13 NPC
ニア、シン、サクノ、姫の4人のパーティーを組んでから、数日が経過した。
すでに姫は旅人ではない新しい職業となっている。
そのせいか、戦闘も効率よく役割分担ができていた。
狩りを行う場所も、少し前からグリムガンド領を離れて、一番モンスターの弱い公域へと変更していた。
その上で、沢山の敵とは戦わず、小規模な敵パーティーと戦闘するように気を遣っている。
ニア達がクラーカス旧街地という所を訪れていた。
クラーカスは廃墟が立ち並んでいるような場所だった。
多くの建物は屋根が存在せず、色あせたり、埃まみれになっている。
「それにしても、気味が悪いわね」
姫が呟いた。
「あれ、姫って意外とビビリだったりするの?」
サクノが美少女の容姿で口の端を歪ませた。意地悪く微笑んでいる。
クラーカスは常時宵闇が迫ってきているような、薄暗いエリアだった。
その廃墟の雰囲気からしても、お化けが出て来そうだという感じは払拭できない。
「とりあえず、一遍そこでモンスターに襲われて死んできなさい」
「はいはいー。怖くない怖くなーい」
言葉だけは厳しいが、姫が実力行使してこないことをサクノは学んだらしい。
サクノはゲーム内だからか、明らかに姫に対して調子に乗った発言が増え始めていた。
サクノは元々、ゲーム関係のこととなるとテンションが高い人間だ。
「……佐久間くん」
ニアが一目見た姫は、端的に言えば恐ろしかった。
口からは白い歯が零れていたが、その目は笑っていない。いや、明らかに怒っていた。
積もり積もった苛立ちが原因だろう。
「は、はい!」
サクノはその雰囲気に気圧されたのか、背筋をピンと伸ばす。
「新学期を楽しみにしていなさい」
ふっと姫は笑い出した。
「ええええぇ……マジ怖いんですけど……」
サクノはそう言って肩を落とした。
なんて、他愛もない雑談をしていたニア達の耳に、
「きゃあああああ!」
という高い女性の悲鳴が響いてきた。
ニア達が目を見合わせる前に、
「きゃ」
と、パーティーの誰かが言った。短かったので誰かは判別できなかったが、女性キャラの声だった。
ニアは真っ先にシンを見た。
しかし、シンは「あ?」といって睨みつけてくる。
怪しい雰囲気ではあったが、よく考えてみるとシンは中身が女でも、キャラとしては男だ。
サクノはキャラクターとしては女だが、中身は男である。
本人の性格的にも、悲鳴に驚いて悲鳴を上げるということは考えにくい。
……つまり。
「何かしら、チカ。そんな疑わしい目でこちらを見ないでくれる?」
再び鋭い目をした姫がニアと見つめあう。
「や、別に、なんでもないけど」
「てかそんな話してる場合じゃないでしょ!」
サクノが言ったことにより、ニアはハッとなった。
ニア達は、声が聞こえてきた方へ向かって走り出した。
◇◆◇◆
ある二階建ての廃墟のすぐそばに、一人の尻餅をついた少女とモンスターがいた。
青い髪をした少女は、ドラゴンのうろこを貼り付けたようなゴツゴツとした鎧を着ていて、手には三又の槍を握っていた。
竜騎士だろうか。一見すると強そうである。
しかし、その形相は怯えていた。
尻餅をついたまま後ろ手を使って退いていたが、モンスターににじり寄られている。
モンスターは2体の黒い『ガーゴイル』と1体の剣を持った『スケルトン』。
少女が高レベルなら話は別だが、ソロで相手をするのはかなり厳しい相手に思えた。
「横入りしたからって恨まないよな!」
シンが少女のほうへ向かいながら、訊く。
「助けて!」
少女は顔に恐怖を貼り付けて言った。しかし、前の『スケルトン』が剣を振り上げる。
――間に合わないか。
ニアがそう思った瞬間だった。
キュンという音がして、『スケルトン』の剣が弾かれる。
姫の銃が撃ち抜いたのだ。
〈ジャマーガン〉。
姫がこの間得た職業、毒銃士の専用スキルだった。
毒銃士は状態異常や妨害を得意とする職業だ。
「糞女郎の癖にやるじゃねえか!」
シンが少女の目の前に立つ『スケルトン』を横にはらって斬った。
『スケルトン』は飛ばされて、体を廃墟に打ち付ける。からからと音を立てて、骨が散り散りになった。
ガーゴイルがシンに攻撃を仕掛けようと動く。が、その顔に、青い光が一閃する。
〈ラインストレート〉。ニアの右ストレートで、ガーゴイルの顔は拉げられていた。
その後、手負いのガーゴイルと普通のガーゴイルは、あっさりと倒された。
ある程度のレベルの4人パーティーなら、そこまで苦にするような敵と数ではない。
「そんなんで大丈夫かよ、お姉さん」
シンが未だに尻餅をついたままの少女に尋ねた。
パッと見はシンの方が年上に見えるが、シンの中身は15歳である。少女の歳はそれよりも幾分か上に見えた。
「は、はぁ。ありがとうございます。突然上からモンスターが降りてきたもので、ビックリしてしまって」
少女は廃墟の方を指差した。よく見ると、二階には壁がない場所があった。
どうやら、モンスターの待ち伏せされていたようだ。
「こんなあるようでないものに驚かなくてもね……」
ニアがそう呟く。
そうすると、シンは嫌がらせのように姫の方を見た。
姫はイラッとしたのか、シンを睨みつける。
「あるようでない? ……もしかして、さっきのは幻覚ということですか?」
少女はそう尋ねた。
「え? あれ、それってどういう……」
困惑するニアに、サクノは近づいてきて耳打ちした。
「あれは多分、NPC」
「あ……? ああ、なるほど。そういうことか」
この世界のNPCには二種類あった。
一つは教会の牧師や、クエスト完了の受付所の人間など、一定のパターンの受け答えしかできないNPC。
もう一つはこのゲームの大部分を占める、人間達のNPCだ。
彼らは人間らしく、人間のように自律的に成長していくNPCである。
このゲームにはPCと同じように、冒険者のNPCも存在する。
その上、冒険者数はNPCの方がPCよりも多いのである。
もちろんPCの方が幾つか長所はあるが、中にはトップクラスのPCよりも強いNPCもこの世界にはいるのだ。
「パッと見じゃ全然わかんないな……」
「まあね……受け答えしてるうちに基本的にはわかるもんだけど、私も気付かない間にそういうのとパーティー組んでたこともあったし」
「なるほどね……つか、お前そろそろ女言葉やめろよ」
懲りないサクノに、ニアは溜息を付いた。