【prologue 地獄収監】
__鼓動が高鳴る。有罪判決を受ければ、もう、外には戻れない。
カン、カン
狭い部屋の中で、木槌がその時を伝えた。
「主文、被告人、宮村和哉を__」
全身が強張った。
「死刑に処する」
【prologue 地獄収監】
肺に潜り込んでくる空気は、湿っぽく、又、埃っぽい。少年は苦しさで息を止めるが、今度は死に対し、臆病者な自分に急かせられるように息を吸い、また息を吐く。
__日本は現在、先進国というかつての名誉を忘れていた。厭、忘れざるを得なかった。
東西の境では戦争が頻発し、戦死者の多さのあまり学徒も戦場に駆り出される。
人民どころか、水食料も満足にない。
__4年前、少年は13歳であった。中学校に通い始めて間もない頃、世界は絶望的な混乱に見舞われた。
……体が錆びていく病気が、恐ろしいスピードで蔓延していったのだ。
ワクチンや特効薬など微塵も作ることができなかった。それどころか感染経路すら分からない、不可思議な死病であった。生きたまま体が錆び、死んでゆく。恐怖のどん底に人々は追いやられた。
時間が全てを解決してくれる……などということもなく、事態は悪化の一途を辿っている。
少年__宮村和哉は希望をとうに失っていた。現在の日本に於いて大量殺人鬼は珍しくもない。戦場の英雄になるか、狭い空間に放り込まれるかの二択なのである。最も、和哉は無罪、身の上の潔白を訴え続けた身であるから、何方の世界で生きるかなど、選択の余地など微塵もなかった訳である。
__冤罪、であった。物資人員共に不足している今、物的証拠が上がれば奇跡、即ち状況証拠のみで裁判が執り行われるのが日常茶飯事となってしまっていた。和哉にかかった容疑は放火殺人。その上100人を超える死者を出したのだから、即座に独房に放り込まれるのは不思議ではなかったのだ。再審制度はとうに撤廃されるなど、もう挽回の余地すらない。只老い、死ぬのを待つのみだった……。
「おい」
和哉を現実に引き摺り出そうとするかのような、低い声。顔を上げると見回りに来た看守が、格子越しにこちらを睨んでいる。
「飯食えるだけ有難いと思わないのか」
看守の視線の先には昨日支給されたくすんだグラスに入った濁った水と、腐った塩むすびが一つ、体勢一つ変えず鎮座していた。周りには蝿が集っていて、肌寒い時期だとも思うがこの上なく五月蝿かった。
「……食欲がない……です」
「ふざけてんのか。ならさっさと首括るなりしちまえ」
「…………」
一頻り文句を云い、看守は去って行った。まともな人間扱いなどない。寧ろ食事をとるという行為が食中毒で死ぬのを選ぶ気がしてならない。
「食わんともたんぞ、若いの」
監獄に似つかわしくない声が、正面、真向かいの独房から。新聞を片手に持ち顎髭を蓄えた老人が優しい眼差しでこちらを見つめている。
「……本当に食欲、ないんです、すみません、気を使わせてしまった様で」
「それは良いんだが……。……無理して死ぬなよ」
「はい。……有難う御座います」
彼は8年ほど前に金に困り、強盗殺人未遂を犯したという。犯罪の芽は即座に摘む。それが今の現状だ。実際実刑判決は2年だったらしいが、彼は出ることが未だに叶っていない。
『__もし本当に殺人を犯していないのなら、抗え。俺は後先短い老耄だが、お前には未だ未来がある。こんなところで命を絶やすな』
刑務所に入り__憔悴しきっていた和哉を叱るような、又自分と同じ目に遭って欲しくないという老人の願いだった。
♪
__此処へ来て、はや一週間が経った。もう何年も経った様な錯覚を覚える程、悪夢の様な光景が脳裏にこびり着いてしまった。
……抗う。といっても、まともな人間扱いすら受けない。この状況で、自分が出来ることは__。
ガラガラガラガラ
地面を擦るようにして音が近付いて来た。これも、又聞き慣れてしまった__死体を運ぶ音。
栄養失調か、伝染病か、凡そそれらの類の死因であろう。汚れと酷い悪臭に塗れた袋に無造作に突っ込まれ、彼らはここから出て行く。
