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すれちがい

作者: 二本狐

 お開きいただきありがとうございます。

 私はおばあちゃんがきらい。

 いつも厳しくて、お箸の持ち方一つ、座り方一つでがみがみと言ってくる。

 女というものはね、と言うのがおばあちゃんの口癖だった。私はその口癖がきらいで、言われたとたん下唇をかんでひたすら地面を見つめる。それが気に入らないのか、おばあちゃんの怒気は多分に含まれる。

 女の子というのはなんだろう。女の子であるということはどういうことなんだろう。

 いつも一歩引いたところで友達を観て、ああこれが女の子なんだ、って学習するのが私で、その立ち位置から周りにお淑やかな女の子と評されているのが少し気に入らない。

 周りの子を真似るのは楽だった。髪型も、アクセサリーも、笑いどころや泣き所も真似た。

 すると、ある日それを見たおばあちゃんが、私を怒った。毎度のことながら、「女というものはね」という始まりで。

 すぐに俯いた私にまた怒気を膨らませるのだろう。そう思ったのに、おばあちゃんはその時ばかりはそれ以上怒気を膨らませることなく、最後に「誰かを真似るのはもうおよし」と言ってその場を去った。

 その言葉がやけに胸に焼き付いた。優しい言葉なのに、強く残ったそそれに、私はしばらくぶりにその言葉に素直に従ってみようと思った。

 笑いたいところで笑い、泣きたくない時には泣かず、髪型もアクセサリーも自分がしたいように。少しずつ、少しずつ変えていった。

 そしたら、どうだろう。

 私は友達から浮いてしまった。

 なんで一緒に笑わないの? なんで一緒に泣いてくれないの?

 そう言われて、私はその女の子グループからハブられた。

 小学四年生のころで、私はひどくおばあちゃんのことがきらいになった。

 私は恨み言なんてとてもじゃないけど、おばあちゃんに言えなかった。怖くて怖くて仕方なかったから。

 でも、その時初めておばあちゃんに恨みつらみ、心の中にたまっているものを吐き出した。

 とにかくたくさん言った。おばあちゃんのことをだいきらいだとも言った。泣きじゃくる私の背中がほんのり温かい手が添えられていたのは覚えている。

 泣きつかれた私の頭を、普段からは考えられない優しい手つきで撫でてくれるおばあちゃんに、ありがとうとぽつりとお礼を言う。

 すると、おばあちゃんはいつもの調子で言った言葉は、今でも覚えている。

「女というものはね――」



 おばあちゃんに心の内をすべてさらけ出した二年後。二月に入って、もう卒業式を間近になったある日、おばあちゃんが死んだ。

 とてもあっけなかった。百歳越えても元気だろうとお父さんもお母さんも言っていたのに、それよりもずっと早くに死んでしまった。

 お葬式に出席したとき、私は周りの雰囲気から察してしまった。私が一番知っている、いわゆる『周りに合わせる』というものだった。

 ただなんとなく悲しんでいるというのが痛いほどわかる。

 惜しむべき人を亡くした。そう言いあっているのが聞こえる。でもその声音は到底そう思えるものではなかった。どころか、このお葬式をどこか集会を開く手段として使っている節があった。

 そのことに気付いた私は、怒鳴った。

 おばあちゃんのことを見てよ。おばあちゃんを悼んでよ。おばあちゃんをダシにしてお話ししたいだけなら出てってよ。

 私が泣きながら叫んでも、私の言葉は届かなかった。

 せいぜい、お父さんとお母さんが驚いたぐらいで、みんなが私をなだめにかかる。

 ほっといてよ。私は誰かの手を払いのけてその会場から飛び出した。




 どこをどうしたのかわからないけど、私はいつの間にかお寺にいた。

 汗と一緒に涙を袖で拭うと、息を整える。

「ここは……」

 知ってる。

 おじいちゃんが眠ってるお寺。お父さんとお母さんに連れられてきたことがある。けど、その二人よりおばあちゃんと来た回数がずっと多い。

「……おじいちゃん、おばあちゃん……」

 私が物心をつけるまえに死んでしまったおじいちゃんのことを、よくおばあちゃんから聞いていた。

 骨ばった体をせっせか動かして手紙を届けるお仕事だって。ありがとうって届けた先で言われると、恥ずかしそうに鼻の頭をかく癖があるんだって。

 おばあちゃんがおじいちゃんの話をするとき、いつも嬉しそうだった。でも、それと同じぐらい苦しそうだった。

 今、おばあちゃんは一緒にいるのかな。

 ここにいないことぐらい、私もわかってる。でも、いないってわかっていても、私は言いたかった。

「私、おばあちゃんのことがきらいだよ。でも、おばあちゃんがいなくなったと思うと心がぽっかり空いたみたいで、ものすごくスース―するの。泣きたくないのに、目があつくなって泣きたくなるの」

 目をつぶるとおばあちゃんの姿が思い浮かぶ。おじいちゃんのことを話しているときのこと。

 ちょっと上を向いて、雲を見てる。でも、今ならわかる。

 あのとき、おばあちゃんは泣かないように上を向いていたんだって。私の前で泣かないようにこらえていたんだって。

 私の中にはおばあちゃんから教えてもらったことがいっぱいある。でも、それを感じないで、からっぽだって思ってた。

 でも、いっぱい詰まっているとわかった私は、泣いた。

「きらい。きらいだよ。でも、おばあちゃ、のこと、……好き、だったんだよ」

 おばあちゃんはある時言った。

 女というものはね、泣きたくなってもぐっとこらえるものなんだよ、って。

 でも、泣きたい気持ちは止まらないし、止めたくない。

 泣き続けていると、ふと私が初めておばあちゃんに心の中にあるものを吐き出した日の事を思い出した。

「女というものはね」

 その時私は涙でぼんやりとした眼でおばあちゃんの顔を覗き込んだ。

 はっきりと見えなかったけど、おばあちゃんは笑っていたのが印象的。

「いいかい、はっきりと相手に自分のことを伝えて、自分がこうしたい、こう思っているってことをしっかりと伝えられるようにならなくてはならないんだ」

 いいかい、とさらにおばあちゃんは滔々と続ける。

「女というものはね、本当の意味での友達なんて、喧嘩して、取っ組み合って手に入れなくてはいけないんだよ」

 その言葉を思い出し、ハッとわれに返ってお墓を見る。

「おばあちゃん……」

 おばあちゃんがくれた助言で、私は本当の友達がつくれた。たった一人だけど、ちゃんと作れた。

 おばあちゃんは間違ったことは言ったことがない。そんなことわかっていたのに、私はいつもおばあちゃんの言うことを……。

 涙がぽとぽとと溢れ落ちる。

「ごめんなさい、おばあちゃん。好きだったんだよ」

 最後にもう一回謝って、泣き崩れた。

 私の言葉が、おばあちゃんに届くことを祈って。

 お読みいただきありがとうございます。


 おさらい:祖母も孫もお互いに好きだからこそ、すれ違った。


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― 新着の感想 ―
[一言] おばあちゃんのことはきらいだと思い続けていた私が、おばあちゃんの死に直面したときに感じた気持ちをきっかけに、おばあちゃんの言葉がいつも正しくと暖かかったことに気づいてゆく。 その過程を描く、…
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