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松島くんと松崎さんと松岡君  作者: BLOOD TYPE code AB
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HONEY


寒空の下、街は人で賑わっている。不景気だとかなんとかテレビでは毎日のように同じことばかり言っている昨今。しかしこう見てみるとそんなひでーの?と思いたくなる。


実際のところ、俺が生きてるこの現実は俺というビジョンの中でしか捉えられないのだ。そう考えると、世の中って凄いと思わされる。くそっ、なんか負けた。


考えをまとめられず、上手く言葉にも出来ず、母親に感じたことを話すと、「そんなことより金持ちになって楽させておくれ」とピシャリ。


ああ、街の灯りがキラキラピカピカと光りを放っているように見える。このまま、光りに埋もれて死ねたら、幸せなのかな?いや、幸せってなんだ?人それぞれ、千差万別、十人十色。


「あーめんどっ」


基本的に深く考えるのが嫌いなんだ。感じたままに表現するのが一番いい。体にも優しそうだ。


俺は今、買い物をさせられている。たった二品だけのだ。


母親に頼まれて買った、豆腐と練乳の入ったレジ袋を思い切り電柱にぶつけたいって衝動にかられた。どうせ今夜のおかずに使う代物だろう。やってみるか、どうせ毎日叱られてるのだから一風、変わった叱られ方をしてもいいんじゃないか?いいと思う。


袋を利き手の右手に持ち替える。力を右の手のみに集中させ、目にとまった電柱に近づく。無造作に右腕を振り上げ、叩きつけた。以外にも破裂音は予想よりも鈍い音をたてた。レジ袋が破裂し、豆腐の汁やら断片が重力には勝てず、無残にもドロドロとアスファルトに滴り落ちる。練乳は無事だったようだ。


行き交う人々が俺を見ている。井戸端会議をしていたであろう、主婦のオバハン達がヒソヒソと耳打ちをしている。


どうせ、今どきの男の子は怖いわ~だとか、思春期なのよ~とか抜かしてんだろう。


思ったよりもこの愚行にスカッとするような面持ちはなく、むしろムカッとしている。


「…」


母親になんて言い訳をしよう。


転んじゃったってレベルの袋の破れ方ではない。待てよ、普通に考えろ俺。豆腐がグシャグシャ、おそらく味噌汁の具に使うのだろう。母親に見せる、言い訳をする、叱られる、また買って来いと言われる。これだ!二度手間じゃないか。


「…」


夕暮れ時、肌寒い中また買いに行かされる。


「うわぁ、めんどくせぇ~」


俺は回れ右をし、また豆腐屋へと歩を進めた。道中、また思考する。豆腐屋のオヤジにまた来たの?みたいな顔されんだろうな。言い訳したところで俺がただのドジボーイだと思われるだけだ。変に考え込まなくてもいい。


交差点に差し掛かり、歩行器信号がチカチカと青から赤に変わろうとしている。ギリで間に合う。俺は小走りをし、行き交う人々を追い越す。


と、後方からなにやら叫び声が聞こえてきた。振り返ると全速力で走ってくる女がいる。よく見れば俺と同じ学校の制服だ。なにやら奇声じみた声をあげている。


「助けたもう!助けたもう!」


たもう…。


まっすぐ全力で俺のいる方へと向かって来る。ズドン!俺の背中に突っ込んできた。


「助けてください!先輩!」


状況が理解出来ない。まずこの女は誰だ?俺を先輩と呼ぶあたり、一年生だというのは分かるが顔を全く知らない。誰かに追われていて、困っているのだろうか?


