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復讐の価値  作者: 時田翔
3/21

地の底

相変わらず展開遅くて申し訳ありません。

僕的には念のためレベルなのですが、内容に微グロ注意ということで、その手の表現が苦手な方は、ご注意願います。

 扉の向こうは、鉄骨を組み合わせた、小さな踊り場と下りの階段だった。

 よく学校やホテルなんかに付いている非常階段を連想させる。

 金属製の手すりから下を覗き込んでみたが、つづら折りの階段が闇の中まで続いている。

 地獄とか冥界とかへの階段ってのが本当にあるとしたら、こんな感じではないだろうか。

 僕は思わず身震いを一つした。


「さあ、参りましょう」

 先に立って階段を降り始めた男の後を、僕は慌てて追いかけた。


 思い出したように、ぽつぽつと明かりが灯る階段を、無言でただひたすら降り続ける。

 足元を踏み外さないように気をつけて、男の背を見失わないように降りていく。


 降りる。

 折り返し。

 さらに降りる。


 延々と続く同じ光景。

 まるで、この階段だけが世界の全てに思える。


 ずっと同じ事を繰り返してるせいだろうか、前を行く男の背中が大きくなったり小さくなったりして、距離感がうまくつかめない。

 それにしても、この壁の青い色だ。

 まるで水の中にでも居るようで、息苦しいったらありゃしない。


 しかも降りるにつれて、どんどん青味が濃くなっていく。

 何か見えない物に捕まって深海に引きずり込まれてるみたいだ。


 目も見えない、音も聞こえない、誰か新鮮な空気を……。

 真っ黒な世界で、僕は助けを求めてもがき苦しむ。

 

 もうだめだ……。

 全てをあきらめて、膝を着きそうになったその瞬間、世界は唐突に赤へと転じた。


 壁一面に塗りたくられた真っ赤な色、階段を照らす明かりが、それをさらに赤く染め上げる。

 目に刺さるほどの、どぎつい色だ。


 降りるたびに微妙に動く陰が、まるで巨大な生き物の臓物の中のようだ。

 まるで生肉か血溜まりを踏みつけているような気持ちの悪い感触が足元から這い上がってくる。

 そんなはずは無い。ここは建物の中で、今降りているのは金属製の階段のはずだ。


 目から飛び込んでくる赤色が、頭の中を容赦なくかき回して考えがまとまらない。


 吐き気がする、気持ち悪い、足元がふらふらと定まらない。

 呼吸が荒い、心臓が高鳴って頭が熱くなる。


 体中が熱く火照る感覚の中で、耐え難い欲望が湧き上がってきた。


 欲しい物は奪え!

 逆らう奴は殺せ!

 俺を誰だと思っている!

 我慢? 理性? そんなもの糞食らえだ!

 俺から奪うやつは容赦しない!

 殺せ! 殺せ! 殺せ!

 

 過激な思考が頭を駆け巡る。

 しかも、僕自身がその欲求に身をゆだね楽しんでいるのだ。

 そんなばかな!

 頭の片隅で、そう叫ぶ声は、圧倒的な興奮の前に、塵のように流されて消えた。


 まずは目の前に居る邪魔なやつだ。

 思い知らせてやる!

 大声を上げて駆け出しそうになった僕の目の前で、世界は再び色を変えた。


 今度は緑だ。

 柔らかい、まるで風にそよぐ草原のような緑。

 見る者を安心させ、開放感で包み込むような、そんな緑。


 あれほど激しく荒れ狂っていた感情は、すっかりどこかへ行ってしまった。

 自然と笑みが浮かんでくる。

 まるで夢の中に居るようだ。


 ふわふわと浮かんでいるような感覚。

 楽しい。

 今なら空だって飛べそうだ。


 辛いことも悲しいことも、ここには無い。

 すごく楽しい。

 僕は子供に返ったかのように、無心でこの感覚を楽しんだ。


 そして、気がついたら、階段は終わっていた。

 

「到着いたしました。お疲れ様でした」

 男の声に、僕はハッと我に返った。

 口元の涎に気付いて、慌てて手で拭う。

 なんて締まりの無い顔をしてたんだ、とても他人に見せられたもんじゃない。


 そこは、薄暗い小部屋だった。

 白っぽい色で塗りたくられた壁は相変わらずコンクリートが剥き出して、それを天井のぼんやりとした光が照らしている。

 後ろには今まで降りてきた階段、目の前には鉄製で両開きの扉がある。洋館なんかで良くありそうな、アーチ型になっているやつだ。

 赤に塗られた扉は、白い部屋の中で異様な存在感を放っていた。

 それにしても、さっきから止むことなくずっと聞こえているこの音は、一体なんだ?

