第二話 ノゼリア領主
王都を抜けると、街道をひたすら駆けていく。
時々後ろに視線を向けてついて来ているのを確認しながら、ストロアーム・ファングへの対策を講じていく。
けれどさすがに休憩なしというのは、私達人間も馬も幻獣だって疲れる。
目的地手前の森に入る前に休憩を取ろうと思い、ちょうど馬房のある喫茶店を見つけて天風に止まるように指示を出す。
ゆっくりと速度を落として、後ろを走っていた殿下方に声をかける。
「ここで休憩を取りましょう。馬達も休ませた方がいいでしょうし」
「ちょうど言おうと思っていたところだ。ありかとな」
天風から降りると同時に言われたお礼の言葉に笑い返して、馬房の管理人を見つけて三頭の馬の世話を頼む。
天風はさっさとこの場を離れて、少し離れた場所で勝手に草を食んでいる。
ペガサスが珍しいのか、天風の周りに人が集まり始めた。
それを私の隣で見ていた殿下も、観衆と同じように物珍しい表情をしている。
「ペガサスは預けなくていいのか?」
「天風はいいんです。あの子は縛られることが嫌いですからね」
それになにより、天風は人と触れあうことを嫌っている。
自分が認めた人間以外とは話そうともしないし、力を貸すこともしない。
それは天風が、風の聖獣と呼ばれることに誇りを持っている表れでもある。
「俺らも中に入るか」
殿下に促されて喫茶店へと入れば、中では穏やかな雰囲気が流れており、とても和やかに時間が過ぎている。
四人がけの席に座り、それぞれ飲み物や軽食を注文して、待つ間に討伐依頼の話をする。
「今回の依頼は、ノゼリア領からの依頼です。内容はご存知の通り、ストロアーム・ファングの討伐です」
「ノゼリアか………」
苦い顔をする殿下を見て首を傾げると、彼の隣に座るルークさんも苦笑しながら教えてくれる。
「ヴィーは、ノゼリア領主のこと知ってる?」
「噂程度ですが。………あまり好ましい人ではないですよね」
ノゼリア領主のことは本当に噂で聞いたことがある程度で、深くは知らない。
ただ聞く限りでは、あまりいい人という印象を抱く噂ではなかった。
「自分の利益しか考えない、典型的な貴族だよ」
隣に座るノーラさんの言葉に、とりあえず相手にしたくない人物だということは解る。
なんせあの殿下が眉間に皺を寄せるぐらいなのだから、彼も相手をするのは嫌なんだろう。
「以前領主と本格的に関わってから本当に嫌なんだな」
くくっ、とお腹を押さえて笑うルークさんを横目で睨みつける殿下を見ながら、ノーラさんに何があったのかと尋ねる。
「領地から国に納める穀物の量がその時の収穫量で決まってるのは、ヴィーも知ってるでしょ?」
「はい」
「ノゼリア領主はわざと少ない収穫量を国に報告して、納める穀物の量を偽ったんだよ」
「不正を行ってたってことですか?」
「うん。けど決定的な証拠を見つけることができなくて、捕まえることはできなかった」
不正をしているという情報を掴まれても、自分を捕まえることができないように証拠隠滅を忘れないということか。
思っていたよりもタチが悪い。
声を震わせながら話すノーラさんが持つ、ノゼリア領主に対する怒りが伝わってくる。
加えて、私達の会話を聞いている殿下とルークさんは目を伏せており、その表情を伺えない。
状況を変えようと、努めて明るい声を出して場の雰囲気を変えようと一人奮闘する。
「今回は領主館に立ち寄って、被害状況を聞いてから討伐に向かいます」
「………それ、変更できないのか?」
駄々をこねる子供のように言い募る殿下に、「本当に嫌なんだな」と独り言のように呟くルークさん。
けれど私は殿下の声の低さに驚いて、答えるのに詰まってしまった。
あの声の殿下に平然と声をかけられるルークさんがすごすぎる。
「決定事項というよりも、領地内で魔法を使うことの許可をいただかなければならないんです。さすがに領主が認知していないところで魔法を使うのは、どんな誤解を招くのか解りませんから」
