仕事と殺人
杏奈が仁達の住む事務所で暮らし始めて三日が経つ。
相変わらず仁は無愛想な顔つきで刀の手入れをし、どこか出掛けていっているようだ。猛は煙草を吸いながらパソコンに向かい、よくわからないソフトを動かしているらしい。美佳は掃除をしたりかかってくる電話を受けたり買い物に出掛けたりと、まるで母親のようである。
そして杏奈はというと、特にやることもないので、美佳から本を借りて読んで、掃除の手伝いをして、自分の部屋を綺麗にすることをしている。仕事を手伝うことを条件に居候させてもらっているが、そもそも仕事がなんなのか解らないのだ。
そんなことで日課になりつつある昼間の読書をリビング部屋でしていると、電話が鳴った。携帯電話ではなく、事務所に取り付けられている電話である。
「はい、電話どーも。こちら日本刀鍛冶屋事務所、用件どうぞ」
当然のように美佳が電話に出て、ここの事務所の名前と思しき名前を明かす。それにしてももう少しましなネーミングは無かったのだろうか。
電話をしている美佳は相手からの話にときたまあいづちを打ち、口の端を緩ませる。どうやら何かしらの仕事が入ったらしい。
「はーい、それでは十五時にこちらまで。お待ちしております、はい、失礼します」
に上機嫌に電話を切り、猛の方へと視線を向ける美佳。その表情はすこし幼く、無邪気に喜んでいるように見えた。
「いい仕事、入っちゃった!」
「野郎、すこしばかり調子に乗りすぎたんだ。俺のテリトリーじゃねえ所でぶっ飛んだ額でヤク売りやがって、ボられた事に後から気付いた向こうさんがキレやがった。俺としちゃああの野郎をぶっ殺すなりなんなりして示しつけなきゃならんのだが、あの野郎、その金で用心棒雇やがって逃げやがった。しかもだ、俺らのヤクをかなりの量持っていきやがった!!このまんまじゃあ俺の名折れもいいとこだ。あの野郎をぶっ殺してくれ」
仕事の内容は、杏奈にとっては予想はしていたが、予想したくないもの、殺人だった。しかも、依頼人は暴力団だ。吉村組という、中々に大きいらしい暴力団の組長、吉村龍三は相当厳つい顔つきをしていて、更に片目が潰れているというオプション付きであるから、杏奈を怯えさせるには十分だった。
杏奈の入れた茶を啜りながら、美佳は笑顔で吉村の話を聞いている。何故美佳が平気で話をしていられるのか、杏奈には到底理解できない。
「で、その殺害対象は幹部の君島優。写真もこれで間違いないんですね?」
美佳はテーブルに置かれた写真を手に取り、吉村にひらひらと見せる。吉村はうむと頷き、そう言えば、と思い出したように付け加える。
「野郎、どうもアメリカンマフィアの一部と手を組んでるらしくてな、俺を殺したいらしい。そのアメリカンマフィアも一緒にぶっ殺してくれて構わん」
「承知しました。報酬金は後払いになります、それまでにしっかり現金で用意してください。何かあれば電話なりして下されば。それじゃもう帰ってもらって結構です」
段々と丁寧口調がめんどくさくなってきたのか、美佳の話し言葉がすこし砕けてきた。猛が欠伸をしながら吉村とその護衛に「気いつけて〜」と手を振り、杏奈も慌ててお辞儀をする。
吉村達が車に乗り、帰っていく所を窓から眺めていた美佳は、にやりと笑ってガッツポーズをした。
「久々に金の入りそうな仕事が来たよ、やった!」
三ヶ月振りとか笑えません。