15 宣戦布告
目を開けると、薄暗いゴーグルの向こうに白い天井が見えた。
道人はそれが自室だとわかった。
頭に乗ったヘッドセットを外して、それを枕元に置いた。
EJはPCがデスしてから一時間、ログインできなくなる。
それはシステム上の処理が影響しているらしい。
死んだキャラクターは一時間で、自分の所属している国の街へと転送される。
道人のキャラクターは今頃、最初に降り立ったグリムガンド公国内のコーヴァンへと移されているはずだ。
道人はふらふらと立ち上がって部屋を出て行った。
廊下を歩いていると、『心』という木の名札が乗った扉が見えた。
心は本当にシンなのだろうか。
道人には未だに疑問が拭えなかった。
わずかに道人は心の部屋を開いた。
「なんというか……味気ないな」
女の子の部屋……という感じではない。物が少なくて、色合いも白が基調。
置いてあるものもパソコンとか、そういうもので、可愛いぬいぐるみとかは一切ない――
――って、まあ、年齢的には当然か。
ベッドには心がヘッドセットをつけて寝ていた。
冷房が付いてるにも関わらず、着ているのは薄手のネグリジェだけで掛け布団もかかっていなかった。
あの恰好じゃ風邪を引いてしまうかもしれない。あとで言っておかないと。
それにしても、やはりシン=心なのか。
なんだか現実とあっちで人格が変わっているみたいで、道人はには少し怖かった。
その後、道人が水を飲んだりトイレに行ったり、新聞に目を通したりしていると、一時間はあっという間に過ぎた。
道人は部屋に戻って、再びヘッドセットを頭に装着した。
◇◆◇◆
ニアは目を開けた。
降り立った場所はやはりコーヴァン。
ゲームを始めたときと同じで、場所も噴水広場だった。
ニアはメニューを開いて、自分のステータスを確かめた。
EJのデスペナルティは経験値ロストだ。
今のレベルは63。死ぬ前と変わっていなかった。
レベルダウンするところまでは至っていなかったが、次のレベルまでの経験値はかなり遠ざかっていた。
レベル50を超えてからはやはり、かなりレベルが上がりにくくなっていた。
100まで辿りつくには、相当な時間が必要だろう。
他の国ではどうか知らないが、この国ではレベル100を超えるPCというのは、数えるほどしか存在しないらしい。
――等々、ニアがレベルに思いを馳せていた時。
パキュッ、
という音がニアの耳に入ってきた。
――狙撃?
ニアが反射的に辺りを見渡そうとした瞬間更に、
さっ、
という効果音が聞こえて、後ろから走った衝撃に、ニアは前のめりに突っ伏しかけた。
背中にびりっとした嫌な感覚が響く。
「ちょ、ちょい待った!」
瞬時にそれが誰による攻撃なのか思い当たったニアは、振り返って両手で制した。
しかしそれは完全に無視されたらしい。
銃声と剣技スキルは止むことなく、ニアの足やら体やらを射抜いていく。
街の中なのでHPは減らないが、その代わりに次々と電気のような衝撃が体に走る。
ニアは彼女らの攻撃に、たまらず地面へと倒れた。
「ひ、酷い……」
地面にうつ伏せ状態のニアは、顔だけ上げてシンと姫を睨んだ。
「ハッ。格好付けた罰だ」
「当然よ」
その時の二人は何故か息ぴったりだった。いつもはあんなに仲が悪いのに。
ニアは心の中で溜息をついた。
「あっ、そうだ。思い出した。心」
「えっ、えっと、何?」
シンは意表を突かれたように目を見開く。
「冷房付けっぱなしなのに薄着でゲームしちゃダメでしょ。風邪引くし」
「あ、そっか。ごめん――って、え? まさか……あたしの部屋……入った?」
「入ってはないけど。覗いただけだし」
「いやいや、同じでしょ。何やってんの」
シンが一度しまった剣を再び抜いた。視線も鋭くなっている。
「え――あ。いや、そうじゃなくて、話逸らすなよ。問題は心が薄着すぎだってところで」
話を逸らそうとしていたのはニアの方だった。
言いつつも、ニアは一歩二歩と後ろへ下がっていく。
自分のやったことが怒られるとわかったからだ。
スッ、とシンが踏み込んでくるのを見て、ニアはすぐさま背を向けて逃亡した。
◇◆◇◆
ここからはニアがシンに捕まってボコボコにされた後のことだ。
「そういや、僕が荒野に残った後、クラトはどうなったの? てか、サクノいないし」
ニアが訊くと、シンが答えた。
「あいつは何か用事があるとかでどこかへ行ったぞ。クラトは……無事だ。クラトはな」
「? 何か他に無事じゃないことでもあったのか?」
「ああ……まあ、言いにくいことなんだけどよ――」
その時だった。ニアにとっては前触れもなく、それが来た。
【クエスト『戦争イベントへの参加』】
【クエストが発生しました。クエストに参加しますか? YES/NO】
ニアの、いやニア達の目の前に画面が出現した。
「――は?」
ニアは大きくぽかんと口を開けた。
「戦争クエスト……って、何かしら?」
姫はニアに尋ねた。
「それは――うちの国で戦争が発生したときに発生するクエストだ。オレも見るのは初めてだな」
ニアも一緒だった。
グリムガンドはかなり平和な国で、ここ数ヶ月、戦争が一切起こっていない。
三人とも、戦争イベントというものに出会ったことがないのである。
しかし、ニアもシンも、ある程度そのクエストについてはネットを介して知っていた。
「ここ――つまりコーヴァンで戦争が始まっていないってことは、首略戦争じゃないってことか」
首略戦争とは、『首都侵略戦争イベント』のことである。
コーヴァンはグリムガンド公国の首都に当たる。
街の状況から見ても、首都を直接叩かれているというわけではないらしい。
「ってことは、ほぼほぼ領地侵略戦争ってところかな……問題は、相手国がどこか分からないってことだけど」
「いや――相手国なら思い当たる節がある」
「どこだ?」
「――キルティ共和国だ」
キルティと聞いて、真っ先にニアはクラトを思い出した。いや、しかし、
「え? でもキルティって今弱小国じゃないか。勝てる見込みのない勝負なんてするのか」
「いや逆だ。勝てる見込みが殆どなくても、勝負せざるを得ないような状況なんだよ」
ニアがシンと話し合っていると、広場の噴水に大きなビジョンが現れた。
画面が映り、その向こう側に少女が現れた。
金色の髪をしていて、とても細くて愛くるしい顔だ。
しかし、その顔は弛むことなく引き締まっていた。
「あの娘、誰なの……?」
「確かこの国の一番偉い奴……女公爵・リリアナ……だったか?」
姫の疑問に、シンが答えた。
少女はコホンと咳払いを一つして、机の上に置かれたマイクの前で話し始める。
「我が国、グリムガンド公国は、本日某時刻、キルティ共和国から宣戦布告を受けました――」