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女王の密室遊戯  作者: なつ
第四章 女王の密室遊戯
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第二十話

「ナナキ」と語りかけたものの、僕は言葉が見つからない。いくつもの情報が一気に増えてしまい、許容範囲を超えている。

「ミツキ、整理をしよう」ナナキが提案する。「まさかここまでたくさんの、核心に近い情報があるとは思わなかったからね」

「まずは女王について」僕は椅子に座り、上を向きながら頭を回転させる。「ティアマは殺され、あちらの女王がティアマになった。ティアマは、女王を譲った……いや、クロノジカルに考えると、彼女の自殺が先か。アマナが女王になった? それとも、彼女がラーサになった? 同一人物なのか? 確かに、マナミと似た雰囲気はあったけれど」

「ラーサが外の人物、というのは嘘だった。けれど、女王であったのなら、少なくとも女王の間から続く外の世界を知っていた」

「うーん、なんだかしっくりこないな」僕は眉間にしわを寄せ考える。「それじゃあ、僕が来た時に会ったアマナは? ラーサってこと? 僕ももちろん、あれがマナミだったんじゃないかって考えたけど、女王の間と秘書の間が直接つながっていないことを僕は確認したから。あれがマナミの変装だったというのはありえなさそうだけど」

「それじゃあ死体については?」

「ティアマの……偽ティアマのものだろうね。ティアマの記述に彼女の特徴は残念ながら書かれていなかったけれど、状況を考えるとそれがもっともらしい。ティアマの死体だとしたらクルドも気が付いただろうし。でも、それが偽ティアマのだったらクルドには分からない。アマナなら、内側を通ってそれほど時間を掛けずにその死体を回収できたはずだ」

「つまり、こちらの映像に残っていたアマナがこちら側に出てきたのは」

「隠していた偽ティアマの死体を運び込むため。首を切ったのは、その死体がティアマだとすぐに分かってしまうと、状況が不条理すぎるから、かな」

「失踪したティアマが死体で現れ、アマナがいなくなった、そういう判断になるだろう。アマナがティアマを殺して、逃げた、と。方法をどう解釈するかは分からないが」

「アマナがラーサで、外に行きたいと思ってたなら、それで問題ないと思うんだけどな」僕は立ち上がる。「でも、それはラーサに確認すれば分かることか。真実かどうかも」

「ラーサとアマナとマナミならすべて映像が残っている。コンピュータで処理して見ると、アマナとマナミは実際かなり似ている。目の色や髪を除いてね。そう考えると、ラーサは二人と似ているとは言いがたい。いや、客観的な数値に置き換えると、全くの他人よりは似ているという判断になるか。例えば、ミツキとラーサを比べたときよりもるかに似ている」

「つまり、僕が最初に会った女王がラーサというのはありえない?」

「あり得ないね」

「だとしたら、どうやってアマナがあそこからいなくなったのかも、まだそのまま問題として残っているね」僕は資料をもとの場所に戻しながら続ける。「でも、やるべきことがだいぶ限られてきた。明日はラーサに話を聞くのと、もう一度女王の間を調べることだ」

 僕は資料室に鍵をかけた。

 僕の動きが止まる。そうだ、あの時の違和感はこれだ。鍵があるから、鍵が掛けられる。ロックがあるからロックがかかる。誰のロック? 誰がロック? そのためには……

 その瞬間、僕の全身に寒気が走った。

 いや、電気か。

「そんなハズがない」僕はつぶやく。「いや、だとしたら、調べるべきは?」

「ミツキ、どうしたの?」

「ナナキ、僕の専門は?」

「うん? 職業のこと? それとも、古書……」

「ナナキも気が付いた?」ナナキからの応答がない。聞こえていないのではない。ナナキの思考は僕より遅い。技術的には僕よりはるかに多くの情報を同時に処理できるが、それでもどうしても人間よりも多くのプロセスが必要となる。けれど、それで抽出される結論に、感情はない。

