14 恐竜
〈Eternal Job Online〉通称EJにおいて、NPCにここがゲームだと教えることはタブーだった。
内政から生活から、全てがNPCの決定によって成り立っているこのゲームは、一種のシミュレーションゲームだ。
プレイヤーの中には、それぞれの国の動向を見て楽しんでいる者もいるのである。
基本的にはNPCにそのようなことを教えるようなプレイヤーはいないが、稀に偶然バレてしまうようなこともある。その場合はプレイヤーに警告が送られる上、NPCに対して運営が介入する。
つまり、NPCとやり取りをするEJのプレイヤーには、完全なるロールプレイングが求められるのである。
◇◆◇◆
少女がモンスターに襲撃されているのを助けてから、一段落がついた。
「えっと、私はクラトと言います。ソロで冒険者をやっています」
『クラト』と名乗る少女に、さっきまでの、尻餅をついて取り乱していた様子はなくなっていた。
「クラトさん。よろしくね」
ニアはにこりと笑顔を浮かべて言った。
「姫さん! ニアのあんな笑顔見たことないです! 絶対浮気しようとしています!」
サクノがニアの顔を指差した。
「それは許しがたい事態ね」
姫は言いながら、腰にあるホルスターから銃を抜く。
「違う! 断じて違う! 姫も乗らないで!」
「そう。あなたがそう言うなら信じてあげるけど、本当にしたら分かってるわよね?」
姫は二丁拳銃の片方の銃口をニアへと向けた。
「しないから!」
ニアがそう言うと、姫の持つ銃が下がった。
「「ちっ」」
シンとサクノが露骨に舌打ちを漏らす。
「ちじゃない!」
「くっくっく……」
ニア達がそんなやり取りをしていると、クラトが笑い出した。そんなに面白いやり取りだっただろうか。
ニア達の視線が向いて、クラトは笑いを隠そうと手で顔を覆いながら弁明する。
「いや、あの、しばらく人と話をしていなかったもので、ちょっと笑いのツボが浅くなってるかもしれないです。ごめんなさい」
「別に怒ってるわけじゃないけど……そうだ。どうしてクラトさんは一人で冒険してるの? 公域だし、敵が強いから危険なのに」
「公域とはいっても、この辺りなら一匹のモンスターだけを相手にしてれば基本的に問題は起こらないないんです……まあ、もちろんさっきみたいな事態になることもあるので、危険は危険なのですが」
「ん。まあ、それはそうかもしれないけどよ。パーティーを組む方が安全だぞ?」
シンが言った。
「パーティーを組まないのは、私がいつも冒険者の少ない田舎町と、この辺りを往復してるからです」
「なるほど。組む相手がいないってわけか」
「私の故郷はとても貧しいところで……いえ、故郷だけではなく国全体と言ってもいいでしょうか。故郷の中では一応、一番強い方の冒険者なので、みんな怖気付くのか組んでくれる相手がいないのです」
少し自慢しているような内容に聞こえかねない言葉だったが、クラトの顔色は少し暗かった。
「てか、貧しい国って……クラトはグリムガンド公国所属じゃないの?」
サクノが尋ねた。グリムガンド公国は比較的どこの地方も裕福な国だ。
「ええ、私はキルティ共和国所属なので」
「へぇ」
サクノが僅かに目を細めた。
ニアはそれに気付かずに、
「まあ、話はこれくらいにしておこう。ここでぼんやりとしていると、また他のモンスターとエンカウントするかもしれないし。クラトさん、一応今日はキルティ領の近くまで送るよ。みんなもそれでいいかな?」
「いいんですか?」
少し恐々とした雰囲気でクラトが訊く。
「オレはいいけどよ」
「流石ニアだ。女の子にはやっさしぃー」
サクノが茶化すように言った。
その言葉を聞いた瞬間に姫の銃がニアのほうへと向く。
ニアは両手を挙げながら、
「『女の子には』じゃなくて『女の子にも』だから。別に男でも同じことを言うって」
◇◆◇◆
キルティの方角へ向かう途中、ニア達は荒野を通っていた。
道も両端が岩壁で、まるで谷を歩いているようだった。ラビリア街道ほどではないが、少し道も入り組んでいる。
「クラトさんはこのルートをいつも使ってるの?」
「いえ。わたしもこの道を使うことはあまりないです。一番の近道なのですが、敵がパーティーを組んでいることが多いので」
つまりはニア達のパーティーの実力を信頼してこのルートを通っているということだ。
「でも、にしては敵が少なくねえか?」
シンが谷の上を眺めながら首を傾げた。以前のゴブリンの件を気にしているようだ。
実際、この荒野を歩き始めてから、2度ほどしかモンスターとエンカウントしていない。
敵のパーティーも小規模で、いずれも2体しかモンスターはいなかった。
「ラッキーってことじゃない?」
サクノがそう言ったが、ニアは、
「いや、一概にそうとも言えないと思うけど――」
「――ねえ、さっきから、何か音がしないかしら」
姫がニアの言葉を遮った。
「……音?」
耳を澄ますと――とんとん、どんどん――遠くから音が聞こえてきた。
――いや、次第に近づいてきている?
