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女王の密室遊戯  作者: なつ
第三章 二度、殺人は起きる
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第十五話

 エレベータに乗り込み、僕は今まで意識的に見ていなかった後ろ側を見た。建物の背後であるが、ただひたすら木が植えられているだけのようにしか見えない。機械的なものよりは光合成を利用することで酸素を作り出すほうがいいのだろう。だが、あまり広くない施設なのだから、下手をすればすぐに大気のバランスがずれてしまう。それを元はここと、もう1つの建物とで調整をしていた。けれど、あちらの建物が放棄されてかなりの時間が経っている。今でもうまくいっているのは、もしかしたら奇跡なのかもしれないし、案外多少のバランスのズレは影響ないのかもしれない。

 すぐに視界は失われ、上空の建物に着いた。アルセトが先導し、僕は秘書の部屋の前に来た。ノックをしてから手をかざすと、自動的に扉が開く。背後から部屋を見ると、空間的に女王の間と同じくらいの広さはありそうだが、ものが溢れて狭く見える。右手、つまり方向的には女王の間に面している方に、僕がここでエナジーの補給をした施設同様の機械類や、大きなディスプレイの付いたコンピュータがたくさん並んでいる。そのディスプレイには隣の女王の間が上から映されている。正面の奥にも扉が見えていて、今はそちらの扉は閉まっていて中は見えない。部屋の左手にも同様の機械類がコの字型に連なっていて、その一番奥のところにギンナの後ろ姿が見えている。スーツ姿は二日前のパーティの時と同じ格好だ。僕達が部屋に入っても、彼はずっとそこの椅子に座ったままだ。動かない。

 動かない、全く。

「アルセト!」僕は叫びながら、すぐにギンナに駆け寄った。椅子に座り、上半身を前に投げ出している。顔は、くるりと左を向き、その口元にはすでに干からびたよだれの跡がある。目は見開かれ、一切動かない。僕はその伸びた上半身の左手首を握った。鼓動は……感じられない。

「死んで、るのか?」アルセトは扉のところで動けず、立ち尽くしていた。「おい、どうなんだ、ギンナは、殺された、のか?」

「分からない。僕には、そんなこと分からない」僕は首を振る。「でも、間違いなく死んでいる。急いでクルドを呼んできてくれ。彼なら死因が分かるだろ」

「わ、分かった」震えた調子でアルセトが答える。そのまま震えた足取りで彼は部屋を出て、すぐにエレベータの起動音が聞こえる。

 僕はギンナを見る。見たところ、外傷は見当たらない。服にも血の跡のようなものは見受けられない。僕は呼吸を整えてから、周りを見る。ディスプレイとキーボード。ディスプレイの数とキーボードの数が同じくらいある。が、今はディスプレイに何も写っていない。僕は女王の間に面したディスプレイを見た。今の様子か分からないが、女王がベッドに寝転び眠っている足が見えている。もぞもぞとその足が動いている様子も分かるので、そういう意味では安心だ。僕は左を向き、奥に付いている扉を見た。念のため、同じような罠が仕掛けられていないか注意しながら扉を開ける。

 開けると、中は普通の部屋だ。女王の間に比べると質素だが、それでもひと通りのものが揃っているように思える。僕が泊まっている部屋と同じようなソファや、ベッド。それに、更に左手奥に扉があり、そこを開けるとトイレと浴槽があった。マナミがここで生活していたのだろう。僕は彼女の部屋を出て、さらに外のエレベータが見えるところにまで戻った。

「ナナキ、あのコンピュータ、分かりそう?」僕はゴーグル越しに聞いた。

「単純そうだね。接続端子をつなげるところがどこかにあるだろうから、それをつなげばシステムの解析にはそれほど時間もかからないと思う。ただ、パスワードがあるかもしれないな。否、パスワードも当時の技術レベルのものならすぐ解除できる」

