2 職業
『LEVELUP!』という文字が見えるなり、ニアは思わずガッツポーズした。
それを祝福するように、彼の脳でファンファーレが流れてきた。
レベル21。それはこの〈Eternal Job Online〉において特別な意味のあるレベルだった。
今までの鬱屈とした旅人からおさらばして、自分のための職業を得ることができるようになるレベルなのだ。
旅人では基本スキルと初級魔法しか使うことができなかったが、これからは職業に合った専用スキルで戦うことができる。
新たな職業を得るには、まず街の教会に向かわなければならない。
ここはアルカサン大森林というフィールドの中だ。
ここから最寄であるギルドの街、サザランドまではそこそこ距離がある。
ニアはすぐにメインメニューでウィンドブーツを装備した。他のブーツに比べて異常なほど防御が低いが、代わりに移動速度が速くなる効果がある。
ニアはそのままアルカサン大森林の中を走り始めた。
AGIはレベルアップ時のステータスアップで加算をしていない。
そのため、本来はさして速いわけではないが、それでもウィンドブーツのおかげでかなり走る速度が上がっている。
それに何より、VRという環境のおかげで息が切れないのがよかった。
ニアは全力疾走のまま駆けていった。
その刹那――ニアは十字路の角から出現したものに直撃した。
少女漫画さながらの衝突を見せたニアは、思わぬ一撃に尻餅をついた。
ぶつかった相手もニアと同じようで、地面に倒れこんでいた。
男。男だ。紫色の髪をしたイケメン。軽装の鎧に身を包み、左手に盾を持って、腰の鞘に剣を収めていた。
ニアはすぐに男の背中側を見た。すぐさま、絶望に満ちた目に変わる。
「トレイン……」
複数体の『キラビー』や『ウェアウルフ』がこちらへと向かってきていた。キラビーは大型の蜂、ウェアウルフも2メートルぐらいの体格の人狼だ。
少なくとも、この量はソロで捌ききれるような数ではない。
「くっそ……ツイてねえ……」
男は体をゆっくりと起こしてモンスター達のほうを見た。逃げるのは諦めたらしい。
ツイてないのはこっちだ。ニアは立ち上がりながら心の中で呟く。
MMOでモンスターを引き連れて人になすり付ける行為は立派なマナー違反である。
男はこの場から逃げようとしていないだけまだマシだが、遭遇したニアからすると洒落にならない。
このゲームのデスペナルティは経験値減少。レベル21以上ならレベルダウンになる可能性もある。
特にニアは先程レベル21になったばかりで、死んでしまうとレベル20に間違いなく戻ってしまう。
「悪い。あんた助けてくれねえか? オレ、レベル21になったばかりだからデスペナ食らいたくないんだよ」
「奇遇だな。僕もレベル21になったばかりなんだよ。死にたくないというのは一緒だけど……わかった、助太刀する」
このフィールドは初心者の狩り場の一つといってもいい場所だった。
ソロでも相当酷いエンカウントをしない限り死ぬことはない。
この男がトレイン行為していたのは、ニアと同じく街へと急いでいたからだろう。そういった意味で、わずかながら同情もできた。
戦闘は図らずもある程度の余裕を持って進んだ。
それもこれも、男の大胆な攻撃のおかげだ。
彼はモンスターのど真ん中を突っ切って走り、数をどんどんと減らしていった。どうやらHPやSTI、DEFの値に大きな自信を持っているらしい。
モンスターから逃亡していたさっきまでの姿は別人のようである。ニアもこれには驚いた。
ニアは自分の両手剣で男がこぼしていった敵のHPを削り、度々キルしていった。結果的に言えば、大きな経験値のおこぼれをもらえたので、儲かったのはニアかもしれない。
普段の自分とは比べ物にならないくらいのスピードで戦闘が展開し、トレインしていたモンスターもすぐに片付いた。
全ての敵を倒した後、男は言った。
「トレインしちゃって悪かったな。助かったよ。早く街に着きたかったから、敵を無視して走ってたんだけど、上手くいかないもんだな」
「あー、別にいいさ。それよりも君、まだ職業って旅人だよな?」
「おう。レベルも21になったばかりだからな……あんたも同じとか言ってたか?」
「そうなんだよ。だからさ、一緒に街に行かないか? こういうのも一種の縁だと思うし」
男は一瞬目を白黒させた。そこまで驚くことだったのだろうか。
