12 プロローグ
8月、某日、午前10時。
『彼女』はある人物を〈Eternal Job Online〉システム管理会社に社内に呼び出した。
『彼女』は管理会社における下っ端の社員だった。
『彼女』の主な仕事は、EJゲーム内に潜伏し、その中で発生したトラブルを迅速に上に報告。更なるゲームシステムの向上を目指すこと。
とは言っても、実際にはトラブルというものは、ゲームが始まってから1年が経過したことであまり発生しなくなった。
もちろん、多人数型オンラインゲームである以上はプレイヤー間でのトラブルは生じる。
しかし、それは『彼女』の担当から外れた部分だった。システムはこの1年間で安定を見せ、その面での苦情も収束している。
そのため、『彼女』は新たな仕事を任されていた。
システムの管理運用から一つ昇華して、次はよりプレイヤーに楽しんでもらえる様な、環境作りをすることも仕事になったのである。
ガチャリと会議室のドアが開いて、手を上げながら呼び出された人物は入ってきた。
「やっほーっ、です!」
「おはようございます」
異常なほどテンションが高い相手に辟易しながら、『彼女』は立ち上がって頭を下げる。
「そんな堅苦しい挨拶とかいいですから。ね? ね?」
「はぁ、しかし一応ビジネスパートナーとしての立場もありますので」
少し眉間にシワを寄せながら『彼女』は言う。
「ビジネスパートナーって! そんなの気にしなくていいですから! 俺なんて一介の学生ですよ」
そう言いながら相手は『彼女』とは反対側の椅子に座った。間には白いテーブルが置かれている。
相手が席に着いたのを見て、『彼女』も椅子に座る。
「一介の学生であると同時に、あなた様はEJのアドバイザーです。ご謙遜をなさらずに」
「ははは。まあ、そういう話の流れになるだろうなとは思ってました。それよりもっと中身の、『これからのEJ』についての話をしましょうよ。ミーカさん」
ミーカ。それは『彼女』のゲーム内でのプレイヤーネームだった。
『彼女』はゲーム内では北東の国、キルティ共和国に所属、そして担当していた。
「まあ、『これからのEJ』について話をするなら、わざわざ俺がここに来る必要ないじゃん。とは思いますけどね」
ゲーム内で話せばいいことだ。と言いたいのだろう。
「いえ。ゲーム内でこの話をしてしまいますと、他のプレイヤーに漏れる危険性もありますので」
「ということはやっぱり、今日は漏れるとマズい話なんですか?」
「ええ、一面的に見ればそういうことになります。しかし、幾つかのプレイヤーはもう勘付いているかもしれません」
「なるほど……グリムガンド公国に所属している俺が、ミーカさんに呼び出されたということは、つまり……」
「グリムガンドとキルティ間でのイベントに関する話になります」
「イベントといっても国家間だと起こるのは……戦争イベントってことですか」
「そうです。現在キルティ共和国は、三ヶ月前に起こったウィルディとの戦争で敗北し、領地と経済規模が非常に小さくなっています。そのせいか、国民達の生活状況も悪くなっており、共和国大統領がグリムガルドに戦争を仕掛けるのも刻一刻と迫っています」
ウィルディというのはキルティ共和国の南に位置する国だ。
キルティとの戦争に勝利したことによって、今やEJ内六国のうちでも一、二を争う大国になっている。
ちなみに共和国大統領や国民達はNPCである。戦争などの意思決定も、全てNPCのAIが考え、起こしている。
そして、PCである冒険者は他の国へ亡命することも可能だ。
キルティ共和国が縮小しているのは、PCの冒険者が次々と亡命しているのも一つの要因となっている。
「それで大国のウィルディに戦争を仕掛けるより、中規模のグリムガルドと戦うことを選択するだろう……ということですか」
「そういうことになります」
「でも、グリムガルドも甘く見られたものですね。今の状態のキルティの領地なら、そうそう負けはしないと思いますけど」
「それは『領地侵略戦争イベント』の話です」
「でも、EJ内の戦争イベントで、『領地侵略戦争イベント』の他には……まさか」
EJの戦争イベントは、三種類に分かれていた。
まず一つは『領地侵略戦争イベント』。
これは自国の領地を伝って他国の領地に攻め入る戦争。
一番ベタな戦争で、発生することが他の二つに比べて多い。
次に『首都侵略戦争イベント』。
EJ内には公域というどこの国の領地でもない地域が、六国の中央に大きく存在する。
公域はどこに所属するPC、NPCであろうと、見咎められることなく移動することが出来る。
しかし一方で、国の領地に比べて公域は出現するモンスターが強力だ。
『首都侵略戦争イベント』はその公域内を移動して、相手領地を最短距離で移動し、直接首都を叩く戦争である。
だが、この戦争は大きな欠点があった。公域のモンスターに戦力を削ぎ取られて、首都に到着した時点ではもう戦うことができなくなる可能性があるのだ。
首都を征服すれば直ちに勝利となる戦争だが、ハイリスクハイリターンなため、大きな戦力を送り込むことのできる大国にしか選択ができない。
そして……。
「『闘技場戦争イベント』……となる可能性が少なからずあります」
「それ、本当ですか? あれってネタだと思ってましたよ」
『闘技場戦争イベント』。
EJの公域の中央に、7つのコロシアムから成り立った闘技場が存在する。
その闘技場で二国間の冒険者達を入れたトーナメントを開き、優勝した冒険者サイドの国が、戦争の勝利ということになる戦争イベントだった。
それは『まるで見世物みたい』で、EJ内の国家達が仕掛けるのを忌避する戦争イベントだった。同時に、勝てば他の国々にも強さを誇示できる戦争だ。
しかし、こちらから仕掛けておいて相手の国に負けてしまえば、顔に泥を塗ってしまうことになる。
「俺の記憶にある限り、ゲーム開始当初に一回あっただけで他にはありませんでしたよね」
「そうですね。基本的には起こりえない戦争イベントです。逆に言えば、困窮していて恥なんてものを気にしていられない、キルティ共和国だからこその、一発逆転の戦争ですね」
「なるほどね……仕掛けられたグリムガンド側からすると、あちらが恥を被ってくれて、ついでに冒険者の少ない弱小国が領地まで差し出してくれるというわけですか」
「まだ、起こると決まったわけではありませんので、あくまで可能性の話ですけどね」
「……それで、今日はどうして俺をここに? その話をするためだけに呼んだわけじゃないでしょ?」
「もちろんです。あなた様には、もし珍しい戦争イベントが起こった際により戦争イベントが盛り上がるように取り計らって欲しいのです」
「……つまりは、こちらの戦力を減らせ、ということですか」
「そう受け取っていただいても結構です」
「はぁ……難しいことを言いますね」
「EJのアドバイザーである、佐久間宏之様だからお願い申し上げているのです。ただの高校生に任せる仕事ではありません」
そう言われて、佐久間は首を傾げた。
「とは言っても、俺はあくまで兄に無理やりこの役職を押し付けられただけなんですけど……」
佐久間の兄は、『彼女』の所属している会社の親会社、EJを開発した会社の社長だった。
「そうは言いつつも、通っている学校内で、よくEJを勧めていらっしゃるそうじゃないですか」
「どこからバレたんだろうな……ほんと」
そう言って、佐久間は溜息を付いてから、
「……分かりました。一切責任は取りませんけど、一応頑張ってみますよ」
と答えた。