影の勇者
「フラガラッハだって!?」
俺がフラン……フラガラッハのことを紹介するとディニギルがそう聞いてきた。
「あ、ああ。そうだけど……」
ディニギルは何でそんなに驚いているのだろうか。
「何でそんなに驚いているんだ?」
思うと同時に口に出した。すると……
「……その武器の名前は、あの『影の勇者』の剣と同じなんだ」
手でフランを示しながらディニギルはそう言う。
「『影の勇者』?」
聞きなれない単語に俺は疑問符を浮かべる。影の勇者、まったく聞いたことがないな。そう思っている間に俺はフランを人型に戻した。
「君も一度くらいは聞いたことがあると思うんだけど」
いや、まったくございません。
「フラガラッハ。その名前の剣で、勇者達がこの世界を救うのを手伝ったとされる人だよ」
俺の疑問に答える形でディニギルは言った。それを聞いた俺は。
(……それって、俺のことか?……いやいやいや、ないない、それはない)
だが、否定をしていても、可能性としては無くはない。別に俺は勇者達を手伝った覚えも無いんだけど、可能性は無くはない。
俺としては、そんな可能性無いほうがいいんだけど。そんな肩書きいらないし。
「……えっと? その、影の勇者とやらの剣の名前と、俺の剣――フランの名前が同じだからお前は驚いたって事か?」
とりあえず、俺は話を続ける。
「まあ、そういうことだね」
ディニギルは肯定した。
「でも、君は何で影の勇者のことを知らないんだい?」
結構有名だけど。そう言うディニギルにさて、どう答えたものか。
別にそんな肩書きが自分についているなんて(あくまで仮に)知りもしなかったし知らなくてもよかった。むしろ知りたくなかったような気もする。俺は永遠に平凡な奴でいたい。そんな有名になりたくもないし、それこそ目立つなんて真っ平ごめんだ。
いや、まあこの世界でも一回や二回すげー目立っちゃったことがあったんだけどな。しかも確実に一回は俺の意思だし。まあ、目立ちたかったわけではないんだけどね。
あ、でも。故郷の世界のことだけど、目立ってても総司や明美、海華の三人といるのは楽しかったからな。目立つのはごめんだけどそれを我慢する代わりにあの楽しさがあったって言うのは事実だ。
というか、そんなことはともかく。
まあ別に俺は異世界から来たと言ってもいいんだけど、そんな俺がここにいるということはつまり、国の王家というか上の人たちは勇者でない人を召喚してしまったということになるわけだ。
それは、この国にとって良くないことだ、と。
ランファルトが前にそんなことを言っていた気がするので――そこで俺も納得していたので――ここで正直に答えてもいいのかがいまいち良くわからない。
「いえまあ、ソラが知らないのは当然ですよ。つい先日まで異世界にいましたので」
と。俺の心配をよそに、ユミアはそう軽く答えた。
「っておいっ!お前そんな軽く言っちゃっていいのかよ!」
思わず流しそうになった位軽いよ。
「ええ、別に大丈夫ですけど」
「二年前とはこの世界もずいぶん変わったしねぇ」
ユミアに続いてメリアまで。そして、フランまでも。
「マスター、別に言っちゃっても大丈夫です。マスターが異世界から来たことも、マスターが影の勇者だってことも」
「え?」
余計な言葉を交えつつ言ったフランの言葉を、聞き逃してくれればと思ったのも空しく。
ディニギルは聞き逃さなかったようだ。
「いま、ソラが影の勇者だって言った?」
そして俺も聞き逃さない。今フランが言った言葉。それは俺に、影の勇者という肩書きがついてるという証拠そのもの。つまり……
俺が、その影の勇者らしい。
「……これって、泣いていいのかな?」
いや、ちょっとホントに泣きたい気分だよ(感激でなく、嫌だから)。別に泣いてもいいんだよ? でも、確かに泣いたらすっきりするかもだろうけど、俺がそんなことをしたら多分それは俺じゃないよ。何言ってるかって? ははっ、……俺にもわかんねぇ。
「マスター、何故泣きたいのですか? マスターは今やこの国、いえ、世界に名を残す人となったのですよ? 私はマスターがしたことの誇らしさに今でも胸いっぱいです」
笑顔でそういうフラン。そういってくれれば俺は嬉しい、嬉しいよ、うん。でもね……俺気になった。
今のフランの言い方、この世界に名を残す人となったっていうのは――まるでネルミス全体に知れ渡っているとでも言うようじゃないか。
「その影の勇者って言う肩書きは、いったいどこまで知れ渡っているんだ?」
早とちりであることを祈って、俺は聞いた。
「この世界に住む民のほぼ全てでしょう」
「何でだよっ!」
「何でって言えば、ソラが全種族の戦争を平和的に締結させたのが一番の要因じゃないかな?」
ユミアの言葉に思わずつっこみ、そのつっこみに答えたメリアの言葉を聞いて、俺は考える。
確かに、例えば俺の故郷の世界でも、もし二度の世界規模の戦争をどちらか(一度目か二度目)でも平和的に止めた人がいれば、それは恐らく世界中の国の学校の教科書にその人物は載っているだろう……と考えれば。あながちこのことがこの世界に住む人達の大半が知っていても不思議じゃないのか。と、思ってしまった。
