第一話 魔物討伐へ
アルヴァーク王城の城門前。
軍服の上から青のケープを着て、ある人物と待ち合わせをしている。
冬の季節が通り過ぎ、春の穏やかな陽だまりの中でほわほわとした気分でいると。
「待たせたな」
低い声に振り返ると、同じように軍服の上にケープを着た第二王子殿下が現れた。
彼の後ろには側付きの思われる人が男女一人ずついる。
男性の方は朝も殿下と一緒にいた人だ。
「いえ。そんなに待っていません」
「改めて、俺はジークラルド・クオン・アルヴァークだ。今日はよろしく頼む」
「私はヴィー・カレンディアと申します。こちらこそよろしくお願い致します」
「じゃあ、オレ達も自己紹介しようか」
聞き覚えのある声がした方へと視線を移すと、人当たりのいい笑顔を浮かべた男性が先に自己紹介を始める。
「オレはギルークスト・アロン。ルークって呼んでくれ」
見た感じ遊び人みたいなのに、言動を見る限り真面目の部類に入る人だろう。
………髪さえ切ればそういう風に見えるのに。
あまり間を置かず、山吹色の髪を揺らしながら女性の方も名前を教えてくれた。
「私はシェラノーラ・メイ・ウィスチル。ノーラでいいよ」
綺麗な容姿に違わず、クールという言葉が似合う人だと思った。
「よろしくお願いします、ルークさん、ノーラさん」
二人に向かって頭を下げれば、二人からもよろしくと言葉が返ってくる。
殿下が近くにいた兵士にそれぞれの馬の用意をお願いしている時、私はルークさんとノーラさんと会話を重ねていた。
「ヴィー。討伐対象はストロアーム・ファングって聞いたんだけど………」
「はい。そうですよ」
ノーラさんの質問に肯定すれば、彼女は腕を組むと顔を顰めて、深緑の双眸で私を見つめる。
その視線の中に疑念の色が混じっていることに気づかないほど私は馬鹿ではないが、私に対して疑念を抱く理由が解らない。
「まさかと思うけど、一人で行こうと思ってなかった?」
私は彼女が抱いていた疑念がそれだとは思ってもみなかったので、思わず「えっ」と口にしてしまった。
するとノーラさんは深く息を吐いて、私を憐れむように見つめてきた。
「えっ、一人で討伐しようとしてたの?」
ルークさんの反応からするに、彼は私がそんなことをするとは考えていなかったであろうし、表情を見ると無茶だとでも思っているのだろう。
けれどその無茶も、現状では必要とも言える。
「上級魔物の討伐依頼はほとんど一人でこなしています。他の魔導師には任せられません」
「やっぱり、魔導師の現状はすごいみたいだね」
実力のない魔導師が蔓延るようになった宮廷魔導師軍に任せられるような任務はほとんどなく、私やルウフェなどの一部の魔導師だけが上級魔物の討伐依頼を片づけている状況だ。
それを知っているのであろう苦笑するノーラさんに笑い返して、ヒシヒシと感じる視線の方に身体を向ける。
そこには眉間に皺を刻んだ殿下が立っていて、なんとも言えない威圧感を醸し出していた。
辺りを歩いている兵士達がその雰囲気に驚いて、一目散にこの場から去っていく。
「えっと………なんでしょうか」
「お前、見かけより馬鹿なのか?」
「………はい?」
突然の貶しに対応できずにいると、殿下はため息をついて口を開いた。
「ストロアーム・ファング相手に一人で勝てると思ってるのかと聞いてるんだ」
「さすがの私もそこまで思い上がってません。けれど今回は相手が相手ですし、数も多いので一人で行こうとしていただけです」
「それでもお前一人では無理があるだろう。なぜ他の魔導師に協力を仰がない」
「そんなに心配なさらなくても大丈夫です。私には強力な助っ人がいますから。そんなことよりも早く出発しましょう。できれば今日中に討伐を済ませて、明日には帰還したいので」
殿下の背後を指で示して、視線を誘導させる。
そこには三頭の馬を連れた兵士が立っていて、さっきから私達の会話が終わるのを待っていてくれたのだ。
この状況に頭が冷えたのか、殿下は馬の手綱を受け取りながら兵士に謝罪の言葉を述べる。
「すまない」
「いえ。これが仕事ですから」
三人に手綱を渡した兵士は、すぐに馬房のある方へと走っていった。
殿下方が馬に乗るのを見届けてから、魔法を発動させるために彼らから少し離れる。
何をするのか解らないといった顔で、馬上から殿下が私を呼ぶ。
「ヴィー。お前、馬は?」
「必要ありません」
