刀と血
暗い路地の間を、クーラーの室外機にぶつからないように気をつけながら右へ左へと曲がり、少し小さな道へと出る。まだ昼だというのに酒を飲んだような赤い顔をした中年の男がフラフラと歩いている。男は道の端に停めてあったスピードスクーターに跨り、ヘルメットを杏奈へと投げ渡す。
「ほら、乗れ」
ヘルメットを受け取った杏奈は、戸惑いつつもヘルメットを被り、男の後ろに跨った。
「悪いがこのスクーター、一昔前のバイクと同じで自動ストップは出来ねえからな」
男はそういうと、エンジンをかけた。一昔前のバイクに似たそのスクーターは静かな稼働音を鳴らし、アスファルトの上を疾走した。予想以上の速度に杏奈は戸惑い、男の背中に抱きつく。
「ねえ!どこに向かってるの!?」
杏奈はずっと気になっていたことを思い切って聞いてみた。
「取り敢えず事務所にでも連れてくか」
男は後ろを向かず(運転しているので当たり前だ)そう答えた。すると、スクーターから電話のアイコンが点灯し、電子音が鳴り出した。携帯に連絡が入ったらしい。
アイコンをタッチすると、スクーターに付いている小さなモニターに「通話中」の文字が表示された。
「留守だ」
『出てる時点で留守ではないだろ。お前、今どこ?』
電話口から聞こえてきた声は男のものだ。おそらく年齢は二十代だろう。
『今暇だったから通信ライン乗っ取ってたんだが、どうも銃ぶっぱなし事件があったみたいだから、首突っ込んでないかと』
「そんな悪趣味はやめろ。そして忠告有り難いが、絶賛首突っ込み中だ」
電話口からはぁ、と溜め息が聞こえる。
『そうだろうと思ったけど。で、帰ってくるなら持って帰ってくんじゃねえぞ』
「あいよ」
ブツッと連絡が消える音と共に、通話中の文字と電話のアイコンが消えた。男は溜め息をつき、スクーターのブレーキをかける。杏奈が不審に思って声をかけようとしたが、できなかった。目に、恐ろしいほどの殺気が見えたのだ。
男は拳銃を取り出すと、真上に向けて発砲した。道を歩いていた人達は驚き、一斉に逃げ出す。
「おい、出て来いよ」
男がそう言うと、黒服の男達が数人、路地や店から出てきた。皆、拳銃を構えている。
「女、そこでしゃがんでろ」
拳銃を黒服の一人に向け、そう言った。杏奈は言われた通り、スクーターの陰にしゃがむ。
「お前は、その女のなんなんだ」
銃口を向けられた黒服が口を開けた。その言葉が合図かのように黒服達は男に一斉に銃口を向ける。
「あ?そうだな......さしずめ、狂ったナイト様ってとこか」
男はそう言い放ち、引き金をひく。銃弾は黒服の太腿に命中した。うずくまる黒服を無視して他の黒服達が一斉に発砲。しかし、発砲した先に既に男はいなかった。
常人離れした跳躍力で真上に跳び、そこから二発、連続で発砲。一人の黒服の肩と喉に命中し、血を噴いて絶命した。男は着地と同時に持っていた銃を投げつけ、刀を抜き放った。
投げた拳銃は黒服の一人の手首に命中し、銃を落とす。のうちにその黒服に近づいた男は刀を横に振り抜き、黒服の首を飛ばした。
その首が飛んだ人だったモノを蹴り、黒服の撃った銃弾をその死体で受け止め、その死体の持っていた拳銃を奪い、三連発砲。下腹部に命中し、腹を抑えたところを見計らい急接近、心臓を突き刺した。そして、太腿を抱えて呻く黒服の頭を目掛けて発砲。乾いた銃声と共に、最後の黒服もこの世を去った。
「これで、全員か」
杏奈が恐る恐る顔を上げると、そこには大量の血と、四つの死体、それを見やる男の姿があった。
「さて、逃げるぞ」
男は刀に付いた血をハンカチで拭きながらスクーターの方へと歩き出す。杏奈は目の前の光景とそれを一瞬で作り上げた男に恐怖し、本日二度目の胃液を吐いた。
「さっさと乗れ」
男は刀を鞘に納め、スクーターを起動状態にする。杏奈は咳き込みながら後ろに跨った。
「ゴミ掃除もしたし帰るか」
スクーターは静かな稼働音を鳴らしながら道路を走り出した。先程と同じような速度だったが、杏奈は男の背中に抱きつくことはできなかった。
呑み屋や居酒屋、バーなどが建ち並んでいた道を抜け、小さな雑居ビルが建ち並ぶ道へと入った。既に日は傾きはじめ、殺風景な道は杏奈の心に開いた穴のようだ。
「着いたぞ」
スクーターが止まった場所は、そんな雑居ビルのうちの一つだった。ガレージを開け、スクーターをそこに停める。そしてそのガレージの中にあるインターホンを押した。
「取り敢えずここでゆっくりしていけ」
インターホン越しに階段を降りる音が聞こえる。そしてすぐに先程の電話の声と同じ声が聞こえた。
「お、帰ってきた」
「茶の用意を頼む。二人分」
「あいよ」
ビビッという電子音と共に、ドアのロックが解除される。男は迷いなくドアを開け、杏奈を手招きした。杏奈はそれに従い中へと入る。
中は普通の廊下となっていた。土足厳禁らしく、靴がいくつか並べられている。スニーカーや革靴、ハイヒールまである。杏奈はそこで靴を脱ぎ、少し不安感を感じつつすぐそばにあった階段を昇っていった。
階段を昇ると、そこはリビングのような、或いは事務所のような出で立ちをした大きな部屋があった。大きなテーブルにソファ、テレビまである。冷蔵庫、キッチンもあるらしく、リビングという方が正しいだろう。
そしてそのソファにシャツにジーパンというラフな格好の男性がもたれかかっていた。恐らく先程の声の主だろう。
「おい猛。茶の用意は」
猛と呼ばれた男は気だるげに安奈達の方を向いた。額に痛々しい傷跡がある。しかし、それを補って余りあるほどの端整な顔立ちをしていた。恐らく二十代中盤、後半辺りだろう。
「出来てる。おい仁、なんだその可愛い子は」
猛は杏奈をまじまじと見つめた。そしてニヤニヤと笑う。その表情を見ると三十代のようにも思えた。
「俺も知らん。だから茶でも飲んで説明を頂こうというわけだ。という訳で......」
仁と呼ばれた刀を提げた男は杏奈の方を向いた。
「説明してもらおうか」
スピードスクーターというのはバイクの進化系みたいなやつです。