「だとしたらどうして?」

「動機という意味?」僕はナナキが出せない結論に先手を打つ。「きっと動機は提示されていない」

「あるいは提示されているとしても、理解ができない」

 僕は頷いた。それから急いで鍵をポケットにしまうと、振り返る。時間はすでに夜遅く、電気の色も落とされている。外も同じだ。ただ薄暗いと言っても、真っ暗ではない。その必要はない。それでも僕は一応足元に注意しながら、左翼から中央へ移動する。インフォメーションを見ると、知らない女性が一人立っている。タタラでもイシダでもない。時間的なことを考えても3人から4人必要なのは明らかなことだ。けれど、仕事らしいものも見受けられないが。会釈だけして僕はそこを通り過ぎて、自分に与えられた部屋に戻った。念のため、と今回は扉に鍵を内側からかけたが、すでに遅かった。

 ソファにラーサが座っている。驚いたけれど、想定外ではない。

「こんばんは」僕はお辞儀をしてから、ラーサの正面に腰かけた。「あなたにはよく騙されます。演技がお上手ですね。専門ですか?」

「どういう意味かしら?」

「ラーサはどうして外に行きたいの?」

「退屈だからです」

「ここで退屈を感じるなら、きっと外へ行っても退屈でしょう」

「厳しいものの言い方ですね」

「それに、あなたは船を運転できますか?」

「それはもちろん」

「できないでしょう?」相手の先手を打ち続ける。「あなたは、外に行こうと思えば行く機会は何度もあったはずです。でもそれをしなかった。ですから、僕にはあなたの真意がやはり分かりません」

「どうしてそんなことを言うの?」

「うーん、偶然と言えば偶然なんですが、僕はラーサの正体を知ってます」一呼吸おいてから続ける。「アマナ女王様、ですよね」

 正面で、けれどラーサの表情は変わらない。

「あちらの女王との交渉し、あなたは一介の市民に下った」

「驚いた。そのレベルで知っているのね。どうして、そんなことまで知ってるの?」

「驚いたでしょ? 偶然というのは本当に偶然なんだけどね。だから、あなたが外から来たっていうのが嘘だっていうのを知っている、ということ」

「ミツキの船は、本当に一人乗りなの?」

「悪いけど、それは本当だよ。小さなペットくらいなら乗れなくないだろうけど、さすがにラーサを抱えては危険かな」

「もし、私をあげる、と言っても、連れて行ってくれない?」

「女王様がそんなことを軽々しく口に出しちゃだめだよ」

「それが女王の務めなのよ。とてもじゃないけどやってられないわ、私には」

「なら辞めればいいのに」

「だから辞めたんじゃない」

「僕に対しても、ということだよ。それに、僕は女性をもらっても嬉しくない」

「……えっ!」今までで一番大きく表情が変わる。「ミツキって、顔はかわいいけど、男性なんだと思ってたけど、違うの?」

「男性に対してかわいいはほめ言葉じゃないよ。職業柄、僕は性別を分かりにくくしてるんだ。これは自己保身のためでもあるし、案外こうしておいた方が、相手が警戒を解いてくれるんだよ」

「どうしても、無理?」

「物理的な話として無理かな。けれど、どうしても、というのなら、不可能じゃない。うまくいくか分からないけど」僕の言葉にソファからラーサが身を乗り出す。「期待は禁物。さっきも言ったけど、僕の職業は非常に特殊なんだ。その職業的スキルを使えば、ラーサをここから連れ出して、他の、人が住んでいるところまで送ることはできると思う」

「ありがとう」

「まだ感謝は早いよ。交換条件がある」

「私にあげられるものなんて、本当に体くらいしか……」

「いくつかの質問に、正直に、本当のことを答えて欲しい。ただし、僕はこれから、ラーサが想定していなかっただろうことを先に言わなければならない」

 ラーサはソファに座りなおした。

 僕の、一度深呼吸をしてから、僕がここに来てから起きたことをクロノジカルに、すべて話した。出来事中心で、僕の考えや、ナナキのことはうまくごまかしたけれど。もちろんラーサは、途中で何度も驚きの声をあげたが、とにかくまずは最後まで話を聞いてくれた。

