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5 ゲーム

この話は学校描写が主になっていますが、この話のあとはあまり学校は出てこないです。

 柳浦高校は至って平凡な公立高校だ。

 偏差値は50を少し越す程度で、さして学生数が多いわけでもない。

 校舎は比較的新しく、空調設備も整っているためどんな季節でも快適に過ごすことが保障されている。


 今日はもう7月の中旬だった。そんな夏真っ盛りにもかかわらず、朝から教室内は涼しい。


 そんな学校の涼しい教室の中で、寝不足である道人が寝てしまうことはある意味では仕方のないことかもしれない。

 道人は腕を机に組んで、その上に頭を乗せていた。傍から見ても寝ているようにしか見えない。

 今は朝の学活の前の登校時間だった。


 大体6割ぐらいの生徒がすでに教室に入っていた。その教室のドアががらがらと音を立てて開いた。一人の少年が入ってくる。中肉で、少し背の高い少年だった。

 少年はテンポの良いスキップのような足取りで、道人の席の隣までやってくる。


「よっ、近田!」

 少年は背中をとんと、軽く叩いた。


 「うぅー……」といううめき声を上げながら、道人は体を起こして、椅子に体重を乗せた。そして顔をだらんと自分の首に預ける。

 道人には薄めで教室の白い天井が見えた。そのまま、自分に声をかけた人間に目線だけ向ける。

 道人は無意識に、いわゆるシャフ度を形成していた。


「眠そうじゃん」

「あぁ……ふぁぁ……眠いよ」

 あまりの眠気に、言葉の途中に欠伸を挟むことを禁じえなかった。


「またてめゲームしてたんじゃん。あー、ずりぃよー。俺もしてーよ」

「眠たいのはそれとは別ベクトルの話だからさ。てか、ゲームできないのはお前が悪いだけだろ、佐久間さくま

 佐久間と呼ばれた少年が指している『ゲーム』とは、すなわち道人のプレイしている〈Eternal Job Online〉のことだった。

 佐久間は中間テストで酷い成績を取り、現在ゲームを取り上げられていた。

 しかし、期末テストが返却されればゲームも佐久間の手に戻っているだろう。


 この間も「俺のテストが返却された暁には、近田は『ぎゃふん』と音を上げていることだろう」「ぎゃふん(棒読み)」というやり取りをしたところだった。

 


