ここ掘れワンワン
庭のすみにそれがあった。最初はそれに気づかず、祖父の趣味で漬けられた梅の釜だと思っていた。愛犬のエンモがそれに気づき、いつもと違った朝の目覚まし吠えをしていたのだ。
見つけたのは早朝、いつものようにエンモが日昇を教えてくれる朝の遠吠えをし、僕は目を覚ました。ちなみにエンモの名前の由来はエンドレスモーニングを略してエンモである。必ず朝は訪れる。その朝を知らせてくれるのがエンモだから、単純なネーミングよりかは少しヒネリを加えてみてこの名をつけた。
僕がそう名付けてからエンモはすぐに反応を示すようになった。なぜか祖父はエンモのことを大将と呼んでいた。祖父の行きつけの小料理屋の大将と顔が似ているからという理由らしい。家族の中で誰よりエンモを可愛がってはいたが、当のエンモは大将と呼ばれても振り向きもせず、反応しなかった。祖父にエンモだよと言っても「俺は大将と呼ぶ」と言って聞かなかった。空回りばかりしていたがその祖父も三年前に還らぬ人となり、なんだかんだでエンモ自身も寂しいのか、祖父の座っていた縁側に寝転がるようになった。今では昼寝の場所はそこと決めているらしい。
遠吠えをするイコールお腹が空いたの合図でもある。僕はベッドから降り、トイレを済ましたら庭に出てエンモに餌を与える。毎朝の日課である。
エンモの好物、ジャーキー丼を小屋の前に置き、オスワリ、フセ、マテ、GO!で一気にかき込む。相変わらず品の無いブサイク面だ。ブルドックはブサ可愛いだとか言ったりするが、僕も当初、そのうちの一人だった。共に生活をしていくうち、愛着心が芽生え今では大切な家族の一員である。
眠気眼で部屋を出る、階段を下り左手奥の縁側へと向かう。エンモの鳴声がいつもと違うことに気づいたのは縁側を目の前にしたドアノブに手をかけたときだった。威嚇をしているような警戒心剥き出しの鳴声。
様子がおかしい。一気にドアを開けるとエンモは庭の真ん中で何かに向かって吠え続けている。
「エンモ!近所迷惑だろ!静かにしろ!」
僕の声が聞こえたのか、エンモは僕のいる方に向かい、ひたすら何かを訴えているように吠えることをやめなかった。
「どうしたんだよ?」
エンモの視線の先を見てみる、母の育てている花、スコップ、散乱している洗濯バサミ、これといって変わらない日常の光景だ。
「静かにしないと朝ごはんあげないぞ」
だがエンモは鳴くのをやめなかった。
我が家の庭は狭く、洗濯物を干す時と花に水をあげる時、そしてエンモと遊ぶ以外庭に出ることはそうそうない。僕はサンダルを履いて辺りを見回してみることにした。エンモの首輪を外し、何がエンモをここまで興奮状態にさせたのか追求してみることにした。外すと同時にエンモは物凄い勢いで駆け出した。僕も後を追う。バウワウと鳴声を発しながらエンモは庭のすみの雑草地帯でそれに吠える。僕が見やると何かが掘り起こされた跡があった。
「なんだ?なんか埋まってたのか?」
よく見ると掘り起こされたと言うよりは何かを埋めた跡のようにも見える。
「エンモ、スコップ持ってこい」
落ちてたスコップで掘り起こしてみることにした。ザシュザシュと土をかき分け、なにがあるのか内心ワクワクしている僕がいた。掘り進めていると土は下層に行くほど粘土のような表層をし、スコップでかき分けるのもしんどくなってきた。と、何かにスコップの尖端が触れた。カチカチと表面は硬い。エンモも吠える。
「ココホレワンワンだな」
硬い部分を軸に外回りに土を掻き出す。今朝は寒く、パジャマ姿の僕も額に汗をかいていた。ついに出てきた。
「壺?釜?」
茶紫色のそれがなんなのか分からなかった。エンモも臭いを嗅ぐ仕草をしながら興味深そうにそれを見ている。蓋のような取手がある。開けてみた。
中を覗くと何もなく、ただ土にまみれた小汚い木片があるだけのように見えた。それを逆さにし、中身を全て出してみるとハラリと紙が一枚落ちてきた。
「なんだろう?なにか書いてある」
[大罪を犯した私にあなたは優しい温もりを与えてくれた。あの日を私は一生忘れない。たとえこの身が無くなろうともあなたを一生愛し続けます]
大罪?この身が?字は読みづらく、誰が書いたものかは分からない。だが、我が家の庭に埋めてあるということは家族の誰かが書いたものか、もしくは部外者。誰がこんな物を庭に埋めていたのだろう?エンモがまた吠えた。紙の裏面にもなにか書いてある。
[私の中のあなたへ]
私の中?一体なんなんだこれは?
