予感
わたしが通っている高校の最寄駅。
その駅のホームに、わたしはいた。
生徒たちが帰途につき、夕焼けがビルの谷間に沈んでいく。
逢魔が時。
この時間になると、いつも決まって空に現れるものがある。
……たくさんの、大きな大きな輪だ。
それ自体が発光しているのか、夜空と夕焼けの狭間でもはっきりとその姿が視認できる。
だが、それはごく短い時間だけ上空に現れ、すぐに消えてしまうのだ。
そして、ほかの人に聞いてみても、誰もあの輪っかが見えないと言う。
あんなに大きくて目立つのに、誰も。
なんなのだろう、あれは。
そして、彼。
制服を着ているので、おそらくわたしと同じ高校生だろう。
彼はこの時間になると、いつもそこにいる。
いや、この時間以外で、彼の姿を見たことがない。
そしてなぜか、いつも黒猫に餌をやっているのだ。
今日もいつもと同じように、彼は黒猫に餌をやっていた。
黒猫は美味しそうに、皿に入ったミルクを舐めている。
微笑ましい光景だった。
「――猫、好きなんですか?」
それはきっと、わたしの今までの人生の中で、一番緊張した瞬間だったに違いない。
今日こそは、彼に話しかけると心に決めていた。
予感があったのだ。
多分、彼はわたしと同じものが見えているのだという予感が。
「…………え? 僕?」
彼はとても驚いた表情を浮かべていた。
その顔を見て、少し不安になる。
もしかして、何か悪いことをしたのだろうか。
わたしのそんな心情を読み取ったのか、彼は慌てて口を開いた。
「いや、他の人から話しかけられたのは久しぶりでね」
彼はわたしの顔を見て嬉しそうに微笑んだ。
そのきれいな表情に、思わず顔が熱くなる。
「……どうしたの? 顔が真っ赤だよ?」
「なっ、なんでもありません!」
それはきっと夕日のせいだ。
そうに決まってる。
「こいつ、ブロンっていうんだ。かわいいでしょ?」
そう言って椅子の上に寝転んでいる黒猫――ブロンの頭を撫でる。
その手つきは優しい。
ブロンは気持ちよさそうに目を細めていた。
「……あなたには、あの輪っかが見えるんですか?」
ブロンの頭を撫でていた彼の手が、不意に止まる。
そして、空を見上げた。
その視線は明らかに、遥か上空に見える〝何か〟をとらえている。
「見えるよ。僕にも見える」
ブロンが「ミャー」と鳴く。
それがわたしには、彼に返事をしたように聞こえた。
――何かが始まる予感がする。
きっとこれは、気のせいなんかじゃない。