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女王の密室遊戯  作者: なつ
第一章 高き所、すなわち、世界の中心で
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第四話

 ザーと音が聞こえる。外で雨が降っているのだろうか。機械の雑音かもしれない。電子の流れがうまく言っていないのかもしれない。どうちらでもいい。どちらにせよあまり好きな音ではない。耳障りで、僕の心をかき乱す。いつだってそうだった。

 体に重さを感じる。押しつぶされそうな重圧だ。今日パーティがあると言われたからだろうか。しかも歓迎パーティだと。ナナキも好きなことを言ってくれる。ナナキには分からない。僕にだって分からない。とにかく好きじゃないんだ。雨と同じ。

 僕はゆっくりと目を開けた。と、同時に目の前に人の顔を感じて、それを突き飛ばしていた。「きゃっ」と短い悲鳴が聞こえた。

 僕の心臓が激しく打つ。周りを見渡す。先ほどの部屋だ。ソファに座っている。前を見ると、床に尻もちを付いているのは小さな女の子だ。

「驚いたー」その子が高い声を上げる。「いきなり目を開けるんだもん」パッと立ち上がり、膝を払う。

「誰?」

「可愛い寝顔ね」目を閉じるようにしてその子は笑った。「あたしはルシナちゃんよ。よろしく」

「鍵は?」

「? 開いてたよ。だから入れたんだもん」

 僕は頭を抑えた。確かに鍵をかけた記憶はない。けれどこういう客室であれば、自動で閉まるものじゃないのだろうか。

「ねえねえ、何て呼んでいい?」

「僕はミツキ。今僕の上に乗っていなかった?」

「寝顔か可愛かったから、近くで見てたの」ルシナは笑った。彼女が着ているのは洋服だ。柔らかい素材のロングスカートに、上はキャミソール。歳はまだ十歳くらいだろうか、幼さが全身に残っている。

「何か用だったの?」

「お外に行こうよ」ルシナは僕に近づいて、僕の手を握った。「案内してあげる。知らないでしょ?」

「今何時?」

「四時だよ」

 一時間くらい眠っていたようだ。

「外で雨が降ってなかった?」

「アメ? アメって降るものじゃないよ」

「そのアメじゃないよ。雨。空から水が降ってくること」僕は説明してから気がついた。そんな自然現象を再現する必要はない。

「何で?」ルシナは目を上にむけてから、僕の顔を覗きこんだ。「水は配水地区にしかないし、そこから路を伝って流れてくるんだから。アメってもったいないね。ミツキのトコはそうなの?」

「まあ、そういうこと」僕は適当に相槌を打った。女王はともかくとして、この子が現状をどこまで理解できているのか分からないし、あるいは、そういう教育もされていないかもしれない。「どこに案内してくれるの?」

「内緒だよ」

 ルシナは僕の手を引っ張って、部屋の一角に着いていた外へのドアを開けた。僕は鍵を閉めようか迷ったが、よく考えれば鍵を閉めなくたって、たいして変わりはない。荷物も置いていないし、先ほどマナミから渡されたまさに鍵しか持ち物もない。

 その場所からは石畳が続いていて、左右には丈の長い草が生えている。やがて石畳は広い道につながっているが、そこは逆に地面が露出していた。後ろを振り返るとこの建物の大きさがよく分かる。左右のウイングを合わせると、幅は100メートルくらいあるだろうか。高さは一階分しかないが、それでも中央から先ほどのエレベータで降りてきた部分がやや円弧を描きながら上に伸びていている。回転に合わせているのだろう。そして数十メートル上空にぽつんとある立方体の構造体につながっている。そこからこの世界の中央へとさらに構造物が連なっている。アマナはあそこだけで生活をしているのだろうか。

 僕は振り返って、今度は前を見た。道は左右に続いていて、前方には池がある。ルシナが配水地区から路を通って水が届くと教えてくれたので、この池もそことつながっているのだろう。人工の池だと分かっていても、十分に自然を感じる。人間の感性などいい加減なものだ。否、人間の、ではなく、僕の、というのが正しいか。ルシナは僕の手を引き、道を左に進む。建物の正面方向だ。

「この建物、なんて呼ばれているか知ってる?」ルシナが聞いてきた。僕は首を振る。「あたしたちはね、外からの道って呼んでるの、昔から。建物なのに、おかしいでしょ?」

「へぇ」僕は、理解ができたがそれを悟られないように適当に相槌を打つ。

「それでね、女王は外からの使者を待ってるんだって。ただずっとあそこで。大変な仕事ねぇ」

「今までに外からの使者って来たことあるの?」

「ミツキで二人目よ」ルシナは答えた。「ミツキは本当に外から来たの?」

「そうだよ」僕は頷く。「多分、ルシナが言う、外から」

「意味が分かんない。だって、高いほど中心に近づくでしょ? なのに、どうして外なの? 中じゃないの?」

「僕が怖い?」

「何で?」ルシナは顔を上げて、大きな目を見開いた。「ミツキって怖いの?」

 僕は笑いながら顔を振った。彼女が幼すぎてこの世界の成り立ちを理解できていないのか、それとも、彼女の認識が一般的なものなのか僕には分からない。けれど、ルシナからしたら僕の存在は、謎であり、奇妙なもののはずなのだが、確かに全く恐れている様子はない。

