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1 プロローグ

 20XX年。

 VRゲーム戦国時代と化していた日本に、一本の新星フルダイブ型VRMMOが現れた。


 〈Eternal Job Online〉。


 そのゲームはかねてより自由度を追い求めていたVRMMO業界に、新たな可能性をもたらした。

 〈Eternal Job Online〉、通称EJの最大の特徴は、あえてプレイヤーの自由度を途中で奪うゲームだった。


 『途中で』というのは、つまり最初は自由度が確保されているのである。

 プレイヤーはゲームを進め、モンスターを倒すにつれてレベルを上げることができる。

 そのレベルアップの際に基礎のステータスアップに加え、EJは25のステータスのうちから更に3つ上げるを提案する。

 ここまでは他のMMOと変わりはない。しかし、このゲームが異なっているのはここからだ。


 そしてレベル1からレベル20までその行程を続けたプレイヤーは、レベル21になった際にそれぞれのプレイヤーに合った職業ジョブをEJから振り分けられる。

 レベル21を越えた後は、基礎的なステータス上昇以外に能力値を上昇させる手段はない。

 与えられた職業に従った能力の上昇以外は存在しないということだ。


 更にプレイヤーは自分の上げた能力値に応じた職業を受け止めるのみで、選択をすることはできなかった。

 EJにはいわゆる『転職』というシステムも存在せず、自分の得た職業を自分の意思で変えることは出来ない。


 〈Eternal Job Online〉は、まさしく『永遠の職業』のゲームだった。


 当初、この窮屈とも言えるシステムには大きな批判が集まった。

 更に多くのプレイヤーは自分の職業に納得できず、レベル21を境にEJから去り、他のゲームへと移った。


 しかし同時に、それ以外の『自分の職業に納得したプレイヤー』や『自分の職業に喜んだプレイヤー』達は、このゲームに残った。

 そこで残った彼らは知ることになった。

 与えられた職業でロールプレイする楽しさを。もう一人の『人間』としての生き方を。


 ◇◆◇◆


 男二人は巨大なアリのモンスターと戦っていた。

 巨大アリ『マクシマムアント』は小規模ダンジョンのボスだった。

 鋭く赤い目をしていて、人間の体より一回りも二回りも大きな図体だ。

 そしてその黒光りする見た目から分かる通り、『マキシマムアント』は非常に硬い殻を持ったモンスターだった。

 しかも二足歩行である。上の4本のアリにしては太い脚が特徴的だった。


「ニア、防御破壊アーマーブレイクは任せたぞ!」

 一人の巨大な盾を持った男が言った。

 男は顔より下の全身を、鎧で隠していた。

 鎧から覗かせている顔は、とても凛々しい面構えだ。その上肩まで伸びた紫色の髪が、独特の雰囲気を彩っている。


「ああ! シン、盾を頼む!」

 『ニア』と呼ばれた男は大きく返事をした。

 ニアは『シン』と呼ばれた男に比べて、軽装な鎧に身を包んでいる。

 シンが左手に巨大な盾、右手に片手剣を装備しているのに対し、ニアは両手に武器を持っていなかった。

 それが彼の、彼ならではの戦闘スタイルだった。


 巨大な盾を持った男――シンは『マクシマムアント』へと駆ける。

 『マクシマムアント』はシンに横に振り払うような脚の攻撃をしてきた。シンは軽くその攻撃を盾で受け流す。


 その時、シンの上にある緑のゲージが僅かに縮んだ。これがHPヒットポイントゲージ。

 ゲージが空になるとデスとなり、ペナルティを課される。


「はあ!」

 シンはゲージなんて気に留める様子なしに、隙ができた『マクシマムアント』の腹部を剣で斬りつける。

 『マクシマムアント』のオブジェクトが軽く刻まれ、架空の粒子が飛んだ。しかし、奴の上にある大きな緑ゲージはさほど削られなかった。

「やっぱり硬いぞ!」

 シンは振り向かずにニアへ言った。


 ニアは『マクシマムアント』に大きな隙ができるのを少し離れた位置から待っていた。


 攻撃された『マクシマムアント』は、すぐさまシンに攻撃を返した。次は先程より重い、上の両足の振り下ろし攻撃だった。

 シンは巨大な盾でそれを受け止めた。僅かにHPゲージが減る――いや、逆に言えば殆ど減っていない。

 シンの職業、重騎士タンクナイトは高いHP量と類まれなるを誇っている。言ってみれば最強の盾役だった。


