情報と闇討ち
例の片目男が帰り、先程までお茶が置いてあった机には、銃火器の類が陳列されていた。それら一つ一つを猛が手入れしていく。弾数の確認、動作に異常はないか、それ等を確認した後、丁寧に布で埃をとる。杏奈は、猛とも既に数日間共に暮らしてきている訳だが、普段の彼はかなり気さくな人物で、煙草の似合うお兄さん、というイメージが強かった為に、真剣な表情で銃を手入れする姿はどこか恐ろしさを感じた。
日は沈み、外は静まり返っている。楽京島は、国が前面に押し出している所謂「エンターテインメントの祭典」の部分と、マフィア達の祭典の部分、それらが強い地域は夜でも昼のような喧騒だが、それ以外の部分は案外静かなものだ。
すべての銃火器の手入れが終わったらしく、間の抜けた声と共に猛が伸びをした。それを計っていたようなタイミングで美佳が部屋に入ってきて、ギターケースを猛に放った。
「サンキュ」
両手で抱えるようにキャッチし、ギターケースを開ける。中身は空だったが、中にはいくつかの仕切りがあった。あれではギターは入りそうにない。
どうやらギターケースは銃火器を入れる箱だったらしい。猛は銃火器をいくつか、手際よくギターケースに収納していく。
「うし、準備完了」
ギターケースを肩に抱え、敬礼の形をとる猛。美佳も机から拳銃を一つ取り、羽織ったコートの内へと入れた。
「こっちも使えるようにしといたぞ」
ずっとパソコンと向き合っていた仁が顔をあげ、美佳に報告する。美佳は仁にサムズアップをして、杏奈の方へ歩み寄った。
「杏奈には流石に前線には出せないから、監視カメラ、仁が乗っ取ってくれたからそれ見ながら私達に指示して欲しいの。できる?」
監視カメラを乗っ取ったって、仁は一体何者なんだ。いや、よくよく考えてみると杏奈が仁と出会った日には猛も何か盗聴だかハッキングだかしていたんだっけ。
連絡用の携帯を受取りながら目の前のモニターを見る。モニターには、幾つもの路地や道路が映されていた。
「まあ、それくらいなら......」
「ありがとね」
にこやかに笑いながら頭を撫でる美佳。しかしコートの中には拳銃が入っているのだ。
「さて、まずは手を組んだマフィアの一部を闇討ちしましょうか」
にこやかな笑顔のままとんでもないことを言う美佳。杏奈は頭が付いていかないが、仁と猛は間の抜けた返事をする。
猛はギターケースを背負い、美佳は車のキーを手に取り、仁は日本刀を提げ、事務所から出ていく。杏奈も自分の仕事を全うするため、パソコンの前に椅子を持ってきて座る。殺しの手伝いをするのは気が引けるが、この事務所から放られたら明日を迎えられないのは杏奈なのだ。
「ほんと、なんでこうなったんだろう」
誰もいない事務所でひとりごちる杏奈であった。
「マフィアがどこの馬の骨か知らないけど、そのターゲットと手を組んだ瞬間闇討ちでメンバーが何人か殺られたらターゲットの敵が大きな力を持っていて、しかも相当怒ってるって思うでしょ?そしたらそのマフィアはターゲットと縁を切りたいじゃない、だからまずは闇討ちなの」
「そうは言うけどよ、そのマフィアがどこにいるか解ってるのか?お前」
車を運転しながら説明する美佳に突っかかったのは猛だ。
「解るわよ、ターゲットの顔知ってる人がこの辺りではあんまり見ない顔と喋ってるの見たって言ってたから」
「どこからの情報だよそれ」
「私の客」
美佳は今でもたまに風俗営業をやっていたりする。店等で、ではなく個人でやっているために援助交際とも言えるが。美佳が相手を選ぶ基準はその相手の顔の広さ。より多くの情報を得るためになら、彼女は体をも売るのだ。
「またそれかよ、おい、信頼できんだろうな?」
「大丈夫よ、さっき連絡とって聞いたから。もし間違ってたら次会うときは私の穴で遊ぶ前にあんたの頭に穴が開くからねって言っといたし」
「俺、お前のそういうとこ結構好きだぜ」
これから闇討ちをしようかというには余りに緊張感のない車が走ること十五分。美佳が走らせた車は少し古びたバーに到着した。
「ここか?」
「そうよ」
「美佳、ビンゴだ。ここ、最近島に来たマフィア、「レッドベアー」が溜まってるらしい所だぜ」
「あんたこそなんでそんなこと知ってるのよ」
「伊達に暇つぶしに盗聴やらをしてないぜ」
「あっそ。じゃあ私車で待ってるし」
「おう、行くか」
車のドアを開け、ギターケースを助手席から取り出し、歩き出す猛と仁。目の前のバーは、ドア越しにも下品な笑い声が聞こえてきた。
「どうやる?」
「待つしかなくね?とりあえず二人くらい殺ればいいだろ」
手短に動き方を確認する二人。隠れる場所はバーの看板の裏と、屋根の上に分かれた。
三十分後。三人の男が店から出てきた。日本人ではないことが一目でわかる。間違いなくマフィアのメンバーだろう。
「行くぞ」
通信機で猛に合図を送り、屋根の上から音もなく飛び降りる仁。地面に着地すると同時に、刀を抜き、一文字に振り抜いた。
「ぎゃっ!?」
声を出す間もなく、首を飛ばされるマフィアの一人。もう一人、首を飛ばすまでは行かずとも首を斬られた男は声にならない声をあげ、血を噴き出した。
「んだてめぇ......」
刀の餌食にならなかった男が声をあげ、銃を手に取るまでに頭から血を噴き出す。サイレンサーを付けた猛の銃撃だ。
「手応えゼロだな」
「よく二人同時に殺れたな、今の」
さて帰ろうか、としたその時、バーのドアが開いた。転がる三つの死体。日本刀を持った男ともう一人。マフィア達の動きは迅速だった。
「やべ」
「全員殺すか」
蜂の巣をつついたような騒ぎのバーから、武装した強面の外国人が大量に現れる。アメリカンマフィア、レッドベアー。
「逃げながら確実に数を減らすぞ」
「いいねぇ、ゲリラ戦ってか」
傍目から見ると絶望的な状況なのに、猛は口笛を鳴らし、仁はとても嬉しそうな笑みを浮かべていた。