 耳鳴りだろうか、耳にまとわりつくようで、気になってしょうがない。


 扉の前に立つ男は、いつの間に取り出したのか、シーツのような大きな布を片手に持っていた。

「この先が、参加者さまの控え室になっております。こちらをお召しになりましたら、奥にお入りください」

「……あ、はい」

 男が差し出した布を、言われるままに受け取った。

 まだ頭がぼんやりする。どうも今見てる物に現実感が無い。


「ああ、服は脱がなくて結構です。そのまま上からお召しになってください」

 ジャンパーを脱ごうとした僕を、男が制止する。

 僕は、意味がわからず、とりあえず手の布を広げてみた。


 それは、頭から足先まですっぽりと全身を覆い、目だけが見えるというローブのような物だった。

 被って見ると、顔全体が覆われているせいで、ちょっと息苦しい。

 洗い立ての洗剤の匂いに混じって、わずかながら、鉄錆のような嫌な匂いがする。

「これで、声さえ出さなければ、あなたさまが誰なのか、参加者の皆様にはわかりません」

 確かにこれなら、顔はもちろんのこと、性別や、どのくらいの年齢なのかも判別がつかなそうだ。

 参加者の中に、もし顔見知りが居たとしても全くわからない。


「それでは、わたくしの案内は、ここまでとなります。あなたさまのご無念が晴らされることをお祈りいたしております」

 男は一礼すると、両扉の片側についている鉄輪を引いた。

 扉の片方が、重い音を立てて、ゆっくりと開いていく。

 僕は、ローブの裾を踏まないように注意して、その扉をくぐった。


 地鳴りのような音が大きくなった。

 どうやら幻では無かったみたいだ。

 機械の動作音みたいな感じじゃなく、何かうねるような音だ。

 一体、何の音なんだろう。


 部屋の中に居た数人の視線が、入ってきた僕へと集中する。

 同じようなローブを着ているため、誰なのかはわからないが、全員が暗く沈んだ目をしていた。

 当たり前だろう、いくら憎い相手とは言え、これから人を殺そうというのだ。

 この期に及んで、楽しそうに笑える奴が居たなら、それこそ頭のどこかが、いかれているに違いない。


 誰かが声をかけてくるんじゃないか。

 もし僕だということがわかってしまったらという後ろめたさで、固唾を呑む。

 しかし、そんな心配をよそに、部屋の中の人たちは、一様に視線を外して下を向いた。

 部屋の中を重苦しい沈黙が支配している。


 その中で一人、僕に近寄ってくる人物が居た。

 おそらくプレシャス・スタッフの関係者だろう、黒のスーツに仮面を付けている。

 さっきまで案内していた男より、かなり背が低いか。

 背筋が異様に曲がっており、こちらを見上げる目線には卑屈な光が宿っている。

 昔読んだ本に出てきた『せむし男』というのは、こんな感じなのかも知れない。


「武器をお渡しいたします。どちらか好きな方をお選びください」

 ハスキーで耳障りな声だ、僕はフードの下で思わず顔をしかめた。

 男は片手に金属製の槍を、もう片方に大ぶりなナイフを持ち、こちらに差し出している。

 腹を決めてきたはずが、いざこうやって刃物を見せられると、なかなか手が出ない。

「ご希望ならば素手でも結構ですが、お怪我をされるといけません。やはりここはどちらかをお使いいただいた方がよろしいかと」

 躊躇している僕を見て、男がそう勧めてくる。

 口の端が嫌らしい笑みの形に釣り上がる、楽しくて仕方がないらしい。

 素顔を隠しているにも関わらず、これほど嫌悪感を抱かせる人物というのも珍しい。


 僕は、無言でナイフを手に取った。それを確認した男が、軽く一礼して下がる。

 良く磨かれた刃が、天井の明かりを照り返して凶悪な光を放つ。

 まるでナイフ自身が、もう待ちきれないと言っているかのようだ。

 これを……奴に……。

 全身が総毛立ち、同時に額に嫌な汗が滲んできた。


「それでは、参加者さまが全員揃いましたので、さっそく始めさせていただきます。皆さま準備はよろしいでしょうか」

 先ほど僕に武器を渡してきた男が、扉の前でそう宣言した。

 ローブ姿の視線が一斉にそちらに注がれると同時に、部屋の雰囲気が明らかに変わる。

 空気がぴんと張り詰め、緊張で肌が粟立つ。


 男が扉に付いている、取っ手代わりの鉄輪を掴んだ。

 いよいよだ、僕は右手のナイフを固く握り締める。

 わずかに手が震えるのは、恐怖からか、それとも別な何かか。


 部屋に居る皆の注目が一点に集中する中、男の手によって扉がゆっくりと開けられていった。

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