴木紅葉って言うんだろう」

「鈴木……」

 紅葉の顔が真っ赤になった。何か照れくさそうに喬太を見、目を伏せる。

「まぁ、名字は同じだけど、鈴木なんて名字はありふれてるから」

「あたしの体に、あなたの血が……」

 そう言う彼女の表情は複雑で、喬太には照れくさそうにも、恐怖しているようにも感じ取れた。その深刻ぶりに、彼は何かとんでもないことをしたのではと思い、

「もしかして、宗教か何かで輸血が禁じられているとか?」

 紅葉は首を横に振る。

「何が気になるのかは知らないけど、血にしろ髪にしろ、死ぬよりはマシだろう」

「髪?」

 言われて自分の髪に触る。そこで初めて紅葉はいつもと長さが違っているのに気がついた。

 紅葉の表情が凍り付くのを見た喬太は慌てて、

「あ、治療のためだって。傷が首の所にもあったからって。でも気にすることはないって。ちょっとワイルドな感じが出て、結構似合っているよ。ほら」

 隅にあった鏡を持ってきて、紅葉に見せる。

 渡された鼻眼鏡をかけて、紅葉は自分の姿を見つめる。

「似合います?」

 迷うような顔を喬太に向ける。

「もちろん」

 喬太は本当にそう思った。不揃いな髪のワイルドさと鼻眼鏡の微妙な知的さが思いの外うまく調和している。

「ありがとう」

 紅葉の表情がゆっくりと和らぎ、微笑みとなる。

 喬太も同じように笑みを返す。

「ソロバン……」

「え?」

「あたしのソロバン。どこですか?」

 確かにベッドの横のテーブルにソロバンが置いてある。最初見たときには何でこんなものがと思ったものだ。

 喬太がそれを手に取り、紅葉に渡すと、彼女は器用に開いている右手でソロバンの珠をパチパチ弾き始めた。

 何をしているのだろうと首を傾げる喬太に、

「ソロバンを弾いていると落ち着くんです。変ですか?」

 変だ。と言おうとするのを慌てて喬太は飲み込んだ。それを悟られないようにことさら大きく首を横に振り、

「いや。でも、どうしてソロバン? 電卓じゃないの?」

「ソロバンで計算するのが好きなんです。パチパチ弾くこの音が好き」

 片手で器用にソロバンを弾いている。パチパチ弾く音はリズムに溢れ、まるでソロバンのソロコンサートが開かれているようだ。

「それ、何かの曲?」

「あたしのオリジナルです。ただ、気の赴くままに弾いているだけですけど」

 気のせいか、ソロバンの音がテンポアップしたようだった。

「そうは思えないな。前にテレビで見たノコギリの演奏よりずっといい」

 褒めているんだか馬鹿にしているんだかわからない。が、彼女は好意的に解釈したらしく、くすりと笑った。

 満天の星空の元、可愛い女の子と二人っきりでのコンサート。

 最初は変な子だと思った喬太だったが、ソロバンのメロディに聴き惚れている内、紅葉がとても美しく見えてきた。

 突然の豪雨が、ソロバンコンサートを中断させた。コックを思いっきり開けたような雨のシャワーが降り注ぎ、風がそれを病室に吹き込む。

 喬太は慌てて窓を閉めた。

 そこで、ようやく彼は紅葉が目覚めたことを誰にも知らせていないことに気がついた。

「ちょっと待って。先生か看護士さんを呼んでくる」

「待って!」

 立ち止まる喬太に紅葉が手を伸ばす。

「ここにいて」

 そのすがるような目に、彼は逆らえなかった。

 彼はベッドの横に座ると、彼女の右手を取った。彼にとって何年ぶりかも忘れてしまった女の子の手。思っていたより冷たかったけれど、力を入れれば握りつぶしてしまいそうなほど柔らかかった。ただ、中指に出来たペンだこだけがちょっと固かった。

 紅葉はしばし、右手を通して伝わる喬太の体温に浸っていた。

「あたしの体に喬太さんの血が流れているんですね。あたしを助けてくれている」

 照れくさそうに言う彼女に、喬太は思わず体がむずがゆくなった。

「台風が来なければ、本土の病院に行って輸血するなり、輸血用のパックを輸送してもらうなりできたんだけど」

 窓の外を見る。外の風邪と雨はすっかり台風らしい姿に戻っている。

「明日になればヘリが来るってさ。本土の病院に移送だって」

「それまで一緒にいてくれる?」

「いや、俺、住み込みバイトの身分だから。台風の後で片付けが忙しいだろうし。時間によっては、挨拶ぐらいは出来るかもしれないけど」

「住み込みって事は、この島の人じゃないの?」

「ああ、俺の住んでいるのは……」

 荒れる外の様子とは逆に、病室の中で話す二人は穏やかだった。


 翌日、アルバイト先で仕事をしている喬太は、病院から飛び立つヘリの姿を見た。

「お迎えか」

 結局、喬太は紅葉と別れの言葉を交わすことは出来なかった。

「一夜の思い出か。三流ドラマみたいだ」

 喬太は飛んでいくヘリに向かって軽く手を振った。もう二度と彼女と会うことはないだろうと思いながら。

 だが、それは間違っていた。


 それは二学期を一週間後に控えた日。アルバイトを終え、喬太が夏休みの宿題に追われている最中に、少し休めと言うように携帯電話がなった。

「はい、鈴木です」

 喬太が受話器を取ると、太くどっしりとした大人の声がした。


《鈴木一族へようこそ!》


【次回更新予告】

喬太「どーもどーも、読者の皆さん。一応主人公の鈴木喬太です。けど、嫌な予感しかない続き方なんだけど」

紅葉「ヒロインの鈴木紅葉です。運命の赤い糸。赤い糸と言えば血管。そこに流れるのは愛であり血液。それが通じ合ったわたしと喬太さんは運命の人。運命は、決して逃れられない。それで決まりと言うことで運命決定」

喬太「いや、それだと輸血なんて怖くて出来ない。というより、鈴木さんってこんなキャラなのか?」

紅葉「恋人は名前で呼ぶものですよ、喬太さん。愛は人を変える勇気になるの。ということで次回更新『御代氏学園(みょうじがくえん)へようこそ!』」

喬太「はてさて、鬼が出るか蛇が出るか」

紅葉「お兄様が出ます。ところで喬太さん、生命保険には入ってますか?」

喬太「不吉なセリフが聞こえた!」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