「…君、誰?」


「きゃー!」


叫ぶなり俺の腰にしがみつく。馴れ馴れしいな。


女は俺の背後へと回り、ガタガタと震えている。


前方の歩道に目を向ける。


なにも…なるほどね。


「なにもいないよ」


「えっ?」


「だからなんもないって、ほら」


前方を指差す、ひたすら帰宅ラッシュの車が走り続けているだけの情景だ。女は目をパチクリと見開き、あわわわしている。


「え~!なんでなんで!さっきまでいたのにぃ!」


嘘。


「怖くて怖くて、死ぬ気で走ったのにぃ!」


嘘。


「あの変態どこ行ったんだろ?」


嘘。この手のやり方はかれこれ三度目かな?飽き飽きする。


「変な男に追われてたってことかな?それで俺に助けを求めた。しかし、今見ると誰もいない。謎だね」


「そっすねぇ、マジでナゾナゾ~、てか先輩大丈夫?あたし、いきなり突っ込んだから痛かったでしょ?」


体当たりされたのは背中なのに女はおもむろに俺の下腹部を摩る。下腹部とはもちろん…。


「あはっ♪先輩、お礼っちゃなんだけどぉ、ご飯食べに行きません?もちあたしの奢りだからさ!ねっ!イコイコ♪」


なんだこいつ。あからさまじゃないか。


「君、名前は?」


一応頭に入れておこうと試みる。


「あたしの?えっ?あっ!そっかぁ!まだ自己紹介してなかったよね!忘れてた忘れてた♪♪」


下手な演技だ。


「サキだよ、サキ!」


サキ…。


「分かった。うん、分かった。悪いけど気持ちだけありがたく頂くよ。今、買い物の途中なんだ」


壊れたレジ袋を見せつける。


「じゃーね、サキちゃん」


「えっ?なんで?ふざけんなよ!奢るって言ってんだから来いよ!おいっ!」


先ほどの甘え口調から一変、ドスの効いたような声質になった。俺は振り向きもせず歩きだす。


「ふざっけんなよ!おいっ!待てよ!女に恥かかせやがって!おいっ!」


強引に俺の右手を掴み、歩みを止めようとする。


プチっ。


先に言おう。俺はイケメンだ。自分で言うのもなんだがその辺の男共と比べれば月とスッポン、アリとゾウ、それくらいに俺はイケメンだ。罪だ、罰だ。そうこれは宿命、神からの啓示、そう俺は捉えて17年間生きてきた。


この女、名前を聞いて思い出した。サキは本名、那智須咲(ナチスサキ)、雪月花高校一年生、押し寿司部所属の期待のニューカマー、スリーサイズはB78 W65 H75ってとこか。たぶん七割は当たっているだろう。そして雪月花高校、裏組織BH(BOYS HUNT)にも通じているはず。でなければここまで強引なアプローチはしてこないはずだ。奴等のやり方は分かりきっている。


俺はサキを麻痺させた。そのまま、掴まれた腕を振りほどき、さっさと歩きだした。サキはそのままヘタリと座り込み、首を垂らしている。周りから見れば男にフられた可哀想な少女、もしくは長年付き合っていた彼氏に突然の別れ話をされ、ショックでヘタレこむ悲しき少女に見えただろう。


そう、俺は神からの罰を受ける代わりに悪魔から特別な能力を授かった。


[HONEY]


女だけに与えることの出来る、絶対服従能力。


まさに俺だけの為の能力だ。この能力のおかけでBHの刺客共を何人も退いてきた。


さて、豆腐屋に急ごう。母親にも叱られてしまうだろうし、いい事ないな。


声をかけられた。


「松岡君?」


「あっ」


「なにしてんの?こんなとこで?」


松崎乱である。


「あっいや、母さんに買い物頼まれてさ、ほら」


袋を見せる。


「そーなんだ、あれ?これ袋壊れてるよ?なんか白いのも垂れてるし」


「さ、さっき道で転んでしまってさ、中身がグチャグチャになっちゃって、また買い戻しに来たんだ。あっちなみに豆腐ね」


「え~!?松岡君てクールな印象だったから以外!おっちょこちょいなとこもあるんだね。あっいけない!バイトの時間に遅れちゃう!じゃね、松岡君!また明日、学校で!転ばないで帰るんだよー」


タタタっと走り去る。


「…。」


落雷。ズガーン。


好きだ。単純に好きだ。胸がときめく。なにも考えられなくなる。呼吸が難しくなる。オートマチック機能が作動したかのように、豆腐屋へ着き、おざなりな接客を受け、帰路に立つ。何故か豆腐を四丁も買っている。


「キミガスキダトサケビタイ」


機械のように何度も同じフレーズを口ずさむ。


家に着くと、母親から罵声を浴びせられた。そりゃそうか、そうだよな。晩御飯は俺のとこだけ季節外れの冷奴が三丁も並んだ。おいしくいただいたけど。


頭が痛い。好きだ。好きだ。どうやって落とす?松崎乱を?俺が?


「能力を使えよ」


出やがったな。


「使えないからこんななってんだろ」


「お?覚えてんのか?契約書の4ページ目に書いてあることを?」


「そこまでバカじゃない」


「俺にしてみれば美味しい話だから、さっさと松崎乱?だっけ?あの娘に好きなことしてヤリまくればいいじゃん。ケケケwww」


「黙れ、下等な虫ケラが…」


「そんな虫ケラを飼ってるお前はなんだ?へっ!虫ケラの飼い主様よぉ~」


こいつは俺の分身、HONEYを使用する際に出てくるもう一人の俺の姿だ。言い換えれば心の中の闇の部分が突飛してビジョン化された人物。口は悪く、出てくる度に口論になる。


「悲しい話だよな、どうでもいい女にはノーリスク、惚れた女にはハイリスク、俺だったらやんのかなぁ?いや、やんねーな」


「黙ってろと言ってんだろ!」


「おーおー怖い怖い、そんじゃまたな、次に使うときが最後にならないようになwww」


「さっさと消えろ!」


ケケケと笑いながら、その場の空間が淀みスゥっと消えて行く。奴のフェードアウトの仕方だ。


「くそっ!」


部屋のベッドに倒れこむ。


頭が、痛い。




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