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女王の密室遊戯  作者: なつ
第三章 二度、殺人は起きる
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第十四話

 僕は体に重圧を感じて目を覚ました。ルシナがちょうど下腹部に載っている。彼女は他の起こし方を知らないのだろうか。そして、相変わらず僕は、鍵を掛けずに寝てしまったようだ。不用心といえば不用心だな。

「おはよう」

「おはよう、ミツキちゃん」彼女は笑顔になり、僕から降りた。昨日と違い、今日はシンプルなTシャツを着ていて、下はハーフパンツだろうか。「相変わらず可愛い寝顔ね。私よりもねぼすけさんなんて、ミツキちゃんは何歳なのかしら?」

「寝る子は育つんだよ」僕はあくびをしながら上半身を起こした。驚いたことに、そこにいたのはルシナだけではなかった。部屋の隅に、申し訳無さそうにラーサが立っている。僕は驚いてお辞儀をする。

「ほら、ラーサちゃんが話したいって言うから連れてきたんだけど。全然彼女近づこうとしないんだよ」

「それが普通なの」僕はルシナの頭に手をおいた。「普通眠ってる人の部屋に入ってこないし、まして上に乗るなんて、考えてみると結構なことだよ。寝起きってあまり見られたくないものだしね」

「ミツキちゃんは可愛いからいいでしょ」

「全然良くないよ。これでも結構寝ぐせがひどい方でね。できれば顔を洗ってきたんだけど」

「しょうがないなぁ」

 僕はなぜかルシナの許可を得てから洗面所に移動した。ゴーグルを外して顔を洗う。それから髪を少し整えてからゴーグルをもう一度付けて、部屋に戻った。ルシナとラーサが部屋の隅で笑い合っている。僕はルシナに声をかけて、アルセトを呼んでくるよう頼んだ。

「またパパにご用なの?」頬をふくらませていたが、何故かその後は笑顔で彼女は部屋から出て行った。僕はソファに座り、正面にラーサも座るようジェスチャーをした。

「まだ生きてたのね、よかったわ」

「しぶといもので、ただじゃ殺されないよ」

「でも、不用心だわ。警告してあげたのに、部屋に鍵すらかけてないじゃない」

「警告が的外れだったのかもしれないよ。どうして僕が殺されると思ったの?」

「彼らに必要なのは、あなたの遺伝子だけだもの。あなたが拒否すれば、強行するかもしれない」

「拒否しないかもしれないよ。僕も、ずっと1人で旅してたから」

「拒否しないタイプに見えないわ」

「まだ、迫られてないけどね。あっちも様子を見てるのかもしれない。だけど、それはラーサも同じじゃないの?」

「私は密入だから。彼らには理解ができない存在よ。だから、私の遺伝子でもいいなんて、彼らは考えもしないこと」

「ラーサは、ここと同じような、もう一つの建物から入ったの?」僕の突然の質問に彼女の瞳が大きくなった。

「あら、もう見つけたの? ミツキって思ったより冒険者なのね」

「そうじゃなきゃ、こんな場所まで来ない」

「そうか、それもそうね」ラーサは一度考えてから大きく頷く。「正解。私はあっちの入り口から偶然入った。ちょっと無理矢理だったけど、私の技術があればどうってことなかったわ。でも失敗だったのは、ちょっと電気を通して下まで降りてきたものの、下からはまるでコントロールできなかったことね」

「あっちの建物をひと通り見た?」

 彼女は僕の質問に、言葉を止めてから頷いた。僕の質問の意味が分かったのだろう。「おそらく、あそこで殺しがあった。多くじゃない、ただ1つの」

「部屋の位置的に、ちょうどここだよね」僕はそれから窓の外を見る。「あその池のところで」

「胸を刺されていた。多分、正面から。でも、抵抗した跡は見られなかった」

「その同じ場所にたくさんの骸骨があったけど」

「ええ。でも、それはもっと過去の出来事で、とても私には判断ができないことだわ。だけど、一つだけ残っていた肉体は、明らかに人為的な殺人だった」彼女は今まで見せたことがないほど顔をひきつらせて、震える。「分かる? 私がどれだけあそこで警戒していたか。震えて、震えて。でも、明らかに人の気配がない。だから私はあの場所からこちらに。もちろん、こちらにこんなにも素敵な場所が広がってるなんて想像もできていなかったけどね。それに、ここの人たちだって、びっくりするくらい素敵な人ばかり。私が警戒してるのに、そんな必要も全くないくらい無警戒で。私には理解できない。ここに人を殺すような人がいるなんてことが」

