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女王の密室遊戯  作者: なつ
第二章 この世界で、消えた女王
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第十一話

 僕は建物からの道をまっすぐ歩いている。遠くに見えている娯楽施設が、少しずつ近づいてきている。この位のペースで歩いたとしても、2時間くらいでたどり着けるだろうか。ざっと10キロ弱くらいだ。そう考えると、円周はわずか40キロしかない。半径にして6km。ということは、地球と同じくらいの擬似重量を創りだすのに、およそ155秒で1回転する必要があるのか。時速にして139キロメートル。回転を考えると結構なものだが、中にいればそれは気にならない。このような施設は最初に莫大なエネルギーが必要だが、以降は慣性が働くため、ほとんどその必要はない。おそらく外からのエネルギーを利用すれば、角速度に変化を起こさず一定に保つのはたやすいことだ。だが、それをすべて全自動で行うのは危険だ。女王が一人でそれをやっているとは到底思えない。

「ミツキ、分かっているか?」ゴーグルからナナキが聞いてくる。「先程の話、彼らの合理的な説明が間違っているって」

「もちろん分かっている。だから僕は調べる権限をマナミに貰ったんだから。ナナキ、女王の出入り以外、そちらには誰も現れていないんだよね?」

「ああ、その通り。女王と思しき人物が出てきて、また戻った。つまり、彼らの言うように、女王がそのまま出て行ってしまったことはありえないし、外からの訪問者もいない」

「たとえそこで誰かと入れ違ったとしてもね。それじゃあ足し算が合わない。ただその入口を使わないで入る方法があるとラーサが言っていたが、入る方法は問題じゃない。入り口を使わずに出る方法がなければならない」

「入り口から出てきたのは女王だけだった」

「それに、女王だってまさか入り口を僕達が監視、というか偶然見ていたなんて、想像もしていないはずだ。つまり、女王が入り、戻る、という行為が計画的であったとしても」

「その行為は素のものだ」僕の言葉をナナキが引き継ぐ。「そちらの世界の中だけで、事件は完結している」

「そう。だから、あの殺された人物は、こちらの住民の誰か、あるいは、ラーサのように密入したもの、ということになる」

「それをこれから調べる、ということ?」

「そういうこと」

「枝先に行かねば熟柿は食えぬ」

「うん、いい例えだ」

 娯楽施設の近くに来てみて気がついたが、所謂観覧車だと思うのだが、それは動いていなかった。遊園地的なアトラクションが多く用意されているようだが、想像と違い活気はない。住民の数を考えてみれば、遊びに来ているとしても数十人くらいかもしれないし、それではこのアトラクションを維持するのが難しいのかもしれない。エネルギーの問題ではなく、機械類の維持の問題だ。

 娯楽施設の正面に大きなゲートがあり、その中央のところに人が立っている。作業着のようなものを着ていて、施設のスタッフだろう。僕が近づくと、彼も気が付き軽くお辞儀をしてくれた。

「すいませーん」遠くから彼が声を出す。「今日ちょっと休業してましてー。あ、ミツキさんじゃないっすか。どうもどうも」

 僕もお辞儀を返した。たった一日で有名になってしまったものだ。けれど、今はそのほうが都合がいい。

「休みなんですか?」

「ええ、そんなんすよ。オーナーが昨日のパーティからまだ帰ってきてなくて。で、連絡もつかないもんだから」

「ギンナ、さんでしたっけ」

「そうそう。ギンナオーナー。彼しかここの機械の動かし方分かってないもんすから」

「昨日から帰ってきてないの?」

「そうみたいなんす。そこに事務所があって、そこの奥にん住んでるんすけど」彼はゲートの隣にある建物を指した。「奥さんから朝連絡があって。なんか、トラブルでもあったんすかね?」

「さあ。僕も昨日のパーティでお酒に酔ってしまったから」僕は嘘をついた。「詳しくは知らないけど。今日はせっかくなんでって思ってここに来たんだけど、休みじゃ仕方ないか」

「すいませんね」

「中の見学は? 見ることくらいはできる?」

「別に構いませんけど、遊具もしまってあるし、つまんないと思いますよ」

「入るのは、チケットか何か必要?」

「普段はね。でも、今日はご自由にどうぞ」

「ありがとう」

 僕は彼にお辞儀をすると、ゲートを通った。正面にはやや細めの道があり、横断歩道がある。細めの道の左右を見ると、右手はすぐに折れていて、草木の陰に隠れているが、左手は程なく先に、やや広くなっていて、サーキットのスタート地点のようなラインが引かれている。おそらく一人乗りほどのカートがあるのだろう。ただ、このような擬似重力を作り出している施設で、乗り物というのは非常に危険な気がするのだが。

