第二十二話
僕は女王の間から外へ扉を開けて、最初に通った通路を歩く。ここを最初に取ったときに想像していた世界とはまるで違った。隔離された世界のいびつな社会は、中にいると気が付かないものだろう。それはこの宇宙ステーションの疑似重力にもよく似ている。外から来たものでなければ、その異常さに気が付くのは難しい。あるいはそれは、かつて地球が球体だと気が付いたり、地動説が当然だと科学が証明してきた過程にひどく逆行しているのかもしれない。隔絶された社会の中とはあまりにもかけ離れた科学技術が用いられた施設に、ティアマのように気が付くものもいずれ現れるだろうし、あるいは、僕が今歩いている通路を、いつか彼らが通るときも来るだろう。
それは僕が現れたことで、ごく未来の出来事かもしれないし、アマナが犯した罪が結局女王の権限により、なかったことになるかもしれない。とにかく、僕としては提示された謎は自分なりに消化できたし、これで満足だ。
僕はそのまま相棒の機体に乗り込み、正面にある画面に表示されている文字を読む。
「おかえり」
「殊勝な言葉だ、それに、ミツキのセリフはただいまだな」
「読ませておいて、ひどいな」
エネルギーの補充は終わっている。あとは少し操作すればここから飛び立つことができるわけだけど、一つだけまだ終わっていないと勘違いされそうなことが残っている。しばらくまっていると、案の定女王の間に続いている入口が開き、そこからラーサが走ってくる。
「ちょっと、私を連れ出してくれるっていう約束は?」
開いたままのコクピットの扉から、僕は両足をそちらに降ろす。
「女王の間まで、という約束だったはずだけど」
「なんか、方法がある、みたいなこと言ってくれたじゃない」
「うん、専門的な技術を用いれば不可能じゃないって。だけど、それはまだ試せないんだ。少なくとも、僕がここから出て行かない限りはね。追ってこられると大変だと思ったから、一応ここで待ってたんだけど」
ラーサが機体のすぐ近くまでやってくる。
「マナミはどうなったの?」
「知らない。なんか、もめてたみたいだけど、私にはもう関係ないもの」
「うまくいく可能性が100パーセントじゃないんだから、仲良くしておいてほしいんだけど」
「うまくいかないなら、私も偽ティアマみたいに死ぬだけよ」
「善処はするよ。だけど、ラーサはとりあえず中に戻ってるんだ。その方が都合がいい。外にいられると、後で見つけるときにもしかしたら座標がずれてしまうかもしれないから」
「よく分からないんだけど」
「とりあえず、なかのごたごたを最後まで見守る。それが、元女王としてと勤めなんじゃないかな」
「もういやなのよ、あそこは。マナミも言ってたでしょ。女王という制度が人を狂わせる。私も耐えられなくなったし、ティアマも、マナミも。みんな同じよ」
「だったら、その制度を壊せばいいじゃないか。女王の立場にあれば、それができたんじゃないの? 女王が支配する社会という構造にとらわれすぎているだけだよ。僕のような外からの使者をもっと受け入れていけば、そんなパラダイムはすぐに瓦解する。もっとも、この世界ごと壊れてしまうかもしれないけど」
「じゃあ戻ってるけど。私をちゃんと助けてよ」
「新しい世界が助けになるとは限らないよ」
「分かってる」ラーサはうつむく。
「この社会で一般人として過ごすのが一番幸せかもしれない」
「だけど、私は外に出たいの」
「期待しないで待っていて」
ラーサは機体からゆっくりと後ずさる。僕は扉を閉めると、ナナキを通じて電源類をすべてつける。ゆっくりと機体が動き出す。
一人乗り用のスペースシップは、滑走路でスピードを加速させる。といっても、それほどのスピードは必要ない。途中から滑走路は円となり、その中を進む。まさにトーラス状に道は進み、その半径が徐々に狭まっていく。それに従い、周りの空気も失われていく。
突然円柱は失われ、スペースシップは巨大な宇宙ステーションの中央に投げ出される。その瞬間に点火して、一気に宇宙ステーションを覆っていた磁場のシールドを抜け出す。
「オールクリア」
「問題なし」
こうして、僕の長い宇宙ステーションでの滞在は終わった。