二人の少女=二本の剣
俺はフレクラエアの言葉に困惑した。
「えっと……いきなりすぎてどういうことだかよくわかんないんだけど」
「言葉通りの意味ですよ! あなたに私のご主人様になって欲しいんです!」
まあそれはわかっているのだけれど。俺がよくわからないのは、『何で俺なのか』というところだからな。
だから俺は、聞いた。
「いや、じゃあ聞くけど、何で俺なんだ? はっきり言って俺は弱いぞ?」
「何言ってるんです! 私を倒したじゃないですか!」
目をきらきらさせながらそう言うフレクラエア。
「いや、お前を倒したのは俺だけじゃないぞ」
「……はい?」
俺の言葉にフレクラエアは首をかしげる。それはディニギルも同様だった。
「ソラ、フレクラエアを倒したのは間違いなく君だろう? 君のあの付与魔法は凄かったし、それに証人だってたくさんいるよ」
そういってディニギルは周りを見渡す。そこには、俺とディニギルの決闘を見ていた野次馬達がいる。それでも……
「いやいや、だから俺だけじゃないって」
俺は『だけ』を強調する。
「じゃあ、それは一体誰だって言うんですか?」
フレクラエアはそう俺に聞いた。
「そんなのはわかるだろ?」
「いいえ、まったく」
「僕もわからないよ」
「私もわかりませんね」
「私もわかんないよ?」
俺の言葉にフレクラエア、ディニギル、そしてついさっき結界を解いて入ってきたユミアとメリアがそう答えた。
「……本当にわかんないのか?」
「ああ」
「「はい」」
「うん」
どうやら本当にわからないらしい。
「……俺と、ディニギルでこいつを倒したんだ」
俺は呆れながらそう言い、続ける。
「俺はディニギルがいなきゃ死んでたし、ディニギルだって俺がいなきゃ多分死んでた。だろ?」
俺がそう言うとフレクラエアは納得いかないという風な顔でこう言った。
「そんなわけないです! 私はその人も、あなたも殺そうとなんてしてません!」
「いや明らかに殺す気満々だっただろうが!」
「何でそんなことわかるんですか?」
「あんな攻撃受けたら間違いなく死ぬからに決まってんだろ!」
「そ、それは……あの、あれです! 力加減を間違えただけです!」
「シャレになんねぇこと言うなよ!」
すらっと恐ろしいことを言うフレクラエア。もしあの攻撃受けてたらって思うとゾッとするよ、まったく。
「えっと……てへっ!」
「ごまかされると思ったら大間違いだぞ」
小首をかしげてごまかそうとするフレクラエア。可愛いとは思うがそんなんじゃごまかされないぞ。
「ま、まあそれはともかく」
咳払いを一つ、フレクラエアは改めて言った。
「ソラ様、私のご主人様になってくれませんか?」
「……まぁ、お前が良いって言うんなら、俺なんかでよければ良いけど」
でも、と俺は続ける。
「本当にどうして俺なんだ?ディニギルの方が良いと思うんだけど」
「うーんとですね。それが実は、よくわからないんですけど」
「うん?」
フレクラエアは続ける。
「なんでか、私のご主人様はソラ様でないといけない。そんな感じがするんです」
「……俺にもようわからん」
まあ、本人もわからないって言ってるから当然か。
「すみません、ソラ」
と、俺とフレクラエアが話しているとユミアがそう入ってきた。
「何だ?」
「さっき、何をしていたか覚えてますか?」
「ん? さっきって……あ」
思い至った俺はディニギルを見る。
「ああ、そういうことか」
