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松島くんと松崎さんと松岡君  作者: BLOOD TYPE code AB
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裏腹


「剣士シュヴァーツは悪の大王コンフェデロールを聖剣グロッキータイトで倒し平和な世界を取り戻しましたとさ。めでたし、めでたし。」


子供達の歓声が聞こえる。まるで雛鳥が親鳥に餌を欲しているかのように、ピーピーと泣き喚く様を思い出す。


ここは聖カントリーマウム幼稚園、私は幼児たちに絵本を朗読するという大役を園長先生から頂いた。私は子供が大嫌いだ。この愚行を早々に切り上げて早く家に帰りたい。しかし、子供達は私を帰してくれそうにない。続きを読んで、次のお話読んで、とクソ餓鬼共が私の足に纏わりつく、虫唾が走る。一層の事その林檎のような頭を思い切り蹴り飛ばそうかと思ったが、父母の方々がいる手前、それはしなかった。


なんとか遊戯場から脱出し、外へ出た。疲れ切っていた私はフラフラと近くのベンチに腰を下ろした。


「ふぅ。」


タバコを取り出し、口に咥える。幼稚園だろうが何処だろうが仕事終わりの一服ほど落ち着くものはない。メンソールが私の鼻腔と口腔を刺激する。この瞬間を私は至福の時と呼ぶ。


私の名前は松崎乱。私立雪月花高校2-Bの生徒である。


進路相談室の掲示板にここの体験アルバイトが記載されていたのがそもそもの経緯だ。子供嫌いな私がこんな募集広告に目を向ける訳がなく、その隣の化粧品販売のアルバイト欄に目を通していた。


「よし、ここにしよう。」


鞄からメモ帳を取り出し、番号を記入する。

番号とはその掲示板のナンバーを指す。右からF-105、F-106、F-107という並びで希望するバイトが決まったら担任にその番号を告げて報告を待つというシステムだ。F-106が私の希望するナンバーだ。それを担任の桃瀬に告げに職員室に向かったのだが、奴がいなかった為メモを机に置いておいた。それをあのクズ担任、桃瀬はF-105と勘違いしやがった。理由は、


「お前、字が汚いんだよ。どうやったら5と6を書き間違えるんだ。もう、そこの事務の人には話をしてあるから行って来い。」


との言われだ。クソッタレ。


人影が見える。クソッ、人の休息を邪魔しやがって。バレないようタバコをサッと死角に隠し、足元に落として揉み消す。吸い殻など知ったことか。


「松崎さん?ちょっといいかしら?」


「はーい!」


園長の篠田だ。クソババアめ、一体今度はなんだよ、もうレクレーションは終わったろうが。


篠田の元へ駆け出し、話に耳を傾ける。


「さっきのあなたの朗読、とても素晴らしかったわ。」


「あ、ありがとうございます!」


「子供達も熱心に聞き入っていたわ。父母の方々も聞き入っていたようだし、あなた朗読の才能があるように私思うの。」


「い、いえ、そんな私ごときがそんな…。」


さっさと終わんねぇかなぁ、このババア話なげーんだよ。


「そんなに卑下しないの。それで頼みがあるんだけど、確か今日だけだったわよねこのアルバイト?もし良かったら週に一度、いえ、二週に一度でもいいからまた来ていただけないかしら?もちろん、朗読をメインにそれなりの手程きもするわ。時給も上げるし雑務に施す時間も割くから。」


子供好きな人にしてみればこれ以上ない喜びを感じるであろう。


「そんな、私なんかより園内の先生方のほうが相応しいかと思いますけど…。」


ふざけんじゃねーよ、こっちはそんな暇ねーよ。てか勝手に決めんな。


「先生方ももちろん素晴らしい朗読に長けた人達よ。だけどあなたの朗読には到底敵わない。長年、この職に就いてたくさんの先生方を見てきたけど、あなた程の逸材はいないわ。私はあなたを今すぐにでもアルバイトなんて言わずにこの園に引き入れたいと思ってる。園長の私が言うんですもの、自信を持っていいわ。お願い。」


馬鹿じゃねーの?


「お気持ちありがたくいただきます。だけど園長先生、私、そんな自信を持てません。」


折れろ、折れろ。


「大丈夫!バイト代は思い切り弾ませるから!お願い!助けると思って!この通りだわ!」


頭を下げながら懇願する。


「そんな、顔を上げてください!園長先生がそんな、やめてください!」


「あなたがYESと言うまで私はずっとこのままでいるわよ。」


おいおい、勘弁してくれよ。頭おかしんじゃねーの?