「もしここにあの機械を使いこなせる人がいないなら、その時はお願いするかもしれない」

「ミツキが使ってることになるけどね」

「人の家で饗応するって?」

「人の褌で相撲を取る、だな」

 僕がこんな状況でもナナキの変わらない様子に安心し、頬をゆるめた。エレベータの作動音が聞こえる。しばらく待っていると、エレベータが到着し、中からアルセトとクルドが出てきた。その顔は真剣であり、眉間にはシワが寄っている。僕はすぐ中にクルドを案内した。

「ざっと、傷跡がないから、もしかしたら毒かもしれない」

 僕の言葉が聞こえたのか、クルドは慎重にギンナの様子を観察する。右から左から観察して、僕と同じようにその左手首を握り持ち上げた。それから重力に負け垂れ下がる手を見る。その視線がまっすぐ、手が元あった辺りに落ち、同じように置かれたままの右手をどかす。据え置きのキーボードだ。そのボタンを1つ押す。

「これだな」ギンナが僕に見るよう促す。僕は近づいて、彼が押しているボタンを見た。Fがその表面に印刷されており、そのすぐ上側に、鋭い針が伸びている。「成分はきちんと解剖しなきゃ分からんが、その針が指先に刺さり、毒が回ったのだろう。彼がこれを調べ始めたのが何時頃かは分からんが、ある種、時限装置と言えなくもない」

「つまり、ギンナを殺すための、計画的な殺人、ということ?」

「殺す目標がギンナだったのか、マナミだったのかは分からん。二日前までは、ここの部屋は彼女が使ってたんだ」

「彼女が使えていたなら、ギンナがここを使うこともなかったんじゃ?」

「それもそうか」

「アルセト」僕は部屋の外で立ち尽くしているアルセトに声をかけた。「ギンナがここでコンピュータについて調べることになったのは偶然? それとも必然?」

「うーん、難しい質問だな」アルセトは考えながら、ギンナに視線を送る。「俺とギンナとエドとクルドとで現状の話し合いをして、マナミに女王になってもらう算段をして、必然的にこの部屋のことをマナミから聞いたんだが、彼女はまるっきり理解できてないようだったからな。まぁ、彼女みたいに理解ができていなくても、ミツキが入ってきているし、問題ないんだろうけど、使い方がわからないのは、それはそれで問題があるかもしれないって話になって、で、そうなると一番強いのはやはりギンナしかいないから」

「他に機械に強い人は?」

 僕の質問に、アルセトもクルドも首を振る。つまり、彼を予め狙っていた可能性はある。あるいは、マナミか。その針がいつ仕掛けられたのか分からない。調べて分かるものなのか。

「警察に、届けたほうがいいのでしょうが……」僕は言ったものの、はたと気が付き顔をあげる。「警察、という概念はあるでしょうか?」

「聞いたことはあるな。習ったことはある。だが、ここにその概念のものはない」クルドはアルセトを見て続ける。「一番近いのは彼だろうね。職業は掃除屋なんだけど、まあ警備や、ちょっとした問題ごとの解決も彼の役割だ」

「俺が? これを、どうしろって?」

「いえ、何でもありません」僕はため息をつく。けれど、きっと今までは平和そのものであり、必要もなかったのだろう。「彼の死を、奥さんに知らせなければなりません。それをお願いすることになります」

「俺が? な、なんて伝えればいい?」アルセトは突然の任務に気が動転している。「ギンナが、殺された? 誰に? いつ? どうして? それを伝える?」

「伝えるべきは、彼の死だけで今は十分でしょう。仕事の途中で、事故で亡くなった。今は原因を調べている。とにかく早く伝えるべきだと思い、こうして伝えに来た。彼の遺体は、クルドが今調べている、くらいでしょう」

「わ、分かった。すぐに、行ったほうがいいよな」

 お願いします、と僕は言うと彼は走るようにしてエレベータに掛け乗った。一秒でも早くこの場から立ち去りたかったのだろう。僕はそれを確認した後で、もう一度クルドを見る。