ニア達が警戒しながらも歩いていると、ゆっくりゆっくりその音は大きくなっていった。
いつの間にか、地面の揺れすらも伴うようになっていた。
「おい、これやばいんじゃないか? ……とりあえず走るぞ!」
シンが叫ぶと同時に、ニア達は荒野の中を走り始めた。
しかし、その苦労も甲斐なく、音の正体はニア達の後ろに姿を現した。
――恐竜。
黒いうろこ。巨大な図体。威圧感のある歯。それは紛うことなき恐竜の姿をしていた。
恐竜――頭の上には『アニモサウルス』という名前が載っている――が登場すると同時に、ニア達の目の前には、
【緊急クエスト『巨大肉食恐竜を撃破しろ』】
という文字が現れた。
「んなもん無理だろクソッタレ!」
シンが叫んだ。
『アニモサウルス』を倒すのは今のニア達にはかなり厳しい。
グリムガンド領内とは違い、この荒野は公域だ。
クエストボスの強さも、領内だった『ラージフット』とは桁違いだろう。
「倒すのは諦めて逃げるしかない!」
サクノが男言葉で言った。
そのままニア達は走り続けた。
その間にも、姫が走りながら銃で撃ったりしていたが、『アニモサウルス』にはビクともしなかった。
それどころか、次第に『アニモサウルス』とは距離を詰められていた。
このまま走り続けていれば、追い付かれるのも仕方ないだろう。
だから、ニアは決意した。
ニアはゆっくりとスピードを落とす。
他のメンバーの後ろになってから、ニアはずざっと音を立てて止まった。砂埃のエフェクトが舞う。
「おい! ニア! 何やってんだ!」
一番前を走っているシンが振り向きながら言った。止まるわけにもいかないのか、走り続けたままだ。
「早く行ってくれ! ここは僕が食い止める!」
「何言ってるの! 別にかっこよくないわよ!」
姫が言った。
「どうせ全滅するなら、僕だけがやられた方がいいから! とりあえずみんなはクラトを送って!」
「――分かった! あとでまた文句は言わせてもらうぞ、ニア!」
サクノがそう言って、他のメンバーはそのまま走り去っていった。
やがて、ニアの目の前に『アニモサウルス』が立ちふさがった。
勝算があるわけではない。むしろ勝てるわけなんてないのだ。
しかし、捨て身の時間稼ぎ――いや、進行妨害程度ならできる自信があった。
ニアは『アニモサウルス』の動向を伺った。
一撃でも食らってしまえばそれで終了だ。恐らくそのまま、シン達も追いつかれてしまうだろう。
したがって、一撃も食らわずに懐へ飛び込む必要があった。
『アニモサウルス』は素早い動きで噛み付き攻撃を仕掛けてきた。
ニアは最低限のバックステップでそれをかわす。目の前で巨大な牙が音を立てる。
しかし、懐に飛び込めるほどのスペースはできない。
ニアは『アニモサウルス』の外を大きく右に回った。
『アニモサウルス』は巨大な尻尾をニアへと真っ直ぐ叩きつけようとし――ジャンプ一番、ニアがそれを越した、はずだった。
しかし僅かに高さが足りず、足が引っかかる。
一撃で死ぬことはなかったが、それでも4割のHPが削られる。
『アニモサウルス』はすぐにニアのほうへと向かい、目の前で前足を振り上げた――と同時に、ニアが口先をにやりと歪ませる。
「〈無の爆発〉」
ニアがそう呟くと同時に、辺り一体を包む巨大な爆発が生じた。
〈無の爆発〉。
ニアの持つ爆弾屋の専用スキルで、一番爆発の規模が大きく、火力の高いスキルだった。
発動者を中心に、大規模な爆発を発生させるという、とても単純な技だ。
ただし、発動者は攻撃対象のHPをダメージ分全て削り取ると同時に死ぬ。
周りの仲間さえ巻き込んでしまうスキルで、殆ど使用機会がないものだった。
ニアを中心とした爆発に巻き込まれた『アニモサウルス』は――緑、黄色、赤、見る見る内にHPが削られていく。
――そしてやがて、HPが0になった。
ニアの目の前に、
【クエスト『巨大肉食恐竜を撃破しろ』を達成しました】
という画面が表示されたと同時に、ニアは死んだ。