「なぁ兄ちゃん__ありゃ生きてないか?」
向いの老人が鉄格子から顔を出す様にして尋ねてきた。
「え____」
死体袋にも見える薄汚いそれは拘束具の様で、両腕を通すところが微かに膨らんでいる。荷台が忙しなく、大袈裟に揺れているから生きているかどうか分からないが、抑も寝台に死体を頑丈なベルトで固定する必要はない。ゴミ袋にバラバラの死体を突っ込んでいても平気な顔をする奴らが、動かぬ死体に恐怖する筈もない。
やがて、台車は__少年の小さな部屋の前でぴたりと歩を止めた。
「相部屋だ。一日だけ、明日には“出荷”される」
「は…………?」
「仲良く安い同情でも投げ合っていろ」
袋から乱雑に少年が取り出された。彼は__血だらけだった。着ていた、サイズの大きいTシャツが赤黒く染まり、全身血がこびり付いていた。
「ちょ、ま____」
ガシャン
ガラガラガラガラ……
鉄格子が勢い良く閉まり、音はあっという間に遠ざかっていった。向かいの部屋の老人は、関わりたくない、といわんばかりに背中を向けている。
血塗れの少年は俯いたまま、入り口に立っていた。しかし、良く見ると服に付着したその赤色は__少年のものだった。腹の辺りに穴が開き、血が今も尚、床に滴っている。
「…………!? __おい!大丈夫か、お前!!」
いてもたってもいられず、彼は少年に近寄った。
「……めんなさい……御免……すみません……」
少年は虚空を見つめたまま、何やらぶつぶつと呟いていた。
「な、何かで血を止めないと」
周囲を見渡すが、この独房。手近で包帯など、ある筈がなかった。
「……お兄さん、良いよ、僕、明日死ぬんだもの」
「____え?」
「明日のゲームではセイラがいるんだ。この傷で、勝てる訳がない」
「何云ってるんだよ、早く__」
頭を順々に巡らせると__思い出した。和哉の持っているもので止血出来そうなものは、自分の服か、最初に支給された手巾だ。無造作にポケットに突っ込んだ手巾の汚れを確認し、細く切って繋げる。大きな手巾だったので、包帯代わりにはなるが、若干長さが心許ない。すると__。
「小僧、使え」
向かいの老人が、背を向けながらこちらに何枚かの手巾を渡してきた。
「!! 有難う御座います!」
多少時間は掛かったが、漸く簡易な包帯が完成した。和哉は少年の元に向かい、声を掛けた。
「……手当しようか、そのままだと危ない」
未だ入り口のところに突っ立っていた少年は、震えとも変わらない動作で小さく頷くと、固いベッドの上に腰掛けた。
「服を____」
「これしか着ていないんだ。脱いだ方が良いかな」
「あ……じゃあ、ちょっとだけだから、捲っててくれるかな」
「分かった」
血で革のように硬くなったTシャツを、少年は捲り上げた。どういう経緯か定かではないが、Tシャツ一枚しか身に付けていなかった少年は、女性のように華奢で、色白かった。
__腹には、折れた刃が突き刺さったままだった。なんとも云い様がなく、その場で硬直してしまった。迂闊に刃を抜けば、彼はきっと、失血して死んでしまう。
「……御免ねお兄さん。頑張って、包帯作ってくれたのに」
服を元の状態に戻して、彼は蒼い目を細め、綺麗に笑ったのだった。
「僕、明日死ぬんだ。だから、気にしないでいいよ」
和哉はその晩、冷たい床に突っ伏して眠った。少年に固いベッドを貸すことくらいしか、彼に出来ることはなかったからだ。
__日が昇って、暫くした頃。揃いの背広を着た小綺麗な男達が、彼を迎えに来た。
「 “出荷”…………」
ぽそりと、小さな声で和哉は呟いた。死にかけの少年は、一体何処に行ってしまうというのだろうか。
「じゃあね、お兄さん」
少年は此方に顔を向けなかった。
「お腹、もう痛くないよ、だから、心配しないでね。さようなら」
ガシャン……
格子戸が重たい音を響かせた。一体、何が起こったのだろうと、ただそんな疑念だけが、脳裏にこびり付いた。
♪
__夕刻。今日は朝から何もしていない筈だったが、時間が過ぎるのが恐ろしい程に早かった。何よりあの“出荷”が、気になって仕方がない。あの腹に凶器が刺さったままの少年を何処に連れて行くというのだろう。
ザザ……ザッ……ザザザ……
