第十七話
僕がティアマを知っていたことにマナミは驚いた表情を見せた。僕はここに来てまだほんの数日しか経っていない。その上、僕の歓迎パーティで殺人事件が起きた。マナミに事件の調査の許可を得たのは昨日のことだ。
「驚いたぁ」マナミは表情をそのまま言葉にした。「もちろんいくらでも話せるけどぉ。それって事件と関係あるの? あまりいい話じゃないと思うし、わたしにとっても、ここにとっても」
「事件と関係があるかどうかはまだ分からない」
「ティアマは、わたしとアマナの姉よ。歳は、だいぶ離れていて、姉なんだけど、親のような人だった」椅子に座ったまま、マナミは話を続ける。「ほら、本当の親はわたしたちが子供の頃ここの女王だったわけだし、だから、ここから出てくることなんてほとんどなかったから。もちろん、子供の頃はそういう大人の事情を理解してたわけじゃないし、ティアマは姉だけどとても面倒見がいい人だったから、大好きだったわ」
「ティアマも女王だったの?」
そうよ、とマナミは答えた。「アマナの前の。アマナが女王になったのが1年位前で、その前の10年くらいかしら」
「女王がアマナに引き継がれた」
「ティアマは、外に行ってしまったから」
「外? 外って、つまり」僕は、僕が入ってきた扉を見た。「あそこから出て行ったってこと?」
「そう言われているけど」少し考えてからマナミは言った。「でも、おかしなところがたくさんあったのよ。だけどあの時はミツキのような人がいなかったから、一番もっともらしい解釈だったし、わたしも、アマナも納得するしかなかった」
「女王は失踪した」
「ティアマは、だいぶ変わった女王だった。アマナみたいに、落ち着いていなかったし……どちらかと言うとわたしみたいな? アマナは親の、ティアマの前の女王カティアによく似ているのよ」
「少し整理させて。カティア女王、ティアマ女王、アマナ女王、そしてマナミ女王。順番はあってる?」
「正解」
「じゃあ、マナミの次は、ナミナントカ女王?」
「そうなるのかな。でも、残念ながらわたしにはまだ子供がいないから、どうなるのか分からないけど。そう考えると、今まで順調に女王がいたのって、結構すごいことなのよね」
多分、そういうことも女王の仕事なのだろう。
「それじゃあ、父親は?」
「分からないわ」僕の質問にすぐマナミは答える。「誰も結婚してないし。誰と……通じていたのか分からない。もしかしたら、ミツキみたいな外からの訪問者なのかも?」
「ティアマは、変わった女王だったって言ったよね。例えば?」
「女王って、基本この部屋で過ごすことになるんだけど、結構外に出てくる人で。クルドやアルセトも最初は諌めてたみたいだけど、まぁ、ずっと引きこもってるよりは健康的だし、そういうのも悪くないのかなって。実際はそれが良くなかったってことになって、アマナはずっと女王の間で過ごしていた」
「うーん、なんか想像できないな。といっても、僕も全然ここのこと理解できてないんだけど。ティアマって外で何をしてたの?」
「説明して分かるかどうか分からないんだけど」前置きしてからマナミは続ける。「ティアマは、この世界のことを明らかにしようとしていた。例えば、ここから娯楽施設までって、この世界のたった四分の一しかないんだけど、わたしたちはその中で生活をしている。それ以外の部分って、実は全然知られていないの。ティアマは預言という形で、ここ以外にも集落があることをみんなに伝えた……公式には、その預言は外れたことになってる。だけど、わたしたちみたいな、ここの建物に勤めてる人たちや、当時一緒に探検をした人たちは、預言があっていたことを知ってる」
「別の集落があった。そして、そこの住民はみんな死んでいた」
マナミはもう一度びっくりした表情を見せる。「やだミツキ、もうそんなことまで知ってるの? それで、死んでいた、っていうのはどちらの表現で聞いてる?」
「一人だけ生き残っていたけれど、疫病のために、クルドがその最後の一人を殺した」僕はまだ入り口のところに経っているクルドに視線を送ってから続ける。「たどり着いた時、生き残っている人はいなかった。そして、それはだいぶ過去に失われていた。クルドは真実は後者だと教えてくれたけど、もしかして彼の自己保身?」
「クルドは、そんなこと考えてないわ。常に私たちのことを考えてくれる、自己犠牲の強い人よ。そうじゃなきゃ、自分が最後の住民を殺した……もちろん、疫病を流行らせないため、という理由が付いているけど、そんな人物にならないでしょ? 彼らは、何世代も前に滅んでいた。もしかしたら疫病が流行ったのかもしれないけれど、もしそうなら、きっとわたしたちにも感染して、同じ頃に滅んでいたでしょうね。あれを最初に見た時、考えられたのは、わたしたちの祖先が滅ぼした、という事実。自己保身は、女王側のことね」
なるほど、と僕は納得する。クルドが先ほど見せた表情は、僕がまるで的はずれだったからなのだろう。
「それから当時わたしのような若い女性を中心にして、時々あそこの施設を訪れて、悼むようにしたの。最近はあまり行けてないんだけどね」
「タタラが続けているって言ったよ」
「タタラちゃん? あの子真面目よね」妙に頷いてからマナミは言う。「多分、わたしなんかよりずっと真面目。仕方なくわたしはここにいるけど、もう本当にどうしていいんだか分からないもの」
「ティアマ女王は、その後どうなったの?」
「それからしばらく、この施設の資料室に篭ってたわ。古書がいっぱい納められているの。そんなことは自分たちがやるからってアルセトたちも言ったんだけど、まぁ、変わった女王だったから。それで、突然の失踪」
「それで、アマナが女王を引き継いた」
ええ、とマナミは続ける。「そこら辺の経緯のことは資料室に行けば分かるだろうし、ミツキも専門だものね。鍵が掛けてあるけど、ギンナに言えば秘書の間に置いてあるから」
マナミの言葉に、僕は頭を揺さぶられる。そうだった、僕はギンナのことを伝えるためにそもそも女王の間に入ったんだった。
「その、ギンナのことなんだけど」僕は一呼吸追いてから続けた。「彼も、殺されてしまった」
マナミの悲鳴が響いた。