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復讐の価値  作者: 時田翔
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見世物

予想している方もいらっしゃるかもですが、今回は全編に渡って流血表現満載です。

グロ注意ということで、苦手な方は気をつけていただければ幸いです。

 扉の向こうは光の洪水だった。

 太陽のような自然な光では無い、強烈なスポットライトを束にしたような人工的で無粋な光だ。

 薄暗さに慣れてしまった目には、まるで刺さるような痛みを感じる。

 あわてて手をかざして視線を逸らしたが、とてもではないが目を開けていられない。


 そして、さっきから聞こえていた地鳴りのような音は、扉を開けたことによってボリュームが一気に上がり、多数の人々が上げる歓声となって、僕の耳を直撃した。

 しかし一体何人居るんだ?

 まるで野球場かサッカー場にでも来たようなやかましさだ。


 ようやく目が慣れてきた僕は、他の参加者の後についてその扉をくぐる。

 普段の僕なら、未知の場所に対する恐怖で、一番最後まで入れないんじゃないかと思うが、今は不思議とそういう感覚が無い。

 あまりにも現実離れした光景に、頭のどっかが麻痺してるのかもしれない。


 扉の向こうは、思ったよりも広い空間だった。

 強烈なスポットライトに照らされた、石造りの、すり鉢状の広場。

 広さは体育館くらいだろうか。

 その上に、ぐるりと取り囲むようにして観客席が作られている。


 以前、何かのTVで見たな、コロシアムとか言ったか。あれに似ている。

 そういえば、その時は響子も一緒に見てて、いつか実物が見たいと言ってたな。

 頭の片隅をよぎった一抹の寂しさは、その場の狂騒によって、あっという間に押し流される。


 観客席を埋め尽くした超満員の人々が上げる歓声、怒号、床を踏み鳴らす音。

 それらの色んな音が、まるで滝のように僕らに叩きつけられた。


 観客席の人たちは、総じて良い身なりをしてはいるものの、性別、年齢、人種すらもばらばらで、全く統一性が無い。

 ただ一つ共通しているのは、ぎらぎらした視線と、狂気をはらんだ笑み。

 そう、これから始まるであろう惨劇、それを心ゆくまで見たいという、そんな黒い期待に満ちた目だ。


 人間はここまで凶暴な表情ができるのか。

 ここから観客席までは、かなり離れているにも関わらず、その様子を見ているだけで、身体の芯から震えが上がってくる。


 観客たちが一際おおきな歓声を上げた。

 僕らが入ってきたのと反対側の扉が開けられ、数名の黒スーツ姿の男たちが入ってきたのだ。

 彼らは、全員で何か大きなものを肩に担いでいる。

 まるで粗大ゴミか何かのように、黒スーツ達によって放り出されたそれは、手足を縛られた全裸の男だった。


 芋虫のように不器用に身体を曲げ伸ばすことしかできない男は、今まで自分を担いでいた黒スーツに向かって、何事か激しく叫んでいるようだ。

 しばし黙って聞いていた黒スーツが、まるで黙れとでも言うように、いきなり男の鳩尾あたりを蹴り飛ばす。

 もんどりうって転がった拍子に、今まで茶髪に隠されていた男の顔が見えた。


 あいつだ! 寺島圭司!


 僕の心臓が、どくんと一つ大きな音を立てる。

 跳ね飛ばされる響子、走り去る車を運転していた奴の顔、真っ赤な血と真っ赤な夕日。

 身を裂かれる程の後悔、悲しみ、怒り。

 心の奥底に封印していた記憶が、一気に甦る。


 黒スーツの男たちは、もう興味が無いとばかりに、奴だけを置いて戻っていってしまった。

 後は好きにして構わないということだろうか。


 腹を蹴られて咳き込んでいた奴が、ふと顔をあげて僕らの方を見た。

 これから自分が何をされるのか悟ったのだろう。

 その表情が、見る間に驚きと恐怖に彩られる。


 自分は丸腰でしかも手足を縛られ、動くこともままならない。

 目の前には、手に手に武器を持った僕ら参加者たち。

 これで平然としていられたら、どうかしている。


「お、俺が悪かった! 謝るから……頼む、助けて……」

 ここに連れて来られるまでも散々殴られたであろう痣だらけの顔は、恐怖でひきつっている。

「助けてくれたら何でもする! 金が欲しいならいくらでも出すから! だから」

 縛られてろくに動かない身体を必死に動かしながら、奴が懇願する。

 響子を平気で見捨てたくせに、今さら何を言っているんだ。

 しかもこんな時まで金……。

 一体こいつはどこまで人の気持ちが理解できないのか!


 僕の頭の中を、事故の時の奴の不遜な顔と、息を引き取る響子の顔が交錯する。

 やはりこいつには、この手で鉄槌を下さねば!

 復讐……そうだ、これは復讐なのだ。


 いや、しかし……。

 怒りに身を任せてしまいたくなる僕を、最後に残った理性が必死で引き止める。

 こんなことが許されて良いのか?

 いくら復讐だと言っても、無抵抗の相手を嬲り殺す。

 これでは、僕は奴と同類じゃないのか?


 復讐心と理性がせめぎあい、足が一歩も前に出ない。

 右手に握ったナイフが、ことさら重く感じる。

 僕は、その場で彫像のように固まってしまった、その時である。


 なにビビッてんだ?

