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復讐の価値  作者: 時田翔
13/21

利己的なヒーロー

 まぶしい朝日が窓から差し込む中、僕はベッドから身を起こした。

 いつもより心もち遅い時間のようだが、今日は日曜日で工場は休みだ。何も問題は無い。

 既に、やつらの工場侵入から十日あまりが経過していた。


 あの日、急行したパトカーによって真夜中にも関わらず工場周辺は騒然となった。

 僕は当然ながら警察に連れて行かれ、状況を根掘り葉掘り尋ねられた。

 結局は『オレ』の言う通り正当防衛ということに落ち着いたが、これは状況を作るのがうまかったというより、僕が疑われにくい性格をしていたのが幸いしたようだ。


 それ以降、結局狐男は工場に姿を見せなかったらしい。

 おそらく紫スーツの身元が判明したせいで、不動産会社にも警察の手が及び、それどころでは無くなったんだろう。

 今回の件でもわかるとおり、目的の地上げのために相当強引な手段を使っていたようで、徹底的な業務指導が入ったらしい。

 しかもこれを聞きつけた昔の被害者たちが、弁護士を立てて集団訴訟に踏み切ったのがとどめとなり、今では会社としての体を保つので精いっぱいだそうだ。


 まさに絵に描いたような快勝というやつだろう。


 予想通り社長には、勝手なことをするなと、しこたま怒られた。

 まぁ当然だろう、今考えてみるとなんて無鉄砲なことをしたんだろうと、肝が冷える思いだ。

 それでも最後に、小さな声で、ありがとうと言っていた。

 やはり僕の考えは正しかったのだ、その一言に自信が深まるのを感じた。


「なあ、今日も行くのか?」

「ああ、僕には休んでる暇は無いからね」

「物好きなやつだぜ、まあオレは暴れられれば何でも良いんだがな」


 愛用のジャンパーに袖を通す。

 今この瞬間にも真面目に生を送っている人たちが理不尽な暴力に遭っているんじゃないかと考えると、居ても立ってもいられない。

 いつもは仕事が終わった夜だけだが、今日は一日使える。


「それじゃあ、よろしく頼む」

「ああ、まかせときな」


 『オレ』に一声かけて、僕は街へと繰り出した。


 郊外に大型店ができたせいで、夜になるとめっきり寂しくなるこの辺りも、日中は賑やかだ。

 行き交う車、騒音、雑踏。

 人々が思い思いの目的で、なるべく他人に関わらないように、道を行き交っている。

 おそらく道端で何か事件があったとしても、積極的に関わろうというものは、ごく僅かだろう。

 それではいけないのだ、やったもの勝ちで力が正義というならば、最初からルールなど作らねば良い。

 誰かがそれを止め、正義の鉄槌を下さねばならない、見て見ぬふりの警察などあてにはならない。

 僕は大通りを外れ、裏道へと入っていった。


 薄暗い高架橋のガード下、湿った空気とすえた匂い、普段の僕なら絶対近寄らないような場所だ。


「やっぱりな」


 そこには数人の若者が退屈そうに、たむろしていた。

 派手な色の服と、それに負けないほど派手な髪の色。

 社会に何も貢献しないだけならまだしも、一生懸命生きている人たちに害を為す、まさにダニのような者達。


 歓喜の声を上げる『オレ』は、僕と交代すると、何食わぬ顔でそこに歩いていった。


「おい、そこのおっさん、無視してんじゃねーよ」


 眼中に無いといった様子で『オレ』がそこを通り過ぎようとすると、連中の一人が予想通り声をかけてきた。

 真面目という言葉を辞書に載せ忘れたような、ふざけた声だ。

 だいいち僕はまだ、おっさんと呼ばれるような歳じゃない、失礼も甚だしい。


「ここを通るには通行料が要るんだ、知らねーのか」


 声をかけてきた一人が立ち上がると、残りの連中も、にやにや笑いながらそれに続く。

 おおかた今日の獲物ゲットくらいにでも考えてるんだろう。

 『オレ』は、無言で足を止め、わざと目を合わせないように俯いた。


「わかったら、とっとと出すもん出しな、痛てー目に遭いたくねーだろ」


 ポケットから小さなナイフを取り出し、これ見よがしに振ってみせる。

 実に話が早いな、僕は思わずほくそ笑んだ。


「おい、聞こえてんだろ! なんとか言えよ!」


 『オレ』の肩を掴もうとした手をかわすと、返事代わりにそいつの顔面に拳を叩き込む。

 盛大に鼻血を噴いて倒れる様を見た残りの連中は、いきなり殴りかかられると思っていなかったのか、まともに浮き足立っている。

 こうなってしまえば、後は簡単だ。

 五分もしないうちに、そこに立っているのは『オレ』一人になっていた。


「さてどうする? ひと思いにとどめ刺しちまうか」


 『オレ』は、連中の持っていたナイフを拾い上げて、弄んでいる。


「いや、そこまでする必要は無い。これだけやられれば、少しは反省するかもしれないしな」

「相変わらず甘めーな、こんな奴らが反省なんて言葉知ってるとは思えねーぜ」

「それでも死なせるのは、やり過ぎだ。それに僕らには時間が無い、早く次を探さないと」

「へいへい、勤勉なこって。ほんじゃ、まいどありー」


 呆れ顔で『オレ』は僕と交代する。

 僕らがこうして粛清をすることによって、起きるはずの事件が未然に防がれてるかもしれない。

 そう考えると、とても休む気になどなれない。

 こうして僕らは夜もとっぷり暮れるまで、街中を歩き回った。


 …………