 シンが『マクシマムアント』の攻撃を受けたことによって、大きな隙が出来た。

 ニアはすぐさま『マクシマムアント』の懐に飛び込んで、腹に拳をぶち込む。

 ダメージは期待できないが、その攻撃にはHPを削る以外の意味があった。


 〈アーマーバースト〉。攻撃した敵の甲殻や鎧を、内部から爆発させるスキルだった。


 小さな爆発が『マクシマムアント』の腹部で生じた。奴は軽く体をよろめかせる。

 その隙にニアとシンは『マクシマムアント』から距離を取った。


 ニアの職業、爆弾屋ボマーは爆発の専門家だった。全てのものを爆弾へと変えることができるとニアは考えていた。

 実際に、自分の体を爆弾へと変化させる、捨て身のスキルさえ持っている。

 しかし、敵の体をまるごと爆弾にするスキルをまだ得ていないのは、少し残念だとニアは思っていた。

「ナイスだ! ニア!」


 黒い爆煙が『マクシマムアント』のいるはずの場所にもわもわと立ち込めていた。


 その時、煙を切り裂くように素早い突進が二人に迫る。すんでのところで二人とも避けた。ニアの頬を撫でる風は、VRによる錯覚にもかかわらずリアルだった。

 煙の中から現れた『マクシマムアント』は突進のあと身を翻して二人のほうを向いた。

 見ると、奴の黒光りの腹に一本の亀裂が走っている。〈アーマーバースト〉では仕留め切れなかったようだ。


 シンは『マクシマムアント』を一瞥したあと、目線だけニアのほうへとずらした。

「どうすんだ? もう一撃さっきのを食らわせるか?」

「いや――シン。僕の爆撃を耐え切れるくらいのHPはあるか?」


 ニアの職業・爆弾屋ボマーの最大の難点は、爆発に仲間が巻き込まれやすい点だ。

 事実として、〈アーマーバースト〉の爆発でもシンのHPは減っていた。〈アーマーバースト〉は攻撃を軸としたスキルではなかったので、さほど大きな減少ではない。

 しかし、攻撃型のスキルなら話は別だ。爆弾屋ボマーの特長は高い火力にある。爆発が直撃した場合、一撃で仲間を倒すことにもなりかねない。


 シンは右上を見た。空を見ているわけではなく、恐らく自分のHPを睨んでいるのだろう。


「二発は厳しいが、一発なら大丈夫だ」

「わかった。少しだけ時間を稼いでくれるか?」

「おう!」


 シンは『マクシマムアント』の方へと走り出した。

 そのシンの姿を見て、ニアは前に左手を出した。

 小さな電子音とともに、少し背景の薄れた白いメニューウィンドウが現れる。左手の指で所持アイテム欄に触れ、下へとスクロールする。

 目当てのものを見つけたニアは、その欄をタッチしたまま下へとスワイプする。

 ニアの右手に一本の剣が出現した。下にスワイプしたおかげで、逆手持ちになっている。このゲームはそういう小さな部分に凝ったところあった。


「待たせた!」

 ニアはシンに声をかけた。

 シンは『マクシマムアント』の脚と鍔迫り合いをしている。


 シンはそのタイミングで奴の脚を弾き、大きくバックダッシュする。

 ニアは基本スキル〈投擲スローイング〉を発動させた。

 ニアは少し振りかぶって、右手に持った剣を投げた。

 〈投擲〉は発動者のCON(集中力)によって命中するか否かが決まる。

 剣はぐんぐんと風を切って『マクシマムアント』の腹へと進み、やがて奴の亀裂へと突き刺さった。

 刺さった剣の輪郭が赤く染まりそして――大きな爆撃が炸裂した。耳をつんざくような爆発音が辺りに響く。


 スキル〈アーマメント・デトネーション〉。武器を爆発させる、強力な爆弾屋ボマー専用スキル。

 スキル自体の威力も高いが、それにプラスして武器の攻撃力が加算される。

 ニアが選んだ剣は、攻撃力だけなら所持アイテムの中で一番のものだった。


 爆煙から現れた『マクシマムアント』の腹はすでに殻が破られ、紫色の腹部がむき出しになっていた。

 すでにふらりと倒れそうな奴の元に、シンは駆けた。そして二度、三度、四度、持っている剣を突き刺す。『マクシマムアント』のHPバーは見る見るうちに削られていった。

 戦う前まで緑だったゲージは、二度目の爆発後は黄色、そして今は赤く点滅していた。


 そして――締めの一撃が『マクシマムアント』の腹に刺さった。


 『マクシマムアント』は、すっと力が抜けたように倒れた。

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