表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女王の密室遊戯  作者: なつ
第一章 高き所、すなわち、世界の中心で
5/24

第五話

 ザーという耳障りな音は変わらない。雨の音ではない。計器が故障していた。特殊な電磁波が流れているとラーサが言っていた。そのせいで雑音が混じっているのかもしれない。とにかく、僕は嫌いだ。嫌いで、不快だ。

 僕は体に重圧を感じて目を覚ました。今度は驚かない。ルシナが棒の膝の上に、こちらを向いて座っていた。僕をじっと見つめている。

「お、おはよう」僕はぎこちない声を出した。「どれくらい寝てた?」

「ミツキちゃん寝過ぎだよう」ルシナが声を出して笑う。「もうすぐパーティ始まっちゃうよ。もしかしてミツキちゃん、あたしより子供なんじゃないの?」

「うーん、まだ着いたばかりだから、疲れてるのかも」

 ルシナはぴょんと膝から降りた。それから僕の手を握る。

「こっち来て」

 ルシナに連れられて隣の部屋に入る。小さめのベッドと勉強用と思われる机が置かれている。ベッドの大きさからして彼女の部屋だろう。彼女はクローゼットの一つを開けると、中から服を取り出した。

「これ、着れる?」

 黒いスーツのようだ。彼女にしてはサイズが大きい。

「ママのなんだけど、丁度良くない?」ルシナが僕の体に服を合わせる。

「悪いよ」

「いいのよ!」

 なぜか強気なルシナに根負けして、僕はその服に着替えることにした。ひらひらのスカートじゃなくてよかった、というのが正直な所だが、アルセトのような服だともっと困る。縦に僅かに線がいくつも走っていて、きっとそういうデザインなのだろう。ルシナは隣でフリルの付いたドレスに着替えていた。

「ミツキちゃん、後ろのチャック締めて」ルシナに言われて、背中側のドレスのチャックを閉めた。彼女は感謝を表してから、嬉しそうに僕を見上げた。

 ジリリと鈴が鳴るような音がした。突然の音に驚いて周りを見渡してみると、ルシナが懐から小さな機械を取り出した。

「はいはーい」ルシナが機械に向かって話しかけている。「はいはい。うん、解ってるよぅ。今から向かう所……そうそう……ミツキも一緒だよ。大丈夫だって」

 誰かと通信をしているようだ。ルシナは話が終わると嬉しそうにその機械を僕に見せてくれた。表面はディスプレイに覆われていて、中には懐かしいOSが入っているようだ。

「パパったら心配性なんだから」言いながらルシナはその機械を懐にしまった。

「何、それ?」

「電話だよ。知らないの?」ルシナが僕の顔を覗き込む。哀れんでいるように見えるのは気のせいだろう。それから彼女は僕の手を握るとまた歩き出した。

 電話、という機能に特化したディバイスなのだろう。ちらと見えた画面を見る限り、他にも機能が供給されていそうだが、ここに機能を供給するような場所があるのか疑問だ。最初から提供されているのかもしれない。それに、電話という機能に特化したディバイスは今となっては時代遅れだ。必要な情報や他人とのやりとりはナナキに任せてある。アクセスがあればゴーグルを通じて話をすればすむことだ。

 けれど、このレトロな雰囲気は心地が良い。

 ルシナと一緒に歩き大通りまで出ると、何人かの人が同じように外からの道を目指している。パーティに参加するのだろう。だが、格好に統一性はない。派手なファッションの人もいれば、質素な人もいる。この分だと僕の格好が一番フォーマルかもしれない。が、厳格なパーティではないようで、僕はむしろ安心した。

「美味しい匂いがしてきたー」建物が近づくにつれ、料理の香りが漂ってくる。「ミツキちゃん、急ごう!」

「急いだって意味ないよ」

「いいの」ルシナは嬉しそうに走りだす。僕は彼女に手を握られていたため、結局一緒に走ることになった。あまり得意ではない。

 広場に着くと、すでに多くの人が集まっていた。驚いたことにすでに食事を始めている人もいるし、それを咎める人もいない。きっとこれがここでの正常なのだろう。それならばルシナが急いだのも納得だ。テーブルごとに数人でグループを作り、楽しそうに話している。そこにウエイター風の人が次々に料理を運び込み、置いていく。

