16 闘技場
「我が国、グリムガンド公国は、本日某時刻、キルティ共和国から宣戦布告を受けました」
「しかし、未だに我が国とキルティとの戦争は始まっていません」
「それはどうしてか? 今回の戦争はキルティの侵略戦争ではありません」
「この戦争の舞台はグリムガンドでも、キルティでもなく、この世界の中央に存在する、『闘技場』なのです」
モニターの向こうの少女――リリアナ公は言った。
つまり、今回の戦争は――
「――『闘技場戦争イベント』か」
ニアは呟いた。
説明書の端のほうに書かれていたのを、ニアは思い出した。
過去にそのイベントの例はあったのだろうか。ニアはよく知らなかった。
「今回の戦争、条件はグリムガンド公国の領地3分の1と、そしてキルティ共和国全土です」
「我が国が敗北すれば……場所は明かせませんが、国土の3分の1がキルティへと渡り、勝利すればキルティ共和国がグリムガンドに吸収されます」
広場にいるPC、そしてNPCにどよめきが起こっていた。
つまりキルティ側からすれば――国家の命運がかかった戦争だということである。
そして条件から分かる通り、キルティ全土の価値は、グリムガンド領の3分の1程度でしかないのだ。
「もちろん、これは我が国にとっても大事な戦争です」
「この戦争に勝つためには、冒険者の方々の力が必要不可欠です」
「そのため、私達は冒険者の方々に褒章を与えることを決定しました」
「冒険者は戦争に参加するだけで5000ピアの報奨金」
「加えて、戦争の中で勝ち上がっていけば更なる報奨金を準備します」
広場にいる冒険者達が活気に沸いた。
特に参加するだけで5000ピアというのは大きい。
初心者のプレイヤーならば、その額だけでそれなりの装備が買えてしまうのだ。
逆に上級者のプレイヤーは、勝ち上がっていけばいくほど、儲けが増えるという話だ。
「戦争の参加は先着順で、規模を考えた結果、両国500名ずつとなっています。参加の申請は早めにお願い致します」
そうリリアナ公は言い残して、モニターの映像はぷつりと切れた。
NPCがどうかは知らないが、PCならば現れている表示のYESを押すだけで参加することが出来る。
国のPCの数を考慮に入れても、緊急的に参加を決める必要はなかった。
「どうする? シン、姫」
「オレは参加するつもりだぞ。こういう大型のイベントは初めてだし、何よりも面白そうだろ」
「わたしは……どうしようかしら。とりあえず、あなたの意見を聞かせてくれる?」
姫はそう言って、キャップ帽から覗く目でニアを見た。
はっきり言って、明らかに参加するメリットが大きい。
記憶が正しければ確か――闘技場での死は、この世界でのデス扱いにはならないはずだ。
ある種では、この戦争は比較的平和な部類の戦争だと言えるかもしれない。
まあ、それでも、あくまで戦争に過ぎないが。
「僕は――参加するよ」
ニアがそう言って、シンは頷いた。
視線を姫へと移すと、彼女は顎に手を当てて目を瞑っている。
どうやら少し考えているようだった。
「そうね。それならわたしも参加するわ。このゲームを始めたのも、チカ、あなたと一緒にいるためなのだもの。それなのに別行動を取っていたら本末転倒だわ」
姫がそう言うと、ニアは嬉しそうに微笑んだ。
それと同時にシンが背負っていた剣を取り出した。
「オレの前でイチャイチャすんなよ」
そして剣を姫の方へ構える。目が早くもキレていた。
「イチャイチャの判定厳しすぎない!?」
すぐさまニアが突っ込む。
もはや会話がダメなレベルであった。
何はともあれ、ニアとシン、そして姫はYESというボタンを押した。
その30分後――再び国中でビジョンが発生し、戦争の参加者達を闘技場へ転送することを告げた。
◇◆◇◆
転送された瞬間、ニアは空から落ちていた。
いや、ニアだけではない。
彼の周りで何十、いや何百ほどの冒険者が、風を切って地へ向かっている。
彼らが重力によって向かう先――そこには7つのコロシアムがあった。
6つのコロシアムが正六角形の頂点となっており、中央には一際大きな闘技場がある。
6つのコロシアムのその外側には街が広がっている。
この街と、そして中央にある闘技場を合わせて、この世界の住民は世界樹と呼んでいる。
しかし、この地域に巨大な木があるわけではない。
世界樹という表現は一種の比喩だった。
街に住む人々はみな活気があり、彼らの姿がこの世界の繁栄を具現化したようなものだからだ。
加えて、世界樹はこの世界の6つの国の中央だ。
まるで世界に6つの根を張っているようだということを例えて、世界樹と呼ばれているという話もある。
ニア達――グリムガンドとキルティの冒険者達はそのまま落ちていき、やがて最も大きな闘技場――センターコロシアムへと辿りつく。
地面の直前、体はふわっと浮くように減速し、ニアは足から着地した。
「し、死ぬかと思った……」
見ると、ニアの隣でシンが四つん這いになっていた。
顔は死に損ないのように青い。
「意外と意気地なしなのね」
対照的にけろっとした顔の姫が、少し微笑んでから言った。
ドSすぎるだろ……とニアが絶句していると、シンが言い訳をするように、
「こ、高所恐怖症なだけだから……」
と死にそうな声で呟いていた。
「まだ治ってなかったんだな……」
ニアが心の昔を回想しようとしたのを遮るように、一声、コロシアムで響く。
「これより、キルティ共和国とグリムガンド公国の闘技戦争の開始を宣言します――」