下手をすれば謀反だと言われて死刑にさせられる可能性だってある。
常に死と隣りあわせの任務をこなしているため、別に死ぬことに抵抗はない。
ただそれが、言いがかりで死刑にされて死ぬとなれば話は別だ。
「領主と会うのがそんなに嫌なら、私だけで行きますけれど………」
殿下の顔色を伺いながら恐る恐る口を開くと、前の席に座る彼は私を見ると顔を俯かせて小さく呟く。
「すまん」
「いいえ。殿下が謝ることではありませんよ」
ちょうど話が終わったところで、注文していた物がテーブルの上に置かれていく。
私が頼んだのは、チェリーパイと紅茶。
他愛ない会話をしながら、チェリーパイを口に運んではちまちまと紅茶を飲んでいく。
そのチェリーパイを食べ終えるのを見計らって、ルークさんが喋りかけてきた。
「ずっと気になってたんだけど、ヴィーとあのペガサスはいつ出会ったんだ?」
口に運んだチェリーパイの最後の一口を飲み下して、紅茶が入ったティーカップを持ち上げる。
「私と天風が出会ったのは五年前………私が十二歳になって、アルヴァーク城で宮廷魔導師として働き始めてすぐの時です」
「そんなに早くから働いていたのか?」
「はい。アルヴァーク城で働き始めてから、今年で六年目になります」
殿下の問いに答えながら、天風との出会いの思い出に浸かり始める。
私が宮廷魔導師として与えられた初めての任務は魔物討伐だった。
下級魔物だったため、その時は一人で依頼を出した領地へと赴いた。
討伐自体は滞りなく終わったその帰りにたまたま見つけたのが、翼に傷を負った天風だった。
「放っておくこともできないので、嫌がるあの子に治癒魔法を施したんです」
翼の骨も折れていたためにいつも使う治癒魔法では完全に癒すことはできず、魔物討伐で使い切りかけていた魔力すべてそそいで癒した。
「ちょっと待って。魔力の全部使い切ったってことは………」
「はい。耐えきれなくなって気を失いました。そんな私を人のいる場所まで運んでくれたのが天風です」
慌てて口を挟んでくるノーラさんに苦笑しながら答えて、あの美しい天駆ける白馬を思い出して当時のことを振り返っていると。
「そういえば………」
「どうかしたのか?」
今の今まで気づかなかったけれど、思い返せばそうだった。
「天風と出会ったのは、ノゼリア領です」
けれど確か、その時の領主は悪い噂などひとつも持たない、むしろ領民から慕われている人だったはず。
子供からも大人からも好かれ、いつも笑顔が絶えない人で、幼かった私にもよくしてくれた。
依頼任務を遂行して天風と出会い盟約を交わして領主館に訪れた私に、伝統料理をたくさん振舞ってくれた。
「それは先代のノゼリア領主だ。先代は自分の家族の生活を確保するだけで多くは望まず、領民が飢えることのないようにしていた」
「そのような方がお父上なら、不正などとやらないと思いますけれど………」
「やっぱりそう思うか?」と尋ねる殿下にこくりと頷く。
「ですが、それもノゼリア領に行けば解ることですから」
席を立って店員を呼んでから、腰にさげているポーチの中をまさぐってアルヴァーク金貨を二枚出す。
「それぐらい俺が出す」
慌てて立ち上がる殿下を見て、律儀な人だなぁと思いながら苦笑する。
「いいんです。これ、任務の特別手当みたいなものですから」
店員に渡してお釣りを受け取り、またポーチの中にしまう。
「じゃあ、出発するか」
そう言うと、当たり前のように颯爽と喫茶店の中を歩く殿下を見て、やはり人の上に立つ人なのだと思わされる。
こんな人が、どうしてわざわざ私を護衛魔導師にするためにここまでするのかが解らない。
彼のために命をかける人など、いくらでもいるだろうに。
うーん。なかなか書けない。
書きたいと思うものを書くのはやはり難しいですね。