ふと、声が聞こえる。母さんだ。
「こんなとこで何してんの?」
「母さん、エンモがココホレワンワンしたんだよ」
「はあっ?」
今朝のエンモの状態を伝え、掘り起こした釜?壺?どちらか分からないが母に見せた。母は考え込んでから一言。
「これ、亡くなったおじいちゃんの物だと思うわ」
「じいちゃんが?んじゃ、その紙の内容は?」
「たぶん、おじいちゃんの初恋の相手じゃないかしら」
「初恋の人?ばあちゃんのこと?」
「いいえ、おばあちゃんとはまた別の人。ここだけの話よ、昔おじいちゃんは世紀の大恋愛をしていたらしいわ」
母の話によると、僕が産まれる前まで毎年松島家では正月に新年会という親戚一同を呼んでの宴会を催していたらしい。酔った祖父が昔話をしてくれた際に聞いたのだそうだ。
「なんて名前の人だったの?」
「分からないわ。酔っていたし、私も当時まだ若かったから昔の人の話にそこまで興味を持って聞こうとは思ってなかったのよ」
母の言い分は分かる。僕も昔話には耳を傾けないタチだからだ。親子とは似るものだ。
急にエンモが吠えた。釜の蓋に向かって。僕は蓋を拾い上げ、裏面になにか書いてあるのを見つけた。
[松島香のタイムカプセル]松島香とはじいちゃんの名前だ。続いて、[俺が死んだら開けてね笑」と記されている。
死んだら?謎がまたふえた。
「これ、タイムカプセルらしいよ」
母は呆れ顔になり、蓋を取り上げる。
「死んだら開けてね?だっておじいちゃんが亡くなってもう三年も経つのよ。なぜ今になって?」
「その、じいちゃんの好きだった人かなんかが風の噂か何かで聞いてきたんじゃないの?でも人の家の庭の中に勝手に入って掘り出す程のことをするかな?最近、線香上げにきた人でいないの?初恋の人っての?」
それらしい人はいないと言う。
紙切れにもう一度目を向ける。ボロボロになっている辺り、かなり昔に書かれたことが伺える。よく見ると紙の下の部分が雑に破かれているようにも見えた。
「母さん、この紙切れのここ、破れてるでしょ?たぶん掘り起こした人物はこの手紙の続きを持っていったんじゃないかな?だからエンモが吠えて僕たちに知らせようとした。違うかな?」
「そんな、なんの為によ?」
「たぶんなにか大事なことが書いてあったんじゃないかな?もしくは宝の地図とか」
母はまた呆れたような顔になり、頭を振りながらそれはないという。
「それよりはこの壺の中にお宝が入っていたほうが自然に感じるけど」
「母さんはロマンがないな、じいちゃん大好きだったじゃん。宝探しゲーム」
ハッと母は何かを思いだしたような表情になる。
「そうだったわね。さて、そろそろあんたも学校に行く時間でしょ。さっさとご飯食べて支度しなさい」
「なにを言ってんだよ!お宝が盗まれたかもしれないんだぞ!」
母は急に人が変わったかのように冷酷な眼差しを僕に向けた。
「そんなもの、あるわけないでしょ!馬鹿な発想もそれくらいにしときなさい!」
僕の頭を掴み、半ば強引に縁側えと連れ戻す。エンモがもの悲しい鳴声を漏らしている。
「なんだよ!母さんなんか知ってんだろ?知られるとなんかまずいことなのかよ!」
「お黙り!」
強烈な張り手を喰らい、意識が一瞬とんだ。涙が流れる。母はなにかに取り憑かれたように僕の頬を何度もブった。
「今日のことは忘れなさい。いいわね?」
念の込めた言い方に僕はコクリと頭を下げた。いや、下げさせられたのだ。
「さっさとご飯食べなさい」
ツカツカと廊下を歩き、自室に戻って行った。
なにが母をここまでさせたのか?あの祖父のタイムカプセルになにが関係しているのか?エンモは一体なにを見たのか?そんなことを頭に巡らせながら涙ごはんに箸を伸ばした。
「絶対暴いてみせる…」