どうやらディニギルも思い至ったようだ。
「はい。で、どうするんですか? 決闘の続きは」
そう、ついさっきまで俺とディニギルは決闘をしていたんだった。フレクラエアのせいですっかり忘れていた。
「えっと、ちょっといいかな」
ディニギルはそう言った。
「どうしたんだ?」
「よかったらこの決闘、僕の負けってことにしてもらいたいんだけど」
「……いいのか?」
俺は聞く。
「うん。僕じゃ君に勝てないってわかったからね」
いろいろとね、と。ディニギルはそう付け足した。
「それと」
ディニギルはメリアの方向に向いた。
「……何?」
メリアはやや不機嫌そうに言った。
「……メリア、すまなかった。今までの僕は愚かだったよ。嫌だといわれているのに付きまとって君に不快な思いをさせてしまった。もし君が望むなら僕はどんな罰も――」
メリアはそんなディニギルの謝罪を――
「……そこまで」
止めた。そうしてこう言った。
「……ディニギル、私はあなたに罰を受けて欲しいなんて思ってない。というか、あなたはもう十分罰を受けたと思うわよ。ソラがあなたの鼻を折ったから、ね。結構痛かったでしょ?」
冗談交じりに、微笑みを浮かべながらそういったメリア。
「それじゃあ」
「うん、もう気にしなくていいよ。これからは友達でいようね」
「……ああ、喜んで」
「ユミア、今のディニギルを見てどう思う?」
「あなたが鼻をへし折ってくれたおかげで、素敵な青年になったと思いますよ」
「……別に、俺は当たり前のことを言っただけだ」
「……でも、あの言葉。あなたが言うと、重みが違います」
「そうか?」
俺の問いに頷くユミア。
「――巻き込まれて召喚されたのにもかかわらず殺されかけて、勇者達に見捨てられ、何度も死にそうになった。そんなあなたの言ったあの言葉。そのことを知らない人にはただの戯言にしか聞こえないかもしれない。でも……私には、その言葉は心に深く突き刺さった。二年前にも、あなたが私に言ってくれたあの言葉が」
「……まあ、そのうち死にそうになった何回かはお前のせいだったし、一回はわざと死のうとしたんだけどな」
「ふふっ、確かにそうだった」
ユミアは微笑みながら言った。
「ああ、それとな」
そんな微笑をよそに、俺は言った。
「ユミア、口調」
「……これくらい許してください」
「別に怒ってるわけじゃないんだから許すも何もないだろうに」
ただの親切心だったんだけどなぁ。
「あの、ソラ様?」
……そういや、ほったらかしだったっけな、フレクラエア。
「答えを聞いてもいいですか?」
フレクラエアは俺に向かってそう言った。まあ、こうなったら答えは一つなんだけど、と言うよりもさっき言ったも同然なんだがな。
「俺でよければ喜んで」
「本当ですかっ!」
「ああ、本当だ」
「ありがとうございますっ! ご主人様っ!」
「あー、別に空でいいし、ため口でもいいぞ」
俺がそう言うと……
「うんっ! ソラ、よろしくね! あと私のことはフレイでいいよ!」
順応力が高くてよろしい。
「わかった。よろしくな、フレイ」
「それでは、そろそろ宿へ戻りましょうか」
俺達のやり取りを見ていたユミアがそう言った。
宿屋、俺の部屋(正確には俺に割り当てられた部屋)で俺、ユミア、メリア、ディニギル、フレイの五人(四人と一本?)が揃っていた。……って。
「何で俺の部屋に皆いるんだよ!」
自然すぎてびっくりだよっ!
