第十八話
エレベータで一階に降りて、僕はインフォメーションの前のソファに座っていた。前のインフォメーションにはタタラと、もう一人僕がまだ話したことがない女性が立っている。彼女の名前はイシダ・ミエヌといい、ミツキがここに来た日もタタラと一緒にインフォメーションにいたそうだ。あの時確かに2人がインフォメーションに立っていたのを僕は覚えている。彼女たちはずっとそこのインフォメーションにいたというので、僕が来た前後のことを覚えているか聞いてみた。
まず、僕とマナミが一緒に降りてきた。それからしばらくして、マナミが一人でエレベータに乗って上に戻った。三時間ほどでマナミはまた降りてきた。その時も彼女は一人だった。パーティの用意がほぼ整ったので、タタラとイシダは一緒に着替えてから外に出た。タタラは巫女衣装に、イシダは普段着に。着替えるためにインフォメーションを離れたのは10分くらい。すぐに2人は正面の入り口から外に出た。
もちろん、その10分の間にアマナがエレベータを使った可能性はある。が、インフォメーションに2人がいなかっただけで、左翼からは料理人がひっきりなしに行き来していたし、その時間にもし女王が降りてきてれば誰かしら気がついただろう。
タタラが僕を、ちょうど今僕が座っているソファに案内してくれたのは、パーティが始まってほんの数分後のことだ。それ以降彼女はほぼずっとそこにいた。マナミとエドが料理を運び、エドが一人で降りてくる。その後で、僕と、エド、アルセト、ギンナの4人で上に行った。
エドがマナミを背負い、アルセトとギンナが僕を担いでまた降りてきた。それから翌日まで、誰もエレベータを使ったものはいない。タタラも深夜になれば、自分の部屋に戻ったが、イシダと交代してだ。パーティが終わってから休憩していたイシダは深夜から翌日昼すぎまでインフォメーションに立っていた。
エドとアルセト、ギンナ、マナミが上に行き、エドとアルセトが戻ってきた。その後アルセトがクルドを連れて登って行き、二人共一緒に降りてきた。
もし、アマナがあの時秘書の間に隠れていたとしても、やはりエレベータに乗って降りてきたことはありえそうになかった。
そのために、彼らは「外」に行ったのだろうと結論づけたのだろうけど、僕だけは、それがありえないことを知っている。
つまり、アマナは消えてしまった。
巨大な密室の中で、女王はいなくなった。
女王が犯人にせよ、いなくなることはできない。
これが、僕がスタート地点に立つ、ということだ。この条件からこの事件を考えなければならない。
女王はどこへ消えたのか?
どうして首が切られていたのか?
その死体は誰のものなのか?
ティアマはどこへ行ってしまったのか?
タタラはティアマを殺したのか? それとも別の女王なのか?
ギンナは、なぜ殺されたのか?
疑問を列挙する。分けているが、もしかしたら同じ質問も含まれているかもしれない。あるいは、事件と何の関係のないものも。それに列挙した質問はどれも無機質だ。動機について考える必要もあるかもしれない。
そもそもこの事件の動機、目的は何なのか?
「ミツキ、いいかい?」ナナキがゴーグルを通して話しかけてくる。珍しいことだ。「さっきの女王との会話のことだけど、マナミは嘘をついてるね」
「嘘? 気が付かなかったけど」
「いや、正確には嘘じゃないかもしれない。あえて、触れなかっただけなのかもしれない」僕は何の事だろうと思いめぐらすが、思いつかなかった。「マナミはこちら側に、トイレに来ているよ。入口からマナミが出てきたので、今回は彼女の動きをトレースしたんだ。そしたら、まっすぐ外のその施設に入っていった。三回くらいかな。何か他のことをするのじゃなく、単純にトイレが目的だろうね。映像送る?」
「いや、いらない」マナミは外への扉の開け方を知っている、ということだろうか。どうしてそれを隠しているのだろう?
