第三話
部屋の外で待つようにアマナに言われ、僕はそこで待っていた。構造的には先程の部屋と変わりがない。建物の中で隣の部屋に移っただけだ。先程よりもやや大きく、長方形をしている。今出てきた扉と同じ壁面の離れた位置に同じような扉があり、他に特徴らしいものがない。机や姿見もないところを見る限り、やはり部屋の外なのかもしれない。
「ううん、なんだか窮屈な感じ」
「船よりましなんじゃない?」ナナキが答える。
「ずっとこんなかな。だったら同じだよ」
「まだずいぶん高いところにいるみたいだ」
僕は口を動かすのを止めた。第二の扉が開いたからだ。自然と体がそちらを向く。扉の先には女性がいて、軽く一例するとこちらへ入ってきた。否、出てきた。
僕は何も言わない。
「マナミ・ブラムです」彼女は名乗った。アマナと同じ名字だ。身長や体の造りは似ているのかもしれないが、それ以外は似ていない。マナミの髪は短くてブラウンだ。短いと言っても頭の上に団子を作っていて、実際の長さは分からない。目も髪の色と同じで濃い茶色だ。「アマナの直属の秘書です」そこでマナミは先程よりも大きくお辞儀をする。「ここからあなたが泊まっていただく施設までわたしが案内することになります」
「ミツキ・ヒサナギです。ミツキと呼んで下さい」
マナミは僕から少し離れた位置から手招きをした。彼女が着ている服はジプシーの民族衣装のようなものだ。パンツは足先で膨らんでいて大きい。肩からは肌が透けて見えるレースを羽織っていて、胸を隠している部分も少ない。こんな秘書がいていいのだろうかとつい思ってしまうほどだ。
「こちらの線の中に入って下さい」マナミが下を指した。
下を見ると、確かに線が引かれている。部屋の隅だ。円形に部屋の一角を区切っているようだ。僕はマナミにしたがって、線の内側に移動した。
「ここから下へ移動します。下というのは、つまり中という意味です」マナミが説明する。それと同時に僕の体が上方へ引っ張られている感覚を受けた。どうやらエレベータのようだ。
四方に壁がなくなった。いや、筒状の透明なガラス状のものに覆われてはいるが。おかげで初めて外の様子を見ることができた。僕はゴーグルごしに風景を見る。お世辞にも目がいいとはいえないが、ゴーグルが僕の視界を補ってくれる。ある方向には緑が広がっていて、どうやら農場のようだ。遠くには農園も見えている。また更にその向こうになってようやく居住地らしい建物が連なっている。また、別の方向には大きな輪が見えた。まさにまっすぐ進んだ場所に、こちらに向かって円を見せている。
「あれは?」僕はその輪を指した。
「あれはここの娯楽施設です」マナミが答える。「あれは観覧車です。他にもジェットコースターや簡単な乗り物を疑似体験できる機械も置いてあります」
僕が相槌を打っている間にエレベータは下の階層に到着したようだ。再び辺りは壁に囲まれたが、ピンという陳腐な音とともに、壁の一部が左右に開いた。僕はマナミと一緒にエレベータを降りた。
後ろでエレベータの扉が閉まる。
「ふー」突然マナミが大きく行きを吹き出すと、両腕を上に突き上げて伸びをした。「疲れたぁ。秘書ってのも楽じゃないわぁ」
驚いて僕は目を見開いた。
「わたし絶対向いてない。ごめんね、ミツキ。ミツキも緊張したでしょ?」僕の返事を待つことなくマナミは続ける。「そうだよねぇ。お姉さまとはいえ、女王だもの。わたしも気ぃ張ってたし」
「え、女王?」
「うんうん。知らなかったの?」
僕は頷いた。確かに物腰や雰囲気を思い出すと、女王という称号が相応しい気がする。もっとも、残念ながら今までに女王という方に謁見したことはなかったが。
「でも、憧れではあるのよ。本当に」マナミは続ける。「普通できるもんじゃないものね、あんな生活、羨ましい。でも、大変なのかな。退屈かもしれないし」
話の内容よりも、僕はマナミの砕けた様子に気を楽にした。
「無礼なことしてないかな」僕は笑いながら言った。「粗相があったら大変だ」
マナミも笑った。
エレベータから降りた空間は建物のロビーのような造りをしていた。今までいた部屋に比べて温かみがある。正面には建物への入り口がある。ガラス状の扉がいくつも並んでいて、そこから出入りができるようだ。その左隣りにはカウンターがあり、インフォメーションと柔らかい書体で書かれた文字が上に飾られている。中には女性が二人立っていた。さらに左側には通路が先に伸びているようで、別の建物へとつながっているようだ。その部分は右側も同じで、こちらも別の建物へとつながっている。マナミはその右手側の通路に向かって僕を案内し始めた。