 横断歩道をそのまま前に進むと、円形の柵がいくつもあり、その中に様々なアトラクションがある。ただ思っていたものよりもかなりこじんまりとしていて、おそらくは子供向けのものなのだろう。メリーゴーラウンドのようなものや、コーヒーカップ状のものなど。あと、くしゅんと力が抜けてしまっているが、エネルギーを与えてやるとまるまると膨らみそうなバルーンもある。実際に動いていたとして、僕は乗ろうとしただろうか。

 円形に見えていた観覧車は、近くで見ると微妙に形がおかしい。瓜のようにひしゃげていて、かなり前傾している。エレベータと同じで、おそらく回転体の中で安全に動かすにはこのような形にならざるを得ないのであろう。それでも、高さは十数メートルあるだろうか。

 僕はその観覧車もほとんど無視して通り過ぎた。

 娯楽施設の反対側の柵は、僕の身長の2倍ほどある。助かったことに壁ではない。柵の向こうには多くの木が植わっていて、遠くまで見通せない。おそらくここから15キロほど進んだ先、つまり女王の間との中間に位置する所、角度的に絶対に見ることができない位置に、別の建物がある。

 仮説ではあるが、蓋然性がある仮説だ。

 このステーション自体が、初期のものであればそれだけ無くてはならない施設だ。地球との距離は離れているが、それでもこのような施設の状況、問題点、課題点を地球と連絡を取り合っていたはずだ。それに、ここを維持するための技術者の存在が必要になる。彼らが存在するとすれば彼らは、こちら側とは違い、外との行き来が可能のはずだ。もっとも、それはこの世界に対する仮説であり、事件とは関係がないことではあるが。

「ナナキ」僕はゴーグルに声をかける。「僕がここから抜けだして、無事に施設までたどり着ける可能性は?」

「100パーセント」ナナキからすぐ返事が来る。「施設があるならね。もちろん、僕が方向をトレースする必要がある。ただ今までのデータからでは、この先に何かいるか、情報がない。放牧や農業はここから女王の間までの間で十二分にまかなえるだろうが、生態系を考えると、野生の猛獣がいるかもしれないよ」

「野生の猛獣がいる可能性は?」

「10パーセント」

「僕がこの柵を飛び越えられる可能性は?」

「90パーセントかな」

「たどり着くのにかかる時間は?」

「5時間かな。最悪何もなかったとしても、10時間で戻ってこられる」

「あのっ」突然声をかけられた。「すいません、ミツキさん」

 驚いて振り返ると、やや年配の女性が眉をへの字にして立っている。両手を胸の前でぎゅっと握りしめていて、震えているように見える。小さい声でしゃべっていたからきっと僕の声は聞こえていないと思う。

「夫の、ギンナはどうしているでしょう?」

 先ほど話していたギンナの奥さんなのだろう。けれど、聞かれたことの意味が分からず、僕は首をひねる。

「ギンナはまだ外への道にいるのでしょう?」

 僕はもう一度首をひねった。彼女も僕が理解していないことを悟ったのか、への字にした眉をさらに曲げて、考えている。

「夫から朝電話がありまして、それでしばらく戻れないと。ミツキさんが、しばらくしたらここに来るだろうから聞いてくれって、わたし言われたんですけど」

「僕に? 何を?」

「ですから、ミツキさんなら夫が戻って来られない理由を知っているものだと思ったものですから、先ほどリュウジから聞いて急いで駆けつけたんです」

「残念ですけど」僕にはギンナが戻っていない見当がつかなかった。「彼とは今日お会いしてないので、ちょっと分かりかねるんですが」

「そう、ですか……」

「電話があったのは今日ですか?」

「ええ、朝に。本当は昨日のうちに帰ってくる予定だったんですが、ちょっと立て込んだようでして。それで朝電話があって」

「うーん、やっぱり思い当たらないなぁ、悪いけど」

 彼女は何かをまだ言おうと思ったようだが、言葉が見つからなかった様子で、大きくお辞儀をすると踵を返した。僕は彼女とは反対へと柵にそって進む。残念ながら見える範囲で、柵の高さに変化はない。けれど、不用心なことに柵には足を掛けられそうな横杭もある。後ろを振り返り、誰ももう自分のことを見ていないことを確認すると、僕は勢いをつけて、その柵を蹴り上がった。

 着地も成功。90パーセントの確率ならこれくらいだ。

「ナナキ、方角の確認をお願い」

「了解」ゴーグルから調子の変わらぬ、ナナキの声が戻ってきた。


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