 建物の正面は広場になっていた。そこに長机がいくつも並べられていて、椅子も用意されている。白いシーツが掛けられていて、その上には新鮮な野菜類や果物類がすでに盛られている。どうやらパーティの会場はこの広場らしい。料理人と思われる人たちが時々料理を運んでいる。ちょうど正面の道から彼らは出入りしていて、どうやらあちら側にはそういう施設があるようだ。

「ルシナちゃん?」料理人の一人がこちらに気がついて声をかけてきた。彼は皿を机に置くとこちらに近づいてくる。白い服とあの独特な防止は、資料に見るコックにそっくりだった。「何をしているの?」

「ご案内中」

 それから彼は僕を見た。

「もしかしてミツキさん?」彼は僕の名前を当てた。「ですよね。初めて見る顔だ」

 僕は答えない。

「俺はエド。エド・カシス。今日のパーティの料理長を務めている。今までで最高の料理を作っているところさ」エドが僕が警戒している視線に気がついたのか、口調を改めた。「ああ、さっきアルセトが……ルシナの父ちゃんな、彼が教えてくれたんだ。今あいつがすべての住民に知らせて回っているところだ」

「まいったな」僕は口だけ動かす。

「はいはい。エドは急いで料理作ってね。あたしはミツキを案内している所なんだからね」

「時間には戻ってくるんだぞ」エドはルシナの頭をなでた。

 エドはまた2人から離れ、周りに指示を飛ばし始める。僕はため息をつく暇もなく、ルシナに引っ張られるようにして歩き始めた。建物を背にして、そこから伸びている道を進む。その道は見渡す限りまっすぐ進んでいる。左右の見晴らしは非常によい。農場、その背後に農園。更にその奥に居住地らしき建物が見えている。時々その左右へと入ってく道があるが、変化に乏しい。ただ唯一の変化といえば、前方に見えている遊園地が次第に近づいて言うことだろうか。

「もしかして、あの遊園地を目指してる?」僕は聞いた。

「違うよー」ルシナはそう言うと、あるタイミングで道を右へと折れた。僕はそれに続く。「あたしのお家だよ」

「へえ、何で?」

「それは秘密」

「ここの住民って、全部でどれくらいいるの?」僕は質問を変えた。

「うーん、五百人くらい?」ルシナは疑問形で答えた。「昔はもっといたらしいよ。今はシュッセイリツがすごく低いんだって、先生が言ってた」

 五百人……想像の十分の一程度の人数だ。五百人ほどのエネルギーでここのシステムを支えているのだろうか。ルシナのような子供がいることを考えると、生み出せるエネルギーはもっと少ないはずだ。もちろん、機械的なエレルギーであれば、外から供給されている。それでも明らかに農耕が中心にならなければいけない、ということなのだろう。

「だからミツキは大切なんだよ」

「何で?」

「あたしたちには新しい血が必要なんだって」

「へぇ」僕は嫌な予感に肩が重くなった。

「あっ」ルシナは声を上げると、突然僕の手を放した。それからまっすぐ前へ走りだす。その先には人が立っている。ルシナの母親だろうかと思ったが、それにしては若い。僕はゆっくりと進んだ。こげ茶色の髪はマナミにも似ている。歳も同じくらいだろう。二十代の前半か。短い髪の間から覗く目が、僕を見据えている。

 ルシナは彼女に抱きついた。

 それから僕は彼女の家に入り、その女性と二人きりになった。彼女がルシナに席を外すよう言ったからだ。僕は彼女とテーブルを挟んで座りあった。

「はじめまして」黒い瞳が僕を見つめる。

 僕は今まで一度も声を発していない。相手を睨みつけている。初めてだろうか、どこかであったことがあるような気もする。だが、偶然ここで会う確率など極めて小さいし、そんな確率は無視していいレベルだ。そもそも僕がここにいること自体偶然に過ぎないのだから。

「わたしはラーサ・フオルと言います」彼女は名乗った。聞き覚えはない。「あなたをお待ちしておりました」

「知らない」僕はそれだけを発する。

「警戒なさらないで下さい。わたしには分かります。あなたがここに来ることは分かっていました」

「僕は知らない!」

「わたしも、ここに来たのは偶然でした。ここの周りには特殊な電磁波があるようなのです。ですから、エネルギー量が少なければ、その網から逃れることができない。もっともその電磁波は故意のものではなく、技術不足によるところのものですが。心当たりがあるでしょう?」

 確かに計器が異常な数値を示していた。ルート探索もできなくなり、しかたなくここに降り立つことを決めたのだから。

「あなたも外からの人?」

「そうです」

「では、あなたがもう一人」

「それは違います。わたしは外の人ですが、女王の許可を得ていません」ラーサの目が細くなり、軽く微笑む。「有り体を言えば、密入です」

 僕は眉をひそめた。

「帰ろうと思えばすぐに帰れたはずです。あそこでエネルギーを補給すれば、この網から脱出できる。逆に、入ろうと思えばやはり簡単なことです。正規のルートを辿ってきたのはあなたが二人目、ということです」