耳に、聞き慣れない音が入った。
「…………?」
『……全館皆様にご連絡します、1時間後、20時より本館最上階ラウンジにて、第12回Prison Gameの上映会を始めます。前回同様、囚人の皆様の中から観戦の希望者を募りますが、上映期間中の脱獄に関しては、容赦なく射殺対応させて頂きます。予めご了承下さい。只今より看守が巡回致します』
ブツッ__
「Prison Game……上映会?」
鉄格子の外が、何やら騒がしい。一体、何が始まるというのだろうか。
「少年…………」
向かいの老人が、此方に目を向けず。静かに云った。
「行ってはならん。あれは、人のすることではないし、もし興味を持ったと奴らに知られれば、次回はお前が__」
「おい宮村和哉。見に行かないのか?」
老人の声を遮る様に、小太りの看守が目の前に現れた。普段より機嫌が良さそうな風で、和哉に話し掛けてきた。
「厭、俺は…………」
「行くよなぁ」
「い、行きません」
「そうか……それは残念だ……」
舞台調にそう呟くと、彼は懐から……拳銃を取り出し__老人に、向けたのだ。
「?!」
「行かないのか」
「……いっ……」
相手は権力、凶器を持っている。一寸でも気分を害わせれば、殺される可能性は大いにある。実際。彼らの気紛れで殺された人は幾人もいるのだ。
老人は、何時だって親切にしてくれた。そこには、過去の罪はあれど、罪人の邪念など、微塵もないのだ。
「……分かりました。行きます」
「よし……出ろ」
この鉄格子の内から出るのは、何日振りだろう。両手に錆臭い手錠を嵌め、ゆっくりとした歩調で檻を出る。
廊下を歩き出す寸前、老人と目があった。悲痛な意を込めて、声を押し殺し、泣いていた。
「行くぞ」
和哉は肯定の意を込めて歩き出す。久し振りに檻の外を歩いているのに、気分は良くなかった。
♪
本館の最上階にあるラウンジ……そこは、拘置所に似つかわしくない、綺麗な造りをしていた。真紅の絨毯は埃、塵、汚れひとつなく、ソファやローテーブルも、規則的に並べられている。
そしてそこには、20名程が壁に備え付けられた一つの大型テレビに向かうようにしていた。老若男女様々ではあるが、誰も久方振りの柔らかいソファベッドや、大きくふっくらとしたクッションソファなど、寛ぎの空間に対し見向きもしないのは確かだった。
暫くして、ウェイターが水を運んで来て、大きなテーブルの上に並べ始めた。濁りの無い、澄んだ綺麗な水なのだが、矢張り一瞥すらしない。
やがて、モニターの電源がついた。
画面の中央、暗闇の中から、ビスクドールの様に顔の整った、小さな女児が現れた。喪服の様な黒いドレスに身を包み、瞳は虚空を見つめている。
ザ……ザザ……
小さなノイズが暫く続いた後、舌ったらずな少女の声が聞こえた。
『皆様ごきげんよう、只今より、第12回Prison Gameを始めます』
又、隣に長身の、狐面を被った女性らしき人物が現れた。
『支配人は私、ラウラと、九尾斬稲荷様です。宜しくお願い致します。今回は、総勢18名の参加者が御座います__前回引き続き、セイラの参加があります。さて、今回の勝者は誰になるのでしょうか__』
モニターが18分割され、参加者の今の状態が映し出されている。或る者は頭を抱えこれからを悲観し涙を流し、又或る者は不気味な笑みを顔に貼り付け、鎮座している。
「____!!」
そして、そこに__あの血塗れの少年が、床に横たわっているのが見れた。遠目からだと、生きているのかも確認出来ない。
右下の枠は黒く塗り潰されており、参加者の顔が確認出来なかった。
「……せいぜい2時間が良いところじゃないか」
隣にいた少年が、ふと声を漏らした。
「え?」
「あっ……ご、御免ね、驚かせちゃったかな……」
おどおどとした様子で彼は頭を下げた。
「いや……別に大丈夫だけど……2時間って?」
