桜に君をあげる
TVには桜が映っていた。桜前線は東京を過ぎ、もっと北まで動いたんだとニュースは言っていた。桜だらけの土手と、酔っ払って顔を赤くし、肩を組んで笑っている楽しそうな大人たち…。
「桜が満開?桜ってお花だったんだ。」
私は苦笑した。こんなこと言う人は、きっと君以外居ない。
「桜…流石に有名な花じゃないかい?薔薇とどっちが有名か、争えるくらいにはさ。」
日本に生まれて育ったなら、この花は春の代名詞として知っているだろうが。しかし、それは私にとって衝撃を受ける程のことではなかった。私だって桜がよく分からないから。
君は笑った。
「薔薇は知ってる。花言葉も。赤は情熱、熱烈な恋、真紅は無垢で愛らしい、白は少女時代、私はあなたにふさわしい、純潔、尊敬。」
「黄色は嫉妬深い、愛情の薄らぎ、ピンクは一時の感銘、赤と白のマーブルは満足と戦い、ね。」
言い終わって、更に笑った。目の前で笑う君は、美しかった。いつでも綺麗だけど。多分、いつまでも綺麗だ。そういう人だと思う。髪は絹みたいに滑らかで、顔の造りは繊細だ。緑がかった黒色の髪と翡翠のような目。唇は小さく、あまり紅くない。白い陶磁器の肌。肌はいつも冷たい。
「桜は日本の花といっても良いくらい有名なことは知っていたの。」
「ただ、ひたすら桜って恐ろしいと思うの。何か怖いと思ってしまう。何故かしらね?」
湯呑みの熱い緑茶を飲み干して、私は眠くなっていた。
「ねえ…」
日本人だったら桜を見て感動するものなのかしら。桜を、純粋に受け入れられなくて、自分は周りと同じ日本人なのに、日本人ではないのかなって、そんなことさえ思うのよ…。それくらい…
私は夢を見た。
夢の中で、男が叫んでいた。
桜の樹の下には、屍体が埋まっている!
真っ暗闇の中で、その男にだけスポットライトが当たっていて、
桜の樹の下には、屍体が埋まっている!
桜の樹の下には、屍体が埋まっている!
桜の樹の下には、屍体が埋まっている!
男は閃いて酔うように、叫んでいた。だが、突然俯いて、ぼそぼそと何かを呟き出した。何だろう?と思い男を観察していると、背後からこれは信じて良いことなんだ、という声が聞こえた。その声があまりに生々しく、近くでした気がして、驚き、それでこれが夢だと気付いた。瞼を開けると、安っぽい白い天井が見え、何時も通りの部屋の風景があった。良かった。手は先程まで読んでいた本が持っていた。起き上がると、君は相変わらず微笑んでいた。
「桜の下には、死体が埋まっているから、桜が恐ろしい…恐ろしく美しいんじゃない?」
私は言った。
「ふふ、それは小説家の言葉よ。」
「どういうことだい?」
「真実ではないの。」
やれ、嘘と真を気にするような人だったか。私は話を逸らす。
「薔薇はどうして知っている?」」
「…薔薇も嫌いだったのよ。匂いで胸がつかえそうになった。でも、逸話とか聞いてる内に、綺麗な花だって思うようになったわ。」
「へぇ。」
君が目を僅かに伏せたように見えた。
「桜は、色々超越しているの。幻想だってはっきり言える。」
あれは、お化け。
しかし、私には解った。君が桜が大好きで、愛して止まないンだってこと。
「今度、お花見しようか?」
好きなものなら見ておいた方がいいから。
「そうね…暇だし。」
私たちは夕方に家を出た。
午前は場所取りの人がいるし、午後は人でごった返す。それを避けたかった。桜だけ見たかった。
車で河原まで行く。
桜の樹の下には…?得体の知れないものが埋まっているなんて考えると、面白いと思った。うん、きっと屍体よりも想像のつかないものが埋まってるんじゃない?ああ…
開けた窓から、夜に近付いた風が入ってきた。少し冷たい。
土手に二人で降りた。
カツーン。
君を私は壊した。
頭をかち割った。粉々に砕けた。ただ、白い破片が飛んで落ちた。
身体を砕いた。破片は桜の花びらと何ら変わらないように見えた。
きちんと集めて、桜の木の下に埋めた。
君が泣いて、喜んだ。