「私は部屋が隣だからですけど」
「それって理由になるのっ?」
「明日からのことについても話したいと思ったので」
「ああ、それならいいや」
ユミア、(何かに)合格。
「フレイは?」
「ソラがここにいるからだよ?」
まあ、フレイはいても別にいいか。俺の武器って扱いだし。
フレイ、(何かに)合格。
「ディニギルは?」
「僕は君にちょっと相談があってね」
「相談?」
「ああ、実は……僕を旅に同行させて欲しいんだ」
「どうして?」
「君に教わることがたくさんあると思うからだよ」
なるほど、向上心か。
「わかった、いいぜ」
「本当かい?」
俺は頷く。
「まあ、旅は仲間がたくさんいたほうが楽しいしな」
ディニギル、(何かに)合格。
「で、メリアは?」
「私も、ディニギルと同じだよ」
つまり、旅に同行したいと。
「そういうことなら別にかまわないぜ。お前とは前も一緒に旅してたしな」
ユミアもだけど。
メリア、(何かに)合格。
まあ皆何か理由があるということで良しとしましょうか。
「そうだ、ソラ」
と、メリアがそう話しかけてきた。
「何だ?」
「ギルドカード、貸してくれない?」
「ん? 何でだ?」
俺がそう聞くと、ディニギルが「ああ」と言った後、こう言った。
「パーティの編成だね」
「うん、そうそう」
その言葉で俺はなんとなくわかった。けど一応聞くぞ。じゃないと何か誤解があるかもしれないからな。
「で、それはいったいどういうものなんだ?」
「ギルドカードの右下、そこにパーティの編成って書いてあるだろう?」
ディニギルがそういうので俺はギルドカードをポケットから取り出そうとした。……したのだが。
「……ユミア、俺、ギルドカードどこにしまったっけ」
「あなたの服のポケットですけど……まさか」
「うん……ないや」
はたして、どこでなくしたのか皆目見当がつかない。ギルドに落としたのならまだしも、もしあの決闘の途中に落としたのなら広場にあるということになる。つまり今は人通りが激しいあの広場にだ。誰かに拾われていなければいいんだけどな。
「ちょっと、探してくる」
「はい、いってらっしゃい」
「あ、私も行く!」
そんなことを思いながら、俺はフレイと一緒に部屋を出た。
「うーん、ないな」
ギルドの中、俺はそう呟いた。
「あっちも探したけどなかったよ」
フレイがこっちに走りよりながらそう言った。
「そうか。だったら、やっぱり決闘中に落としたのかな」
だとすると俺のギルドカードはあの広場にあるはず。だが……あそこは人通りが多いからなぁ。さっきも思ったが誰かに拾われてる可能性がある。そうだったらどうしよう。もし再発行するんだったらまたあいつらに迷惑を掛けることになるのか。
「ソラ、どうするの?」
フレイがそう聞いてくる。
「一応、広場も探してみるか」
「うん」
と、その時。
「――探し物はこれでは?」
「ん?」
俺は少女に、白いメイド服のようなものを着ている少女に声をかけられた。
その少女の手にはギルドカードが。
「あ、ほんとだ! ソラの名前が入ってるよ!」
俺より先に少女の差し出したギルドカードを確認したフレイがそう言う。
「じゃあ、俺のだな。えっと、あんた、ありがとな」
俺がそう言うと赤茶色の髪の少女は俺を見て微笑んだ。
――何だかこの子、どこかで見たことあるような気がする。
「駄目ですよ、自分のギルドカードはきちんと持っていないと」
「ああ、まあさっきのドタバタで落としてしまったみたいで。次からは気をつけるよ」
その感覚を勘違いだと思った俺はそう言って、皆の待つ宿に帰ろうとした。……だが。
「……前も、そんなことを言っていたの、忘れましたか?」
「……ん?」
俺は彼女の言葉に足を止める。
「前、二年前。あなたはギルドに入った直後にギルドカードを無くしてしまっていましたよね」
……確かに、そんなことはあった。俺が二年前(俺の感覚では一ヶ月前)、この世界にいたころ、初めてギルドに入ったころも、ちょうど今と同じように宿に戻ってからそれに気付き、そして探したということはあった。
でも、そんなことよりも。俺が疑問に思ったことは……
「なんで、あんたがそんなこと知ってるんだ?」
ということだった。
俺がそう聞くと少女は微笑み、そして言った。
「それは…………あなたが私のご主人様だから、と言ったら、わかりますか?」
「え?」
その言葉を聞いた俺は、少しの間、混乱した。なぜなら、俺をそう呼ぶのはこの世界ではただ一人、または一本のはずなのだ。