「それからまたその施設に戻ったことは?」

「まさか」

「それじゃあ、今その死体がなくなっていることを知っている? 僕が昨日あそこに行った時、そこに死体なんてなかった」

「まさか」同じ文句をラーサは繰り返す。「まさか、そんなことってあるはずがない。あれが本物の死体だって、私は確認したし……誰かが、移動させた?」

「それしか考えられない」

「ミツキが嘘を付いている可能性もある」

「僕が?」予想外の反応に、僕は驚いた。「何のために?」

「そんなの分からない。だけど、もしミツキが本当にそこに死体がなかったことを知っているなら、もともとそこに(、、、、、、、)死体があったこ(、、、、、、、)とを知っていたはず(、、、、、、、、、)じゃない。そうじゃないともっと早くに私の言葉に驚いたはずだわ」

「そう言わればそうだね。うん、僕が怪しい。だけど、あそこに死体があって、それがなくなった、という話を僕はもうすでに聞いているんだ」ラーサは目を開き、僕を睨むように見ている。「こちらの世界と繋がっていないかと思ったけど、そうじゃない。僕は昨日、タタラとあっちで出会って、一緒に戻ってきたんだ」

「あのインフォメーションの子?」僕は頷く。「でも、あの子が知ってたような様子はなかった。違う、そんな探りを入れてもいないし、例えそうだとしても分からないか」

「それで、1人で死体を運ぶとなると厄介だろうね。簡単な台車があれば話は別だろうけど、そのようなものが使われていた形跡がなかった」

「死体の消失に複数の人が関わってる?」

「その可能性が高い」

「何のために?」

 僕は首を振った。「それが分かるなら苦労しないよ。だからラーサに聞いて確認したいことがあるんだけど、その死体、まず、女性のものだった?」

「ええ、そうよ」眉間にしわを寄せて思い出しながらラーサは続ける。「女性、多分、私よりも上。成人していたと思うけど、それほど高齢でもないと思う。それに確認した、と言っても、ちょっと触っただけ。胸から出ていた血は固まっていたし、もう黒かった。服は、ワンピース、といえば聞こえはいいかしら」

「顔は?」

「まるで、ただ眠っているだけのような……私も、一瞬本当にそう思ってしまったくらい、安らかだ、と思った。短いシルバーの髪で、目は閉じていたから分からない。どちらかというと面長で、可愛いというよりも、きれいな女性だと思った」

「顔はあったんだね」

「?」僕の言葉の意味がわからずラーサは首をひねった。「当たり前じゃない。彼女は胸を刺されて殺されていた」

「自殺の可能性は?」

「胸を、自分で?」

 僕は自分の手で胸を叩くジェスチャーをした。

「それなら、きっとナイフを握っていたでしょうね」ラーサは首を振る。「でも、彼女は両手とも降ろしていた」

「他に、特徴的なところはなかったかな。例えば、ほくろのような」

「うーん、そうねぇ。あまりちゃんと見てないけど……そう、確か、左足のくるぶしの辺りにちょっと大きな傷があった。他の部分は本当にきれいだったから、どうしたんだろうって思ったもの」

「うん、ありがとう」

「何々? これで何か分かったの?」

「最後の質問。彼女は女王ではなかった?」

「女王って、アマナのこと?」僕は頷く。ラーサは目を上に向け、思い出しながら答える。「そんなことないと思うけど。私、女王の姿を知らないから、断言はできないわ」

「うん、これで十分」

「それじゃあ私からも質問させて」彼女は真剣な表情のまま、僕に言った。「私を女王の間に連れて行く約束、忘れてない?」

「覚えてはいるよ」僕は答えた。

「ありがとう。それで十分だわ」彼女は微笑むと立ち上がった。「それに、これ以上長居したら邪魔でしょうし、アルセトも来るのでしょ。この施設で働いてる人のことは警戒しておかないといけないしね」

 ラーサはそのまま外への扉に向かった。そこでもう一度振り返りお辞儀をする。彼女も僕と同じで、こちらの世界にたまたま立ち寄った。僕がこちら側から入り、女王やここの住民のもてなしを受けたのに対し、彼女は、考えてみると結構大変な思いをしたのだろう。

 僕がソファで状況を整理していると、建物側の戸がノックされて、昨日と同じ格好のアルセトが入ってきた。もしかしたら、違う格好なのかもしれないが、僕は彼の細かな服まで覚えていないのだから仕方がない。

