第十三話
タタラとの帰り道、彼女は彼女が知っていることを多く話してくれた。けれどその前に、帰り道についてだけど、僕が通ってきた木々とはやや離れた所に、確かに人が歩いていたような跡があった。その小道は娯楽施設の背面につながっていて、あまり大きく開けてはいないが、完全に閉ざされているわけではないことに気がついた。もちろん、これは後で見てわかったことであって、もし先にここを見たとしても、それがまさかこちら側に通じている道だとは思わなかっただろうけども。
それで、結局僕の部屋までは5時間くらいかかったのだけど、その間に彼女と色々と話をした。余分な会話も多いけれど、重要な所を簡単にまとめてみる。
まず第一に、あの場所が見つかったのは、今から十年ほど前のこと。年、という単位を注意深く聞いてみたが、どうやら地球のものと同じ感覚で正しい。あの慰霊の言葉を記したティアマが女王となり、彼女の言葉通りの場所に「外への道」とそっくりな建物があった。実のところ、今よりもずっと荒れていて、そして重要な事だが、生きている人がそこにいた。だが、死んでいる人の方が多かった。クルドはすぐに、それが疫病によるものだと分かり、彼は死体を一箇所に集めて燃やした。それがあの池の所だ。そして、タタラは言葉を濁していたが、生きていた人を薬で殺し、同じように燃やした。生きていた、と言ってもかろうじてであり、ほとんど死んだ状態で、ベッドに寝かされていただけだ。それならば、という判断だろう。僕がそのことについて意見を述べるのは筋違いだ。それに、ここのような閉鎖された場所で疫病が流行すれば、それは絶滅につながる。
それからここの住民の若い女性たちが、月に一度くらいのペースでここに来て、簡単な掃除をしたり、なにか変わったことが起きていないかを見に来ていたのだが、人もいないその場所に変化など起きようはずもなく、次第にその回数が減っていった。タタラがその仕事を始めたのはこの施設でインフォメーションの仕事にも慣れ、今から三年ほど前のこと。先輩方から以上の話を聞き、驚きつつも冷静に、彼女は訪問の仕事を引き継いだ。それで今ではほとんどタタラくらいしかその仕事をしているものはいなかった。
だから、以下のことは彼女しか知らないことだ。
タタラはあの場所で女王に会った。女王が、あの池の畔に立っていた。まさか人がいるとは思っていなかったので、タタラは驚いた。が、女王は悠然と佇み、タタラを招いた。女王は言った。
「もうすぐ、私は殺される」
その告白にかかわらず、彼女に動揺している様子はなかった。タタラは、女王がすでにその時、殺される前に死のうとしているのだと理解した。当然、タタラは女王を思いとどまらせようとしたが、無駄なことであった。すでに心に決めている女王にとって、タタラという小娘の言葉など、海に浮かぶ一枚の羽のようなものだったのだろう。
「それで、女王の自殺の、手伝いをした?」僕が聞いたが、タタラは答えなかった。答えなかったのは、おそらく手伝いをしたからだろう。だがそれもクルドの判断と同じことだ。僕がそのことで意見を言うのはふさわしくない。タタラは女王が死ぬ所を見ていた。そして、まさにあの池のところで、彼女は死んだ。だから、女王の死体はあそこにあってしかるべきだった。
だが、彼女の死体はそこになかった。
僕はタタラとインフォメーションのところで別れて、自分の部屋に戻ってきたところでナナキに声をかけた。
「聞こえているよ」ナナキがいつもと同じ調子で答える。「タタラが嘘を付いているようにおもえないけれど、矛盾だらけのストーリーだね」
「うん。その通り」僕は戻ってきた足でそのままベッドに腰を掛けた。「でも、どうして彼女はそれが女王だと信じたんだろう? 彼女が名乗ったから?」
「ミツキ」単調な口調だが、僕はその声であることに気がつく。「気がついたかもしれないが、それはミツキにも当てはまる。もっとも、あの時彼女は自分が女王とは名乗らなかったが」
「つまり、僕が女王の間であった女性が、偽物だったかもしれないってこと?」
「どちらかが。あるいは、両方共偽物だったのか」
「でもそんなことってあり得るのか?」
「あそこの扉を開けるのは機械的なシステムだろう。機械に詳しいものがいれば、不可能ではないことだ」
「もし、彼女が会ったのが偽物で、僕が会ったのが本物の女王だとしたら」僕は状況を整理しながら考える。「彼女が出会ったのは、何者なのだろう。しまったな、もっとその時の女王の姿について聞いておけばよかった。いや、それじゃ判断できないか。女王の本当の姿を知っているとしたら……マナミとクルドくらいか」
「もしも反対に、ミツキが会ったのが偽物なのだとしたら」ナナキが分析する。「少なくともマナミが嘘を付いていることになるな」
「何のために?」そんなことナナキに分かるはずがない。それに「だとしたら、僕がこの事件を調査することを認めてくれるだろうか?」
「第三者の判断がなければ、この場合僕は含まないよ、どちらの女王が偽物なのか、あるいはどちらも偽物なのか、判断できない」
「どちらも本物の可能性は?」僕は疑問を口に出す。「つまり、タタラが会った女王も本物であり、僕が会った女王も本物だった。タタラにはアマナと名乗ったけれど、先代のティアマ女王だったとか」
「可能性なら何とでも言える」
その通りだ。結局やはり考えても分からないことだ。女王の普段の姿について、もっと多くの人から聞かなければならないだろう。
「それよりもミツキ」ナナキが話題を変える。「その前の話、あそこにいた住民に疫病が流行ったという話だけど、あれが嘘だと気がついた?」
「嘘?」僕が頭をひねる。
「いや、嘘、というのは正しくないか。おそらくタタラは嘘だと思っていない。タタラがそう聞かされて、そうだと信じているのは本当だろう」
「矛盾があった?」
「あっただろう?」ナナキに言われて、僕はタタラの話を思い出す。「死体を燃やしたとタタラは言ったが、あそこに燃やされていた跡はなかった。服もそのまま残っていたじゃないか」
「実際は、燃やさずにあそこに死体を集めただけ、か。でも、人間の肉ってそんなにすぐに無くなるものなの」
「野生動物が多くいれば一ヶ月もあれば十分だろう。だけど、どちらかと言うと微生物だろうね。あるいは分解を促進する薬かもしれない。そうしないとこのような施設では年月とともに死体で溢れてしまうだろうし」
「なるほど。でも、どうしてだろう?」
「女王の権威を高めるためか」
「ありがちな思想だけど、そぐわない気もする」
「あるいは、女王を殺すための、下準備か」
僕はゾッとする。だが、いずれにせよ、それは起きた事実だ。実際に女王は殺され、あるいは自殺した。そして、それは誰かの、あるいは多数の意志によるもの。
とにかく、時間をかけるのは得策ではないだろう。明日はもっと皆の話を聞き、女王の間の仕組みを理解したほうがいいだろう。
僕はそのまま横になり、目をつぶった。
目をつぶると、女王の姿が浮かぶ。真っ黒な髪に、真っ白な瞳。その冷たい瞳が、僕をまっすぐ見ている。彼女はあの時、すでに自分が死ぬことを分かっていたのか。いや、少なくともあの死体は、彼女のものではなかった。もしかしたら僕が会った女王は、まだどこかで生きているのかもしれない。
分からない。
さっぱりどういうことなのか理解ができない。
いつの間にか、僕は眠りに落ちていた。