そして、俺が混乱している間に少女は光に包まれ、そして……
そこから出てきたのは銀髪の、白色の目をした、俺の良く知っている顔だった。
「……お前、フランなのか?」
「はい、マスター」
俺の問いに、少女は……フランは即答した。
「で、フラン。どうしてお前がこの町にいるんだ?」
宿屋の俺の部屋で俺はフランにそう聞いた。
「……恐らくですが、マスターに引き寄せられたんだと思います」
「俺に引き寄せられた?」
俺はその意味をよく理解できなかった。
「それって、どういう意味?」
横で聞いていたメリアが(横には俺のほかにユミア、メリア、ディニギル、フレイがいる)そう聞いた。
「……よくわからないのですが、私達意思を持った武器はその持ち主に引き寄せられるようなのです。私は、何かこの町に来なければならないと思ったので来たのですが」
まさかマスターに会えるとは、とフランはそう言った。
「じゃあ、つまり何だ? お前はよくわからない予感みたいなものを感じて、それでこの町にきたって言うのか?」
「まあ、そんな感じですね」
フランは言った。
そしてそう言われた時、俺はふとフレイを見た。
「ん? 何?」
とフレイは首をかしげる。
「なあフレイ。よく考えたらお前がこの町に来た理由聞いてないんだけど、何でこの町に来たんだ?」
「えっと、私にもよくわからないけど。何だか私も、この町に来なきゃいけない気がしたんだ」
「……つまり、予感か?」
「えっと、そう言った方がわかりやすいと思うよ」
その言葉に、ユミアが反応する。
「じゃあ二人とも、何か予感を感じてこの町に来たって言うんですか?」
「まあ、そういうことなんだろう」
俺はそう言い、そして。
「――まあ、そんな話はともかく」
「いやいや、ともかく、って。そんなんでいいのかい?」
俺の言葉にそうディニギルは聞いてきた。
「まあ、俺達にはわからないことなんだろうからよ。そんな考え込んでても仕方ないだろ? だったら、そんな話より先の話だよ」
俺が今言った通り、この話はいくら話し合ったとしてもどうせ可能性しか出せないだろうからな。
「ふふっ、その考え方、マスターらしいですね」
「でも、確かにその通りでしょう。でしたらもっと別のことを考えたほうがいいかと」
「その前に、パーティの編成をしたほうがいいと思うんだけどね」
「あ、そうだね」
フラン、ユミア、ディニギル、メリアはそれぞれそう言った。
「でも、私はやっぱり気になるなぁ」
そう言ったのは、フレイだ。
「でも、考えてもよくわからないままだろ?」
「うん。そうなんだけど」
そう言ったフレイは考え込み、ふと、「運命」、と呟いた。
「ん?」
「私、ソラがご主人様じゃなかったのに、どうしてこの町に来るべき、見たいなことを感じたんだろうって、今考えてたんだ。そしたら、これは運命だったんだって思うと、何でか腑に落ちたの」
「運命、か。……案外そうかも、な」
俺はそう言って、本当に案外そうかもしれないと思いながらフレイの頭をなでた。何で、そんなことをする気になったのかはわからなかったが。
「ん、ふふっ」
フレイは気持ちよさそうに目を細める。すると。
「フレイちゃんずるいよ! 私も頭なでなでして欲しい!」
メリアがそう言った。
「いいよね、ソラ!」
「あ、ああ。構わないけど」
俺がそう言うとメリアは俺の隣に移動して来た。そして、俺は近付いてきたメリアの頭をなでる。
「……なんか、久しぶりだと恥ずかしい」
「そうか。じゃあやめるか?」
「ううん。もうちょっとだけ」
そう、目をつぶりながらメリアは言った。
そうしてしばらくして、満足したように俺に「ありがとう」と言って、メリアはさっきいた位置に戻っていった。
そうして俺はふと、あることを思い出す。
「そういえば、まだディニギルとフレイには紹介してなかったな」
それは、フランのことだ。俺は彼女が何者なのか、二人に紹介していない。
「それは僕も少し気になっていたんだ」
「確かに、私も気になる」
ディニギル、フレイはそれぞれそう言った。
その言葉に俺は頷き、フランに手を差し伸べる。フランはその手を握り、そして。
彼女は光に包まれる。
そうしてその光が消えていき、俺の手に残ったのは、剣の柄だ。
銀の剣身に白の柄、これが……
「これが、俺の仲間の一人であり、俺の武器でもある。フラン――『フラガラッハ』だ」