僕が考えていると、ガタンと音を立ててアルセトが入ってきた。ガラス張り自動ドアに両手をぶつけたからだ。走ってきたのか、息が切れている。表情も冴えない。そうだろう。彼はギンナの奥さんにギンナの死を告げてきたのだから。僕はペコリと頭を下げた。
アルセトも僕に気が付き、頭を掻いてから僕の隣に腰かけた。
「辛い役回りだな」
「ありがとうございました」僕はアルセトは見ずに前を向いたまま言った。「僕がお願いしたのですから。でも、誰かがやらなければなりません」
「ああ、その通りだ」
「先ほど、マナミと話してきました。彼女にもギンナのことを伝えて。きっと考えていなかったのでしょうね、ひどく取り乱してしまって。クルドに睡眠薬を貰って寝かしつけたところです。クルドには申し訳ないですが、ずっとあそこにいてもらっています。どうしても中には入ろうとしませんが、それでも彼女が次に目を覚ました時に、誰かがそばにいたほうがいいでしょう」
「そうだな、アマナのことがあってすぐだったし。無理してただろうしな」
「エドの仕事が終わったら、彼を上に向かわせたほうがいいですよね」僕はアルセトに視線を送った。「彼とマナミの仲は公認ですか?」
「まぁ、公認だ」アルセトは口をへの字にした。「もっとも、今の立場になってしまった以上、一緒になることはできないのだが。いや、その前例がないだけだし、そんな決まりもないのか」
「立ち入った話かもしれませんが、カティアと、3人は、血がつながっているのですか? カティア女王も結婚していないのですよね」
「父親のことか? 俺は誰が父親なのか知らんし。多くの者はミツキのように外からの使者をあの女王の間でもてなしていたんだと考えている。ティアマが生まれたのはだいぶ早かったが、アマナとマナミが生まれたのはだいぶ後年だったな」
「僕のような外からの使者が、実は多く訪れていて、だけど下まで降りてくる人は少なかった」
「想像だよ。そのほうが都合がいいし。あるいは、もしかしたら誰か中の住民を囲っていたのかもしれない。そうだな、マナミがエドを連れ込んだとしても、俺たちはそう認識しないだろう。それでもし子供ができれば、外からの使者がマナミに子供を授けた、そう考えるだろう。その程度のことだ」
なるほど、と僕は納得した。免罪符のようなものか。女王という地位を守るためには、余分な権力争いなどないにこしたことがない。守る、というよりも維持することがここでは大事なのだろう。
「さて」アルセトは立ち上がった。すでに息は整っている。「そろそろ俺は夕飯を食べに行くか」
「待ってください」僕も立ち上がる。「エドのところに行きますか? 彼にもギンナのことを伝えないといけない。いや、いずれにせよ皆に伝えることになるでしょうが、彼も最初の事件を知っている一人ですし」
「食堂に行けば、彼もいるだろう。一緒にいくか?」
「ありがとうございます」
僕たちは並んで歩き、外への道の建物の左翼側へと向かった。こちら側に来るのは初めてのことだ。といっても造りはシンプルだし、もう一つの建物でも経験しているので、困ることもなかった。くるりと囲まれた中央が大きな食堂になっていて、すでに料理が並べられ、多くの人がテーブルに付いている。
「以前から食事は無料なのですか?」僕は並んで座ったアルセトに声をかけた。
「ムリョウ、とういのがどういうことかよく分かりませんが……」
「えっと、料金……お金、という概念、分かります? 僕たちは労働の対価としてお金をもらいます」
「はぁ」眉を捻りながらアルセトは答える。「それはよく分からない概念だな。労働は労働義務であり、俺たちは食事の権利がある。他にも、娯楽施設で遊ぶ権利や、子供を作る権利だな」
良く言えばユートピアなのだろう。これで問題なくここまで回ってきているのなら、それはやはり理想郷だ。けれど、動機としてもっともありがちな、金銭を目的としている、という線は消える。
しばらく食事をしていると、アルセトがエドに気がつき、彼を僕の反対の席に座らせた。
「今日の料理も美味しいです」
「ありがとうございます」エドは丁寧に頭を下げた。「こちらで流行りものも中心ですから、口にあわないと悪いなと思っていましたが」
「こういう職業してるとね、どんなものでも食べられる時に食べる必要があるんですよ」僕は言いながら、なんだか言い訳のように感じた。「いえ、もちろん素直に美味しいと思いますよ。ボリュームもありますし」
エドはもう一度感謝をしながら頭を下げた。「それで、俺にもご用でしょうか? 例の件で、ミツキは調べているとか」
「そうですね。調べさせてもらっています。だって、僕しかあの部屋には入れませんから」
「それで、俺は何を話せばいいでしょうか?」
「女王について教えてください。あなたは、普段料理を女王のもとに届けていたのですか?」
「俺が? 直接? とんでもない。先日のパーティの時は特別ですよ。料理も特別でしたし、ちょっと説明をさせて頂こうか、と思っていたくらいの気持ちだったんで。普段はマナミが運んでました。ここの料理で、別に特別なものではありません」
「料理長になって長いんですか? そのティアマ女王の時も、あなたが料理を作ってた?」
「料理は作ってましたが、料理長になってまだ日は浅いです。先ほども言ったように、別に普段は特別な料理ではありませんから。俺らが普通に作った料理を、普通に食べてました。ティアマ女王は、聞いてるか分かりませんが、結構特殊な方で、下に降りてきて食べてるときもありましたよ。もちろん、彼女が女王だなんて気がついてない人もこの場所には多かったかもしれませんが」
「彼女の失踪の話は?」
「失踪……」エドの表情が険しくなる。「そうですね、彼女も外へ出て行ってしまわれた。それで、アマナが女王になった時、やはり女王の間で極力過ごすべきだ、という話になりました。俺も当時は下っ端とはいえ、ここで働いていましたから、そう聞いています」
「そこら辺の話が、資料室にまとめられていると聞きました。鍵がかかっているそうで、その鍵が秘書の間にあるそうです。できれば、この食事の後でその鍵を取りに行きたいのですが」
「ええ、もちろんいいですよ」エドは笑顔で答えた。「ですが、それなら直接ギンナに話したほうが早いでしょう」
「そうですね、それも含めて、エレベータで話します」僕の口調が自然だったせいか、エドはそれ以上特に何も聞いてこなかった。