「パーティまで後どれくらい時間がある?」僕はルシナに聞いた。

「すぐ始まるよ。ほら、主役が到着したんだからね」ルシナは僕に笑いかけた。そのまま僕を連れてまっすぐ建物の入口へと向かう。彼女はあそこ、と指さした。

 少し段を上がった入り口の前にマナミが立っていた。女王の秘書だ。その隣にはまだ知らない男性が立っている。背が高く、丸い眼鏡をしていて、彼はスーツを着ている。

「間に合った?」僕はマナミに話しかけた。

「ええ」彼女は笑顔で判事をして、隣の男性を紹介した。「ギンナ・サイよ。パーティの司会をしてくれるの。本業は遊園地のオーナーさん」

「どうも、ギンナです」ギンナは僕に手を差し伸べた。僕はルシナからの束縛を解いて、ギンナと握手した。今までで一番礼儀正しい、つまり、僕の常識と照らしあわせてだけど、雰囲気を感じた。「たいした司会ではありませんが、今日はよろしくお願いします」

「こちらこそ。まさか、ただ立ち寄っただけなのに、こんなパーティを開いていただけるなんて、思ってもいませんでした」

「本当に。女王からこのパーティのことを聞かされたのは昨日のことです。それにしては十分な人数が集まったと思います」ギンナは片手を広げ、会場を見渡した。それに合わせるように、僕も会場に視線を移す。建物の前にあるやや広めの庭にところ狭しと並べられたテーブル。椅子も用意されているが、みんな立っていて、すでに食べたり、飲んだりと自由な雰囲気だ。「ざっと三百人くらいいるでしょうし、まだ増えるでしょう。どうしても都合の付かない人をのぞいて、ほとんどの人が集まっています」

「昨日から、告知されていた、のですか?」

「ええ」ギンナは頷く。「明日……つまり、今日ことですが、外からの新たな仲間が来るから、そのためにパーティの準備をするように、と。もっとも一般の人々に知らせたのはアルセトのは働きですが」言いながら彼はまだ近くにいたルシナに笑いかけた。アルセトはルシナの父だ。

 僕は腕を組んだ。どうして僕がここに来ることが分かったのだろうか。確かにここに降りたのは昨日のことだ。エネルギーシステムを見て、補給システムを探して、一眠りをして。それから扉の隣にディスプレイを発見して、その結果、僕は中にはいることにした。もしかしたら僕は中に入ることなく、そのまま出て行ったかもしれない。そのような場合はどうなっていたのだろうか。

 僕は女王のアマナを思い出した。思い出しても、圧倒的な存在感がある。黒い髪と真っ白な目が僕を見ていた。まるで見透かされているような、そんな力強い目だった。その目に僕はいつの間にか、地上にいた。そんな圧力があった。

「皆さん、注目!」ギンナが大声をはりあげた。「注目、注目!」

 今までそれぞれがしゃべっていたのが嘘のように、会場はしんと静まり返った。みながこちらを見る。

「よく集まってくださいました」会場全体に聞こえるように、向きを時々変えながらギンナが声を上げる。「ええ、今回の目玉の一つであります」ギンナが僕に手を向ける。「ミツキさんです。もうご存じですか? ええ、外からの使者であります」

 拍手が沸き起こった。僕は頭を掻いた。別に拍手をされるようなことではないし、彼らが望むことをしてあげられるとは思えない……強制でなければいいけれど。それに、いかなる状況にせよ、機械の不調のせいでここに降り立っただけだ。僕が肩をすくませていると、ギンナは僕に挨拶するようにと背中を押した。

「こんばんは」僕は仕方なく口を動かした。「偶然ですが、このようなパーティを催していただき、ひどく恐縮です」なぜかまた拍手が起きる。「どうぞ皆さん、好きに食べて下さい」

 僕は再び頭を掻いた。拍手が止むと、人々の中から一人、僕の元へ歩き出てきた。手には変わった形の器を持っている。どちらかというと皿に近い。真っ赤なその大きな皿の中には透明な液体がなみなみと入っている。

「神の雫よ」マナミが耳打ちする。「一口だけそれを飲んで。そうしたらパーティの始まりなの」

 皿を持っているのは女性だ。ずっと東の国の古の巫女のような格好だ。白の羽織に、下は赤の袴。僕は彼女からその皿を受け取った。不思議な香りがする。彼女はお辞儀をして、僕の前に傅いた。