ニアはあまりMMO歴が長くないので、よくわからなかった。相手もソロだから問題ないと思ったのだが。
男は一呼吸空けて、返事をした。
「ま、まあ、いいけれど……じゃなくていいぜ」
それがニアとシンという男との出会いだった。
◇◆◇◆
ニアとシンはそのまま街へと向かった。
道中にいくつかのモンスターとエンカウントしたが、二人で戦うと大した障害にはならなかった。
そして二人はギルドの街、サザランドへと到達した。
サザランドはいつも薄暗い、トワイライトな街だ。全体が山のような形になっていて、現実なら頂点まで上がるのに一苦労しそうな場所だった。
大通りというより小道が多く、その中に家やギルドの建物が立ち並んでいる。
街の頂上から少し下ったところに教会がある。
「正直、オレはサザランドって苦手なんだよな。こういう坂とか階段が多い場所、歩いてるだけで億劫になるんだよ。ま、こっちじゃ疲れとか関係ねーけどよ」
「地形が嫌なのはわからないでもないな。うちの地元もこういう地形……っと、まあ、それはさておき景色が綺麗なのは好きだけど」
ニアは少し口を滑らせてしまった。MMOでリアルの話は禁句だ。
今までリアルの友人としかパーティを組んでいなかったせいか、そういうところに甘くなってしまっていた。
「景色だぁ? こんなんただの幻想だろ。オレにとったら何の感慨も覚えねえよ」
「割とシンって冷めたやつなんだな」
なんだか彼は損しているような気がした。
やがてニア達は教会に辿りついた。教会といっても、よくある真っ白い教会とは一風変わっている。
外も中も、どこか暖かい薄茶色の色合いで、この街によく馴染んでいた。
ただし、基本的な構造はよくある教会だ。茶色の長椅子がずらっと並べられている。教会の奥には鮮やかなステンドグラスがあった。
「教会って、入るの初めてだからちょっと緊張すんな」
「うん、僕も初めてだ。それに、一度職業がもらえたらもう役目はないと思う」
「あー。もう入らなくていいならそれは助かるな」
静かな場所も、元々苦手なんだよな。そうシンは付け足した。
教会の奥には神父の恰好をした老人が立っていた。髪が白かったり顔にしわが入っていたりするが、その背筋はピンと伸びている。
ニアは真っ先に老人がNPCだと思い当たった。24時間営業の教会ならば、それは当然のことだ。
先にシンが老人の方へと向かった。白い布を敷かれた机を間にして、老人とシンは向かい合わせになる。
「ご老体。レベル21になったんだ。だから職業くれよ」
言葉に直すとどこか滑稽だ。生意気なガキがハローワークに向かうみたいだった。
「よかろう。目を瞑り、神に祈りを捧げなさい」
シンは目を瞑り、顔を少し俯かせた。ニアはその姿をじっと眺めていた。
――そして突然、奥のステンドグラスが白く輝いた。
辺りが光に包まれて、世界が何もなくなったように白くなる。あまりの眩さに、ニアも目を閉じてしまった。
◇◆◇◆
「なんか、職業もらったって実感湧かねえよな」
「まあ、着てる服は全部装備を元にしてるからね。職業を得たからといって変わることはないよ」
ニア達はそんなことを言いながら教会を出た。二人とも、まだそれぞれの職業を確認していなかった。
ステータス画面を確認すれば、自分の職業を確認することができる。
「そんじゃ、せーので見ようぜ。せーので」
「いいけど……」
なんか子供っぽいな。そう思ってしまったニアは、口に出す直前で押し殺した。シンがはしゃぐ気持ちはよくわかった。
ニアは左手でメニュー画面を呼び出し、スクロールしてステータスという欄を見た。タッチすればステータス画面を呼び出すことが出来る。
シンもニアと同じ行動をしていた。
「せーの!」
ニアはステータス画面を呼び出した。
元々旅人と書いてあった場所には――
「おー! オレは重騎士だってさ! やっぱHPとDEFを中心に上げてきたのがデカかったんだな!」
シンは先に明るい声を出した。満足のいく職業だったらしい。そしてニアを見て。
「お前はどうだった……んだ?」
呆然と自分のステータス画面を見つめていたニアの顔に驚いて、声の勢いが落ちた。
ひたすらEPSというステータスを上げてきたニアは、聞き馴染みなんてあるわけない職業を得ていた。ニアは上ずった声で答えた。
「爆弾屋」
「……なにそれ……犯罪者か何かか?」
シンの無神経な発言がニアの心に響いた。