10 ボス
ニア達は二足歩行のゴリラのようなモンスター『ラージフット』と対峙していた。
「来るぞ!」
『ラージフット』は体をバネのようにし、地を蹴りつけて飛んできた。速い。
奴は身を屈めながら巨大な右腕をシンの方に突き出す。シンは盾でそれを受け止めた――が同時に、HPも二割ほど削られる。
姫の後ろでサクノは補助術を始動させていた。サクノを中心に円形の緑の術陣が広がっている。
術はスキルに比べ発動まで少し時間がかかるのだ。
「シンに〈プロテクター〉を重ね掛けするから少し時間を稼いでくれ!」
〈プロテクター〉は対象者の防御を高める術。サクノは補療師の専用センスによって補助術を重ね掛けをすることができる。
「わかった!」
ニアはすぐさま走り出した。
そのままシンの盾と膠着状態だった『ラージフット』の、右に回り込む。
『ラージフット』も視線の端で、動いているニアを捉えているように見えた。
ニアの素手が青い光を放ち始める。スキル発動前のサインだ。
『ラージフット』はニアの攻撃を受け止めるためか体を捩り、左腕を広げた。
――が、その行動によってシンの盾に当てている右腕がすっと軽くなった。
「ナメてんじゃねえぞ!」
シンがスキルを発動させる。重騎士専用スキル〈守りの一撃〉。
盾を強く突き出すスキルに腕を押し出され、『ラージフット』の体が僅かに揺らいだ。
地面から跳躍したニアは、奴の下がった左腕を更に台のように蹴る。
そのまま一直線に、右手を『ラージフット』の顔面にぶつけた。
素手の基本スキル〈ラインストレート〉。回避されると大きな隙ができるスキル。
しかし、直線状に敵がハマれば強力な一打となる。
――はずだった。だが削られたHPはシンのスキルと合わせても一割ほどだった。
悲観する間もなく、すぐさまニアは『ラージフット』の元を離れた。シンも奴から距離を取る。
「クソ! これじゃ持久戦になるぞ!」
シンはそう言っていたが、ニアはそれは違うと思った。
先程盾で受け止めきった重騎士のシンですら、二割ほどHPを削られたのだ。
生身で受ければ姫は愚か、ニアも二発ほどで沈みかねない。まず持久戦になるかどうかすら怪しい。
ニアが考えているうちに、サクノが杖を高く上げ、
「〈プロテクター〉! あともう一つ掛ける!」
見れば、シンの体の輪郭が黄緑色になっていた。一つ補助術が掛けられたらしい。
再びサクノは術を始動していた。
「っしゃ! 来いやオラ!」
シンが威勢よく『ラージフット』に言った。
しかし、『ラージフット』の視線はニアへと向いている。
奴は補助術のかかっていないニアを先に潰すべきだと考えたのだ。
『ラージフット』は右腕を振り上げ、長いリーチを活かしてニアのいる地面へと叩き付けた。
ニアはすんでのところでダッシュし、それを回避した。そのまま『ラージフット』の懐へと向かう。
シンが『ラージフット』の脚を斬りつけていたが、殆どHPを削れていなかった。それに比べれば、先程のニアのスキルが御の字といえるほどのものだった。
――『ラージフット』には弱点があるのか?
ニアの頭にその発想がよぎった。
モンスターの中には体の一部に弱点を持っているものもいる。
逆に言えば、そういう敵には弱点以外を攻撃しても効果が薄いのだ。
『ラージフット』は右手を地面から剥がし、広げてニアの体を追いかけた。
あの右手に握られてしまえばお仕舞いだ。
右手はニアが走る速度よりも速かった。
あと少しで捕まる――そう思った瞬間、『ラージフット』の手は速度を落とした。
それは――先程まで戦闘を観察していた、姫の攻撃が原因だった。
姫は二丁拳銃で次々と『ラージフット』の顔面を撃ち続けていた。銃撃により、奴は怯んだのだ。
「あいつの弱点は多分目よ!」
彼女の二丁拳銃で、『ラージフット』には少しずつダメージが与えられていた。
現在の姫のレベルは10。他のパーティーメンバーとは30ほどレベルの差があった。
それでも目に見える程度のゲージの減りがあったのだ。
そこが弱点なのは明白だった。
「あそこに攻撃をぶつけろってのか! どうやれってんだよ!」
問題は『ラージフット』の身長だった。
奴の体長は6メートルほどで、普通にジャンプしても届くかどうかはかなり怪しい。
台を使うなり体を倒すなりしなければ、顔面に攻撃を当てるのは難しかった。
「〈プロテクター〉!」
サクノの二つ目の補助術が発動して、シンの防御が強化された。サクノは更に言葉を続けた。
「シン、姫! 少し二人で奴と戦ってくれ! ニアはこっちに来い!」
ニアは『ラージフット』の足元から、サクノのほうに進行方向を変えた。
その間にも、シンが自分に攻撃を向けさせようと、必死に奴の脚を斬りつけている。
姫も『ラージフット』を怯ませるために、遠くから顔面に銃弾を放っていた。
ニアが攻撃のリーチから離れていったせいか、『ラージフット』は攻撃の対象をシンに変えたらしい。
サクノは走っているニアに言った。
「ニア! 武器を出して〈アーマメント・デトネーション〉の準備をしろ。奴の顔面に攻撃を入れれるような状態は俺が作る」
「……わかった!」
とりあえず今はサクノのことを信じるしかなかった。ニアはすぐに立ち止まった。
ニアはメニュー画面を呼び出し、装備画面を出してそれをスクロールする。
中から自分の持っている中で、一番攻撃力の高い両手剣を取り出した。
「よし、少し時間を稼いでくれ!」
サクノはもうすでに補助術を始動させていた。
しかし、説明はない。恐らく、今は何するのかを説明する時間も惜しいのだろう。
ニアは背中に装備された両手剣を抜いて、シンと姫の戦っている『ラージフット』の元へと駆けていく。
シンのHPはすでに残り四割まで削られている。
しかし、先程まで『ラージフット』の攻撃を受け続けていたことを考えれば、よく耐えていた。
〈プロテクター〉を二つ掛けられていたのが大きかったのだろう。補助術の効果は絶大だと言えた。
ニアとシンは『ラージフット』にこまめに攻撃をしつつ、奴の攻撃をニアは両手剣で、シンは盾で受けとめ続けた。姫も『ラージフット』の攻撃が届かない範囲で銃撃を続けた。
ニアのHPが4割ほど、シンのHPも2割以下に突入したころ、大きな叫び声が広間に響いた。
「待たせたなみんな! 一旦下がれ!」
サクノの言うことに従い、3人は『ラージフット』から背を向けて距離を取る――その間を、サクノが走り抜けていった。
「え! おい!」
ニアは驚きながら、立ち止まってすぐ振り向いた。
しかしニアの言葉なんて意に介さず、サクノは『ラージフット』のほうへ向かった。
そして跳躍し――持っている杖で『ラージフット』の横腹を打ちつけた。
奴はそのまま態勢を崩し、真横に倒れた。ドンという音と共に、地鳴りが生じた。
「いけ! ニア!」
「ああ!」
驚きを抱えつつも、ニアは『ラージフット』の顔面へと向かう。
近づき、そして飛び――落下しながら奴の右目に両手剣を突き刺した。
「アーマメント! デトネーション!」
『ラージフット』の右目で、強い爆発が生じた。大きな衝撃が広間の中を駆け抜ける。
「……」
数十秒の沈黙が続いた後――『ラージフット』は欠片となって、どこかへ消えていった。