でも、よく考えれば俺が一番気になるのはこの肩書きが知られていることによって、今している――ほとんど始まったばかりなんだけど――旅にどれくらいの制限、つまりどれだけ俺が影の勇者だとばれないように行動する必要があるのか、という事だ。だってばれるのって嫌じゃん。俺のこの世界で言う二年前の記憶だと、勇者ってのは結構な人に囲まれてすごく目立っていた。影の勇者ってどう思われてるかは知らないがある程度人気(?)があると考えたほうがいいだろう。だからばれないように……
「……いや。そうじゃない」
「何がそうじゃないんですか?」
俺の呟きにフランが聞いた。その質問に答えるように俺は質問する。そして今からする俺の質問は、答えによってはさっきまでの、ばれる、ばれない、ばれたくないとかの考えはすべて徒労になることだろう。というかなって欲しい。そっちの方が楽だから。
「考えればここで重要なのは、その影の勇者のどのくらいの真実が知られてるかが問題なんだよ」
その言葉で俺が何を言いたいのかユミアはわかったようだ。でも、それ以外はわからないようなので――まあ? 俺もいきなりそんなことを言われても『なるほど』なんて理解できるかわからないけど――つまり、と俺は続ける。
「つまり、例えば影の勇者の名前、性別、何を成し遂げたか。そんな感じの事がこの世界にどれだけ知られているか、って事。さらに、その知られていることが真実なのか、または嘘なのか。そういうことが俺は知りたいんだ」
まあ、影の勇者の名前が俺の名前、つまり青野 空ということは知られていないというのは、さっきのディニギルの反応でわかったが。だって、もし伝わっているとしたら、フラン(フラガラッハ)のことを知っているディニギルがその使い手である影の勇者の名前を知らないとは思えない。……多分。
あ、後あのギルドの受付の人。俺のギルドカードの再発行をした時に俺の名前を確認しただろうけどそこについて何も触れてこなかった。つまり、やっぱり影の勇者の名前は知られていないか、それとも分かっていて触れなかったか、だ。まあ、確率としては前者の方が高いか。というかこれもそうであって欲しい。
「そこについては心配無用だと思うけどね」
と、ディニギルがそう言った。
「理由は?」
「影の勇者、その存在は皆知っている。――知ってはいるんだけどね」
「あくまで、それは噂の域を出ないものばかりなんです」
「その噂で語られている中での数少ない真実の一つは、私がさっき言った、全種族の戦争を平和的に締結させた、って事くらいだよ」
ユミアとメリア含め、三人のその説明を聞き、俺はなんとなくわかった気になる。そしてそれはまだ、わかった気なのでそれを確認する意味でこう言った。
「つまり、影の勇者は単なる噂話で、影の勇者の名前、ついでに容姿とかは別に知られていないんだな」
「はい。ので、別に旅をする上でばれる危険を避ける、なんて考えはしなくてもいいですよ」
俺の思考をほぼ完全に読み取っていたユミアが、そう言う。
「……マジか。さっきまでの考えは本当に無駄だったな」
「まあ、そこもソラらしいですね」
俺のため息交じりの言葉にユミアがそう言ってきた。……若干、馬鹿にされた気がする。
(うんと。皆が言ってる事、よくわからないや)
私は思った。
今の話を聞いていて、ソラが影の勇者って呼ばれていることはわかった。でも、それがすごいことなのかどうか、私にはわからない。影の勇者っていうのも、これまでに少ししか聞いたことない。
でも、皆の話を聞いていて、それをまとめればソラはすごいって言うことなんだと思う。
ソラはすごい。私のご主人様はすごい。それは結構いいことなんだと思う。今まで所有者なんていなかったから、それも私にはわからない。
(私は、ソラの何に惹かれてご主人様になってほしいって思ったんだろう)
それはわかっている。直感みたいなものだ。ソラを見たとき、この人だって思った。何でかはわからない。だから直感なんだろう。
それと、彼を見たときから私の中には何か、どくどく、というような感じがしている。それも、何でかはわからない。
(何なんだろう、本当に…………あれ?)
今、ふと一瞬何かが頭の中をよぎった。どこかの風景みたい……
木でできた家、その周りを囲むように花が咲いている。
(ここ、なんでだろう。見覚えがある)
見たこと無いはずなのに、見覚えがある。なんでだろう……
「……おい、フレイ」
「…………」
「フレイ!」
「うわぁっ!」
「たく、やっと気付いたか」
気付くと、ソラの顔がすぐ近くにあった。それに気付いた瞬間、私の中のどくどくいう感じが早くなったのに気付いた。顔もなんか熱い。他の皆はいつの間にかいなくなっていた。
「ソ、ソラ。どうしたの?」
「どうしたのじゃねぇよ。お前が何回呼んでも気付かなかったから近くで呼んだだけだよ。何か考え事でもしてたのか?」
なんで、こう思うのだろう。
「うん、まあ、ちょっとね」
ソラの問いに答える。
「そうか。でも、呼んだらちゃんと返事してくれよ」
「ごめんね」
会って少ししか経ってないのに、思う。
「まあ、わかってくれたらいいさ。さ、早く飯食いに行こうぜ。皆先に行ってるぞ」
今、この状態が……ソラといるこの状態が――
「……うんっ!」
私にとって、ずっと思い描いていたものだって、思うの。
「じゃあ、行こうか」
そう言ったソラと一緒に、私は食堂に向かった。