「知らなかった。そんなことになってたなんて。それで、私に協力できることって?」

「ラーサがアマナとして女王の間にいたとき、外からの訪問者はあった?」

「いいえ。なかったわ」

「外への扉の開け方は?」

「方法は二つある。まずは、ミツキが入ってきた方法ね。つまり、外からあのタッチパネルで入力すれば、あとは自動ドアのように、簡単に開く」

「中からは?」

「椅子の座るところの下側にボタンが付いてるのよ。それを操作すればすぐに開くわ」

「ええ、そんな簡単な方法なの?」

「でも、気が付かなかったでしょ? 普段あそこに座ってると、ドレスで椅子なんてほとんど見えないしね」

「それじゃあ、僕がタッチパネルに入力した内容って、どうやって把握してるの?」

「私は経験ないけど、もし外からの使者がそこに入力したら、その内容はドレッサーの鏡に映し出される。女王の間にあるんだけど、分かる?」

 僕は女王の間の、クローゼットの隣にあったドレッサーを思い出す。ただのドレッサーだと思っていたし、僕はそこまでコンピュータに強くないから、それが高度な機械だと思わなかった。

「僕があそこで会った女王は一体誰なんだろう?」

「うーん、難しいわね。あそこで見つかった首なし死体は偽ティアマのもので間違いないだろうけど。確か足首に傷があった、みたいなこと言ってたわよね?」

「うん、クルドからそう聞いた」

「でも、偽ティアマはタタラが……彼女の助けを借りて自殺をしていた。内側の道を使えば、あそこの施設までは1時間もあればたどり着けるだろうけど、それは事前にしておいたとして、外のどこかに偽ティアマを隠しておいて、それを椅子に座らせた」

「後半は、僕もそう考えてる。あの女王の間と秘書の間は直接行き来でいないよね?」

「できないわ。少なくとも私が知る限り」

「そうだよね。だから、マナミじゃない。他に、女王に似てる人なんて、誰かいる? ラーサも疑ったけど、違うよね」

「違うわ。ティアマも偽ティアマもすでに死んでいる。他に似てる人なんて、私はいないと思うけど。でも、もし鬘とコンタクトを付ければ、それなりの姿にはなるかな?」

 僕は首を振る。似ている、という判断はナナキもしている。それは表層の類似性ではない。骨格レベルでのことだ。残念ながらラーサからはその答えは得られそうになかった。

「そうなるともう、本当に可能性なんて残ってるのかどうか……」

「でもミツキは、もう犯人の目星がついてる感じだけど?」

「そうだね。一人だけ、犯人じゃなきゃ知らないはずのこと口に出してたし、もしその人が犯人じゃないとしたら、僕にはもうさっぱり分からなくなる」

「例えば、ミツキ以外みんな犯人とか?」

「それは怖いね」僕は肩をすくめる。「だけど、そんなことはない。どうやったのかが分かれば終了。動機も知りたいけど、ここの住民じゃない僕には理解できないことかもしれない。ラーサと話していて、その可能性が高くなってくるよ。アマナの立場で考えて、どうして自分の死を演出して、アマナは消えて見せる必要があったと思う?」

「そう聞かれると、やっぱり外に行きたかったから。つまり、みんなが想定している事件の概要そのままになってしまうわ」

「でも実際はそうならなかった。マナミが女王になって、ギンナが秘書の間のコンピュータ室で殺された。これは犯人が想定していたできごと?」

「もちろん、そうでしょ?」

「実際には、アマナ……つまり、女王は殺されていないし、ずっと前に殺された偽ティアマの死体……あっ」

「どうしたの?」

「……」おかしい、と僕は心の中でつぶやく。そうだ、どう考えてもおかしい。「ラーサ、アマナ女王がいなくなったのはいつ? つまり、ラーサになったのは?」

「一週間くらい前かしら」

「マナミはコンピュータに強い?」

「いいえ、私が知る限り、マナミは機械に疎かった」

「アマナより?」

 ラーサは頷く。

「ありがとう。もしかしたら、分かったかもしれない。明日秘書の間を調べて、それで終わりにするよ」

「私を連れて行ってくれる約束は?」

「最後に」

「ありがとう」

 ラーサは立ち上がり、外への扉から出て行った。僕は念のため、鍵をかけてからベッドに横になる。

 ナナキは気が付いただろうか? 目を瞑っても眠れそうにないが、頭を整理するためには、一度寝たほうがいいだろう。僕はゴーグルを通して、眠りを誘う音楽をナナキにお願いした。


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