「マナミちゃん」その通路の入り口にに立っていた男性が声を出した。「そちらが言ってたお客さん?」
上半身が裸で、下半身には簡単な腰蓑をつけているだけだ。筋肉質で、焼けた肌が黒い。髪は跳ねるように短く、紐状のものを頭に巻いていた。マナミといいファッションと建物がミスマッチに感じるのは、僕がそれだけ長い時間旅をしてきたせいなのだろうか。
「ええ、今日ご到着のミツキさん」マナミが棒を紹介する。「彼はアルセト・マイラ。掃除屋、といったところね」
僕はアルセトに頭を下げた。掃除屋、というのが職業なのだろうか。この建物は広いし、彼一人で掃除をするには大変だろう。
「どうもミツキさん。レディーですか?」
僕は頭を傾けてその質問には答えなかった。アルセトは肩をすくめる。僕の態度に腹を立てたかもしれないが、彼は顔には出さずそのままマナミに話し始めた。
「とりあえず今日のパーティ会場の準備は整った。後は料理類と酒類が揃えばパーティは開催できる。今日の参加者はどの程度?」
「全員よ」マナミが答える。「わたしたちもそうだけど、ここに住んでいる人は極力参加して欲しいのだって。女王命令ということで」
「おいおい、今から間に合うか?」
「ほら、前の時もそうだったけど、期待してるわ」
アルセトは再び肩をすくめると、僕たちの前から離れた。そのまま建物の入り口から出て行ったようだ。
「パーティ?」僕はマナミを振り返った。「今日パーティがあるの?」
「ミツキの歓迎会よ」
僕は舌を出した。「それは、苦手だ」
マナミは笑いながら歩き出した。まるでこちらの反応を無視しているようだ。こうして泊めてもらうのだから、歓迎会に参加しなければならないだろう。仕方がない。僕はめまいを覚えた。遊園地のお化け屋敷に閉じ込められたような感覚だ。そういえば娯楽施設があると言っていた。そこにもお化け屋敷があるのだろうか。後で機会があれば寄ってみよう。
通路の左右には窓があり、外の様子を伺うことができた。といっても、右も左も建物の陰が多い。先ほど見えた農園とは落差がある。このようなシステムなのだから、機械あるいはコンピュータ技術の発展も必要だが、自給していく上でどうしても必要な物なのだろう。エネルギーというよりも資源には限界がある。
通路は別の建物につながっている。そのまま前と左に道がわかれていて、その通路の左右には扉がいくつも見えている。どうやら部屋がたくさんあるようで、もしかしたら宿泊施設なのかもしれない。マナミはその通路を左に折れて、やがて角を右に曲がって、さらに突き当りの、また右に折れるところまで止まることなく歩いた。建物の端で、きっと右に曲がって進めば、もう一度右に曲がる角があり、最初の別れたところに戻るのだろう。マナミはそこで立ち止まり、僕を振り返ってからその左手に付いている扉を開けた。
「ここでしばらく寝泊まりしていただくことになります」マナミがどこに持っていたのか気が付かなかったが、僕に鍵を差し出した。「場所を覚えましたか?」
「大丈夫です」
「部屋にはひと通りのシステムが揃ってますし、直接外にも出ることができます。もちろん、外に出られても問題ありません。ですが、今日は先程も申し上げたように、パーティがありますから、それまでに戻ってきて下さいね」
「パーティは何時からなの?」
「部屋の中に時計があります。時刻は七時を予定していますから、今からおよそ四時間後です」
「ありがとう。中で休ませてもらうよ」
「何かありましたらインフォメーションまでお願いします」マナミは一礼した。
僕は部屋に入った。広い部屋だ。入ると自動的に電気がついた。明るい青い光が室内を満たす。部屋はいくつも分かれていて、寝室やトイレ、シャワー室などもあった。こんな豪華な場所に泊まれるとは役得だ。僕は最初の部屋の中央付近にあったソファに腰かけた。柔らかいクッションが気持ちいい。やはりだいぶ疲れていたようで、ただ座っただけなのにまぶたは重くなってきている。
「ナナキ、見えてる?」
「ずっと見てるよ」
「どう思う?」
「悪くないね」
「パーティだってさ」
「ミツキにはお似合いだよ」
「それ、どういう意味?」
「いつも一人は柄じゃないってこと」
僕は返事をする気力もなく、そのまま眠りに落ちた。