「ゲームの時間だよ。第10回から参加しているセイラは、人間じゃないんだ。第10回は12時間で17人死んだ、前回は40分で皆殺しだ。今回も、いや、彼女が参加し続ける限り、きっと一方的な殺人は止まらない」
血の気の失せた顔で、少年は弱々しく説明した。
「これは?一体何なんだ?誰がこんなものを企画した?」
「裕福層の娯楽になっているんだ。動ける若い死刑囚を毎回18人集めて、武器をもたせて殺し合いをさせる。生きて帰ることが出来るのは、1人だけ。例外的に支配人に気に入られてゲームを脱退出来る様だけど、生存者は皆一様に一人では生きられない様な状態が殆どだ__植物状態もざらじゃない、それに__」
「おい待て、怪我人は?怪我人はどうなるんだ?」
「____怪我人?」
彼は怪訝そうな顔をして、モニターに目を移していた。
「__倒れている彼のことか、恐らく、直ぐに死ぬだろう、手加減なんてものないからさ。皆自分が一番可愛い」
「……冤罪は、あのゲームに参加するのか」
「あくまで娯楽だ。見ている奴らが楽しければ、罪人だって一般人だって誰でも構わないと思う。理由が、正当性が欲しいだけ__」
『……それでは』
いつの間にか、カメラは少女を映し出していた。画面の中の小さな少女の手に握られた懐中時計の長針が、天井を指した。
『ゲームを開始します。皆様是非楽しいゲームライフを……』
画面が暗転した。そして、同時に男の絶叫が響き渡った。
「?! 何だ……!」
そういう演出なのかと思った。が、隣にいる少年の反応からしてそうではないらしい。
「早いな、もう一人__殺られた」
次の瞬間、バラバラに分解された死体が画面いっぱいに映し出されていた。血で画面全体が真っ赤だった。最早人間の原型を留めていない。それは、何処が首で何処が脚なのか、判別が不可能であるほどに。
「これをやるのが、セイラだ」
ぽつりと、少年が呟いた。
「中継でも絶対に画面には全身像を映さない。偶に頭と、長い腕が映る程度。でも10秒足らずで人間をミンチにするやつが、人間だとは思えない」
「同意だ……けど、本当にそんなSFみたいなことが現実にあるのかと聞かれれば、俺は到底信じることは出来ない」
「__だろうね。普通はそうだ。でも、嘘であることを証明する方が難しいだろう? 現に、人間が死んでしまっているんだ」
俯きがちに、歯を喰い縛る様にして彼は声を絞り出した。
「__僕は恐らく、次回のゲームに召集されるだろう」
「な、何でだ?」
「……人を、殺したからだ」
心臓が止まるような錯覚を覚えた。殺人__? この、大人しそうな少年が? 本当に?
『う…………』
途端、スピーカーからか細い声がした。
「!! ……あいつだ……!!」
血塗れの__少年だった。腹を抑え、一点を見つめながら小さなうめき声を上げている。彼に覆いかぶさる様に……無数の影が、映り込んだ。腕の様にも見える細長いそれは__刹那、少年の頸をはねたのだ。
「…………!!」
銀髪に包まれたそれは、ごろん、と鈍い音を立てて床に落ちた。……影は、少年だった残骸を残して消えた。
「…………? 何であの人が……?」
隣に立っている少年が、血相を変え、人が変わった様に早口で喋り出した。
「セイラ、支配人を殺っていないか?! 確か、前々回見た様な、何で__?!」
「君、それ以上は喋っちゃいけないよ」
辺りがしん、と静まり返った。ラウンジの入り口……ドアの隙間から、狐が此方を覗いていた。薄暗い中、狐面を被った小さな子供は、鈴の様に静かな声で、少年の言動を制止した。“九尾斬稲荷”という人物が被っていたのと同じ狐面__というのも、皆一様にその狐は、君の悪い笑みを湛えているから、否でも思い出してしまう。
「…………」
「…………」
「ふふっ……じゃあね、お兄さん達」
聞き覚えのある、声だった。人が先ず忘れるのは其の人のある声だというが、思い出さなければいけない、という不意の考えが、ずっと頭に浮かんだのだ。
♪
ゲームは、隣で観戦していた少年__灘時雨の見通し通り、2時間もしないうちに終了した。
