prologue 運命の歯車
いつもの白と青を基調とした軍服に身を包み、手には身長と同じくらいの杖を持って廊下を歩く。
ブーツのヒールを音高く鳴らしながら歩みを進めていれば、前方から同じ宮廷魔導師軍に所属する部下が歩いてきた。
「ルウフェ、おはよう」
「おはようございます、ヴィー様」
お互い足を止めて挨拶を交わしたあと、ルウフェの口から爆弾が投下された。
「そういえばヴィー様、第二王子殿下付きの護衛魔導師になられたんですよね?」
一番言われたくないことを言われ、動揺した私は手から杖を離してしまった。
カランカランッと乾いた音を立てて転がる杖。
呆然とする私のかわりに拾ったルウフェは苦笑して、「どうしたんですか」と言いながら杖を差し出す。
「今一番言われたくないことを貴女が言ったからよ」
ルウフェから杖を受け取ると、私の言葉に目の前にいる彼女はふわふわのクリーム色の髪を揺らしながら首を傾げる。
「なぜですか、ヴィー様。王子殿下付きの護衛魔導師なんて、ルウフェはすごく憧れます」
「憧れなくていいわよ。むしろ今すぐにでもその役職から解任してほしいから」
私の切実な思いを言っても、ルウフェは聞く耳を持たない。
皇族の護衛役など死んでも嫌だというのに、なぜ私が選ばれなければならないんだ。
どうせ、宮廷魔導師長の推薦なんだろうけれど。
「けれど残念です。もうヴィー様の訓練に参加できないなんて」
頬に手を当ててため息をつくルウフェに私は笑顔を浮かべ、その言葉を打ち砕く。
「まさか。訓練はいつも通り行うに決まってるでしょう」
「それはよかったです!水や氷の魔導師の子達も無くなるんじゃないかと心配してたんですよ」
「宮廷魔導師なんだから、訓練ぐらい自分でできるんじゃないの?」
苦笑を滲ませた表情に少しの呆れを含んだ声で言えば、ルウフェは顔の前で数回手を振った。
「魔力操作が苦手な子もいるじゃないですか」
「それ、貴族の子女でしょう?」
ルウフェがなんとも言い難い表情をするから、私の眉間に皺ができていることが手に取るように解る。
彼女がそういう表情をする時は、大方私が不機嫌である時だ。
ここ数年一緒に任務をこなしているからこそ見せられる表情でもあるのだが。
「私は、権力とコネを使って宮廷魔導師になる人は嫌いだわ」
吐き捨てるように言えば、ルウフェはクスッと笑った。
宮廷魔導師になるためには、相当な訓練を要する。
魔力量の他にも、魔力操作の技術や、魔法を構築する速さも重要になる。
なのに、宮廷魔導師としての最低ラインに到達していない人間が多すぎる。
魔導師と呼べないような人間もいることが、私には耐えられない。
だからせめて、魔導師としての素質がある子や向上心のある子には訓練の指導を行っている。
少しの間の後、ルウフェは綺麗なソプラノの声で言葉を紡いだ。
「訓練を受けている子は皆、もちろんルウフェも知ってますよ。ヴィー様が貴族を嫌ってること」
それってとてつもなく広まっているじゃないの。
私が予想していたよりも噂になっているじゃないの。
私ってそんなに貴族に対して嫌悪感丸出しだったかしら。
「ヴィー殿」
不慣れな呼びかけに、無意識に背筋が伸びる。
恐る恐る声が聞こえた方向に振り向けば、いつぞやの文官が少し離れた場所に立っている。
その顔には怒りの色が滲み、私をこれでもかというほど睨みつけている。
「いつまで立ち話をされるおつもりですか。殿下が執務室でお待ちなのですよ」
「殿下の事情など私には関係ありません」
なぜ私の予定を皇族に左右されなければいけないのか。
私の意志で決めたことではないのに、どうしてこんなにも強制されなければならないのだろうか。
言い切れば、より一層私を睨みつけながら近づいてくる文官に恐れ慄いたのか、ルウフェは脱兎のごとくこの場から去っていった。
「貴殿は殿下の護衛魔導師なのですよ?その役目を放るおつもりですか」
「それは私の意志で決めたことではないと何度も言っているでしょう。そんなにも殿下の護衛魔導師が必要ならば他を当たってください」
ただ推薦されて勝手に護衛魔導師に決定され、指名されたワケでもないのにいい迷惑だ。
これから魔物討伐軍を組織しなければならないという時に、なぜこの文官が現れるんだ。
今私がどれだけ忙殺されているのかをこの人は知らないのか。
「では、私はこれで」
すごい形相の文官の脇を通り過ぎようとした、ものの。
「与えられた任を放るのか」
文官と同じ内容のセリフが、その文官とは別の声で後ろから耳に届いた。
そしてその声は、近衛軍の訓練場で何度も何度も聞いてきた声だった。
できることなら一生会いたくもなかったし、一生関わりたくなかった相手が私の後ろにいる。
だからといってわざわざ振り返ることなどしない。
顔を合わせたくないし合わせるつもりも一切ないので、そのまま背後にいる人に話しかける。
「わざわざ自らお出向きになるとは思いませんでした」
「来るのが遅すぎるから迎えに来ただけだ」
私の嫌味もどこ吹く風のようなすました声音を聞いて、今すぐにでも振り返ってその顔を叩いてやりたいと思った。
………そんなことできないけれど。
だからせめてもの抵抗である言葉で返す。
「そうですか。ですがご生憎様ですね。私にはやらなければならないことが山積みなので護衛魔導師としての顔合わせはまた後日にお願いします」
今度こそこの場から離れらると思ったのに。
「ごめんな。ウチの主がお前をどうしても連れていくって聞かないんだ」
いつの間にか目の前に立っていた金色の長髪を纏めた長身の男に退路を塞がれて、驚きで手にしている杖をまた落としそうになってしまった。
しかもさっきの文官がかわりにどっかに消えたし。
「連れていく?私を何処に連れていくというんですか」
「簡潔に言うと、短期遠征だな」
短期遠征、ですって?