 ゴーグルを通してその液体を分析する。ぶどうから作られたアルコールのようだ。得意分野ではない。だが、飲まなければならない雰囲気もある。しかたなく僕は皿に口を付けた。

 一口飲む。拍手が起きる。

 僕は皿を女性に返した。それから辺りを見渡す。ルシナは段を降りていて、電話で誰かと話している。そのまま人々の群れの中に消えていく。ギンナは目の前の女性と話している。僕は隣にいたマナミに話しかけた。

「もしかしてミツキ、酔ってます?」マナミは目を細める。その雰囲気はアマナと似ているように感じる。「顔が少し赤くなってますよ」

「あまり強くないんです」僕は長めに息を吐いた。「なぜ神の雫なんですか?」

「貴重だからですよ」笑いながらマナミが説明をする。「私達は飲むことができません。できるといえば、お米から作ったお酒くらいです」

「彼女は何というんですか?」僕はギンナと話している、巫女の格好をした女性を見た。

「タタラ・ミズキよ。ほら、すぐそこの、インフォメーションがあるでしょ。エレベータ降りた所の。さっきそこにいた子」

 そう言われると、エレベータから降りた時に見た気がするが、あの時は遠くで顔まで分からなかった。

「アマナは?」さっきから考えていることと口が合っていない。やはり酔っているようだ。

「ここには来ないわ」マナミはそれだけ答えた。それから思い出したようにギンナに声をかける。「エドはいる?」

「左のどこかにいるだろ?」ギンナが返事をする。「エドを連れて行くの?」

「うん。今回の料理長だし。わたしじゃ説明できないもの」

 マナミは段から降りると左手の道に消えていった。僕はそのままそこに残り、パーティ会場をぼーっと見ていた。やはり、あまり得意な雰囲気ではない。知った顔が少なすぎるからだろう。いや、そもそも知っている人などいない。かろうじて名前が分かる人が数人いるくらいだ。

 ギンナ、タタラ、エド、ルシナ、アルセト、マナミ、アマナ、ラーサ……。

 僕が一人で肩を動かしていると、会場からアルセトがステップをひとっ飛びで駆け上がってきた。その手には器用に皿を持ち、料理が載っている。

「食べてないだろ?」アルセトが僕に皿を差し出す。「主役なんだから、食べとけって」

 アルセトの格好は変わっていない。筋肉質な上半身は裸だ?

「ありがとう。でも、酒が回ってて。もうしばらく食べられそうにないよ」僕は正直に答えた。「どこかで休める場所ない?」

「それはよくないな」アルセトの顔がアップになる。「タタラ、ロビーに連れて行ってくれないか。ソファがあるだろ」

 呼ばれたタタラはすぐに駆け寄ってきた。「はい」と返事をして、彼女は僕の手を持ち、それを彼女の肩へと回した。

「ありがとう」僕はもう一度言った。

 彼女は僕を連れてエントランスへ移動した。透明な扉は、近づくと自動的に開いた。僕はインフォメーションの向かいにあるソファに座らされた。柔らかい椅子だ。

「水をお持ちしましょうか?」タタラが僕の目を見る。切りそろえられた前髪の間から、彼女のくりっとした瞳がうるうるとしている。心配してくれているのだろう。

「ありがとう」僕は目を閉じた。顔が赤くなっているかもしれない。そのまま僕はゴーグルを通してナナキに囁く。「僕ってこんなにお酒に弱かった?」

「そんなことないよ。でも、飲んだ酒のアルコール度が高かったんだろう」

「ああ、そう思う。あんな強い酒、久しぶりだよ。喉が燃えるかと思った」

「律儀に飲み込んだからだろ」

「もっと薄くすれば、みんなで飲めるのだろうにね」

「酒の憂いの玉箒」

「それ嫌味?」

 ナナキからの返事はなかった。目を開けるとタタラがコップを持って立っている。僕はそれを受け取って、もう一度ありがとうと伝える。

「だいぶ気分もよくなってきた。いいよ、パーティに戻って。楽しんでおいでよ」

「いいえ、大丈夫です。わたしはここにいますから」

 ここは素敵なところ、か。僕はラーサの言葉を思い出していた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