腰にさげているポーチからひとつの鍵を取り出せば、ルークさんとノーラさんの顔色が変わる。
殿下はまるで予想していたかのように、平然としてこちらを見ている。
「それって………」
ルークさんの抑えきれなかった驚きの呟きに、彼の顔を見てふふっと微笑む。
「お二人が想像している通りの物だと思います」
何もない空間に、まるで鍵穴があるように鍵を差し込んである言葉を唱える。
それは、私達が行くことのできない、こちら側からは超越することが叶わない世界へと続く扉。
限られた魔導師にしかできない、異世界の扉を開くという所業に、周りの人達も足を止め始めた。
「開け、アストラル・ゲート」
鍵が光り輝きながら形を変えて、扉を形作る。
それに向かって、召喚詞を述べる。
「盟約に従いて、我を護り、我と共に戦え。我が呼ばしい声を聞き、今ここに顕現せよ__________天風」
瞬間、扉から疾風と共に現れるそれは空高く舞い上がり、優雅に数度旋回する。
逆光により、それの正体のシルエットだけを見ることしかできないが、殿下は誰に言うでもなく独り言のように呟いた。
「風の聖獣、ペガサスか」
地へと優雅に舞い降りてきたそれは、白き翼を持つ天翔ける白馬。
私達が生きる世界とは違う、別の世界で自由に生きている、それぞれが意思を持って人の言葉を話す獣。
それを私達人は、幻獣と呼ぶ。
その中でも強い力を持つ幻獣の種族が、聖獣と呼ばれている。
私が召喚したペガサスは風の属性の聖獣であり、それなりに珍しい存在である。
私の前に舞い降りた盟約獣の一体、ペガサスの天風の鼻面に手を伸ばして撫でてやる。
『私を呼んだか、主よ』
「えぇ。天風の力を借りたいの」
撫でるのをやめて天風の背に乗ると、数度翼をはためかせてまた折り畳む。
『そこの者らも共にか』
空を飛んだ方が早いけれど、今回は殿下方がいるためそれはできない。
少し窮屈ではあるだろうが、天風には地を駆けてもらわなければならない。
それが不満なのか、少しだけ鼻を鳴らした天風を宥めるように首を一度だけ軽く叩きながら別のことを注意する。
「そうよ。特にあの方は王族だから、あまりその口調はしてほしくないのだけれど」
『王族など知らん』
天風の相変わらずの態度に苦笑いを浮かべる。
出会った時からこの高圧的な態度だから私は構わないが、今出会ったばかりの彼らにはやめてほしいけれど、これは言ったところで聞かないなと諦める。
「ヴィー」
殿下に名を呼ばれて顔を上げると、驚愕に少しだけ目を見張る表情に少し意外だと思った。
今まで何があろうともほとんど動じることのなかった殿下が、天風を前にして表情を変えた。
さすがの殿下も、これには驚くのか。
「そのペガサスは契約獣か?」
「いいえ、盟約獣です。たまたまこの子が怪我をしていたところを私が介抱して、その恩として盟約を交わしたんです」
話していると、鮮明に蘇る過去の記憶。
鮮やかな思い出は、褪せずにずっと残ったまま。
首を撫でると、もっと撫でろと言わんばかりに手に擦り寄せてくる天風に微笑みながら、殿下の問いに答える。
「この子の他にも盟約獣はいますが、移動に適するのは天風ぐらいです」
『私を馬車とでも思っているのか』
私の言葉が気に入らなかったのか、鼻を鳴らして前脚で地面を引っ掻く天風。
青みがかった白の鬣を撫でて、苦笑しながら言い聞かせるように言う。
「そんなこと思っているわけないでしょう?移動だけだったら耀火でもいいけれど、あの子は今回の戦闘では不向きだもの。だから今回は貴方を呼んだのよ、天風」
「耀火って、他の盟約獣?」
「はい。耀火は俗に言う、火の聖獣であるフェニックスです」
平然とした顔でルークさんの質問に答えると、彼は驚きに目を見張る。
その隣では、同じく私の言葉を聞いていた殿下が驚きを消して嬉しそうに微笑んだ。
「ますます気に入った。宮廷魔導師にしておくには惜しい存在だ」
「それは………どうも」
言われて嬉しくないと言えば嘘になるが、護衛魔導師を引き受けるか引き受けないかはまた別の問題だ。
けれどわさわざ人を挑発して魔法を発動させた殿下なら、絶対諦めは悪いという事実は確信している。
どれだけ言ったところで、私を護衛にしようとするんだろうな………。
「ヴィー」
「はい」
「行こう。お前が先導してくれ」
天風に心の中で語りかけ、城の敷地から出ることを命じる。
殿下方の乗っている馬達に合わせるようにして、天風はいつもより遅いスピードで駆け出した。