この言葉が、私の逆鱗に触れた。
この怒りを、もう押さえつけておくことはできない。
「ふざけるんじゃないわよ………」
「ん?なんか言った?」
杖で廊下を叩いた瞬間、俯かせた顔を上げて目の前の男を睨む。
廊下を叩いて出た高鳴りの音と私の剣幕に怯んだのか、私の前にいる長髪の男は少したじろいでいるように見える。
「いい加減にしてくれるかしら?私にはやるべきことがあると言っているの。魔物討伐軍を編成しなければならないし、後輩の育成もあるの。それらすべてを怠ってみなさい。その瞬間、この国の魔導師達はどいつもこいつも使い物にならなくなるわよ!」
ただでさえ魔導師として任務に出られる人数も限られているのに、私を引き抜くとはどういうことだ。
この人達は知らない。
今誰がこの国を本当の意味で護っているのか。
誰が他国と戦火を交えないようにしているのか。
「いや、それはオレに言われても………」
苦笑を浮かべて、私の背後に視線を向けた男。
すると今度は、靴の高鳴りが耳に届いた。
背後に近づいた人物を警戒しながらも、前に立つ男を睨み続ける。
「確かにお前の言う通りだ。だが、こちらもお前達魔導師と同等の戦力がある」
「何を言い出すのかと思えば………」
愚かもいいところだ。
魔導師と同等の戦力を持っているですって?
思い切って振り返れば、そこには銀色がかった黒髪の男が立っていた。
瞳は澄み渡った空を彷彿とさせる色をしている。
身長はさっきの長髪の男と同じくらい。
違いなどほとんどなく、着ている軍服も一緒ではあるものの唯一違う部分がある。
それは、軍服に刺繍された紋章。
軍の紋章であるフェニックスと、その隣に並ぶグリフォンの紋章。
グリフォンはアルヴァーク王国王家の紋章。
つまり彼が、私の背後にいた人間が、押しつけられた護衛魔導師としての護衛対象である第二王子殿下ということ。
だからといって、臆する理由などひとつもない。
「私ならその戦力を一瞬で無効化できます。息の根を止めることも容易です」
「思い上がりも甚だしいな」
冷めた瞳で見下ろしながら、私を品定めするかのように見る彼とさっきの言葉に少し腹が立った。
伊達に賢人の称号をふたつ持っているワケじゃないのを証明するために、広範囲魔法を構築する。
「私の実力も知らずに思い上がりと言いますか」
杖で廊下を叩けば、構築されていた魔法が発動して、一瞬で辺りが氷に包まれる。
「何も知らないのは、そちらの方では?」
冷気に包まれたこの空気にも動じないところはさすがというべきだろう。
このような状況で、表情も変えずに立っているのだから。
「実力は解った。そして気に入った」
不敵な笑みを秀麗な顔に浮かべた殿下。
が、そんなことはどうでもいい。
「………気に入った?」
言葉の真意を探ろうとして彼の瞳を見るものの、殿下が先に答えを言ってくれた。
「改めて頼もう。俺の護衛魔導師になってほしい」
第二王子であるからか頭こそ下げないが、それでも私に命令ではなく、まるでお願いのように言う殿下。
この王子は、他の王子とは違う。
直接会ったことなどないが、他の王子達の噂だけ聞いていれば絶対に仕えたくないと思わされるようなことばかり。
杖でまた床を叩いて、氷を消す。
「………どうして私なんですか。私でなくとも、優秀な魔導師はたくさんいます」
「その理由は部屋で話そう。ついてきてくれるか?」
「構いませんけど………魔物討伐の任務があるので、あまり時間はありませんよ?」
「なら、俺もそれに参加しよう」
「……………はい?」
驚きすぎて素っ頓狂な声を出してしまう。
王子の前で恥を晒してしまった………。
「お前よりは頼りないが、戦力にはなるだろう?」
孤高のような存在であるはずの彼が、一緒に魔物討伐?
実力が解らないから、決めるに決められないのだけれど。
足手纏いにはならなそうな雰囲気ではあるけれど。
でもやっぱり少し心配になる。
「いや、私の方こそ殿下の実力を知らないんですけど」
「俺の実力は実践の方が知ることができる。だから参加する。ちなみに討伐対象は?」
「えっと………ストロアーム・ファングですけど」
姿は巨大な狼のくせに、その毛並みは鋼鉄のように固く、どんな武器を用いても貫くことが難しい上級魔物。
しかも上級魔物の中でも討伐するのが難しく、依頼が来ても殲滅できないことの方が多いくらいだ。
だからこの討伐には私一人で行こうと思っていた。
「相手にとって不足なしだな」
また不敵な笑みを浮かべる殿下を見て、思わずため息をつきたくなるのを堪えて言葉として吐き出す。
「もう勝手にしてください。私はどうなっても知りませんからね」
「ならば決定だな」
これが、この出会いが、私の運命をまた廻し始めたのだ。
初めての小説。初めての投稿。
拙すぎる文章ではありますが、楽しんで読んでいただけたなら幸いです。
これからも頑張って更新していきたいと思います。