『少しつまらないものとなりましたが……次回に期待致しましょう。目論見では、セイラは又参加するのではないでしょうか__』
時雨は謎の子供からの制止から、終始気分が優れない様子だったが__セイラという怪物が参加すると聞いて、この世の終わりの様な表情を表していたのは、云うまでもなく、鮮明に覚えている。
彼によると、ゲーム終了から日付が変わるまでには次回の参加者が発表される。一週間とないうちに、参加者は集められるという。中には、抵抗してその場で殺される者も。そういう事例もあり、最近ではゲーム参加をすんなりと受け入れる者の方が多いらしい。
「日本で一番大きな__いや、唯一の刑務所であるここは__もう、死刑も懲役1年もそう変わりがない。若い死刑囚を集める、っていうのも、只の口実だよ。傷害致死罪で5年の懲役を科せられた僕の兄は……刑務所での6度目の春に、第1回のPrison Gameに参加させられた。それは、他の人から聞いた話だけど__確かなんだ。兄さんが冤罪で捕まったのも、ありもしない事件を捏ち上げられて、死刑になったのも」
冤罪、という言葉は、非道く重たい。自分もその身である為か、痛い位分かる。
__御免ね、さようなら。そう云って、時雨は檻の群へと消え去ったのだった。
♪
皮肉にも住み慣れてしまった独房へ帰ると、何やら騒々しい。見ると、看守たちが死体袋を運んでいるところだった__真正面の、老人のいた、檻の中から。
「!? ……おい__!!」
「宮村和哉様」
死体袋の中を確かめようと看守たちに向かって怒鳴りかかった俺を、少女の声が止めた。
「は?!」
「第13回Prison Gameの招待状が届いております。どうぞ見納め下さい」
見ると、先刻モニターの中で“ラウラ”と名乗った少女が、そこに独り、ぽつんと立っていた。先程とは違う、ブラウスにサスペンダーつきのスカートという、簡素ないで立ちだ。
「そんなことより__!!」
「どうぞ」
人形のような、焦点の分からぬ瞳をこちらに向けながら。
「お受け取り下さい」
「…………」
半ば引っ手繰る様にして、小さな手から赤い封筒を受け取った。
【招待状】
宮村 和哉 殿
第13回Prison Gameへの参加が認められました。
つきましては、出欠席の確認を取らせて頂きます。
御出席 御出席 御出席 御出席 御出席
御出席 御出席 御出席 御出席 御出席
御出席 御出席 御出席 御出席 御出席
御出席 御出席 御出席 御出席 御出席
御出席 御出席 御出席 御出席 御出席
御出席 御出席 御出席 御出席 御出席
御出席 御出席 御出席 御出席 御出席
御出席 御出席 御出席 御出席 御出席
御出席 御出席 御出席 御出席 御出席
御出席 御出席 御出席 御出席 御出席
御出席 御出席 御出席 御出席 御出席
御出席 御出席 御出席 御出席 御出席
御出席 御出席 御出席 御出席 御出席
御出席 御出席 御出席 御出席 御出席
御出席 御出席 御出席 御出席 御出席
御出席 御出席 御出席 御出席 御出席
御出席 御出席 御出席 御出席 御出席
御出席 御出席 御出席 御出席 御出席
御出席 御出席 御出席 御出席 御出席
御出席 御出席 御出席 御出席 御出席
御欠席
(何れかに○を付けて下さい。)
署名:宮村 和哉 印
「…………は?」
「どうぞ」
ラウラが慣れた様な綺麗な手つきで万年筆を渡してきたが、意図が読めない。“御出席”の文字の多さと、一つだけぽつんとある、“御欠席” 。
「……この“御欠席”っていうのは?」
「私は薦めません。ヒントを差し上げましょうか。“御欠席”を選択して後悔した方は沢山いらっしゃいますよ」
「…………」
シャッ
“御出席”に、丸をつけるしかない。
嫌な予感しか、しなかったからだ。
「有難う御座います、宮村様。実は私、次回は宮村様に期待しているのですよ」
相変わらず淡々とした声音で、彼女は口端を僅かに上げ、微笑んで見せた。
「……何で」