「密入は多いのですか?」

「さあ。わたしは知りません。ですが、もし多いのだとしたら、ここの人口はもっと増えていてもおかしくありませんし、統制も乱れているでしょう。ミツキは真面目ですから、きっと密入の方法なんて思い浮かばないでしょうけど」

 僕の心臓はまだ警戒している。

「ルシナはあなたを、外の人だと知っているのですか?」

「おそらく理解できていないでしょう。ですが、彼女はとても純粋です。彼女だけではありません。ここの住民すべてがそうです。あまりにも純粋過ぎて、わたしには怖いくらいです」

「アルセトは知っている?」

「はい。ルシナの友達とういことになっています」

「僕に何か用事があったのでは?」僕は質問を切り替えた。ルシナははじめからラーサに会わせるために僕を連れてきたようなものだ。

「2つあります」彼女は答えた。「わたしを、外に連れ出して欲しいのです」

 僕はラーサを睨んだ。けれど相手の目は真剣だ。

「もちろん、ここは素敵な場所です。ですが、わたしのいる場所はやはりここではない。言ってしまえば、退屈です」

「勝手に帰ればいいでしょう」

「入ることは簡単でした。ですが、帰るためには女王の間を通らなければならない。というより、他に方法を思い浮かびません。あそこは基本的に立ち入りが制限されていますし、それに外への扉は女王しか開くことができないらしいのです」

「僕はまだしばらく帰らないと思う」これは本音だ。「せっかく降りたんだし、やりたいことがある。ここのことを調べたいし、仕事の一環でもある」僕はさらに付け加えた。「それに、僕の船は一人乗りだ」

「船ならあります」ラーサは答える。「女王の間を一緒に通りたいのです」

 僕はナナキにゴーグルを通して周りの様子を送るよう要請を出した。

「だったら、やっぱり勝手に帰ればいいじゃないか」

「女王の許可を得られないのです」

「密入だから? だったら一層無視して通ればいい。僕が一緒だからって、女王が許可してくれるわけじゃないだろう?」

「それでも、わたしのお願いを頭の片隅にでも置いておいて下さい」

 ナナキから返信が来る。確かに僕の船とは別の船は複数用意されている。

「分かった。連れて行く約束はできないけど、覚えておくことならできる」僕は答えてから続ける。「それで? もう一つの用事は?」

 僕の返事に明るい表情をしたラーサの表情が再び曇る。ラーサは立ち上がり、僕のすぐ近くにまで来てから屈み、耳元で言った。

「このままだとミツキは殺されるよ」

 驚いて顔を上げると、彼女はすでに体勢を元に戻していた。タイミングを計っていたかのようにルシナが部屋に入ってきて、僕はそれ以上聞けなかった。ルシナの手にはトレーがある。

「紅茶、飲む?」ルシナがテーブルのそばに来た。アンティーク調のポットとカップをテーブルに置くと、ルシナはたどたどしい手つきで僕のカップに紅茶を注いだ。

「ありがとう」ぼくはとっさに答えた。

「ラーサちゃんも飲んでね」

「ルシナちゃんありがとう。でも、わたしもう行かなくちゃ」先ほどまでとは打って変わって柔らかい口調でラーサは答えた。

「今日のパーティには来る?」ルシナは口をぶぅとつっぱりながらラーサを見た。

「行くよ」

 ラーサはそのまま部屋を出て行った。代わりにルシナが僕の前に座ると、彼女はカップに自分で紅茶を注いだ。

「どうだった、ラーサちゃん?」ルシナが僕の顔を見る。「きれいでしょー」

「うん、まあ」僕は適当に相槌を打った。「彼女、いつから友達なの?」

「うーんと、ちょっと前。二、三日前かな」嬉しそうにルシナが答える。「突然訪ねてきてね、びっくりしちゃった」

 僕は驚いたが表情に出さないようにした。おそらく成功しただろう。彼女は気にする様子もなく、紅茶を一口飲むとまた立ち上がって部屋の隅に移動した。

「音楽聞く?」そう言いながら、そこに置かれている装置のスイッチを置く。かなり大型な音楽再生装置だ。

 柔らかいピアノの旋律が流れる。それから女性のボーカルが歌い出した。聞いたことがない曲だが、どこか懐かしく、つまり、古臭い。

「聞いたことないな。誰の曲?」

「しらなーい」ルシナは一緒になって歌い始めた。

 外の様子、家の中、紅茶、それにこの音楽。すべてがレトロな雰囲気に包まれている。おかしな気分だ。古書に記されているような、昔の世界を追体験しているような感覚に襲われる。この世界の技術ははるかに進んでいるというのに、おかしなものだ。けれど、悪くない、うん、悪くない。

 先ほどのラーサの発言が頭をよぎったが、いつの間にか僕はまた眠ってしまった。


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