「何か用事があるのかな?」アルセトは僕のすぐそばまで来て立ったまま言った。「今日も娘に頼まれたんだが。といっても、おそらくは事件のことだろう?」

「話が早くて助かります」

「女王からお触れが出たからね」

「アルセトは、あれが誰なのかって昨日言っていた。クルドに調べてもらって、結果、あれがアマナ女王じゃないと分かった。それじゃあアマナはどこへ行った? そしてあれは誰?」

「アマナ様は外へ行ったんだろ」

「外とは?」

「ミツキが来た所だ。あっちにはまた別の世界が広がっている、俺はそう睨んでいるが」

「女王の力を持ってしても、あそこから出られないとしたら?」

「そうなのか? それじゃあ、どこへ行ったんだ?」

「あそこの部屋は物理的に閉じられているわけじゃない。アマナがあそこのエレベータを使って外へ出た可能性もあるのでは?」

「彼女が?」アルセトは口をへの字にする。「そんなことしたらパニックになる」

「変装していれば分からないだろうし、多くの住民にとって、女王の姿さえ、未知のものなのじゃないですか?」

「まあ確かに姿を知っている人は少ないだろうな。だとしたら、ここから抜けだして、建物から外に出てしまえば、隠れることができる、か」

 僕は頷く。

「だが、当日はミツキの歓迎会のために、多くの人が出入りしていた。正面の広場には人が集まっていたし、エントランスにはインフォメーションにタタラもいた。ミツキが挨拶をしていた時だって、完全な無人にはなっていない」

「そして誰も、見ていない?」

「エレベータ自体、使うことはそんなに多くないからな。毎食を女王……マナミが運んだり、時折クルドが検診で伺ったりするくらいだ。だから、不謹慎かもしれないが、エレベータが動くとつい見てしまうもんでな。それにそこの広場からなら、エレベータの中だって見える。不自然なタイミングで動いていたなら、気がついているだろう」

「となると、やはり女王はあそこから出ていない。つまり、僕が見た女王が、アマナじゃなかった可能性もある、ということか」

「いやいや、それこそありえないだろ。そのためには前もってあそこに忍び込んでなきゃならないし、俺たちみんなを欺かなきゃならない」

「アマナ女王の特徴、どんな顔をしてた?」

「それは、マナミ女王によく似ているな。元の髪の色は違うだろうけど、真っ黒の髪で、それが腰くらいまで伸びていて。瞳は真っ白。もっとも、それはコンタクトのせいかもしれないが」

「髪もかつらかもしれない。けれど、マナミとアマナは似ている?」

「ああ。同じ格好をすればそっくりだ」

 それなら、僕が会った女王はやはりアマナであり、彼女はあの女王の間で消えてしまった。いや、僕はあの空間内でまだ見ていないところがある。女王の間の隣にもう一つ部屋があった。ああ、そうだ、と僕は思い出したかのようにアルセトに言った。

「女王の間の隣に、もう一つ部屋があるだろ? 確か秘書が使ってる……マナミが使っていた部屋だと思ったんだけど」

「今はギンナが使ってるよ」アルセトが答える。「あそこの部屋は秘書の間と呼んでいるんだけど、使いこなせそうなのはギンナしかいない。というか、マナミも秘書の時使ってたはずなんだけどな、まるで理解してないみたいで」

「ギンナ? て、オーナーの?」

「ああ。彼くらいしか機械に強い人がいなくて。機械というよりも、プログラム的なことだと思うんだが、俺はどうもよく分からなくてね。多分泊まりきりでずっとあそこにこもっている」

「昨日あの娯楽施設に行ったら、ギンナが戻ってきてないって言ってたな」

「臨時休業な。遊びたかったのか? それはすまなかった」

「うまく話が伝わってなかったみたいだったけど」僕は、僕が知ってるんじゃないか、と思われていたことを思い出した。「まるで僕が伝言役だったみたいだけど、全然知らなかった」

「電話で連絡してたはずだけどな。いや、うまく説明できないか。彼の奥さんはあまり機械に強いほうじゃないからなぁ。説明しても分かってもらえないかもしれない」

「まあいいや、とにかく、ちょっとその部屋を見たいんだけど、いいかな?」

「そうか、分かった」組んでいた腕を解いて、アルセトは頷いた。「よし、それじゃあすぐに行くか?」

 僕はもちろん、と答えた。


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