HEAD BOMB
雨が降ってきた。時間は深夜2時を回っている。
彼女は泣いているのだろうか。
後ろ姿に艶美な芳香を放っているような、周りの草木と同化し複雑な臭気を感じさせる。
松島警部が彼女に近づく。哀れみを乞うその姿に、声をかけた。
「元には戻らない」
「…戻る」
「時間の無駄だ。行くぞ」
「…嫌だ」
バシッと彼女の頬を打つ。
「しっかりしろ!行くぞ!」
「嫌だ!」
彼女は泣いていた。雨がしきりに強くなってきた。
「もう少し、ここに居させてください。明里を一人にするのは可哀想です」
「…分かった、気の済むまでいろ」
松島警部が振り返り、私の元に近寄る。
「どうされるのですか?」
「俺は一度戻る。お前はあいつのそばにいつつ、監視を頼む。次期に応援が駆けつける」
「…分かりました」
松島警部がパトカーに乗り込み去っていく。
私は嫌だった。一刻も早く、この場を離れたかった。彼女といるこの時間の共有ほど嫌なものはない。
無線が鳴った。
「こちらホトボリ署チームC、現在二人の生存者を確認。容体は重症、ただちに鉞山病院へ向かう」
「了解」
無線をサイドパックにしまう。
一つ溜息を吐く、一体どれだけの被害者が出てくるんだ。
事件が起きたのは五日前、ここホトボリ町の川原で死体を発見したのが始まりだ。
第一発見者の鈴木タカシ(仮)はこう述べる。
「ビックリしました。たまたま川原を散歩してたら人が倒れてんですもん。すぐに救急車を呼ぼうと思ってケータイを出したんです。そしたらソレが、なんて言えばいいのか、爆発?って言うんすか?バンって音して首の部分が川にゴロゴローって転がってったんすよ。マジで怖かったっす」
死体の身元は原田真理子、22歳、独身、このホトボリ町周辺に住む大学生だ。着ていた服を見ると分かるように、被害者はかなりのコスプレ好きだったようだ。初音ミクという、ヴォーカロイドキャラクターに扮した服を着ていた。
死体の司法解剖の結果、首以外の外傷は見当たらなく心臓麻痺による死亡との事だった。心臓麻痺は事故と断定出来るが首部分の爆発に関しては火傷の痕がある為、やはり爆発したのだろう。
首が爆発したとの情報を含め、警察は殺人事件として捜査を始めた。
私の名は日比谷琴美、今年の春から新人女性警察官としてホトボリ警察署に配属された。初めてのヤマがこれとはなんとも沈鬱な面持ちにさせられる。
この事件はこれがまだ序章に過ぎない。連続殺人事件にまで発展するとは思いもしなかった。
現在、被害者の数26人、重傷者10人、重軽傷者4人にまで膨れ上がっている。たったの五日間でだ。県警も連続殺人事件として捜査本部を設け、犯人捜査に本気で乗り出した。そして一つの関連性がある事に気づいた。被害者の全員が女性であるのだ。そして今、私の目の前にいる彼女も事件に巻き込まれた一人だ。
「明里、大丈夫だよ、すぐ良くなるからね、ねぇ、聞いてるの?ねぇ?」
耳を塞ぎたくなる。さっきからずっとあの調子だ。私は人の死に直面すると涙が止まらなくなる為、距離をおいていた。ボソボソと死体に話しかける彼女の後ろ姿に、私は声をかけれなかった。
「今、救急車が来るからね、すぐにこの首もくっつくから、ねっ、心配しないで」
レズビアン、同性愛者、人はそういう括りで批難し、中傷し、差別する。この彼女もその一人。
春野桜と渡辺明里もホトボリ町の住人だ。二人はここ、ホトボリ山の麓で事を冒そうとしていた。レズビアン同志、それらしい器具が渡辺明里の車の中から出てきた。カーセックスに勤しもうと後部座席が全て倒されている。そんな時に別の事が犯された。
「ねぇ、おまわりさん、まだ来ないの?救急車?早くしてよ!明里が返事しなくなってんでしょ!!突っ立ってねーで早く呼べよ!」
急に声が荒くなる。
「今、応援隊と救助隊が向かってます。もう少しで着くとおも…」
「はやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやく…」
精神状態はもはや暴走の域に達している。雨も更に強くなってきた。
犯人はこのホトボリ町エリアを中心に殺人を侵している。年齢層も10代から40代と幅広く、特定する一貫性が無い為、捜査も難航を強いられている現状だ。
無線がまた鳴った。松島警部からだ。
「状況は?」
「以前、変わりません。錯乱状態が続いています」
「目の前で首がぶっ飛んだんだ、そりゃおかしくもなるわな。今、俺の方も本部に戻っている最中だ。あと4、5分で応援が来る。なにを仕出かすか分からない、しっかり監視してくれ」
「了解。現状維持に徹します」
「なあ、お前はどう思うよ?」
「今回のヤマですか?」
「ああ、同じ女としてどう思うよ?参考までに聞かせてくれ」
シボッと煙草に火を点ける音がする。松島警部の思考モードがオンになった合図だ。
「ホシは必ず男です。間違いありません」
「なぜそうだと言い切れる?」
「女性しか狙っていない、ただそれだけです」
「シンプルだな、だがいい。なにか感じたことはないか?」
「はい、被害者の死体を見るにホシはおそらく、爆発物の資格保持者、または危険物取扱高騰技術者かと思われます」
「ほお」
煙を吐き出す音が聴こえる。
「全てのヤマで首を吹き飛ばす辺り、なにか底知れない理由があるかと思われます」
「ふむ、ホシは単独犯だと思うか?」
「可能性は高いかと、個人的になにか女性に恨みを抱いているか、もしくは単なる快楽による犯行か、そこがまだ不特定です」
「ふん、ホシはおそらく男だろう。そして一人だ。強姦していないところを見れば、ナヨナヨしたオタク野郎か爆発実験がてら人に試したくなったイカレサイコ野郎に違いない」
「警部もそう睨んでいましたか」
「ああ、しかし証拠がなに一つ残っていないんじゃ話にならん。現場検証には俺もあとで立ち会うからお前も今のうちに風邪ひかねーようにしとけ」
「了解」
「しかしヒデー雨だな。ワイパーをMAXにしてんのに前が全然見えねぇ。くそっ」
「道中気をつけて」
「おうよぉ」
無線が切れる。
雨が強くなっている。春野桜に目を向けると先程とは打って変わって静寂に包まれている。
ずぶ濡れになっているので一本の傘を差し出そうと近寄る。
「これ、使ってください」
振り向きもせず、彼女はそのまま座ったままだ。
「春野さん?聞こえてます?」
肩をゆすろうと右手を伸ばす、と同時に。
バンッ
私の顔に鮮血が散りばめられた。思わず腰がくだけ、その場にへたり込む。
春野桜の首から悍ましい程の血が流れている。雨と同化し砂利道に赤い水溜りを作った。
「ひっ!」
私は恐怖し彼女の首が吹き飛んでいる事実に目を背けた。
「なんで、爆発?したの?」
そのまま春野桜の上半身は倒れ込み、渡辺明里の死体の上に突っ伏した。首の無い死体が二体、積まれたタイヤのようにその場に佇む。
無線を取り出し、松島警部に連絡をしようとするとサイレンの音が聞こえてきた。応援隊が駆け付けたのだ。
積まれた死体の横に春野桜の生首が私を見ている。いや、睨んでいるように見えた。