 お前は、悔しくないのかよ。

 こんだけお膳立てされてんだ、構わないからやっちまえよ。


 僕の頭のどこかで、そんな声が聞こえてきた。


 しかし、奴を殺したところで、響子が帰ってくるわけじゃない。

 こんなことは、ただの自己満足だ!


 何をキレイ事をいってるんだ?

 そんなんじゃ、彼女の無念は晴れないぜ。


 僕の頭の中で、理性と欲望が、せめぎあう。


 いくら復讐だって、僕が人を殺すなんて……

 そんなことは響子だって望んじゃいない!


 さっきの物言いをお前も聞いたろう。

 奴は、ここに至っても本気で反省しちゃいない。

 人の痛みがわからないからだ。

 このままシャバに出てみろ、奴は同じ事を繰り返すぜ。


 それは……。


 だから、今の内に制裁を下さなきゃいけねえんだ。

 そうしないと、お前みたいな不幸なのがまた増えることになるぜ。

 いいのかよ、それで!


 僕は、はっと目が覚めたような気がした。


 そうだ、何を躊躇う必要がある。

 奴は、僕から大切なものを奪ったんだ。

 それがどんなに重い罪なのか、わからせてやる!


 ナイフを持つ手に力がこもる。

 僕の全身を激しい感情が駆け巡り、視界が赤く染まる。

 殺してやる! 目一杯苦しませてだ!


 まるで怪鳥のような叫び声を上げ、僕は我を忘れて突進した。

 奴の目がひときわ大きく見開かれる。僕には、もう奴の姿しか入っていない。

「やめろ! やめてくれ! くるな! やめ……」

 奴が悲鳴にも似た声を上げる。

 思い切り振り下ろしたナイフが、奴の太ももに深々と、めり込んだ。

 僕の手に、肉を切り裂く何とも形容のし難い感触と、骨に当たる、がつっとした手応えが返ってきた。


 響子はもっと痛かったはずなんだ! それを貴様は!

 力任せにナイフを引き抜く。

 傷口から鮮血がほとばしり、僕の視界全てが真っ赤に染まった。

 それを見た観客共が、さらにヒートアップするのが聞こえる。


 ナイフを振り上げ、力いっぱい振り下ろす。

 再び、奴の悲鳴が会場中にこだました。

 どこに刺さっているかなど、どうでも良い。

 奴が苦痛の悲鳴を上げている、それだけで堪らない喜びが全身を駆け巡った。

 全身に奴の返り血を浴びるのも構わずに、ナイフを抉る。


 それが合図となったように、今まで入り口で躊躇っていた、他の参加者たちが、奴めがけて殺到した。

 それぞれが手にしたナイフや槍などを一斉に奴めがけて振り下ろす。

 奴のひときわ大きな叫び声は、途中で、ごぼっという水に沈められたような音に代わる。

 ローブ姿に囲まれた円陣の中央で、真っ赤な噴水が上がった。


 観客のテンションは、いまや最高潮に達している。

 その歓声は、まるで、全世界が僕を応援しているかのように感じられた。

 まだ足りない! もっと、もっとだ!


 僕らは執拗なまでに奴に群がっていた。

 顔も、身体も、さっきまで寺島圭司だったはずの物は、ただの肉の塊に成り果て、真っ赤な池の中に無秩序に転がっている。

 それでも、参加者たちは手の武器を振るい、誰一人としてそこから離れようとしない。

 その姿は、まるでハゲタカが死肉をついばんでいるような光景だったに違い無い。


 しかし、いつ果てるともわからない、その狂乱の宴は、唐突に終わりを迎えた。

 たぶん主催者側の意向だろう、会場に入ってきた黒スーツたちが、僕も含めた参加者たちを強引に引き剥がし始めたのだ。

 まだだ! まだやらせろ!

 僕は激しく抵抗したが、後ろから羽交い絞めにされ、そこから逃れることが出来ない。


 邪魔をするな!

 僕が手にしたナイフを振るおうとした瞬間、後頭部に殴られたような衝撃があり、僕は一瞬で暗闇の中に落ちていった。


 ……

 …………


 僕は、寝ていたベッドから転げ落ちそうな勢いで起き上がった。

 呼吸が荒い。

 うなされていたのか、ひどい寝汗をかいている。

 ここはどこだ?

 重い頭を抱えて、僕はきょろきょろと辺りを見回した。

 見慣れた大きな窓から差し込む夕日がまぶしい。

 ……僕の部屋だ。


 何で僕はこんな所で寝ているんだ?

 夢……だったのか?

 いや、そんなはずはない。

 僕はプレシャス・スタッフの地下駐車場に行って、そこから階段を下りて、そして……。

 記憶が混濁している、頭が痛くて、うまく考えがまとまらない。


 いつもの癖で、口元に手をやった拍子に、ふと嫌な匂いが鼻に付いた。

 慌てて両手の匂いを嗅いで見る。

 わずかに残されたそれは、あの会場に充満していた鉄錆のような、そう血の匂いだ。


 やっぱりあれは現実にあったことなんだ。

 自分のやったことに、いまさらながら心臓が高鳴り、じっとりと嫌な汗が滲んでくる。


 人を殺したという罪の意識が重くのしかかる一方で、仇を討てたという喜びが、ともすれば勝ってしまいそうになっているのに、我ながら驚いた。

 とにかくこれで、僕の、そして響子の無念を晴らすことが出来た。

 寺島圭司の最後は、まさに自らの行いにふさわしいものだった。


 その夜、僕は達成感と虚脱感を抱えながら、これからのことを考えていた。

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