 こうして私生活が多忙を極める一方で、工場の方も再始動に向けての準備で、てんてこまいの有様だった。

 なにしろ今回の件は、蓋を開けてみると取引銀行の殆どが引き揚げを考えていたらしい。

 呆れて物も言えないところではあるが、昨今の不景気では仕方ない話なのか、はたまた例の不動産屋の影響力が強かったのか、今となっては知る術も無い。

 とにかく、僕は新しい会社基盤を確立するために社長と手分けして方々を駆けずり回っていた。


 そんな、とある日の出来事だった。

 その日の外回りを終えて戻る道すがら、僕は向こうから見慣れた姿が歩いてくるのに気が付いた。


「あ、昴ちゃん、どっかおでかけ?」

「あ、唯野さん。ちょっと外をぶらつきたくなっただけなの、部屋に一人でいると、何か色々考えちゃって……」


 あれ以来だろうか、昴ちゃんはどうも元気が無い。

 最近は顔も見せるようにはなってきたし、気丈に振る舞っているようにも見せてはいるが、以前にあったような快活さが足りないといった感じだ。

 まあ誘拐未遂に遭ったり、工場で人死にが出たりしたのだから、ショックを受けるのは無理もないが……。


「そうだ、昴ちゃん時間があるなら、ちょっとそこで何か食べていかないかい?」

「え? でも唯野さんお忙しいですよね?」

「いや後は戻るだけだし、実は昼飯がまだなんだ、せっかくだから付き合ってくれると嬉しいな」

「……そういうことなら」


 僕は昴ちゃんを伴って、ちょうど近くにあった喫茶店へと入った。


「今日は奢ってあげるから、好きなもの頼みなよ」

「あ……えっと……ありがとうございます!」


 適当な席に、昴ちゃんと向かい合わせに座った僕は、わざと明るい声を出した。

 ちょっと驚かせちゃったかな? 声が上擦っているみたいだ。

 元気を出して欲しかっただけなんだけど、これじゃあ逆効果だな。


「そういえば、昴ちゃんって高校卒業した後の進路ってどうするの?」

「えっと……できればお父さんの役に立ちたいので、そっち方面の大学に……」

「そうすると工業系か経理関係かな? もう志望校とか決まってるの?」

「いえ、できれば自宅から通える所が良いんですけど」


 注文を待つ間、他愛もないお喋りを続ける。

 受け答えは普通だけど、時々俯いたりして、やっぱり以前とちょっと違う。

 そうこうしているうちに、注文した物が運ばれてきた。

 昴ちゃんの前に、ちょっと小さ目なチョコパフェが置かれる、甘いものが好きな辺り、やっぱり女の子なんだなと思う。


「さ、遠慮しないで食べてね」


 そう言いながら、僕は目の前に置かれたサンドイッチに手を伸ばす。

 なんとか昴ちゃんを元気付けてあげたいんだけど、どうもこういう話は切り出し方が難しいな。


「色々あって大変だと思うけど、困ってることとかあったら僕で良かったら相談に乗るよ」


 昴ちゃんのスプーンを持つ手が止まった。

 もっと遠まわしに、さりげなく話を振りたかったんだけど、自分の不器用さに嫌気がさす。

 しばしの沈黙。


「……唯野さんって、すごいですよね」

「え?」


 昴ちゃんから返ってきた言葉は、僕が全く予想もしなかったものだった。


「真面目だし、一生懸命だし……知ってました? お父さんってあの通り仕事には物凄くこだわる人だから、頑固とか偏屈とか言われて、避けられることも多いんですよ」


 普段はともかく、確かにあの仕事への情熱は、ちょっと圧倒されるものがあるな。


「そのせいで、求人とか出しても誰も来なくて……でも唯野さん、いくら怒られても全然苦にしてる様子も無いし、今までやったこと無いっていってたのに、いつのまにかできるようになってて」


 昴ちゃんは、俯いてガラス製のパフェの器を見ている。


「それに今もこうやって優しいし、あたしのこと助けてくれたこともあるし……あ、ごめんなさい、何か緊張してるみたいで、何言ってるのかわかりませんよね。 本当はあの時のお礼を言いたくて……」


 緊張してるって、いまさらどうしたんだろう。


「ごめんなさい、今日はもう行きますね、ごちそうさまでした」


 昴ちゃんは急にあたふたと席を立つと、ぺこりとおじぎをして、そのまま小走りに出て行ってしまった。

 やっぱり気に障るような事だったんだろうか、僕は呆然と扉を見ることしかできなかった。


「あの娘、お前のことが好きなんじゃねーの?」

「はあ? 何言ってるんだ?」

「だって、べた褒めだったじゃねーか。それに最後の方は顔が真っ赤だったぜ、気付かなかったか?」


 不意に口をはさんできた『オレ』のあんまりにも意外な言葉に、僕は思わず心の中で素っ頓狂な声を上げた。

 そんなばかな。


「お前、優柔不断な上に鈍感なのかよ、その性格なおした方がいいぜ」

「う、うるさいな、余計なお世話だ」

「ま、オレにとっちゃどっちでも良い話だがな、せいぜい泣かせるんじゃねーぜ」


 『オレ』は、言いたいことだけ言って、また黙ってしまった。

 僕は、さっきの昴ちゃんとの会話を思い出す。


 一生懸命で真面目で優しい……。

 昴ちゃんが『オレ』を見たらどう思うだろう。

 以前の誘拐未遂の時のような緊急事態じゃなく、普段の会話なんかで『オレ』が出てきたら、やっぱり軽蔑されるだろうか……。

 でも、僕には『オレ』の力が必要だ。


 僕は座席の背もたれに身体を預けて、サンドイッチを食べるのも忘れて、そんなことを考えていた。

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