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第二話 方向性

「おはようございます! 今日はいい天気ですね! 張り切っていきましょう!」


 甲高く、それでいて雑音交じりの女の声だ。機械的な声ですらある。耳にキンキン鳴り響くが、不思議とすんなり頭に入ってくる。


「皆さんおはようございます。こちらは管理人です。今日から皆様に催し物に参加して頂く事になりました。これは決定であり、如何なる否定も受け付けません。ご了承ください」


 すごい突拍子が無いことだ。これはサトルの夢なのに。参加するもしないもないであろう。これはサトルがみている夢――明晰夢である。自分の思い通りにならないのは、これが初めてだからだろう。


「落ち着いてください。騒いでもどうにもなりませんよ? これから説明を致しますので、できる限り静かにしてお待ちください」


 体育館はシンとしている。スピーカーからの音声はいったんやんだ。変な声だった。と、油断していると、少女の母親が話しかけてきた。


「あなたどういうつもり? こんなことして許されると思ってるの?」


 静かだが、吊り上がった目があからさまにサトルに怒っていることを伝えた。直に感情をぶつけられ、たじろぐがすぐに弁解した。


「ま、待ってくださいよ! なんで僕がやった事になるんですか。なんもしてないし、むしろ被害者ですよ。いきなりこんな所にいて。そういうそっちこそ、僕を拉致したんじゃないんですか?」

「はあ? なんで私がそんなことしないといけないの!」


 母親はぼさぼさになっている髪の毛を上下に揺らし、どんどん鼻息が荒くなっている。


「ちょちょちょっと! 怒んないでくださいよ。お子さん怖がってますよ? ちょっとは落ち着いてくださいよ……。いい大人でしょ。ね?」


 サトルはジリジリ尻を床につけたまま母娘から距離をとった。


「ほら。僕は何もしないし。してないし。むしろ何かしました? ね? してないでしょ?」

「……私たちをここに連れてきてるじゃない」

「それはわからないでしょ……? わからないよね……? うん。だって、そんな証拠ないし。ねえ? 娘さんも何か言ってやってよ、お母さんにさ。決めつけはよくないって」


 母親は混乱してるし、娘を守るしかないのはわかる。はたから見ればサトルは完全に不審者で、危険人物だ。こうしている間にも離れている。もちろん両手をバンザイして、危害を加えるつもりはないとポーズで示している。それでも、母の警戒は薄れる気配はない。


 だからこそ、娘に流れを変えてもらうしかない。


 しかし娘も警戒して、一切しゃべらない。むしろ母親の態度を受けて、怯えている様子すらある。


 だめだ。空気に耐えられない。流れを変えるべきだ。強引にでも。


「自己紹介! 自己紹介します。鬼頭サトル。25歳。職業、プログラマ。マクロを組んで、生計を立てています。趣味は、使えないマクロを組んで、自己満足することです。終わり。ではお母さんから、自己紹介して頂けますか」


 少しだけテンションをあげ、身振り手振りを大きくした。好意的に接している相手を邪険にするのは、気が滅入るものだ。母親は応じてくれた。


「……桃瀬ナツミ、です。こちらは娘のアキナ」

「……どうも」


 ナツミとアキナは会釈こそしないものの、挨拶はしてくれた。


「よろしくお願いします。疑ってもいいですけど、辛く当たられるのはぼくもつらいので」


 まだ何かを話そうかと思ったが、スピーカーから再度音声が流れた。


「だいたいどこも収まったみたいですね。それでは説明はいらせていただきます。指示に従っていただければ、監禁状態は解除させていただきます」


 サトルはぐるっと体育館を見たが、あいている扉はない。たぶん、鍵がかかっている。出れないのか。


「二人になるまで殺しあってください。以上です」


 ブツッと放送が切れた。それで終わりだった。

 サトルは茫然として、ハッとした。意識を持っていかれた。バトルロワイアルかよ。


 ちんけな夢だ。最近嫌なことでもあったか。中学生の妄想かよ。


 仮にやろうとしても、方法がない。どうやって殺すんだ。道具ないし。


 いや、むしろ。この場合、殺されるのは――


「……鬼頭さん」


 声を出さなかった自分をほめたいくらいだった。それくらい、サトルは驚いていた。殺される。そう思ったからだ。二対一。相手は、親子。殺されるのは、サトルだ。殺される夢は見たことがある。鎖骨に太い杭を打ちこまれて殺された夢だった。衝撃が体を貫いて、意識がなくなっていく――そういう夢だった。


 殺されるのは、夢でも最悪の体験だった。


 まして、このリアリティ。この夢で、殺されるなんて。最悪だ。最悪。まさしく最悪。いや、最悪一歩手前だ。死ぬわけじゃない。夢が覚めれば、サトルは生きている。


 生きてる。そのはずだ。


 サトルは、ここで殺されても生きている――はずだ。


「……桃瀬さん、はは、変な話でしたね。まったく。どうしましょうか。ええ。本当に……」


 生きてるよね。夢だよね。現実じゃないよね。本当に拉致されていないよね。


 いったい、それをどうやって証明するんだ。サトルは生きている。


 我思う、故に我あり。


 サトルの意識は存在している。しかし、これが現実なのか夢なのか、証明できない。今目の前の風景が、現実であるという証拠がどこにあるのだろうか。


 これは、夢じゃない?

 

 指示は殺し合い。

 夢であるという前提で行動して、サトルが殺さる。しかし現実だったら、サトルの生はそこで終わりを告げる。


 まったく釣り合っていない。

 現実と思って行動したほうが、まだマシだ。


 夢が覚めて「アハハ、やっぱり夢だった」と笑うほうがいい。


「殺し合いなんて、馬鹿らしい。桃瀬さん。逃げましょう。指示に従う必要はないと思いませんか」


 殺し合いは避ける。何がなんでも。数で負けてる。確実に勝てる保証がない。人を殺した経験もない。いったいどうやって殺せばいい。ダメだ。倫理観が邪魔をする。殺さなければならないほど、桃瀬親子を憎んでいるわけでもない。無理だ。できない。臆病でも何でもない。25年の教育が、殺人という行為を許さない。


 それは桃瀬親子も同じだ。そのはずだ。


「……でも、監視されていたら」


 乗った。有無を言わさず襲ってこない。躊躇している。娘は何もしていない。親のいうことに従う。普段の様子は知らないが、命がかかった状況で、反発するほど反抗的ではない。


「介入するようなら、それはそれでいいですよ。少なくとも、あっち側。今は僕が拉致した人間側の手のものじゃないって前提で行きますよ。今は僕たちを殺す気はない、ですよね」

「さっき、殺し合いが……」

「つまり殺し合いをさせたいんですよ。相手が嫌がるのは、何もしないことです」

 

 そうすれば、相手側は何かしてくるはずだ。そこを押さえる。

 

 でも、これは――。


「とにかく、殺し合いなんて馬鹿げたことですよ。とりあえず、ここを出る方法を探しませんか。今できることをやりましょう」


 今はサトルを殺すという選択をさせないことが重要だ。

 

 数で負けてるサトルは殺される確率が高い。解決できる方法を探すんだ。


 サトルの勝ち筋を探すしかない。



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