「それは私の邪推ですので、理由はお答え出来ませんが。次回の支配人のアシュ様も、楽しみにしております」
「アシュ……?」
「いえ。何でも御座いません」
又以前の様な人形の様な硬い表情に戻るラウラ。
「開催は明後日深夜2時から。6時間前には黒服が迎えに来ますので、それまでお待ち下さい。では、どうぞ、お帰り下さい」
ギィッ……
鉄格子の扉を開けてみせると、俺の背中を押し、中に入るよう促した。
ガシャン カチャッ
……話をしてる間に看守たちはいなくなっていた。眼前の檻の中、後には……何も残っていない。
彼は__一体どうしたのだろうか。
疑問が残りつつも、疲れだけはどっと増し、何時もの固いベッドに横になり、眠りについた__。
♪
朝。外に繋がる頭の大きさ程の鉄格子から、陽射しが差し込んだ。ゲームの開催は__明日の午前2時。陽を拝むのは、これが最後かもしれない……厭、これが最後だ。
ゆっくりと上体を起こし、周囲を伺う。老人と自らのいつも以上の憔悴以外、特に変わったところはない。あとは__机の上に置かれた、いつにない位満足な食事。小綺麗なトレイの上、香ばしいパンの香りと、暖かいスープの湯気が漂う。一方的な殺し合いの前の、せめてもの慰めか。周りの囚人達も文句を云うことはなく、本当に何時もの日常と何ら変わりがない。
久し振りのご馳走を目にし、流石に腹を空かせた和哉は、料理に手を伸ばした。コップ一杯のミルクも、飲むのはいつ振りだろうか。
食べている最中、喉に何かが引っ掛かる様な、妙な違和感を感じた。自分が今、死ぬことに対し抵抗しているのだと、悲痛に感じられた。
♪
陽が沈み。あと一日もないだろう余命。やることのない牢の中。只々、気持ちだけが沈んでゆく。
“最後の晩餐”。独り静かに温かい食事をとった。
時間だけが過ぎる__。
暫くした頃。聞き慣れない足音が聞こえてきた。雑な看守たちのものではない。軽く、静かな__女性のものだ。
「ラウラ__?」
足音が、止まった。檻の前に姿を表さずに、その人は力のない、小さな声でこう尋ねたのだ。
「お前が、宮村和哉か」
「…………ああ」
ラウラではない。大人びた少女の声。
「そこにいた老人のことを仕切りに気にしていたと、ラウラが話していた。もう君の牢の鍵は開いているよ」
彼女の言葉が合図であるかの様に、扉が小さくキィ、と開いた。
「老人のことが気になるなら、来たまえ」
又足音が遠ざかる。和哉は急いで立ち上がり、外に飛び出した。
廊下の向こうを、枯れ草色の長い三つ編みを揺らしながら、少女が歩いていた。
「待てよ!」
和哉の制止を聞かぬ少女の背中を、彼は走って追いかけたのだった__。
♪
スタスタと義務的に歩いていく少女の後ろを、囚人達に睨まれる様にして歩いた。
「なぁ、あの爺さんは生きているのか?」
「…………」
「お前は誰だよ」
「…………」
彼女は、質問をしても何も答えることはなかった。此方を振り返りもせず、只靴の踵を鳴らし続ける。
漸く止まったのは、長い廊下をずっと進んだ先、突き当たりの古びた扉の前。握っていた鍵を鍵穴に差し込んだ。
重い音を立てて開いた扉の先には__書斎があった。壁全てが本棚で埋め尽くされ、様々な書籍が雑多に詰め込まれていた。奥には机と、小さなランプが点灯している。
変わらず彼女は早足で奥へ進み、机の上にある一冊の分厚いファイルを指した。
「……これを見ろ」
「?」
又和哉に背を向ける様にして、少女は机から離れた。代わるように机に近づき、其処を見ると、ファイルには__“錆死病患者 リスト”と、筆で書かれていた。
「聞いたことがあるだろう」
「錆びて……死ぬ? あの病気か__?」
「そうだ。一番最後のページを開け」
促され、その通りにページを捲った__。
No.001347
貫地谷 敦
カンジヤ アツシ
19--年7月10日
生年月日
2--2年8月4日
東京第一拘置所ビル収監強盗未遂にて
2--8年3月24日
錆死病発症
2--8年12月14日
心臓にこびりついた錆で一時心配停止した。その後摘出手術を行い一命を取り留めた。