「わ、分かりました!ですから顔を上げてください!やります!私、やりますから!やめてください!」


「ありがとう!早速、学校の先生にも伝えておくわ!」


私の手を強く握り、顔中のシワを目にいっぱいに集中させ破顔させる園長に、私は人生初の殺意というものを抱いた。


「おせーよ姉貴、さっさと飯作ってくれよ。」


「作ってくれよ。」


クタクタに疲れた私に追い討ちをかけるのがこの出来損ないの弟達である。


長男の(ワン)と次男の(ツウ)、一とは二つ年が離れている。二とは三つだ。まだアルバイトが出来る年齢ではない為、こうして二人とも仲良く暇を持て余しては家でゲームばかりしている。


「ごめんね、すぐに作るから。」


ドタドタと台所に向かい、手を洗う。


「今日なに?」


「なに?」


「今日はカレイの煮付けとほうれん草のバター炒め、それから…」


「またかよ、確か二日前もカレイだったじゃん。」


「じゃん。」


「ごめんね、さっきスーパーに行ったらタイムセールスやってて、お姉ちゃん必死になってあのおばさん達の中を揉まれながらなんとか買えたのよ。でも聞いて、この前は安いあまてカレイだったんだけど今日のはちょっと高い、めだかカレイを買えたの。」


「カレイはカレイだろ?そんな味なんて知らねーんだから違うの買ってくりゃ良かったのに、二日前に食った物くらい覚えとけよバカ。」


「バカ。」


「ご、ごめんなさい。」


「謝る暇があるなら手を動かせブス、タコ、ブタ。」


「ブスタコブタ。」


いちいち癇に障る。二が輪唱するのがなおさらムカつく。だけど我慢だ。怒らせてはいけない。絶対に怒らせてはいけない。またあの日のようにされてしまう…。


「ほら、二の番だぞ。早くキャラ選べよ。」


「急かすなよ兄ちゃん。んじゃ君に決めた!」


某有名アニメの台詞を真似する。


「んじゃ俺はこいつ。」


ゲームに没頭してくれている間はなにもされない。私は急いでカレイを二枚におろした。


職員室に呼び出されたのは人生で初だ。


壊れたサイレンこと三好は自席で弁当を口にしている。


「失礼しまっす。」


「おう、座れ。」


クチャクチャとヒジキを咀嚼するその横顔にイラっとした。三好はそのままの状態で私に見向きもせず話す。


「さっきの事だがな、お前、反省しているか?」


「はい。」


「本当にそう思ってるのか?もっとこう、萎縮した姿勢ってのを見せなさいよ。それじゃお前、反省の色もなんもないよ。ほれ、見せてみ。」


顔も見ずに何を言う。感情を殺して出た言葉は、


「ごめんなさい。私が悪かったです。もう二度としません。許してください。」


あくまで穏便に済まそうと機械的な言葉になる。


「ふざけてんのかお前!」


急に火山の噴火の如く怒り、私の顔に奴の口の中のヒジキが飛び出し私の顔に散乱した。


「そんな言葉、聞きたくなんかないんだよ!もっと慈悲深く頭を下げろってんだ!この馬鹿!」


拳に力が入る。周りの教師も何があったんだとばかりに注目する。


「申し訳ございませんでした。全ては私の至らなかった態度にあります。許してください。」


深々と頭を下げながら顔についたヒジキが床に落ちる。


「そうだよ、本当にそうだ。お前が遅刻してあんな態度とらなきゃ矢井田だってあんな事にはならなかったんだ。そうだろ?えぇ?」


「はい、そうです。」


「大体なぁ…」


と、壊れたサイレンは15分ほどネチネチと嫌味を口にし、私は俯きながらそれを耳に入れた。


「以上だ。行きなさい。ったく、飯が冷めきっちまってら。」


もともと冷えちまってんだろが田吾作野郎。


「…失礼しました。」


スゴスゴと職員室を後にする。


顔についたヒジキを落とす為、トイレへ向かった。鏡の前に立ち、三好の唾液まみれになった自分の顔を眺める。そこには恐ろしい形相の私がいた。


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