「女王にも、知らせたほうがいいでしょう」

「そうですね、そうでしょう」クルドは頷く。それから壁面に付いているディスプレイを見るが、そこに映っているのはベッドに眠っている女王の姿だ。天蓋がついているのでその足先しか見えていないが。「起こすべきでしょうが、外から声をかけるだけで起きてくださるかどうか」

「その前に、少し聞いていいでしょうか?」僕は部屋を出て、女王の間の前に来たところでクルドに向き直った。クルドも同じように立ち止まり、何だ、という表情をする。「女王のことです。マナミではなく、アマナ女王について。あなたは以前からアマナ女王のことを知っていた……知っていた、というのは体調管理、健康管理をするためにこの女王の間に入っていた、という意味です」

「その通りだが。まぁ、老いぼれだからな。彼女も警戒する必要ないだろう」

「いえ、失礼、肉体的な話ではありません」クルドが誤解をしたようで、僕は頭を下げた。「アマナの容姿についてです。僕が彼女と会っていたのは、ほんの数分の間だけです。その間だけですが、その瞳に強い力があった。あの瞳や、あとあの長い髪は、本物でしょうか?」

「ああ、そのことですか。瞳はもちろん、もともと白色じゃない。王女の伝統だとでも思ってもらえばいいかな。昔から女王の瞳は白い。もしかしたら初代は本当に白かったのかもしれないが、少なくともアマナの瞳の色は、髪と同じ黒だ。そして、あの髪は本物だと思うが」

「……ここで見つかった死体が女王のものでない、というのはどういった点からでしょうか?」

「単純に大きさが違う。体の作りや、胸のサイズもね。もちろん血液を調べたが、女王とは違ったし、遺伝情報も異なっていた」

「……すべての住民と?」

「ああ、ここの住民の誰とも異なっている。となれば、残されている可能性は、ミツキのような外からの人間ではないかと思うのだが」

「すべての住民のデータがここには揃っているのですか?」

「過去も含めてね」

「すべての、というのは、こちら側だけじゃなく、もう一つの、ここから120度離れた場所に位置するあの建物の住民も含みますか?」

 クルドの目が鋭くなり、僕を睨む。けれど、恐怖を感じるほどでもない。おそらく、あの建物のことは、この建物で働いている者からすると、公然の秘密であるはずだ。そしてそれを知られたからといって、問題になるようなことでもない。

「含みますか?」僕はもう一度聞いた。

「いいや、含まない」クルドの目は再び穏やかになった。「というよりも、あれを発見した時、すでにすべての住民はいなかった」

「タタラは、一人だけ住民が生きていたと言っていました」

「それは嘘だ」クルドは首を振る。「いや、嘘というよりも、そうしたほうが都合が良かった、というのが本当だな。タタラから聞いている話はだいたいこちらが用意した内容そのものだろう」

「一人だけ生き残っていて、それをあなたが殺した。疫病を流行らせないためだと」

「それは真実ではないよ」クルドは同じように首を振る。

「僕は、それが嘘だろうと分かっていました」僕は正直に告白する。「だって、そうでしょう? だとしたらあそこに骨と服がそのまま残っているはずがない。見つけた時点でああなっていたはずだ」

「その通り」クルドは間をあけてから続ける。「やはり、自ら手を挙げて問題を解決しようとなさるだけのことはある。行動力もあり、洞察力もある。タタラだって、同じ光景を見たんだから、おかしいと思ってもいいはずなんだけどもな。もっとも、それがここの住民の良さでもあるが」

「どうしてそんな嘘を?」

「簡単に言えば、そのほうが都合がよかったからだ」

「あちら側が全滅した、そう思わせたかった」

 クルドは答えなかった。僕から視線を外し、その目は女王の間の扉を見ている。僕にはそれが、演技なのか、分からなかった。


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