2--9年10月9日
両脚が全て錆びているのを確認。機能はほぼ正常。
2--0年9月16日
午後23時13分牢にて死亡確認。
「な……んだこれ……」
「私が作った患者のファイルだ。短く、端的に纏めてある。尤も、そこに載っている者は、全て亡くなっているがな」
貫地谷敦。初めて聞く名前だが、名前の横に貼ってある写真は紛れもなく昨日まで生きていた老人その人だった。
「錆死病は__未だ分かることの方が少ない。身体が錆びることと、もって3年ということだけだ」
彼女は依然、こちらに背を向けたまま喋り続ける。
「私の大切な人がこの病気に掛かってしまった。もう直ぐ発症から三年だ。何とかして、早く治療法を見つけなければならない、だからこうして研究を進めている」
「何で、これを俺に__」
「彼について、気に留めている様だったからな……すまない、余計なことをしてしまった。少しでも知って欲しかったんだよ」
「いや__」
____ポタッ
「____?」
水音が耳に入る。……床を見ると、赤い、水の滴る跡が、少女に続いていたのだ。
「?! お前、怪我を__」
「問題ない」
くるり、と、少女は振り返る。彼女の青白い、整った顔の中__真っ赤に光る、瞳が二つ。そこから……血の色をした、赫い赫い涙が流れていた。
「生まれつき、こういう体質なんだ。驚かせてしまったようで、申し訳ない」
またポタッ、と、血の雫が落ちた。
「__そろそろ時間だ。ゲームに遅れてしまうといけない」
何事もなかったかのように、書斎の出口に近づく。
「なぁ? 宮村」
♪
__ラウラの予告通りに、時間になると黒服の男たちが迎えにやってきた。少女は、書斎から牢に帰す途中に、消えてしまった様だった。
「…………」
不気味な程に、和哉は気分が良かった。まるで、これから来る死を受け入れたかの様に__。
「お待ちしておりました、宮村様」
エレベーターで地下へ降りると、先にはラウラが待っていた。今回は又喪服姿で、顔にヴェールを掛けていた。
「あちらでシャワーを浴びて来て下さい。新しい着替えも数多くご用意しましたので、お好きなものを見繕って下さい。それから、紅茶と軽食もご用意しましたので、着替えが終わりましたら、お声掛け下さい」
シャワーに軽食。宮沢賢治の童話である、注文の多い料理店のように、彼らは肴を小綺麗にさせるつもりか、気前の良い応対をしてきた。和哉は仕方なくもそれに応じた。
何もかもが久し振りだった__毎日浴びていたシャワーも、ある程度の熱があり、心地よかった。
一人で使うには無駄に広いシャワールームから出ると、ラックに多数の服が掛かっていた。ゲームに参加するための、衣装、なのだろうか。
Tシャツやパーカーなどを適当に選び、袖を通す。タイミングを見計らった様にラウラが部屋に入ってきて、
「お似合いですよ」
と一言云うと、小さな茶室に通された。
純白のテーブルクロス。中央には一輪の真紅の薔薇が咲いている。アフタヌーンティー・スタンドには色とりどりの洋菓子がのっていて、ティーポットからはフルーツの良い香りが漂う。
「ゲーム開催中にも食事は摂れますが、ゆっくり取ることが出来るのはもしかしたらこれが最後かもしれませんね」
ラウラが姿を消して、辛辣な気持ちとは一転気楽な光景が視界を覆う。こんな呑気にしていて良いのだろうか、と思うと同時に手の震えが止まらなくなってしまう。
考えるのをやめ、テーブルに突っ伏す。テーブルクロスからは、花の良い香りがした__。
♪
「宮村様」
耳元に吐息が当たる。
「うわっ!? 吃驚させるなよ……!!」
「失礼、中々起きなかったもので。揺らして起こすのは無礼だと存じたので、声を掛けたのですが」
「起こす……?」
「はい。ゲーム開始まであと30分をきりました」
確認するように、ラウラは小さな掌に収まるサイズの懐中時計を出して見せた。確かに、あと20分もない。
「ゆっくり休めましたか」
「みたいだな」
華奢な椅子から腰を上げると、眩暈に襲われた。
「貧血ですか。大丈夫ですか」