「んじゃ、昨日何時寝なんだ?」

「昨日……12時に寝たな」

「12時って……なんだよ、そんなんほぼマックス近田じゃんかよ。俺なんて1時寝だぞ」

「ガキっぽく夜更かし自慢するなよ。つーか、12時寝でも5時起きだし、今日」


 佐久間が首を傾げると同時に、朝の学活前の予鈴が鳴った。

 佐久間が教室のスピーカーを一瞥して、

「あー、ま、いいか。なんとなく5時ってので察したわ。んじゃ、またな」

「またな。カマ」

「カマやめろし」

 カマとは、佐久間がゲーム内でネカマプレイをしているところから付けられたあだ名である。


 朝の学活が始まる数分前。一人の少女が教室の前のドアから入ってきた。


 さらっとした黒髪はとても柔らかい。腰まで伸びた髪は、歩くだけでふわりと彼女の背中で浮いていた。 周りの女子よりも一段と大人っぽい雰囲気を放っている。

 少し目つきは鋭いが、顔立ちがとても揃っていて、右目の下の泣きぼくろが彼女の美しさをより引き立てていた。


 その少女は歩いているだけで他からの視線を集めていた。

 それらを背中に一挙に引き受けて、一歩一歩と道人の席の方向へ進んでくる。

 少女は道人の机の横で止まった。

 彼女の強い目力がこちらへ移るだけで、道人の心は落ち着かなかった。


「――持ってきた?」

「うん……まあ」

 主語の完全に抜けた会話。それを成り立たせているのは、昨日送られてきたメールだった。

「そ」

 そう言って、彼女――永井真姫は自分の席へと向かっていった。


 ――おかしい。

 道人は心の中で呟く。


 彼氏に弁当を作らせ持って来させる時点で、すでに半分くらいおかしいのだが、問題はそこではなかった。

 もう期末テストが終わって、学校はすでに短縮授業へと突入している。

 学校で昼食を取る必要なんてないのだ。

 なのに、何故。


 昨日も少しだけそのことについて考えてみたが、全く理由がわからなかった。

 道人は脳内のもやもや感を払拭しようと、頭を掻いた。

 頭が痛くなっただけだった。



 道人と真姫が付き合い始めたのは三ヶ月前のことだった。

 中学時代から同級生で、何度か同じクラスになったこともあったが、話したことは数えるほどしかなかった。

 けれど、道人はその彼女の「かっこよさ」みたいなものに惹かれていた。


 昔から真姫がクールな雰囲気で、裏では人気があった。

 しかし、雰囲気から分かる通りの性格のキツさから、わざわざ告白なんてする人間はいなかった。


 そして、三ヶ月前。

 放課後の人のいない廊下で、歩いていた彼女を呼び止め、不意に告白してしまったのだ。

 上手くいくなんて毛ほども道人は思っていなかったのだが――奇跡と言うべきか、それは成功した。


 三ヶ月間付き合ってきた道人が、今彼女に抱いている印象は「変人」だった。




 放課後になった。

 クラスメイトには、欠伸をして伸びをしている者、隣の席の友人に声をかける者等々、している行動は様々だった。


「ハッハッハ、近田クン。ぎゃふんと言うが良い」

「ぎゃふん……んだよ。佐久間」

 机に入っている教科書類をカバンに詰め込んでいる道人に、佐久間がしたり顔で声をかける。


「フッ、貴様は気付いたか? 今日で俺達は期末テストをコンプリートしたのだよ」

「あー。そか。今日で全部帰ってきたんだっけ。どうだったん……って訊くまでもないか」

「フフフ……全科目70点以上だ!」

「あそう……言葉の前に弱そうな悪役の声みたいなの入れてくるのやめてくんない?」

「え、反応そんだけ? 何だよー、クール近田じゃん」


 ノリノリで道人と喋っている佐久間だったが――


「邪魔」


 そのぴしゃりとした一言で、背筋が凍りついたように動きが止まった。虎に睨まれた兎のようだった。

 道人がそんなことを思っていると、佐久間は自分のカバンを持って脱兎の如く逃げ出した。やはり奴は兎だ。


「行くわよ」

 佐久間を一言で追いやった真姫は、ぶれのない視線で道人の目を見つめて言った。

「――どこに?」

「部室」


 彼女は文芸部唯一の部員だった。部室は第一多目的室。道人はカバンを持って彼女に付いて行った。

 普通の教室の半分程度しかない部屋が、置かれたダンボールのせいで3分の2くらいに縮小していた。つまり狭い。

 あるものといえばダンボールと、本の入っていない本棚。あとは長机とパイプ椅子が二つあるだけだった。


「それで、弁当食べるの?」

「別に、今日は弁当が主題じゃないわ。あなたをここに連れてくるための口実よ。それぐらい察しなさい」

 ――昨日のメールは明らかに弁当が主題だったのに。

 道人は口を尖らせた。本人は抑えたつもりだったが、上手く隠せず、表情が漏れ出ていた。


「ねえ、チカ。あなた、ゲームってやるの?」

 言いながら、真姫はカバンからスマートフォンを取り出す。

「え……やらな……いや、やるよ」

 道人は少しだけ自分をよく見せたい衝動に駆られかけたが、嘘を言ってもすぐにバレそうなのでやめた。真姫には大抵の嘘がバレてしまう。

 当人は気付いていなかったが、道人は嘘を付くときに視線が空中を彷徨さまよう癖があり、誰にでも嘘が筒抜けなのである。誰もそれを指摘しないだけだった。


 真姫はその返事を聞いて、スマホを操作し始めた。


 そして、

「そう。じゃあ――〈Eternal Job Online〉って知ってる?」

 スマホで、道人の見慣れたゲームのプレイ画面を見せたのだった。

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