「……なんとかな」
「そうですか。では参りましょう」
淡々とした応対を繰り返した後、ゲームの参加場所への移動をした。
__地下は、拘置所、刑務所に似つかわしくない小綺麗な作りで、ラウンジと似たようなシンプルで気品のある内装だった。
「ここは__何の為の場所なんだ?」
「ゲームの為に、此処は作られたのです。ゲームが始まったのはつい5年前ですが、それよりずっと前に、この計画はなされておりました。因みに第一回が一番長かったゲームですね。157日続きました」
「……なあ、セイラってやつは、何回も連続で参加しているみたいだが、仮に生き残ったとしても、次のゲームに参加させられるのか?」
「いえ。セイラは特異な事例です。今までにこんな事例はありません。Prison Gameに対して、膨大な出資をしていらっしゃる富豪の方が、セイラをとてもお気に召していらっしゃるのですよ……尤もですね、他の貴族、裕福層の方々は“鬼ごっこ”は飽きた、と不平を漏らしていらっしゃるとか」
矢張り、このゲームは単なる娯楽に過ぎないのだと、改めて悟った。
「賭け事をしていらっしゃる方もいますよ__と」
石造りの廊下を進む。ラウラの手元のランタンをもとに、大きな鉄扉に辿り着いた。
「ここから先は……ゲーム会場です。どうか、宮村様、生き残って下さいませ__」
床を擦るようにして、鉄扉がゆっくりと開く。
ラウラは俯き、又顔を上げた。
「今回は何かが変わると、私は確信しているのですよ。後悔だけは、なさいませんように」
招待、に来た時と同様、彼女に背中を押される。
振り返ると、暗闇がゆっくりとラウラを包む。
「宮村様、楽しい……ゲームライフを……」
彼女の声に、微かに熱が篭っていたのは気の所為だったのだろうか。「また会いましょう」という声も、きっと幻聴に違いない。
__もう、自分は死ぬのだから。
……辺りを見渡すと、薄暗い小部屋のようだった。四方には家具も何もなく、鉄扉の反対側にはドアノブのついた簡素な戸が一つ。
暗闇の中、沈黙の中、ただその時を待った。
ザザッ……ザッ……
「!」
『Hello! Good evening!!』
突然、流暢な英語を話す少年らしき声が流れる。矢張り聞き覚えがある……、が、思い出せない声だ。しかし、時雨を制止した子供の声であるのには、間違えがなかった。
『諸君! 今宵、天国に集まった君らはとても幸運に違いない!』
殺し合いを愉しむような、歓喜の叫び。
『只今より__第13回Prison Gameを始める。皆躍り狂えよ、囚人共!!』
観戦者にはモニターの映像があるが、ゲーム参加者には支配人の声しか聞こえないらしい。
『今回の支配人は、僕__アシュ・ロドリゲスと、綾辻絶が……あれ?絶?』
何かトラブルがあったようで、アシュという少年はマイクの近くで何か話している。
……アシュ。和哉のことを、期待していると話したという少年。何故なのか、理由は分からない。
『……絶は体調が優れないみたいだ、なに、すぐ戻るさ、問題ない!では、あと2分でゲーム開始だ……』
遊園地に行く前の無邪気な子供の様に弾んだ声音で、彼はカウントダウンを始めた。
耳障りなカウントダウン。死への__カウントダウン。
『____ひゃく!きゅうじゅーきゅ、きゅうじゅはーち……』
辞めてくれ、辞めてくれと正直怒鳴りたい位だが、その程度で止まる筈がない。鼓動だけがどんどん早まってゆく。
『にじゅう〜、じゅーきゅ、じゅーはち、じゅーなな……と! そろそろかな!!』
態とらしいような、笑い声__。
『__よん、さん、に……じゃあ』
抑揚のない、平坦な声音で__。
『精々もがき苦しめ』
ブツッ____
ゲームが……始まった。同時に、扉からカチャッと、鍵の外れる軽い音がした。
「__逃げろ……!!」
飛びつくように戸に掴まる。ドアノブを勢いよく捻り__外へ。
「__あら。今晩和、お兄さん」
扉の前。待ち構えていた様に__。左手でカッターを握り締めた、小柄な少女が立っていた。
TO BE CONTINUED